第2話 影
帰宅し、制服から部屋着のトレーナーとスウェットパンツに着替えるとベッドに寝転がる。
コートのポケットから取り出したタリスマンの首にかけるために付いている鎖を握りしめ、自らに催眠術でも掛けるかのように眼前でぶらぶらと揺さぶる。
大体、何なんだこれ。
金を出したわけではないから詐欺の類ではないのだろうが、未だかつて出会ったことがないクラスの怪しさ満開の相手からこんな得体のしれないものを受け取ってしまって良かったんだろうか。逆に呪いのアイテムだったりして……などと考えて、自らの思考の馬鹿馬鹿しさに溜息を吐く。
落ち着け。
思うのだけれど、胸騒ぎが止まらない。理由は明白で、死を告げられれば誰でもこうなるだろう。しかも病気では無さそうだし、死ぬにしても痛いのは嫌だな。それ以前に、訳の分からない理由でこの若さで死を迎えるのは御免被りたい。
僕の死は、年老いて孫なんかも何人か出来て、妻や子供や孫たちに看取られながら何も思い残すこともなく安らかに息を引き取る……そんな風なのが理想だ。
このままでは未練がありすぎる。二年後に訪れるであろう憧れのキャンパスライフのために受験勉強だってしなくちゃいけないだろうし、その先はそこそこに就職してそこそこに働いて好きな女性と所帯を持って、それで……。ほら、やりたいことはいくらでもあるじゃないか。平凡ながら明るく幸せな未来が待っているはずなんだ。
なんだってこんな……理由も分からずに死の宣告なんて受けなきゃいけないんだよ。
考えあぐねてタリスマンを放ってしまい、ベッドにうつ伏せになっているといつの間にか眠ってしまっていた。
寝て起きてもあの女から渡されたブツは存在していて、夢ではなかったかと落胆する。こんな妙なもの僕自身が率先して手に入れようとは思わない。
日が短いせいもあり外はもう真っ暗だ。少し頭を冷やそうと思い、夕飯の支度をする母親に声を掛けるとコートを羽織って外に出る。
この街は人口自体は多いのだがベッドタウンで、昼間は女子供しか生活していない。夜になると街灯が灯って帰りのサラリーマンや大学生が車や自転車で通行するために賑わいを増していく。散歩している間にもそうした人々とすれ違っていく。
ここは、帰って眠るだけの街だ。特に面白みがあるものでもない。
街を横切る国道近くのコンビニまで歩いていく。目的もないが、行く場所もない。夜風に吹かれて頭を冷やし、何か立ち読みでもして夕飯前ではあるけれどチキンか何か買って食えばいい。
適当に時間を過ごし、落ち着いた頃に夕飯もできただろうと思い、帰宅する。
こういうのは良くあることだった。良くあることだったのだが。
「あれ?あんた今帰ってきたの?さっき帰ってきたじゃない」
母親の一言に戦慄が走る。
勘違いだったのだろうと考えてか、気にする様子もなく夕飯できてるわよと暢気に言う母親とは裏腹に、僕はすぐさま部屋に戻ると無人を確認し、まだ父親が帰宅前のこの家に自分と母親以外に誰も存在しないことを確認した。
普段なら気にも留めないのかもしれない。母親の勘違いだろうと思えるのかもしれない。けれども今日の僕は違っていて、胸騒ぎを止められないまま味のしない夕食の席に就くしかなかった。
母親に今日あったことを話す気にもなれなかった。息子の死の宣告など聞きたい親はいないだろう。それもあんな不審な女の預言など、信じる方がどうかしてる。
そうだ、どうかしている。ありっこないのだ。そう思おうとした。次の日までは。
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