第1話

 ――きっかけは、一人の少女だった。

 「神から予知能力を授かった」と言う少女が現れた。

 当時、十歳に届くかどうかの少女の言葉に対し大人達は半信半疑であった。

しかし、少女が次々と一片の狂いもなく未来を当てる為、やがて彼らは少女の言葉を信じる事となる。

 後に『先導者』として、少女は活躍する事となり彼女の所属していた国は世界でもトップクラスへと成長するのだった。

 そして……少女の死後、同じように特異な能力に目覚める少年少女が増え始める。

 炎や氷などの自然現象を操る能力や念動力や瞬間移動などの超常的な能力など、目覚める能力は様々だった。

 全員が目覚める訳では無く、遺伝も関係無いようだった。

 研究者達は、能力に目覚める条件を研究したが未だに明らかにはされていない。

 能力は……神から貰ったという事で『異能ギフト』と名付けられた。

 そして、ギフトを手に入れた人種は『新世代』と呼ばれる事となる。

 ……そのような能力を得れば良からぬ事を企む連中が出てくるのは、当然の事だった。

 能力を悪用しての強盗、殺人など……一時期の世界の情勢は著しく低下していた。


 そんな時、現れたのが『ヒーロー』の存在だった。

 能力を悪用する新世代に対抗するように現れた彼らは、事態を見事に鎮静化し文字通り『ヒーロー』となる。

 そして現在……ヒーローを目指す者が増え、今ではヒーローは一つの職業として認知されている。

 ヒーローを目指す理由は、単純に人の為に働きたいという正義感や富や名声など様々だ。

 今では、そんな新世代をヒーローとして育成するための学校も多数存在する。


 そして、日本でもより能力を研究し活用するための都市が作られた。

 ここではノーマルだけでなく様々な新世代達が集まり、自身の能力を成長させるため、日夜勉学に励んでいる。


 

「……」


 そんな都市のとある学園付近に一人の少年が立っていた。

 俺である。


「…………ハァ」


 俺は、高い塀の向こうに建つ学園を眺めながら深いため息を吐く。

 

『私立機織学園』

 都市の中でも有数の新世代達を育てる学園である。

 生徒は全てギフト持ちであり、大半がヒーローを目指している。

 

「入りたかったなぁ……」


 学園を羨望の眼差しで見つめながら、俺は小さくぽつりと呟く。

 俺の名前は、武子 誠二むこ せいじ

 都市内の一般人用の高校に通う紛う事なきノーマルの人間だ。

 何の取り柄もないごく普通の高校生という漫画やゲームにありがりな自己紹介ではあるが、フィクションと違うのは、正真正銘俺には、という事である。

 そう、俺はギフトと呼ばれる特別な力を持たずに生まれてきた。


――ギフトの発現は、大体五歳前後と言われている。

 年を重ねるごとにギフトが発現する可能性は低くなっていき、第二次性徴を迎えるとほぼ発現しない。

 俺もまた、その発現しなかった者の一人である。

 だが、ギフトを持たない平凡な俺でも夢はある。

 それは……『ヒーロー』になる事。

 皆の憧れの的であるヒーローになりたい。

 俺は、とある事をきっかけに昔からそう願っていた。


 

 ヒーローになるには、ギフト持ちでなくてはいけないという決まりはないが基本的にギフトが無いと同じギフト持ちに対抗できない為、ギフトを持っている事が最低条件というのが暗黙の了解となっている。


 目の前にある学園は、昔から数多のヒーローを輩出してきた都市の中でもヒーローのエリート校として有名だ。

 俺も、かの学園に入りたかったが、入学条件として『ギフト持ち』が条件だった為、断念せざるを得なかった。

 ならせめて、ヒーローの役に立てる職業に就きたいと願った俺は、ギフト持ちが集まるこの都市へとやってきたのだ。

 もっとも……未練を断ち切れずにこうして学園を見にきてしまっているが。

 一応、体を鍛えたりしてヒーローになる為の訓練紛いの事はしているが、所詮それは個人レベル。

 ちゃんとした教育機関で学んでいない以上、それは趣味でしかない。


「……はぁ。ここに居ても虚しくなるだけだし、帰るか」


 俺は再び盛大な溜息を吐くと、振り返りその場から離れようとする。


「よっと……!」


 と、その瞬間……俺の目の前に一人の人物が学園の塀を乗り越え現れる。


「くくく、クソ学園め。てめーなんか、今日でオサラバだ!」


 突如、俺の前に現れた人物は学園に向かって乱暴な口調で叫ぶ。

 俺は、目の前に急に人が現れた事にも驚いたが、それよりももっと別な事に驚いていた。


(俺と……同じ顔!?)


 そう、目の前に現れた人物は俺と瓜二つだった。

 身長は百七十後半で、黒髪黒目と平均的な日本人、そして……一瞬、悪人と勘違いされそうな目つきの悪さまでがそっくりだった。

 もし、他人に双子だと言えば信じてしまいそうな程に……。


「さてさて、誰か来る前にさっさと逃げようかね……ん?」


 俺にそっくりな男は、立ち去ろうとしたところで初めてこちらに気づき思わず固まる。

 なにせ、自分にそっくりな人物が目の前に居たのだ。驚かないはずが無い。

 俺だってビビったのだから、向こうもビビらないと不公平である。


「……俺? なんだ、ギフトで変身でもしたのか?」

「そ、そんなわけないだろう! これは、俺の顔だ! お、お前こそ誰なんだよ? 学園の中から出て来たみたいだけど」

「なんだ、俺を知らないのか?」


 俺の言葉に、俺とそっくりな男は意表を突かれたという感じの表情を浮かべる。


「俺の名は清司。犬落瀬 清司いぬおとせ せいじだ」

「な……!」


 犬落瀬清司。それは、俺でも知っている有名な人物だ。

 自分と同じ名前だというのもあるが、それ以外に有名になる理由が有った。


「犬落瀬清司って……もしかして、あの十傑の犬落瀬清司か?」

「なんだ、やっぱり知ってるんじゃねーか」


 俺の言葉に、否定する事も無くあっさりと答える犬落瀬。

 ……俺は、名前だけでなく顔まで瓜二つだった犬落瀬に驚きを隠せない。


 ――十傑。

 それは、都市に住む新世代の中でも特に強力なギフトを持つ住人の生徒を指し示す。

 そして……その十傑の中でも、異彩を放つのが犬落瀬清司である。

 通常、ギフトは一人につき一つと言われているが犬落瀬は複数のギフトを所持していると言われているのだ。


「……まあいいや。いいか? ここで見たことは誰にも言うなよ、そっくりさん」


 犬落瀬はそう言うと、その場から立ち去ろうとする。


「待てよ! お前、どこに行こうって言うんだ?」

「さぁな。とにかく俺は、今の立場にうんざりしてるんだ。だから、逃げられるならどこでもいいさ」


 俺が引き留めるように叫ぶと、犬落瀬は肩をすくめながらそう言う。

 

(逃げる? 恵まれた才能を持ってるのに、逃げるだって?)


 犬落瀬の言葉を聞いて、俺は心なしか苛立ち始める。

 自分のようになりたくてもなれない存在が居るのに、自分からそれを捨ててしまうという事が俺は許せなかった。


「……ざけんなよ」

「あ?」

「ふざけんなよ! 十傑って呼ばれてて、複数のギフト持ってるのに逃げるとか、おかしいだろ! そしたら……俺みたいな新世代になれなかったノーマルは……馬鹿みてーじゃねーか!」

「そうか……お前、ノーマルなのか」


 俺の言葉を聞いて、犬落瀬は真剣な表情になる。

 ……が、すぐに何かを思いついたのか犬落瀬はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 何だろう、嫌な予感しかしない


「お前の夢は何だ?」

「……なんだよ、急に」

「良いから答えろって」


 そんな事をいきなり聞くなんて、こいつは一体どういうつもりなんだ?

 ……とはいえ、聞かれて恥ずかしい夢でもないので俺は普通に答えることにする。


「ヒーローになりたいんだよ。……昔、ヒーローに助けられたから、俺も同じようになりたいってな。だけど、俺にはギフトが無い。ただの一般人だ」

「そうかそうか、なるほどなぁ。ヒーローになりたい、か」


 犬落瀬は、俺の言葉を聞いて腕組みをしながらウンウンと頷く。


「じゃあさ。今日からお前が……俺になれよ」

「は?」


 こいつは、急に何を言っているんだ?

 俺が……お前に?


「幸いにも俺とお前は同じ顔だ。なぁに、誰も分かりはしないって。お前がヘマさえしなければな」

「え? あ?」


 犬落瀬の突然の申し出に、俺は思考の処理が追いつかない。

 思考回路はショート寸前である。……別に、今すぐ誰かに会いたい気分にはならないが。


「残念ながらギフトの受け渡しこそ出来ねーが……犬落瀬清司ってだけで、チャンスは向こうから舞い込んでくる。後はお前次第だ」


 犬落瀬はそう言うと、パチンと軽く指を鳴らす。

 すると、まるで魔法のように一瞬で俺と犬落瀬の服装が入れ替わる。

 こういう魔法みたいな事が簡単に出来てしまうのがギフトの凄いところだ。


’(それよりも、これは……機織学園の制服……! って、喜んでる場合じゃねえ)


 憧れの学園の制服に俺は少し嬉しくなるが、すぐに冷静になると犬落瀬に向かって話しかけようとする。


「そんじゃ、最初は色々厄介かもしれないが頑張れよ! 俺は自由を満喫するからな、あばよ!」


 しかし、俺が何かを言う暇もなく犬落瀬は風の速さでその場から立ち去ってしまう。

 おそらく何かのギフトを使ったのだろうと理解した俺は追いかける事を諦める。

 ギフトを持たない俺がどう頑張った所で、ギフト持ちの新世代には絶対に勝てないからな。


「一体、何がどうなって……」


 突然の事に理解が追いつかない俺だったが、すぐに呆けている場合ではないという事に気が付く。


「見つけたぞ、犬落瀬清司。まったく……脱走しようなんてとんでもない奴だ」


 気づけば、俺の周りには数人の大人が囲んでいた。

 その誰もが警戒した顔つきで、俺は思わず身がすくんでしまう。


「学園長がお呼びだ。……大人しくついてきなさい」



「仮にもヒーローを目指す生徒……しかも十傑のお前が学園から脱走なんて何を考えているんだ」


 学園内の廊下で、目の前を歩く教師が俺に向かって説教をする。

 教師は、二十代後半といった感じで黒髪をオールバックにし、黒縁の眼鏡を掛けて気難しそうだ。

 俺の苦手なタイプである。

 先程誠二を囲んでいた大人達は、機織学園の教師で脱走した犬落瀬を確保するために狩りだされたらしいという事が、彼らの話の内容を盗み聞きした事で分かった。

 当然、十傑である犬落瀬を確保するため、全員が新世代である。


(どうしてこうなったんだ……)


 憧れの学園の中を歩いているにも関わらず、俺は嬉しさよりも困惑の方が上回る。

 自分は犬落瀬じゃないと説明しようにも、犬落瀬清司と同じ顔でしかもこの学園の制服を着ているのだ。

 言い逃れは出来ない。出来ようはずがない。

 犬落瀬には、確か双子は居なかったはずだから、事情を説明しても性質の悪い言い訳にしか聞こえないだろうし。

 なので……とりあえず、素直に従って落ち着いてから誤解を解こうと俺は考える。


「学園長。犬落瀬清司をお連れいたしました」


 豪奢な木製の両開きの扉の前に到着すると、教師がノックをして中の人物にへと声を掛ける。


「……通しなさい」


 それから数秒後、中から若い女性の声が聞こえてくる。

 教師はそれに応え扉を開けると、俺に入るように促す。


「……へぇ」


 中に入った瞬間、俺は思わず感嘆の息が漏れる。

 部屋の中は、一言で言って豪華……だった。

 床には上品なカーペットが敷き詰められており、ソファや机も誠二のような素人目から見ても高級だというのが見て取れた。

 部屋の奥には上品そうな若い女性が座っている。

 やや赤毛の髪を肩で切り揃えており、スーツを着こなしてカッコよさすらにじみ出ていた。

 窓からの日光が差し込んでやや逆光になっていたが、美人だというのは俺でもすぐに分かった。


「……」


 俺の顔を見た瞬間、女性は一瞬だけ片眉を吊り上げる。


「学園長?」

「……ああ、ごめんなさい。何でもないわ」


 その様子に違和感を覚えた教師は学園長と呼んだ女性に話しかけるが、女性は何でもないと首を横に振る。

 ていうか学園長だったのか。

 こんなに若いのに学園長とかすげーな。


「それじゃあ、私は彼と話があるから下がって良いわ」

「分かりました。……犬落瀬、学園長にしっかり謝っておくんだぞ」


 教師は俺に向かってそう言うと、学園長室から出ていく。

 謝るも何も本人じゃないのだから謝りようがないんだけどな。

 

「さて……」


 学園長が口を開くと、俺は体を強張らせる。

 美人ではあるのだが、どこか言いようのない威圧感が目の前の女性から感じられる。

 

「君は一体……なのかしら?」


 学園長は、俺が犬落瀬清司ではないと確信した上でそう尋ねてくる。

 なんとなくだが、そんな風に感じた。


「あ、あの……実はですね……」


 これは事情を説明するチャンスだと感じた俺は、学園長に事のあらましを全て説明する。


「なるほど……それは、災難だったわね」

「信じて……くれるんですか?」


 我ながら嘘くせーなぁとか感じながら説明していたのだが、学園長はどうやら信じてくれたようである。

 流石は学園長。器がデカい。

 ……まぁ、単にそういうギフトを持っているだけなのかもしれないが。


「まあ、犬落瀬とは別人だってのは見た時に分かったからね。ただ……ギフトの影響じゃないなら、本当に彼とそっくりなのね」


 学園長は、そんな事を言いながら俺の姿をジロジロと眺める。


「俺も正直驚いてます。犬落瀬清司は……俺と同じ名前だなとは思ってたんですが、まさか顔までそっくりだなんて予想してなかったですよ」

「実は、彼とは生き別れの双子の兄弟とか?」


 学園長の問いに、俺は「まさか」と首を横に振る。


「俺は正真正銘一人っ子ですよ。両親も至って平凡なノーマルですし」


 俺はごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の生活を送って育ってきた。

 遺伝は関係ないと言われてはいたが、両親がどちらもノーマルなので、俺自身もギフトについては半ば諦めていたのだった。

 

「あの……それよりも、俺は一体どうなるんですか?」


 誤解が解けたのは分かったが、まだ自分の処遇について聞かされていないので俺は

ドキドキしながら尋ねる。

 学園長の様子から、そう酷い目に遭うとは思えないが……それでも俺自身はかなり不安だった。


「そうねぇ……できれば、このまま帰してあげたい所だけど……」


 学園長の言葉に、俺はゴクリと唾を呑みこむ。

 学園長は、顎に指を添えながらしばらく考え込んだかと思うと、何か名案を思い付いたかのように子供っぽい笑みを浮かべる。

 

「ねえ、武子……誠二君って言ったかしら?」

「は、はい……そうです」


 俺は緊張しながらもそう答えるが、次に学園長から放たれた言葉によりその日何度目かの驚愕をする事になる。


「貴方……この学園の生徒になってみない?」

「……はぁ?」


 突然の申し出に、俺は驚き思わず間抜けな声を出してしまうのだった。



 これは、ごく平凡なノーマルだった主人公がハリボテのヒーローとして活躍したり勘違いされる物語である。

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