第2話

「ここに通うって……俺、ノーマルですよ!?」


 突然の申し出に、俺は驚きの声をあげる。


「確かに君はノーマルだ。だけど、この学園に居る限り……誰も君がノーマルだとは思わない」

「それは、どういう……」

「君のその顔だよ」


 機織の言葉に、俺はある事に気づき「あ」と小さく声を出す。

 そうだった……俺の顔は……この学園に通う『十傑』と呼ばれるギフト持ちの一人、犬落瀬清司と瓜二つなのだ。

 彼を知っている者ならば、俺を見れば犬落瀬清司だと思うことだろう。


「それで、だ……君は、彼のギフトを知っているかね?」

「えーと、噂程度なら……確か、複数のギフトを持っているんですよね?」


 俺の言葉に、機織はコクリと頷く。

 犬落瀬清司は、複数のギフトを持っている事で周りから『千のギフトを持つ男』とか『神に愛された者』などと呼ばれている。

 まったく、うらやまけしからんとはとはこの事である。

 それだけギフトを所持しているのなら、ギフトを持たない恵まれないノーマル達に一つくらい恵んでほしいものだ。


「確かに、開示されている情報ではそうだが……実を言うと、彼の持っているギフトは一つなのだよ」 

「え? でも、炎を操ったり氷を操ったりしてるって聞いたことがあるんですけど……」


 先程、俺が挙げた例にしても相反する属性ゆえに、どう考えても同一のギフトだというのは考えにくい。

 だからこそ、犬落瀬清司は複数のギフトを持っていると考えて、そう言ったのだ。


「……これは他言無用で頼むよ。彼のギフトの正体を知っているのは、私と一部の研究者だけだから。彼のギフトは……『コピー』だ。『ギフトの複製』とも言えるね」

「コピー? ……あ、もしかして」


 ギフトの正体を聞いて、俺は一つの考えに至る。

 それを察したのか、機織も頷いて話を続ける。


「そう、彼……犬落瀬清司君は、複数持っていた訳では無い。他者のギフトをコピーすることで、あたかも複数持っているかのようにふるまっていたのだ」

「で、でも……どうしてわざわざ偽装するような真似を?」


 通常、ギフトをわざわざ偽装する者など居ない。

 それ故に、俺はそれが不思議だった。


「まぁ、そこはいずれ話すよ。とにかく、この事は誰にも話さないように」

「それは分かりましたけど……なんで、俺にそんな事を話してくれたんですか?」


 機織の口振りからすると、よっぽど重要な事だったのだろうと予想がついた俺は、素直な疑問を口にする。


「そりゃ、これから成り替わる相手のギフトくらいは知っておいた方が良いだろう?」

「ああ、なるほど。それなら、知っておいた方が……って、はぁ!? え? 成り替わる?」

「うむ」


 突然の事に慌てふためく俺に対し、機織はそのクールな表情を崩さず至極真面目に頷く。


「犬落瀬清司が、我が学園から脱走を成功させた……というのは、わが校にとってもあまり公開したくない情報なのだよ」


確かに、そんな事が世間にばれたら、メディアとかが面白がって記事にするだろうなぁ。

マスコミって言うのは、そういうネタは大好きだろうし。

そうなれば、学園の評判は下がり、その際に与える影響というのは計り知れない。

 所謂、大人の事情という訳である。


「そして、彼は複数のギフトをコピーして、ストックしている。故に、彼が現在何をストックしているかは分からない状況だ。それ故に、彼を見つけるというのは難しいだろう。彼の事だから、隠密、逃走に長けたギフトをコピーしているだろうしね」


 事実、犬落瀬清司はこの計画の為に、逃走に特化したギフトを複数ストックしているのだろう。

 あの足の速さも脱走の為と考えれば納得である。

 都市の中ならまだしも、一度外へと逃げ出されてしまえば、捜索は困難となるのは想像に難くない。

 犬落瀬清司のギフトがコピーである以上、変身系のギフトとか持ってたら下手したらもう見つけられないかもしれない。


「いずれは、彼を見つける事も出来るだろうが……それまでは、君に犬落瀬清司としてこの学園に通ってほしいという訳だ」

「そんな無茶苦茶な……」


 別人として学園に通う。

 そんな漫画みたいな出来事に、俺……はただただ困惑するばかりだった。


「休学とかそういう扱いにはできないんですか?」

「難しいだろうね。基本的に我が学園は休学を認めていない。かといって、十傑の一人を退学させたとあっては、我が学園の沽券にかかわる。……まぁ、大人の事情という奴だ。分かってくれたまえ」

「はぁ……」


 機織の言葉に、俺は気の抜けた返事をしてしまう。


「で、でも……俺だって、今の高校に通ってる訳でして……」

「そこら辺に関しては、転校扱いとしてこちらから手を回しておこう。何、それくらいの事ならば、我が学園の力でどうとでもなる」

「……っ」


 そんな事をあっさりと言ってのけてしまう機織に対し、俺は学園の力の強さに息を呑んだ。


「勿論、我々も全力でサポートはしよう。ギフト持ちとして振舞えるようにサポートアイテムの貸与もする」


――サポートアイテム。

それは文字通り、使用者をサポートするための物である。

ギフトを持たないノーマルの為に開発されたもので、疑似的にギフトに近い事を出来るようになるのだ。

とはいえ、それはあくまでも疑似的にであり……制限も多く、本物のギフトには数段劣る。

他にも、新世代を補助する為のサポートアイテムなども存在する。

 サポートアイテムがあれば、俺もヒーローになれるんじゃないかと淡い希望を抱いていたので、サポートアイテムに関してもそれなりに知識がある。 


「……で、どうだね?」


 機織の言葉に、俺は腕を組んで考え込む。


(……もしかしたら、これは神様がくれたチャンスかもしれない)


 ギフト持ちでないと入れない学園に、他人になりすますとはいえ通う事が出来る。

 一度諦めていたヒーローへの道に、光明が差してきたのだ。

 俺の心も揺れようというもの。


「…………分かり、ました。その話、受けさせていただきます」


 しばし熟考した後、俺はそう答えた。

 犬落瀬清司の代役ではあるが、これはチャンスである。

 わざわざチャンスをどぶに捨てるような真似はしたくない。


「うむ、君ならそう言ってくれると思っていたよ。それでは、今から君は……犬落瀬清司だ」


 こうして、俺……武子誠二は十傑の一人である犬落瀬清司・・・・・として、この学園に通う事となったのだった。


「それじゃ、こちらとしても準備があるから今日の所は帰りなさい。明日から、よろしく頼むよ」

「分かりました」


 俺はそう答えると学園長室から退室する。



 学園長と別れた俺は、とあるマンションの自分の自室へと帰ってきていた。

 都市に住む学生の大半は一人暮らしをしており、俺もまたその中の一人だった。

 部屋の中には、ベッドの他にテレビ、テーブルなどの一通りの家電や家具が揃っており、一般的な一人暮らしの部屋と言えた。

 だが、一つだけ……明らかに他人の部屋とは異なる点がある。

 それは――部屋中に貼られた様々なヒーローのポスターだった。

 販売されている人気のヒーローのポスターが所狭しと貼られており、異様な雰囲気を醸し出していた。


「ふぅ……」


 しかし、俺にとってそれは普通の事であり、特に気にせずにベッドに横になる。

 天井には、自分の憧れる理由となったヒーロー『ウルティマ』のポスターが張られている。

 ウルティマとは、ヒーローの中でも最も人気のあった人物だ。

 経歴、本名が不明であらゆるものが謎に包まれていた。

 全身がパワードスーツに包まれており、機械音声で喋る為、性別すらも不明であった。

 そんなウルティマだったが、数年前に突如引退し消息を絶っている。

 当時は騒がれたが、やがてウルティマの話題はなりを潜めた。

 徐々に忘れられていくウルティマだったが、自分を助けヒーローになるきっかけを与えてくれた人物を、俺は忘れないだろう。


「ウルティマ……俺さ、機織学園に通う事になったんだ。本人が見つかるまでの間だけどさ。それでも、もしかしたらアンタみたいなヒーローになれるかもしれないんだ」


 今は仮初で、本当の犬落瀬清司が見つかれば、自分はお役御免になるだろうという事は、よく理解している。

 それでも、もしかしたら……という希望を捨てずにはいられなかった。


「明日から、夢の学園生活……だな」


 俺はウトウトしながら、現在通っている高校の事を考える。


(学園長は任せておけって言ってたけど、本当に大丈夫なんだろうか)


 時期はまだ、五月に入りたてでまだ仲の良い友達も出来ていなかったので、特に未練もないが……本当に学園長が言っていたような事が可能なのか心配になる。


(まぁでも……何とかなる、だろうな。学園長は、自分の言った事を何でも実現しそうな気がする)


 彼女には、それだけの気迫があった。

 基本、楽観的な性格の俺は眠かったのと面倒だったのもあり、特にそれ以上追及する事も無く、そのまま夢の中へと落ちていくのだった。



 ――その日、俺は夢を見た。

 自分が、ウルティマに出会った時の夢だ。


「おかーさーん! どこー!」


 幼い俺は泣きながら母を呼ぶ。

 足は瓦礫に挟まっており、動けずにただただ叫ぶだけだった。

 周りからも助けを求める声や、子供の泣き声が聞こえてくる。

 建物があったであろう場所は瓦礫の山で、大惨事となっている。

 新世代による、凶悪なテロ事件だった。

 怪我人、死者共に多数で、当時は災害レベルとしてニュースなどで報道されていた。

 俺も、当時の事を思い出してはよく生きていたなと、つくづく思う。


「あー、うるせーな。ホント、ガキの声って耳障りだよなぁ?」


 泣き叫ぶ俺に対して掛けられた声は、そんな冷たい声だった。

 俺が見上げれば、そこには異形ともいうべき人物が立っていた。

 

「なぁ、今ならガキを殺しても大丈夫だよな? なんせ、警察やヒーローはこの大事件でてんやわんや。今更一人二人死んだところで構ってる余裕なんかねぇ。つまりは、殺し放題ってわけだ」


 そいつは、このテロ事件の騒ぎに便乗して暴れたいだけの新世代だった。

 二足歩行のワニのような姿をした彼は、獰猛な歯を覗かせてニヤリと笑う。


「子供の肉って美味いのかな? 俺ってさ、ギフトの影響か生肉が大好物なんだよ。特に、人間の肉がたまらなく美味そうに見えるんだ。捕まりたくないから我慢してたが……もう、我慢しなくていいよな? 食べちゃっても良いよな?」

「ひ……だ、誰か……たすけ……」


 自分を今にも食べようと、口を大きく開くワニの姿をした新世代を見て、俺は顔を引きつらせる。

 逃げようにも足は瓦礫の下で動けず、周りには助けてくれそうな人物が居ない。

 怖かった。

 怖くないはずがない。

 ギフトも何も無い子供が、明らかに異形な新世代に喰われようとしているのだ。

 これで怖がらなかったら、子供の精神状態を疑う所である。


「んじゃま……いただきまーす」

「だれかーー!」


 無駄だと分かりつつも、俺は喉が張り裂けそうな程全力で叫んだ。


「ひゃはははは! こんな時に誰も来るわけねーだろ! ヒーローだって、他の場所で救助活動で忙しいんだからよ!」

「ソレハドウカナ?」


 そこへ聞こえてきたのは、男性とも女性とも分からない機械的な声。


「誰……?」


 声のした方を見れば、そこには全身をパワードスーツで包んだ謎の人物が立っていた。

 

「げ、ウルティマ……っ!」


 その姿を見て、ワニ型の新世代は顔を歪める。

 ウルティマの名前は、当時の俺でも知っていた。

 正体不明のヒーローで、当時は最近現れたと話題の人物だった。


「ソノ子カラ離レロ」

「はっ! 誰がてめーの言う事なんか聞くかよ。いいか? お前こそ動くなよ? てめーは、黙ってこいつが食われるのを見てればらぁん!?」


 ワニ男は、最後までセリフを喋る事は無かった。

 何故なら、一瞬で距離を詰めたウルティマに思い切り顔を殴られたからである。


「て、てめぇ……なにすん……あちゃちゃちゃ!?」


 文句を言おうとしたワニ男だったが、ウルティマがすかさず右手を翳して炎を噴射しワニ男を焼く。


 突然の炎に熱がるワニ男に対し、ウルティマは間髪入れずに電撃を放つ。


「あばばばばば!? へ、へめぇいいはへんひ……ごびう!?」


 感電したワニ男に、トドメとばかりにウルティマは、腹部に拳を叩きこんだ。


「お……ご……」


 度重なるダメージに、ワニ男はついに気を失い、そのまま地面に倒れ伏す。


「……ダイジョウブカ? 今、助ケテヤロウ」


 ワニ男が動かないのを確認すると、ウルティマはすぐに俺の上から瓦礫をどかす。


「あ、ありがとう……」

「気ニスルナ。弱キ者を助けるのがヒーローノ役目ダカラナ」

「ヒーロー……」


 その後、テロ事件の首謀者はウルティマによって捕えられ、この事件は解決した。

 この時のウルティマとのやりとりにより、誠二はヒーローを目指そうと思ったのだった。



「……随分、懐かしい夢を見たな」


 窓から差し込む光によって、俺はぼんやりと目を覚ます。


「って、しまった。制服のまま寝ちゃってたか」


 機織学園の制服はブレザーなのだが、そのまま寝てしまっていたために、すっかり皺だらけになってしまっていた。


「あー、くそ。アイロン掛けなきゃ。って、時間もねーし! くそ、目覚ましは……セットし忘れかい!」


 時間を確認すれば、約束の時間まで幾ばくも無い。

 一先ず、朝食を食べる時間を犠牲にして制服の皺を伸ばすことを優先することにしよう。

 折角の初登校なのに、皺だらけの制服ではあまりにもひどい。

 俺は手慣れた手つきで、アイロンを制服に掛け急いでそれを着こむ。

 多少皺は残っているが、それを気にしている余裕は俺には無い。

 これ以上時間を掛けたら、確実に遅刻してしまう。


「忘れ物は……よし、無いな! それじゃ、いってきまーす!」


 持ち物を確認すると、最後にウルティマのポスターの方をチラリと見て、そう叫ぶと俺は学園に向かって急ぐのだった。

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