第13話

 緋衣達と買い物に行ってから数日は、特に何事もなく平和な日々だった。

 平和過ぎて、黒巾組の情報も全然手に入らなかったくらいだ。

 どういうわけか、最近は新世代狩りの被害も聞かなくなり、段々世間で話題にならなくなってきた。

 もしかしたら、奴らももう飽きたのではないだろうか?

 そう思い始めた頃に、それは起こった。


「おい、犬落瀬! 例の話、聞いたか!?」


 ある日の事、不本意ではあるがいつも冷たくあしらっている狼森が、今日もめげずに慌てた様子で教室に入ってくる。


「……どうした?」


 スルーしようかとも思ったが、狼森の様子が尋常では無かったので尋ねることにする。


「いいか、冷静に聞けよ?」

「さっさと用件を話せ」

「緋衣ちゃんが……例の新世代狩りに襲われたらしい」


 狼森は、真剣なまなざしで衝撃的な発言をするのだった。



 放課後、俺は居ても立っても居られず緋衣の家へと訪れていた。

 場所は分からなかったので、教師に住んでる場所を聞いてやってきた。

 もっとも、「お前、幼馴染なのに場所も知らないのか?」みたいな目で見られてしまったが。

 緋衣が住んでいる場所は高層のマンションで、住人の許可が無いと開かない自動ドアがついている割と家賃がやばそうなところだった。

 本物の十傑ともなると、こんな所に住めるのかはたまた単純に緋衣の家が金持ちなのか。

 俺は、教師から聞いていた部屋の番号を入力して呼び出しボタンを押す。


「……はい、紙生里です」


 数回コール音が鳴った後、聞き覚えのある声がスピーカーから聞こえてくる。


「緋衣か? 俺だ、清司だ」

「清司? なんか用だった?」

「なんか用だった? じゃねーよ。聞いたぞ、お前……新世代狩りに襲われたんだってな」


 俺がそう言うと、スピーカーの奥では息を呑む声が聞こえた。


「……そこで話すのもアレだし、中に入って」


 緋衣がそう言うと、傍にあった自動ドアが開き、通話がブツッと切れる。

 俺は一瞬ためらうも、意を決して中に入るのだった。



「……いらっしゃい」


 緋衣の居る部屋の前まで行きインターフォンを鳴らすと、部屋着の緋衣が出迎えてくれた。

 Tシャツに半パンとラフな格好で、露出した生足が少しエロイ……って、俺はいったいどこを見てるんだ。

 

「清司? どうかしたの?」


 場違いな感想を抱き、邪念を振り払おうと頭を振っていた俺に対し、緋衣が怪訝な顔で尋ねてくる。


「あ、ああすまん。それよりも、襲われたって割りには怪我とかしてないんだな」


 俺は誤魔化すように話題を変える。

 実際、緋衣の身体には怪我のようなものは見当たらなかった。

 緋衣の居るクラスに行ったら今日は休みだと聞いていたし、てっきり酷い怪我なのかとも思ったが。

 いや、怪我がない事に越した事はないんだけどさ。


「……そこら辺の事も説明するから、とにかく入って」


 緋衣はそう言うと、俺を部屋の中へと招き入れる。

 高そうな(値段的な意味で)マンションだけあって、中も非常に綺麗だった。

 玄関口で靴を脱ぎ部屋の中へと通される。

 部屋の中は、いかにも女の子。といった感じで可愛らしい小物やぬいぐるみがそこかしこに置かれている。

 ヒーローのポスターだらけの俺の部屋とはえらい違いである。


(ていうか、普通に部屋に入ったけど何気に女の子の部屋に入るのは初めてだよな……)


「ねぇ」

「ふへあはい!?」


 初めて入る異性の部屋に緊張していると、急に声を掛けられ思わず変な声が出てしまう。


「わっ!? びっくりした……急に変な叫び声出さないでよ」

「わ、悪い……」

「もしかして緊張してんの? 今まで何回も来てるじゃない」


 何回も来てるのか……犬落瀬の野郎、ボッチの癖にますます許せんな。


「い、いやほら、緋衣が襲われたって聞いたからちょっと動揺しててな……」


 俺は、内心心臓をバクバクさせながらもそれっぽい言い訳をする。

 

「そ、そう……。そ、それで何か飲み物持ってこようと思ったんだけ麦茶でいい?」

「ああ……」


 なんだか微妙な空気になるのを感じながら、俺はそう返事をする。

 そして、その後麦茶をコップに注いで持ってきた緋衣と対峙する。


「……」

「……」


 ――気まずい。

 お互いにどう切り出したものか悩んで、ものすごく気まずい空気が流れる。


「「あのさ」」


 そして、同時に話を切り出そうとしてお互いにまた固まってしまう。

 なんてベタな展開なんだ。思わず、ラブコメかとツッコんでしまいそうになった。


「せ、清司からいいよ……」

「お、おう……」


 とはいえ、何から聞いたものか……。


「そういえば、親父さんは?」


 何から聞こうか迷っていた俺は、ふと緋衣の親父さんが刑事だった事を思い出して尋ねる。


「お父さんは今、警察署の方で新世代狩りについて捜査してる。私が襲われたから、今まで以上に本気でやってるみたい。あ、もちろん今までが適当だったってわけじゃないんだけどね?」


 なるほど。しかし、娘が襲われたっていうのに護衛とかそういうのは居ないんだな。

 もっとも、新世代狩りが例外であって普通は十傑を襲おうなんて奴が居ないからかもしれないが。


「そうか。そ、それで……襲われた時の状況って、教えてもらってもいいか?」

「あ、うん。えっと、あれは昨日だったかな。帰る途中で黒い頭巾被った集団が私を急に囲んで、紙生里だなって聞いてきたの」


 黒い頭巾……黒巾組の奴らだな。


「って、あれ? そいつらは、お前が十傑だって知って襲ってきたって事か?」

「そうみたい」


 どういうことだ?

 今まで、奴らは無差別に襲っていて誰かを明確にターゲットにしたことは無かったはずだ。

 それがなぜ、今になってわざわざ十傑である緋衣をターゲットにしたんだ?


「そうだって答えたら、奴らは急に襲い掛かってきたの。もちろん、私だって応戦しようとはしたわよ? だけど、なぜか能力が使えなくてそのまま……」


 緋衣は、その時の事を思い出したのか自分の肩を抱いてブルりと震える。

 そうだよな……十傑で普通の奴より強いって言っても、普通の女の子なんだ。

 複数の男に襲われたら怖いに決まってる。

 聞いた話では、性的な意味では襲われず暴力だけだったのがせめてもの救いだろうか。

 もし、これがソッチの意味で襲われていたら緋衣にとっては一生もののトラウマだったに違いない。


「今は、病院の治療と卦亜ちゃんのギフトのお蔭で完治したけど、結構ひどい怪我だったんだよ。んで、今日は大事をとって休みってわけ。いやぁ、合法的に学校休めてラッキー♪」


 ……なんで。なんでそんな笑いながら話せるんだ?

 今は怪我はしてないとはいえ、その時は大怪我してたんだろ?

 それなのに、なんで……。


「清司?」

「……なんでもない」


 だけど、俺はそれを聞くことはできなかった。

 俺が今、それを聞くのは何か違うと思ったからだ。

 それを聞いてしまえば、彼女は幼馴染である犬落瀬が心配してくれていると思うだろう。

 だが、俺は犬落瀬清司ではなく武子誠二として彼女を心配しているのだ。

 他人から見れば、何をそんな事で悩んでるんだと笑われるかもしれない。

 だけど、それは俺にとって重要な事だったのだ。


「……悪い、俺帰るよ。とにかく、特に後遺症もないみたいで安心したよ」

「あはは、心配かけてごめんね? でも、明日から普通に学校行けるから安心してよ」

「ああ」


 俺はそう答えると立ち上がり、玄関へと向かう。


「……清司」

「ん?」


 靴を履こうとしたところで緋衣に話しかけられた。


「復讐とか、そういうのはしなくていいからね? 私、全然気にしてないし。それにほら、お父さん達が今本気で捜査してるからすぐ捕まるって! 私、あいつらの顔見たから王父さん達に人相伝えてるし!」

「……」

「あいつら、本当に危険なんだよ? どういうわけかギフトが使えなくなってさ……たぶん、清司のギフトも例外じゃないと思う……だから……」


 俺が振り返ると、そこには泣きそうな顔をしている緋衣の姿があった。

 ……彼女は、どうしてこんなに優しいのだろうか。

 被害者は自分なのに、こうして他人である俺を心配している。

 単に幼馴染だからなのか、もしくは……。


「……っ」


 その先を考えると、なぜか俺の心は締め付けられた。

 

(なんだ、この気持ちは?)


 謎の心臓の痛みに自問するが、当然答えは得られない。


「……大丈夫だ、緋衣。お前が心配するような事は何もしないから」

「本当?」

「ああ、だから今日はしっかり休め。また、明日会おうな?」

「……うん!」


 俺の言葉に、緋衣は笑みを浮かべて返事をする。

 その後、俺は緋衣の部屋から出る。


「……悪いな、緋衣」


 そして、俺は緋衣に向かって小声で謝る。

 確かに、犬落瀬清司としては無理はしない。彼女と約束したからな。

 だが、武子誠二としては別である。

 俺は、ある事を決心すると街へと向かう事にするのだった。

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