第12話
――学園都市内の某所にて、ガンガンと何かを打ち付けるような音が響く。
「ああ、くそ! 犬落瀬の野郎、腹立つな……くそが!」
黒い頭巾を被った男が乱暴な口調でそう叫ぶと、近くにあったドラム缶に向かって、手に持っている棒で思いっきりたたきつける。
「あーあ、リーダー荒れてるなぁ……」
それを遠くから見ていた別の男がボソリと呟く。
「まぁ、仕方ねーべ。犬落瀬の奴に完全にコケされたんだからさ」
「ああ、それ聞いたわ。確か、ただの石を爆弾に変えたっつーハッタリかましたんだってな」
男の言葉に合わせて一緒に居た奴らが口々に話し始める。
彼らは、全員が同じような黒い頭巾を頭に巻いている。
――『黒巾党』。それが、彼らが所属する不良集団の名前である。
黒巾党は、元々は普通のノーマル集団だったが、とある男からギフトを封じる指輪を渡された事で新世代を狩るようになったのだ。
「なぁ、リーダー」
「あん?」
リーダーと呼ばれた男……槻木は、自分を呼んだ男をジロリと睨む。
「おいおい、そんな睨むなって。ちょっと呼んだだけじゃねーか」
「うるせーな、俺はむしゃくしゃしてるんだよ! 用が無いなら話しかけんじゃねぇ」
槻木は、苛立ちを隠そうともせずに怒鳴る。
「おお、こえーこえー」
「……馬鹿にしてるのか?」
「そんなつもりはねーって。ちょっと聞きたい事があってさ」
「んだよ、さっさと言いやがれ」
「そんじゃ言うけどさ……犬落瀬、実際の所どうすんの?」
男の言葉に槻木は押し黙る。
「そうやって物に当たり散らすのはいいんだけどさ。肝心のリーダーをコケにした張本人である犬落瀬には何もしないの?」
「んなわけねぇだろうが! あいつは、俺が直接ぶっとばさなきゃ気がすまねぇんだよ」
「……じゃあさ、ちょっと思いついたことがあるんだけどさ」
男はそう言うと、悪だくみをするような笑みでニヤリと笑うのだった。
●
――土曜日、例に漏れず学校が休みな俺は今、街へと繰り出していた。
理由は、黒巾党の場所を調べる為である。
おそらく、奴らはあの時の石爆弾がハッタリだと気づいているだろう。
もし爆発してるならとっくに話題になっているだろうしな。
そうなると、奴らが俺に復讐しにくるのも時間の問題だ。
俺としては、そんなものを悠長に待っているつもりはないので、こちらから出向いてやろうというわけだ。
ただのノーマルである俺に何ができるのか? って聞かれれば具体的には答えられないが、新世代相手ならともかく向こうも俺と同じノーマルなのだから何とかなるだろう。
むしろ、奴らが謎の技術でギフトを封じている以上、俺みたいなノーマルの方が適任だと思う。
そんな訳で、蛇の道は蛇という事でガラの悪そうな兄ちゃん達に話を聞きに来たのだが……。
「ねぇねぇ、
「あっちの服は……緋衣にぴったり……」
現在、俺の後ろでは十傑の二人、緋衣と卦亜が仲良くウィンドウショッピングをしていた。
「……どうしてこうなった」
俺はポツリと呟きながら天を仰ぐ。
あれは、一時間くらい前の事だった。
◆
「あれ、清司じゃない。珍しいわね、あんたが休みの日に街に居るなんて」
「……緋衣」
朝から聞きこみをしていて疲れた俺が公園のベンチで休んでいると、緋衣とばったり出会い、話しかけられる。
「私も、居る……」
「
緋衣の後ろに隠れるように立っていた剰水がひょこりと顔を出して口を開く。
彼女とは、街で出会って逃げてからは顔を合わせていなかったので、普通に気まずい。
「……卦亜」
「ん?」
俺がどう声を掛けたものかと悩んでいると、剰水の方から話しかけてくる。
「卦亜って……呼んで。いつもの清司なら、そう呼んでる……」
「分かったよ、卦亜」
剰水……もとい、卦亜の言葉に俺は頷き答える。
犬落瀬の偽者だってばれないようにしないといけないから、恥ずかしいが名前で呼ぶしかあるまい。
つーか、犬落瀬の奴……幼馴染の緋衣だけじゃなくて卦亜まで呼び捨てにしてんのかよ。
クラスではボッチの癖に女の子二人と仲が良いとか爆発すればいいのに。
爆発すればいいのに!
大事な事なので二回言いました。
「清司、緋衣から事情は聞いた……あの時、逃げたのも私を巻き込まないためだったって……」
「そ、そうなんだよ! 悪いな、あの時は事情がちゃんと説明できなくて」
俺は話を合わせながら、卦亜に申し訳なさそうに謝る。
どうやら緋衣が説明してくれたようだが、都合よく勘違いして解釈してくれた彼女に感謝である。
そもそも、かなり問題児だったらしい犬落瀬が皆の為に戦おうとしている……なんて、よく思いついたものだ。
俺なら、間違いなくその結論にはならない。
そこら辺は流石幼馴染と言ったところだろうか。
身内目線だと、無意識の内にハードルが低くなったりするものだからな。
「それで、清司はこんな所で何やってたの? まさか、散歩って訳じゃないでしょうね?」
俺が適当に話を合わせていると、緋衣が話しかけてくる。
……ふーむ、どうしたものか。
できれば、彼女らには俺がしている事を秘密にしておきたい。
単純に巻き込みたくないというのもあるが、奴ら……黒巾党と激突すれば、俺がノーマルだとばれてしまう可能性もある。
まあ、奴らがギフトを封じる手段を持っているというのは周知されているはずだから実際はバレないと思うのが念の為……という奴である。
「清司?」
「ああ、すまん。まぁ、その……あれだ。そのまさかって奴だ。今日は天気がいいからな。ちょっと気分転換に散歩してたんだ」
考え事をしていた俺は我に返ると、そう言い訳をする。
我ながら、よくこんなデタラメをポンポン思いつくものだ。
「気分転換……ねぇ、もしかしてあの事で行き詰ってんの?」
あの事、というのは新世代狩りの事だろうか。
「あんたが教えてくれないから事情はよく分からないけどさ。もし、困ってるなら力になるわよ?」
「私も……力に、なる……」
二人は、俺の事を心底心配するような表情でそう言う。
二人の表情を見て、一瞬頼りそうになってしまうが俺はそれをグッと堪える事にする。
彼女らが助けると言い出したのは、俺が犬落瀬清司だからだ。
もしこれが犬落瀬清司ではなく、武子誠二だったら彼女達はどうしたのだろうか?
彼女達はヒーローを目指しているだけあって、俺が犬落瀬清司じゃなくても協力を申し出たかもしれない。
だが、今俺は犬落瀬清司で、彼女達は彼女達が知る犬落瀬清司に協力を申し出ている。
彼女達を騙している状態で協力を受ける事なんて、出来るはずがない。
「二人共サンキューな。……でも、俺は大丈夫だから気にすんなって」
「でも……」
俺がそう軽く言うが、二人は納得できていないという表情を浮かべる。
その表情を見て、俺はますます心が締め付けられる感覚に陥ってしまう。
「だから気にすんなって! それよりも、だ。緋衣達は二人で一体何してたんだ?」
この空気に耐えられなくなった俺は、無理矢理話題を変える。
「へぁ? ああ、私達は休みだから二人で一緒に出掛けようってなってね」
「ああ、二人は確か仲良いんだったな」
そんな話を、緋衣から以前聞いた気がする。
「仲良いんだったな……って、何そんな今更な事言ってるのよ。そんなの前から知ってるじゃない」
やべっ、自分には馴染のない話だからついボロが出ちまった。
「ああいやほら、話の流れって言うか言葉の綾っていうか、とにかくそんな感じだよ!」
「ふーん……? まぁ、いいけどね」
かなり苦しい言い訳だったが、とりあえずは納得してくれたっぽい。
「そ、それじゃ二人の邪魔するのもあれだから、俺はもう行くから。じゃあ、また来週学校でな」
これ以上ここに留まってボロを出し続けるわけにはいかないと判断した俺は、ベンチから立ち上がってその場から去ろうとする。
「待ちなさいよ、清司」
しかしまわりこまれてしまった!
「折角休日に会ったんだから、ちょっと付き合いさないよ」
「え、俺好きな人居るし……」
「そういう意味じゃないわよ!」
どうやら違ったらしい。
「え、ていうかちょっと待って? あんた、好きな人居るの?」
「いないけど」
「じゃあ、なんで言ったのよ!」
緋衣は髪を赤く染め上げながら怒鳴る。
まったく、軽い冗談なのにすーぐ怒るんだから。
……まぁ、とりあえず誤魔化せたようだから良しとするか。
「つまんない冗談で私を怒らせたから、あんたは今日一日私達の買い物に付き合う事! 良いわね?」
わざわざ買い物の部分を強調したのは、また同じからかい方をされるのを危惧した結果だろうな。
「……わかったわかった。買い物でもなんでも付き合ってやるよ」
有無を言わせない緋衣の気迫に屈し、俺は溜め息を吐きながらそう言うのだった。
◆
――とまぁ、これが事のあらましなわけだが……あれから一時間。
女子二人はずっとハイテンションのままキャピキャピと楽しそうに会話をしている。
「はぁ……我ながら迂闊な事をしたなぁ」
緋衣達のテンションがずっと高いせいで、俺はすっかり疲労困憊である。
なんであいつらは、あんなにテンションと体力が高いのだろうか。
十傑って言うのは、ギフトだけじゃなくて身体能力までもがノーマルと違うのか?
「ねぇ、清司。この服、良いと思わない?」
「んぁ? いいんじゃね? 可愛い可愛い」
「もう! 何よその適当な返事は!」
俺が軽く返事をすると、緋衣は頬を膨らませながら怒る。
「清司は……もう少し女心を勉強した方が、良い……」
なにやら卦亜にまでそんな事を言われてしまった。
なんだ? これは俺が悪いのか?
「……じゃあ、俺にどうしろって言うんだよ」
「え? ああ、えっと……」
俺がそう言うと、緋衣は具体的に何と言われたいかまでは考えていなかったのか、途端にしどろもどろになる。
緋衣でさえこんななのだから、俺に女心を察せというのも無理な話ではないのだろうか。
「と、とにかく! 次からは、さっきみたいな適当な返事は禁止だからね!」
「はいはい」
「返事は一回!」
「はーい」
「伸ばすな!」
俺は、そんなベタなやり取りを交わしながら、少しだけ今の時間が楽しいと感じていた。
今は偽りの存在である俺だが、もし……武子誠二として彼女達と接する機会があったのなら、こんなふうに過ごしてみたいと思う。
そして、俺は後に起こる事件など知る由もなく、その日は緋衣達の買い物に付き合わされるのだった。
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