第11話

「1年A組の犬落瀬清司君。今すぐ、学園長室まで来てください。機織学園長がお呼びです。繰り返します……」


 翌朝、学園に登校し一限目に備えて準備をしていると、そんな放送がかかる。

 名指しで、しかも学園長室に呼ばれたとなれば当然注目がこちらに集まる。


(……一体、何の用だ?)


 集まる視線に居心地の悪さを感じつつ、俺はそんな事を考える。

 もしかして、本物の犬落瀬が見つかったとかそれに近いことだろうか?

 とにかく、放送でわざわざ呼ばれた以上は無視するわけにもいかない。


「おい、犬落瀬。今度は何やったんだ?」


 何度も無視されているにもかかわらず、狼森がめげずに尋ねてくる。


「さぁな……とにかく、呼ばれた以上、めんどくさいが行ってくるわ……」


 俺は、なるべくボロが出ないように最小限の言葉でそう答えると、学園長室へと向かう事にする。

 

「おい……あれって……」

「ああ、さっき放送で呼ばれてた犬落瀬だよな」

「学園長室に呼ばれたって事は……ついにやらかして退学か?」


 学園長室に向かう途中、すれ違う生徒達からそんな囁き声が聞こえてくる。

 まあ、この学園に通うなら犬落瀬清司という人物を知らないはずがないからな。

 しかも十傑の序列一位となれば尚更である。

 俺としては、あんまり注目されるのは避けたいところなのだが……有名税と思って諦めるしかないだろうな。

 ていうか、『ついにやらかした』ってなんだよ。何? 犬落瀬ってそんなに色々やばいの?

 俺は、十傑のメンバーとしか知らなかったので、ますます奴の人格を疑ってしまう。

 

「ちょっと清司!」


 周りの反応に俺がゲンナリしていると、聞き覚えのある声と共に女生徒がこちらへと息を切らせながら走ってくる。


「……廊下は走んなよ、緋衣」


 犬落瀬の幼馴染で、同じ十傑である緋衣に俺は話しかける。


「あんた、そんな事気にするタイプじゃないでしょうが。って、それよりも! 学園長室に呼ばれるなんて、今度はどんな問題起こしたの? 春に理科室を爆発させてからは大人しくしてると思ってたのに!」


 緋衣は、眉をつり上げながらそう叫ぶ。

 理科室爆破とか普通にテロじゃねーか。なんだ? 中二病でも患ってカッコつけて、やばい薬品でも爆発させちゃったのか?

 知ったかぶりして危険物を直に嗅いで「エンッ!」とか叫んで気絶しちゃったの?

 毒物君とかあだ名つけられちゃったの?

 事実は分からないが、この学園に来てから下がりっぱなしだった犬落瀬の株はもはやストップ安である。

 ――ちなみに、最初は緋衣から逃げ回っていた俺だったが、緋衣は全く俺の事を疑っていないどころか、勝手に良い方に誤解してくれていたので、それに乗る事にし逃げる事をやめた。


「俺だって分かんねーよ。だからって無視するわけにも行かないから、こうして向かってるってわけだ」

「……ねぇ、もしかしてじゃないの?」


 緋衣は神妙な顔つきになると、小声で俺にそう耳打ちしてくる。


「あの件……?」

「ほら、新世代狩りの」

「ああ、なるほど」


 首を傾げる俺だったが、その後の緋衣の言葉で得心が行く。

 そういえば、それもあったな。

 もっとも、あれは学園長に手を出すなと釘を刺されてからは特に何もしてない……というか、昨日の話なので昨日の今日でそれはないだろう……と思う。


「まぁ、何にせよ行ってみないと分からんわな」

「大丈夫? 私も一緒について行こうか?」

「お前は、俺のオカンか何かか。一人で行けるっつうの。それに、そろそろ授業始まるからさっさと自分の教室に戻れよ」

 俺はそう言うと、緋衣に向かって犬でも追い払うかのようにシッシッと手で払う。

 流石に、学園長との話は聞かせられないしな。

 ここは意地でも一人でいかなければならない。


「もう、何よ! 人が折角心配してるって言うのに! ふんだ、清司なんか退学にでも何でもなっちゃえばいいんだから!」


 緋衣は、感情が昂っているのか黒髪を赤く染め上げながらそう叫ぶと、ズンズンと荒々しく自分の教室へと戻っていく。

 ……うーん、沸点低いなぁ。

 見た目はお淑やかそうなだけに、ギャップが凄い。

 まぁ、火を扱うギフトを持っているから、結構沸点が低いというか怒りっぽいのかもしれない。

 別にそういう科学的根拠があるわけではないが、火のギフトを持つ奴は熱血とか怒りっぽい、氷や水のギフトは冷静、クールな性格が多かったりはするから、ギフトに少なからず影響されているだろうというのはある。

 狼森自身はどうか分からないが変身系も、獣特徴を持ってたりするからな。

 もしかすると、犬落瀬もコピー能力という性質上自分が保てなくて性格ひん曲がったとかそんな感じなのだろうか・

 ……まぁ、今はそんな事はどうでもいいか。

 これ以上待たせると申し訳ないし、さっさと学園長室に向かう事にしよう。



「すみません、犬落瀬です」


 学園長室前に到着し、豪奢な扉をノックすると中から「入りなさい」という機織学園長の声が聞こえてきたので、俺は扉を開ける。


「失礼しま……うぉっ!?」


 扉を開けて中に入ろうとした瞬間、中から出てきた人物に驚き、俺は小さく声をあげる。

 扉を開けた先に男の人が立っていたからだ。

 目の前の人物は、推定2メートル程の身長で鍛えているのからかギフトのせいなのかは知らないが、かなりガタイが良い。

 髪の毛は短く刈り込んでおり、やや白髪が目立ち始めている。

 年は30代後半から40代前半といった感じで、「アイルビーバック」とか言いそうな顔をしている。

 

「……」


 目の前の巨漢は、見下ろしながらジッと無言で見つめてくる。


「ど、どうも……」

「……清司君、調子はどうかね?」


 視線に耐えきれずに、俺が軽く会釈しながら挨拶をすると巨漢はそんな事を言ってくる。


「え……?」

「調子はどうかと、聞いているのだよ」


 思わず聞き返す俺に対し、巨漢は再び同じことを繰り返し喋る。

 ……この人、俺……じゃなかった、犬落瀬を知っているのか?

 しかも、名前呼びという事は割と親しい人物ではないのだろうか。


(あいつ、学校ではボッチの癖に無駄に顔広いな……)

「清司君?」

「あ、はい、すみません……大丈夫、です」


 俺がどうでもいい事を考えていると、三度呼ばれたので返事をする。

 まじで、この人誰なんだ?


「緋衣とは、どうかね?」

「どう……とは?」


 俺だけじゃなくて、緋衣とも面識があるのか。

 つうか、この人、いちいち喋る事が簡潔すぎて意図がすぐにわからない。

 体格も相まって威圧感があり、割と苦手なタイプである。

「緋衣に手を出していないか、と聞いているんだ。あれは……私の大事な一人娘だからな」

「は……」


 驚きのあまり大声を出してしまいそうになったので、俺はすかさず手で口を押さえて黙り込む。


(おいおい、今一人娘っつったか? もしかしなくても、このおっさん……緋衣の父ちゃんだよな)


 俺は、そんな事を考えながら改めて目の前の人物を繁々と眺める。


(…………うん、似てないな)


 それが、俺の偽らざる率直な感想だった。

 緋衣は線が細く、一見するとお淑やかそうなタイプである。

 一方、目の前の巨漢は緋衣と対極の見た目で微塵も似ていない。

 遺伝子仕事しなさすぎだろ。


「紙生里警部。すまないが、犬落瀬清司君に用事があってね。この後、授業も控えているので話すのはまたの機会にしてくれないだろうか?」

「ああ、すまない」


 学園長の声が部屋の奥から聞こえると、巨漢は後ろを振り返りながら謝罪する。

 今、紙生里警部って言ったな。

 緋衣と同じ苗字だし、やはり父親か……叔父とかそんなあたりだろう。

 流石に、兄はありえないだろうし。


「……そういう訳らしいから、私はこれで失礼する。清司君、以前も言ったと思うが……緋衣にはくれぐれも手を出すなよ?」


 紙生里警部は、俺の耳元でボソリとそう言うとそのまま学園長室から出ていくのだった。

 

(いやいやいや、手を出したくても出せねぇよ)


 相手は十傑だぜ? ただの女生徒ならともかく、新世代相手にそんな大それたこと出来るわけがない。 

 手を出そうものなら、一瞬で黒焦げである。

 まぁ、そもそもそんな気はないんだけどな。緋衣は確かに美人ではあるが、どっちかというと憧れに近い。

 何せ、学生の中では最もヒーローに近いと言われている十傑のメンバーなのだ。

 恐れ多すぎて恋慕とかする隙も無い。

 それに、俺は犬落瀬本人じゃないしな。

 

「さて」


 先ほど紙生里警部に言われた事を反芻していた俺は、機織学園長のよく通る声で我に返る。


「一限目が始まるという時に呼び出したりして悪かったね」

「いえ、それは別にいいんですけど……一体何の用でした? もしかして、犬落瀬が見つかったとか?」

「いや……残念ながら、まだ見つかってはいないな。この学園都市は入ってくるにしろ出るにしろ、入退記録がつけられるのだがその痕跡すらない。おそらく、逃亡に特化したギフトを多数用意したのだろうな。使える手を全て使っていても見つからないのだから、流石と言わざるを得ないよ」


 マジかよ。

 十傑の序列一位と言っても、それはあくまで学生間での地位に過ぎない。

 確かに個の力としてはトップレベルクラスではあるが、組織の力には勝てない。

 機織学園長がどれだけの権力を持っているかは知らないが、警察は勿論他の方法も使って見つけられないというのは、よっぽどである。


「まぁ、それは別にいいんだよ。君は、気にせず犬落瀬君のフリを続けてくれればいい」

「はぁ……」


 機織学園長の言葉に、俺は気の抜けた返事をする。

 なら、一体何なんだろうか? 紙生里警部が来ていた事に関係するのか?


「私は回りくどい事が嫌いなので率直に聞こう。……君は昨日、例の新世代狩りに遭遇しなかったかい?」


 瞬間、俺は心臓が一瞬跳ね上がるのを感じた。

 なんでだ? 一体、どこでそんな情報を掴んだのだ?

 もしかして、どこかに目撃者が居たか?


「どうなんだい?」

「それを聞いて……どうするんですか?」

「いやね、もし遭遇したのなら人相などの特徴を聞きたいと思ってね。……それで、実際のところ遭遇したのかい?」

「……いえ、会ってないです。そもそも、もし新世代狩りに出会ったのなら、とっくにボコボコにされてますよ。相手は、プロのヒーローですら容赦なく襲う連中ですからね。元々、ノーマルな俺には為す術がありませんから」


 俺のその言葉に、「ふむ」と機織学園長は腕組みをして考え込む。


「確かに……それもそうだね。いや、すまない。君によく似た外見の生徒が襲われている所を目撃されたと聞いてね。事情を聞きたかったんだ」

「なるほど、そうだったんですか。……今回は俺では無かったですけど、もし遭遇したらすぐに知らせますね」

「ああ、そうしてもらえると助かるよ。話はそれだけだったから、もう戻ってもいいよ。時間を取らせてしまってすまなかったね」

「いえ……それでは、失礼します」


 俺は一礼すると、そのまま学園長室を後にする。


(……俺は、何であんなことを言ったのだろうか)


 教室に戻る道すがら、俺は先程の学園長室でのやりとりを思い出す。

 目撃された人物というのは十中八九俺の事だ。

 黒巾組と名乗る不良集団が、自分達が新世代狩りと自ら名乗っていたし、学園長にそれを伝えればあっという間に解決しただろう。

 なのに、俺は出会っていないと嘘を吐いた。

 どうしてそんな事を言ったのかは俺にも分からない。

 ただ、素直に伝えて、警察やヒーローが解決……そんな単純に事が終わると思えなかったのだ。

 自惚れかもしれないが、これは俺が解決したい……そう思ったのだった。



「……ふふ」

 一人取り残された学園長室で、機織は誠二が出ていった扉をニヤニヤしながら眺めている。


「いやぁ……面白い。実に面白いよ、誠二君。君がどういう考えであんなことを言ったのか、非常に興味があるよ……」


 誰も居ない学園長室で、機織は誰に話しかけるわけでもなく一人で静かに呟く。

 そして、おもむろにポケットから携帯電話を取り出すとどこかに電話をかけ始める。


「私だ。……そう、例の生徒の事で……」

「…………」

「ああ、そうだ。うん、よろしく頼むよ。……ああ、いざという時は、助けてやってくれ。・……ではな」


 機織は電話の向こう側に居る人物に、伝えたい事を簡潔に伝えると電話を切って元の位置へと戻し、椅子の背もたれに全体重を預けて虚空を見つめる。


「君のヒーローとしての資質……見せてもらうよ」


 誠二の顔を思い浮かべながら、機織はまるで無邪気な子供のように楽しそうに笑うのだった。

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