第9話
「ほら……私も一応十傑でしょ? ヒーローを目指す身としては、新世代狩りを放っておけないのよ。ね? 手伝わせてよ、清司」
俺がポカンとしている間も、緋衣はそんな事をのたまう。
……どうしよう。
当然のことながら、俺は新世代狩りの犯人の居場所どころか顔も知らない。
そんな調査もしてないので、情報らしい情報は何一つ持っていない。
なので、もし彼女が本当に手伝った場合、俺の嘘が速攻バレてしまう。
「え、えーとな……気持ちは大変ありがたいんだが……ここは俺に任せてくれないか?」
「何で?」
何でと言われても困るんだけどなぁ……どう言えば納得するのだろうか。
先程彼女も言っていたが、犬落瀬のような例外はあれど基本的に十傑はヒーローを目指している。
それ故に、悪事や困っている人を見過ごせない。
目の前に居る緋衣のように。
そんな彼女を納得させられるだけの言い訳を考えなければいけないのだが……あ、そうだ。
「ほら……あれだ。えーっと、そう! 新世代狩りの奴らに襲われた新世代の奴ら、皆こぞって同じことを言ってただろ? 何故かギフトが使えなくなったって。だから、皆あっさりやられたって」
「そういえばそんな事も言ってたわね」
「ギフトが使えなければ、俺達は普通の一般人と変わらないだろ? 幼馴染を危険な目に遭わせたくないし、ここは任せてくれないか?」
「そ、それなら清司も同じじゃないの?」
「俺はほら、色んなギフト持ってるから奴らのギフト封じも無効化できるんだよ。な? 俺に任せておけって」
「……」
俺の言葉に、緋衣は無言でこちらをジッと見つめてくる。
「……分かった。けど、約束して? 絶対無茶はしないって」
「おお、任せておけって」
渋々ながらも納得してくれた緋衣に対し、俺は内心ホッとしながらそう答える。
「それじゃ、俺は昼飯食いに行くから。と、とりあえず……解決するまでは俺から距離を取っておいてくれ。そんじゃな!」
「え? あ、う、うん……」
戸惑いながらも返事をする緋衣を尻目に、俺はその場を後にするのだった。
◆
「よぉ、清司。緋衣ちゃんに呼ばれてたけど、何の用だったんだ?」
「……お前には関係ないだろ」
教室に戻ってくるなり、狼森が話しかけてきたので俺はそっけなく答える。
(すまんな……これ以上、面倒事を増やしたくないんだ)
心の中で彼に謝りながら自分の席につく。
それにしても、本意じゃないとはいえ他人に冷たく接するというのは予想以上にきつい。
俺は、こう見えて昔からコミュ力は割とある方だったので友達とかもそれなりに居た。
休み時間は男友達と馬鹿話をしたり、放課後は遊びに行ったりとそれなりに充実した毎日を送っていた。
それなのに、今は自分から修羅の道を進まなければいけないとはなんという地獄だろうか。
機織学園に通う為の代償と考えれば、むしろ軽いくらいなんだろうがやはりキツいものはある。
(ええい! こんな事ばっかり考えてても気が滅入るだけだ。なんか別の事を考えよう!)
どんどん気分が落ち込んでいく俺は頭を振ってスイッチを切り替える。
そして俺は、緋衣との会話を思い出す。
(そういえば……新世代狩りの件、どうしようか……)
勿論、俺だって例の事件には心を痛めているし何とかしたいとも思っていた。
しかし……いくら体を鍛えているとはいえ、ギフトを持たない俺に何ができるのだろうか。
奴らがどれくらいの規模で、どういう能力を持っているかも分かっていないのに挑むのは勇気ではなく無謀ではないのだろうか。
やはり、ここは普通にヒーローに任せるべきではないのかと思う。
(……ぁぁぁあああ! でも、やっぱり気になるぅぅ!)
あんまり気にしてないつもりだったが、一度気にし始めるととことん気になってしまう。
俺も一応ヒーローを目指している身なので、自分に無謀だと言い聞かせてはいるが、俺のヒーローを目指している心が何とかしろと囁き続けている。
しかし、何一つ情報が無いので結局手をこまねいている事しかできず、何とも言えない負のスパイラルが俺を襲う。
「おい、犬落瀬……さっきから百面相してるけど、具合でも悪いのか? それとも何か悩みでもあるのか?」
俺が何とも言えない気持ちに陥っていると、怪訝な表情を浮かべた狼森が話しかけてくる。
「あ、ああいや……ちょっと考え事しててな。悪いけど、俺には構わないでくれ」
「そ、そうか……わりぃな」
俺の言葉に、狼森は少し悲しげな表情を浮かべながらその場から去っていく。
うう……折角心配してくれてきたクラスメイトに、なんていう仕打ちをしてんだ俺は……。
これも全部、ボッチだった犬落瀬が悪い。
もし奴が見つかったら、しこたまぶん殴ってやる。
……もっとも、俺の方が逆にぶん殴られそうではあるがな。
「あ、そうだ。あの人に聞けば、もしかしたら……」
と、犬落瀬の事を考えていたらそれに付随してとある人物の事を思い出す。
あの人なら、もしかしたら新世代狩りの奴らについても何か知っているかもしれない。
よし、そうと決まれば放課後にでも聞きに行くことにしよう。
俺はそう決めると、悩むのをやめて授業を受けることにするのだった。
◆
「学園長!」
授業が終わり放課後。
俺は、早速あの人こと学園長の所へとやってきた。
何となくだが、学園長なら新世代狩りの奴らについて知ってそうな気がしたのだ。
本人が明言したわけではないが、何でも見透かしてそうな雰囲気がこの人にはあったから、ダメ元で尋ねてみようというわけだ。
「おいおい、ノックくらいしたまえよ。……まぁいい。何か用かい? 武子誠二君」
学園長は呆れたように溜め息を吐きながらも、俺の名前を呼びながら尋ねてくる。
「あ、すみません。……えっとですね、最近この都市で騒がれている新世代狩りの事は知っていますよね?」
「ああ、勿論だとも。それがどうかしたのかい?」
「その事なんですけど……何か奴らについて知ってる事があったら教えて欲しいなって思いまして」
「……どうしてだい?」
学園長は、少しだけ視線を鋭くしながら尋ねてくる。
俺は、その視線に怯みながらも口を開く。
「十傑として……ヒーローを目指す身として、何かしたいと思ったからです」
それが、俺の偽りの無い素直な気持ちだ。
俺はギフトを持たないノーマルだ。
そんな俺が新世代狩りを何とかしようなんて無謀だし、おこがましいにも程がある。
だけど、ヒーローなら……どんな苦境でも不利な場面でもきっと挑むはずだ。
俺の好きなヒーロー達が、俺と同じ立場だったら、きっと同じ行動をしたに違いない。
「十傑……ね。君は、それが仮初の立場だと理解しているのかい? あくまで十傑なのは、犬落瀬清司であって、武子誠二ではない。ヒーローを目指すのは結構だが、勇気と無謀をはき違えてはいけないよ」
「……っ」
学園長の正論に、俺は思わず押し黙ってしまう。
確かに、俺は今……犬落瀬清司のフリをしているが、奴自身になったわけではないし突然ギフトが使えるようになるなんてご都合主義も起こらない。
「もちろん、ヒーローとして考えるならば、君の行動も理解できるし、何とかしたいという気概は評価しよう。だけど……君はあくまで新世代のフリをした一般人なのだ。そこはいいね?」
「……はい」
「厳しい事を言ってすまないが……君の安全の為でもあるのだ。もし、君が下手にちょっかいをかけて返り討ちにあった場合、君の正体がバレてしまう可能性もある。そうなれば、他の人にも迷惑が掛かるのだ。この件は、プロヒーロー達に任せなさい。いいね?」
「…………分かり……ました」
俺は俯きながら、そう答えるのが精一杯だった。
「よろしい。用事はそれだけかな?」
「はい。……失礼、しました……」
俺はそう言うと、学園長室を後にするのだった。
●
「……ふぅ」
武子誠二君が、沈鬱な表情を浮かべながら学園長室から出て行ったあと、私は椅子に深く座りながら深く息を吐く。
「少し……きつく言い過ぎたかな?」
私は、先程彼に放った言葉を思い出しながらポツリと呟く。
「だけど、これも彼の為だ。ヒーローを目指すなら、あれくらいで潰れていてはやっていけないしな」
それに、彼にはギフトが無い。
それだけでも、普通のヒーローよりもかなり不利になってしまう。
「武子誠二君。……私は、君がヒーローになる事を願っているよ」
私以外に誰もいない部屋で、悲しそうな表情を浮かべていた彼の顔を思い出しながら私は静かに呟くのだった。
●
「はぁ……」
あーあ、どうしたもんかなぁ……。
俺は、何度目か分からない溜め息を吐きながらトボトボと歩く。
実際、学園長の言葉はド正論だった。
漫画などのフィクションと違って、現実は勇気や気合などの根性論でどうにかなるものではない。
物事を対処できるだけの力があって、初めて解決できるのだ。
学園長は、明らかに何か知っている風だったが……恐らく俺には何も教えてくれないだろう。
あの人の言う通り、俺はただのノーマル。
ギフトを手に入れられなかった……選ばれなかった人間である。
俺みたいにギフトを渇望する人間には手に入らず、ギフトを不要とする犬落瀬のような人間に授けられる。
もし、この世に神様が居るならば、なんて酷い神様なのだろうか。
「ギフトが……あればなぁ……」
ギフトがあれば……学園長も教えてくれただろうか?
いや、そもそも新世代狩りの奴らの手口すら分かってないのだから、どっちにしろ教えてもらえなかったかもしれない。
『力なき正義は、正義なき力に敗れる』とは誰の言葉だっただろうか。
誰が言ったかは思い出せないが、まさにその通りだと思う。
「力が……欲しいか……?」
ギフトが無い事に悩んでいると、不意にそんな声が聞こえてくる。
「……何やってるんですか、絡繰先輩」
横を見れば、何故かメガフォンを持った絡繰先輩が俺の耳元で囁いていた。
ちなみに、何故苗字ではなく名前呼びなのかというと、学園長と同じ苗字で紛らわしいから名前で呼べとのことだった。
本人曰く呼び捨てでいいと言っていたが、流石に女性の……しかも年上を呼び捨てにするなんて俺には難易度が高かったので、絡繰先輩で妥協してもらっている。
「いやな。君がギフトが欲しいと言っていたのでつい、な。それにしても、十傑の序列一位様がギフトが欲しいだなんて、随分な皮肉を呟くのだな」
やべっ、聞かれてたのか。
「え、えーとですね……それには事情がありまして……」
「事情? ……ふむ、面白そうだ。ラボで話を聞こうではないか。付いてきたまえ」
絡繰先輩はそう言うと、俺の腕を掴んで引っ張ろうとする。
「あの、拒否権は……?」
「あると思うか?」
デスヨネー。
サポートアイテムを貸してもらっているという負い目がある以上逆らう事が出来ず、俺は絡繰先輩に、彼女がラボと呼ぶ『絡繰工房』に連れて行かれるのだった。
◆
俺は、相変わらず乱雑に散らかっている工房に入ると絡繰先輩に半ば強制的に事情を説明させられる。
「――というわけで、新世代狩りは謎の手段でギフトを封じるので、それに対抗できそうなギフトが欲しいなって話だったんですよ」
もっとも、流石に馬鹿正直に話す訳にはいかないので多少それっぽく脚色はしている。
「なるほどな。我が叔母も意地の悪い事だ。相手は十傑の序列一位様なんだから、素直に教えればいいものを」
「いや、学園長は正しいさ。いくら十傑の序列一位とはいえ、結局は高校生でプロのヒーローじゃない。しかも、相手の手口も分からないんだから、責任者としては教えるわけにはいかないよ」
実際は、十傑の序列一位のフリをした高校生……なのだが、流石にそれを言う訳にはいかない。
「確かに正しいと言えば正しいが……本来、叔母はそんな保守的な性格ではないはずなのだがな……」
しかし、絡繰先輩は腑に落ちないといった感じで顎に手を添えながら呟く。
「そうなんですか?」
俺的には、会ったその日に学園の面子の為に犬落瀬のフリをしろとか言われてるし、結構保守的な人――というイメージがあったのだが。
「ああ……。叔母は、今でこそ学園長という立場から大人しくしてはいるが、実際は面白おかしい事が大好きなトラブルメイカーなのだ。もっとも、私も少しとはいえその血が流れているのだから、否定はしないがね」
「すこ……し……?」
「何だね? 何か言いたい事でもあるのかね?」
俺が絡繰先輩の言葉に疑問符を浮かべると、彼女はジロリとこちらを睨んでくる。
「いやいや、滅相もありません」
「……まぁいい。そんなわけで私の知っている叔母と、君から聞いた叔母の印象があまりにかけ離れているという訳だ」
「いやでも、俺は嘘は言ってませんよ?」
大筋に関しては……だがな。
「勿論、それは信じるさ。だからこそ不可解な訳で……いや、今はそれを突き詰めた所で無駄だろうな。それよりも、新世代狩りの方だ。確かに、ギフトを封じるというのは興味深いものがある」
「やっぱり、そういうギフトって事ですか?」
俺は知らないが、もしかしたら他者のギフトを封じるギフトが存在するのかもしれない。
もし、本当に実在して……それが犯罪者側に居るというのなら、かなりの事件な気がする。
プロヒーローは、ギフト持ちがデフォである。
犯罪者側にギフトを封じるギフト持ちが居れば、ヒーローという概念そのものが壊れかねない。
実際、ヒーローも為す術もなくやられているしな。
今はまだやられたヒーローの数も少なく、油断していたからという事でそんなに騒がれていないが、これがもっと数が多くなれば、きっと大混乱になってしまうだろう。
「……ふーむ、少なくとも私はそんなギフトは聞いたことが無いな」
しかし、絡繰先輩は首を横に振りながらそう言う。
「が、君のように複数のギフト持ちみたいな例外も居るし油断はできないだろう」
「何か良い手は無いですかね?」
「ふむ……ふむ? おお、そういえば良い物があったんだ!」
腕を組んで考え込む絡繰先輩だったが、唐突に手を叩きながらそう言う。
……俺は、すごく……すごーく嫌な予感がするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます