第8話
「――で、あるからして……」
剰水と出会った日の翌日。俺は今日も普通に授業を受けている。
普通の授業は、俺が以前通っていた高校と代わり映えがしないので退屈だがギフトに関連した授業は新鮮なので面白い。
もっとも……実技に関しては、当然のことながら俺は使えないのでもっぱら見学だが。
そんな感じで授業を受けていると、終了のチャイムが鳴る。
「では、本日はここまで」
「起立、礼、着席」
日直の号令に従い礼をすると、教師は教室から出ていく。
これで午前中の授業は終わり昼休みになったので、教室内に緩慢とした空気が流れる。
(さて……俺は、緋衣が来る前にさっさと逃げなければ)
一体、いつまでも逃亡生活が続くのかは分からないが、今はただ逃げ続けるしかない。
(まるで、犯罪者にでもなった気分だな……)
そんな事を考えるが、実際犬落瀬清司のフリをして周りを騙しているのだから、ある意味犯罪かもしれない。
「犬落瀬君」
「ん?」
俺が昼食を持って逃げる準備をしていると、誰かに声を掛けられる。
顔を上げればそこには、頭が鷲で女子の制服を来た人物が立っていた。
初見で見れば少しビビるが、彼女は俺……というか犬落瀬のクラスメイトである。
名前は確か……。
「鶴生……何か用か?」
確かギフトの効果は鳥化とかそんな感じだった気がする。
常時発動型のギフトで、彼女の頭は常に鳥頭(悪口ではない)である。
所々に羽毛が生えており、手の部分は鉤爪で腕には羽が生えている。
俺からすればすげえ生活しにくそうだが、彼女にとってはそれは当たり前の事なので特に不都合なく暮らせているようだ。
「えっとね……犬落瀬君の事を紙生里さんが呼んでるんだけど……」
鶴生さんは、見た目に似合わず凄い可愛らしい声でそう言う。
教室の入口を見れば、緋衣がこちらをジッと睨んでいる。
……どうやら、俺が逃げるのを見越して予め教室を張っていたっぽいな。
(はぁ……ここらが潮時かな)
むしろ、よく今まで逃げおおせられたなと感心するレベルだ。
こうなったら、幼馴染である彼女にだけは本当の事を打ち明けて協力してもらおうか?
犬落瀬は性格に難があったが、彼女はまともだし正直に話せば協力してくれるかもしれない。
言ってしまえば俺は犬落瀬の被害者だしな。そっち方面で攻めるのも手だろう。
「犬落瀬君……?」
「分かった。ありがとう」
「え、あ……う、うん」
俺は鶴生さんに礼を言うと、覚悟を決めて緋衣のもとへと向かう。
鶴生さんは、何やら興奮した様子で他の女子と話していたがよく聞き取れなかった。
「清司……ちょっと話があるの。来てくれる?」
俺が傍まで行くと、緋衣は真剣なまなざしで問いかけてくる。
ああ、これはいよいよバレてるな。
変わらず清司と呼んでいるのは、彼女なりの気遣いだろう。
もし、人の目のある所で俺が偽者だと断じてしまえば、俺がこの都市で生活できなくなると心配してくれているのだろう。
傍から見れば、犬落瀬のフリをしてる不届き者なのにな。
「……分かった」
そんな緋衣に俺はコクリと頷くのだった。
●
「……ねぇねぇ、さっきの聞いた?」
誠二と緋衣が立ち去った後、鷲香が興奮した面持ちで同じクラスの女子生徒に話しかける。
「聞いた聞いた! あの犬落瀬君がお礼を言うなんてびっくりよね!」
「前までは、あの目つきの悪さもあって近寄りがたかったんだけど……ちょっと雰囲気柔らかくなったよね?」
鷲香たちは、先程の誠二の態度についてかしましく話している。
「積極的にこっちと関わろうとしないのは変わらないけど……やっぱり前とは違うわよね」
「うん分かる分かる。これってやっぱり脱走しようとしてから変わったよね。何かあったのかな?」
誠二自身は、上手く犬落瀬清司になりきれているつもりだったようだが、実際はクラスメイトも薄々以前とは違うと感じているようでそんな事を話している。
「前までは話しかけんなオーラが凄かったけど……今の犬落瀬君はちょっといいよね」
「あ、私さ。前に、犬落瀬君が街でカツアゲを止めてるの見たんだよね」
「えー、そうなの? やっぱり、前とは違うんだね。犬落瀬君って十傑の序列一位だし……もしかして、狙い目?」
「それは無理でしょ。だって、同じ十傑の紙生里さんが居るんだよ?」
「でも、それだって幼馴染ってだけで、まだ彼女じゃないでしょ? だったら、私にもチャンスがあると思うなー」
――と、そんな感じで犬落瀬清司としては違和感はあるものの、何かがきっかけで性格が軟化したとしか思っておらず、クラスメイト達には好意的に受け止められていた。
しかし、誠二自身はそんな事は知らずに、これからも周りにバレないようにと積極的に自分からボッチの道を選ぶのだった。
●
「それで……話って何だよ」
俺は現在、緋衣に連れられて人気のない校舎裏に連れて来られていた。
女子に校舎裏へ呼び出されたら、普通ならば告白かなんかだろうと浮足立ってテンションが上がるのだが……そんな甘酸っぱいものではないと俺は理解している。
俺が話しかけると、緋衣は一瞬言いよどんでから口を開く。
「誠二はさ……何か私に隠している事、無い?」
……やっぱりか。
彼女の言葉に、俺は予想通りの結果にグッと身を引き締める。
まあ、明らかに距離を置いてたしよっぽどのアホたれじゃない限りは勘づくだろうな。
「最近、私から逃げ回ってるし、今まで住んでたところにも帰ってないみたいだし……」
まあ、俺自身は今まで通り今居るマンションに住んでるからな。
犬落瀬の部屋に行ったところで居るわけがない。
「しかも、昨日は卦亜ちゃんからも逃げたみたいじゃない? 私だけじゃなくて、あの子からも逃げるなんて絶対におかしいよ」
どうやら剰水とも面識があったらしいな。
まあ、同じ十傑だし当たり前と言えば当たり前か。
むしろ、全員面識があると考えた方が良い。
「実は……」
「新世代狩りの件でしょ?」
「え?」
観念して白状しようとしたところで、緋衣の突然の言葉に俺は素っ頓狂な声を出してしまう。
え、今この人なんつった?
「隠さなくてもいいの! 私、大体予想ついてるから」
驚く俺をよそに、緋衣は話を続ける。
「ほら、ここ最近戦闘系のギフトを持ってる人が狙われてる事件があるでしょ?」
確かにそういった事件があるというのはニュースで知っている。
なんでも、突然ギフトが使えなくなったとかそういう話だったかな。
「この都市から脱走しようとした日……清司は、何らかの形で新世代狩りの犯人の情報を得た。それで清司は、そいつらを捕まえるために計画を中止して学園に戻ってきた……」
いえ、犬落瀬は高笑いしながら去っていきましたが。
「今はすっかりスレちゃったけど、清司も元々ヒーロー志望だったから、きっと見逃せなかったんだよね? それで、そいつらはギフトが使えなくなるような何かの手段を持ってるから、私達に危険が及ばないように遠ざけようとした。……違う?」
あ、はい。全然違います。
そんな「どう? 全部あってるでしょ? あんたの考えなんかお見通しなんだからね?」みたいな顔をされても、全く違うからどう返していいか分からない。
俺は、ただ単純に正体がバレたくなかったから逃げ回っていただけなんだが……どうしてこうなった?
「どう? 全部あってるでしょ? あんたの考えなんかお見通しなんだからね?」
うわぁ、一字一句違わず同じこと言われた。
俺、実は心を読むギフトとか持ってたのかもしれない。
……そんなギフト持っててもヒーローとしての活動は難しそうだから別に要らないが。
「……」
俺は、正体がバレたと思っていたのですっかり拍子抜けしてしまった。
しかし、せっかくのチャンスだし……いっその事すべて話してしまおうか?
そんな感じで悩んだ結果、俺は……、
「そ、その通りなんだよ。いやー、流石は緋衣だ。まさかそこまで見破られるなんて予想してなかったわ」
彼女の話に合わせることにした。
チキンだと罵りたければ罵るがいい。
折角彼女が勝手に勘違いしてくれたのだから、それに乗っからない手は無い。
「やっぱり! おかしいと思ったのよね。いきなり清司が私から距離を置くなんて。……あー、私がなんか怒らせるような事やったんじゃないかって心配して損した!」
俺が乗っかった事で、緋衣はホッと一息つきながら安堵する。
「あ、でもそれなら何であの時私のギフトをコピーしなかったの? 清司なら、私のギフトをコピーすれば熱さなんか凌げたでしょ?」
あの時……というのは、俺が緋衣と初めて会った日の事だろう。
ていうか、彼女は普通に犬落瀬の本来のギフト知ってるんだな。
まあ、幼馴染だし当然と言えば当然か。
しかし、それに関してはどう言い訳したものか……。
「……じ、実はな……あの時、例の新世代狩りについて考え事しててそこまで考えが回らなかったんだよ。ほ、ほら……お前って察しがいいだろ? だから、ボロが出ないように慌てて逃げたんだ。まぁ、結局全部バレちまったがな」
「……」
俺がそう言い訳をすると、緋衣がジッとこちらを見つめてくる。
(……流石に少し言い訳が苦しかったか?)
見つめてくる緋衣に対し、俺がそんな事を考えていると、彼女は突如ニッと笑う。
「やっぱりそうだったんだ! そうじゃないかと薄々思っていたのよね!」
うわぁ……この子、凄くちょろい。
こんな騙されやすくてよく十傑なんてやってられるな。
まあ、いくら強いと言っても高校生なのだから当然と言えば当然かもしれない。
そんな事言ってる俺も高校生なんだけどさ。
「ま、まぁそういう訳だからさ? この件は俺に任せてくれ。じゃ、そういう事で……」
「待って」
俺が立ち去ろうとすると、裾を掴まれ引き留められてしまう。
なんだよ、まだ何かあるのか? ……なんだかすごい嫌な予感がするが。
「私も……その、新世代狩りの犯人を捕まえるのに協力させて!」
嫌な予感的中で、緋衣はそんな事を叫ぶのだった。
●
同時刻、都市内の某所。数人の男達が集まっていた。
「……よぉ、首尾はどうだ」
「こっちは結構順調だぞ。これで十人目だ」
「へ、どうせ雑魚ばっかり狩ってんだろ?」
「うるせーよ!」
ガラの悪い男達は、物騒な話を繰り広げている。
「それにしても、良いもんもらったよなぁ」
「ああ、最初は半信半疑だったが……効果絶大だぜ」
男達は、自身の指にハメている指輪を見ながらニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる。
「これさえあれば、あのくそムカつく新世代どもが雑魚に早変わりだからな! 笑いがとまんねーぜ」
「奴らなんか、ギフトが使えなければ俺達ノーマルと変わらないからな。むしろ、ギフト頼みだった分、俺達よりよえーだろ!」
「はは、ちげーねーや!」
男達はゲラゲラと笑いながら、愉快そうに話す。
「それにしても、これをくれた奴も変だったよなぁ」
「ああ、同じ新世代を狩れってな。ま、俺達は楽しいからいいけども」
男達は、自分達に不思議な指輪を授けた人物を思い出す。
「しかも、何か特別な事をしろって訳じゃなくてただ単にぶちのめせって話だからな」
「まぁ……なんにせよ、俺達がやる事は変わらない」
男達はお互いに顔を見合わせると頷き合う。
「「傲慢な新世代の奴らをぶちのめす」」
男達は、不穏な空気を纏わせながら同時にそう言うのだった。
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