第10話

「うんうん、よく似合ってるぞ」

「……」


 俺の恰好を見て、絡繰先輩は満足気に頷く。


「あの……絡繰先輩?」

「なんだね? あまりに素晴らしいから感動してるのかい? ふふ、私の自信作だから当然の事だがな。さあ、私に惜しみない賞賛を送るがいい!」

「いや、なんていうか……何ですかこれ」


 俺は、自分の現在の恰好を見ながら絡繰先輩に尋ねる。

 俺の今の恰好は、無骨な機械の鎧を身に纏っている。

 所謂パワードスーツとかそういう類に近いのだが、ずんぐりむっくりという言葉が当てはまる外見だった。

 腕や足、胴回りが太くとてもじゃないが機敏に動けそうにない。

 絡繰先輩に言われるがままに装備したが、すげぇカッコ悪い。


「見て分からないのか? 私製のパワードスーツ『ぱわ太くん』に決まっているじゃないか」


 いや、そんなの見て分かるわけないでしょうが。

 この人は、一体何を言っているのだろうか。


「いいかい? そのぱわ太くんは、一般の成人男性の百倍の力を発揮することができるのだ」


 それは確かに凄いかもしれない。

 一般男性の握力の平均が確か50㎏くらいだから、それの百倍となれば5000㎏。

 握力だけ見てもとんでもない性能である。


「見た目はともかく、それは確かに凄いですね。これならギフトが使えなくても……」

「ただし」

「はい?」

「性能重視にしたせいか、バッテリーだと三分しか保たなくてな。しかも、バッテリーが切れるとまったく動けなくなるのだ」


 うわ、使えねぇ。

 三分とかどこのインスタントヒーローだよ。

 有事の時だけ装備するという手もあるが、こんなでっかい物を気軽に持ち運べるはずもないので、そもそもが却下である。

 なんでこの人の発明品はこうも残念なのだろうか。


「な、なんだその目は! 君が力が欲しいと言ったから、私の発明品の中でも戦闘力の高いものを引っ張り出してきたというのに!」

「いや、三分しか動けないなら欠陥もいいとこでしょうに。しかも、こんだけデカいから持ち運びも出来ないし……ぶっちゃけガラクタじゃないですか」

「ぬぅ!? それは聞き捨てならない。聞き捨てならないぞ! いいか? 私の子供達にガラクタなどは存在しない! 全てが至高の作品なのだ!」


 その自信は一体どこから湧いて出るんだろう。

 ……確かに、性能だけ見ればどれも高校生が作ったとは思えないくらいに高性能だ。

 ただ、それを差し引いても余りあるほどに欠陥が目立ちすぎる。

 とてもじゃないが、普通に運用できないものばかりである。


「とりあえず、これは却下でお願いします。見た目もカッコ悪いし……」


 せめて、もうちょっとスマートな見た目か、カッコいい感じなら我慢できたのだが……いかんせん不細工すぎる。

 こんなヒーローは俺としては少々遠慮したい。


「ならば、これはどうだ? 『どこでもホームラン君』!」


 絡繰先輩はそう言うと、金属製のバットに飛行機などについてるジェットエンジンのようなものがいくつかついた代物を取り出す。


「大体予想つきますけど……これは一体どういったものなんですか?」

「ふふ、これはな……飛行機についているジェットエンジンを参考にしたものでな。何と、手元のスイッチを入れる事でマッハ1の速度でバットを振る事が出来るのだ! しかも、バット自身も特殊な合成金属を使用しているので非常に丈夫だ! どうだ? これならば、武器としても上等だぞ!」


 よっぽどの自信作なのか、絡繰先輩はムフーと鼻息を荒くしながら説明する。

 確かに、聞いた話だと結構使えそうだ。

 攻撃力も高そうだし。

 ただ……、


「ちなみに、デメリットは何ですか?」

「人間の体の方が衝撃に耐えきれずに、これを使ったら腕の骨が粉砕する」

「おい……おい!」

「い、いや……ほら! 体が金属化するギフト持ちの新世代とかが使えば充分実用に耐えるだろう?」

「そもそもがギフト使えなくても戦えるサポートアイテムが欲しいという話だったんですが……?」

「…………」


 俺がツッコミを入れると、絡繰先輩は押し黙る。

 この感じ、さてはその大前提を忘れてたな? 

 自分の作品を自慢したいがために、とりあえず戦闘力が高いサポートアイテムを出しただけだろう、これ。


「まぁ、どんまい!」

「それ、アナタが言うセリフじゃないでしょうが」


 俺はゲンナリしながらもツッコミを入れる。

 あの学園長の親戚だと思えない程にこの人は残念過ぎる。

 ……いや、もしかしたら俺が知らないだけで学園長も残念なのかもしれない。あんまりそんな残念な所は見たくないが。

 そんなこんなで、俺は絡繰先輩の残念なサポートアイテム達をその後も見せてもらい、何とか使えそうなものをいくつか見繕うのだった。



「ああ、くそ……すっかり遅くなっちまったな」


 腕時計を確認すると、20時をすっかり回ってしまっていた。

 これも全部絡繰先輩のせいだ。

 普通に説明すればいいのに、やれこれはこうだ、あれはいいぞ、と蘊蓄混じりで喋るからいちいち時間が掛かってしまった。

 我ながら、よくあの人に付き合えていると思う。

 まあ、学園長の紹介だからというのもあるが……なんだかんだで絡繰先輩の作るサポートアイテムは性能“は”いいのだ。性能は。

 よっぽど致命的なデメリットさえなければ、一応それなりに使えたりする。

 射出ワイヤーとかも、実際使えるしな。絡繰先輩にしては、デメリットらしいデメリットもないし。


「ん……?」


 俺がそんな事を考えていると、目の前に数人の男達が現れる。


「へへ」

「くっくっく……」


 男達は、俺と同じくらいの年齢に見える。

 全員が頭に黒いバンダナを巻いており、なんだか不穏な空気を纏っている。


「よぉ……ちょっと聞きたいんだけどさ……アンタ……新世代か?」

「いや、ノーマルですよ。用件はそれだけですか? じゃあ、俺はこれで」


 めんどくさそうな雰囲気を感じ取った俺はそう答えると、彼らの横をすり抜けようとする。


「はいそーですか、って通すわけないだろうが。お前、舐めてんの? そもそも、その制服は機織学園の制服だろ? あそこは、新世代しか通えない学校なのにノーマルなんか居るわけないだろうが」


 が、男達は俺の前に回り込みジロッと睨んでくる。

 ちっ、やっぱダメか。

 まぁ……この制服を着るという事は、自分は新世代ですってアピールしてるようなものだからな。


「ったくよぉ、新世代の癖にノーマル騙ったりするなんて俺達を馬鹿にしてるよなぁ。なぁ?」

「ああ、すげぇムカつくわぁ」

「こういう人を馬鹿にした奴には天罰が降るべきだよな」

「俺達が代わりに天罰与えてやろうぜ!」


 一人の男がそう言うと、周りの奴らもそうだそうだとこぞって賛同する。

 こいつら、もしかして……。


「……なぁ、お前ら。もしかして、今この街で話題になってる新世代狩りか?」

「ひゃっは! ご名答! 俺達が、新世代狩りでーす!」


 俺の質問に対し、男達はゲラゲラと笑いながらそう答える。


「俺達は泣く子も黙る『黒巾党』。てめーら、いけ好かない新世代共に天罰をくだす正義の味方だ」

「そうそう! 俺達は虐げられているノーマル達の救世主! つまり、俺達こそがヒーローってわけ! サインやろうか? ははは!」

「……何が正義の味方だ。無抵抗の相手を一方的にボコって良い気になってるクソ共の間違いだろうが」


 奴らの言動にイラッと来た俺は、しなくてもいい兆発を思わずしてしまう。

 ヒーローを侮辱しているこいつらを許せなかったのだ。

 

「おいおいおい、お前……状況分かってんの? こんだけの人数に囲まれてそんな事言うとか、馬鹿なの?」


 改めて人数を確認すると、奴らは全部で八人。

 手にはバットやら棒やら鈍器が握られている。

 今の俺の言葉に殺気だっている様子だ。

 確かに、これだけの人数相手なら普通は一方的にやられてしまうだろう。


「お前らこそ分かってるのか? お前らが相手をしてるのは新世代なんだぞ? こんくらいの人数集めた所で意味がないって分かるだろうが」

「新世代……新世代ねぇ? 確かに、戦闘ギフト持ち相手なら俺達ノーマルがいくら集まった所で意味がないさ。ただ……それはあくまで、ギフトが使えたら……だろ?」


 男の言葉に、俺は眉をピクリと跳ね上げる。


「くくく……新世代狩りについての事で、こんな事も聞いたことがあるだろ?」

「何故か使ってな。ギフトが使えない新世代なんて、俺達ノーマルと何ら変わりはしねぇ。いや……むしろ、普段ギフトに頼ってる分、いざ使えなくなったら俺達以下って事だ!」


 なるほど……どうやら、ギフトが使えなくなるのはこいつらが原因らしいな。

 しかし、こいつらの話しぶりからするとこいつらもノーマルっぽいのに、どうやってギフトを使えないようにしてるのだろうか。

 

「なぁ……一つ聞いていいか? お前らはノーマルだよな? 一体、どうやってギフトを使えなくしてるんだ?」

「へ、そいつはな……」

「おい、アイツに他人に言うなって言われたろうが!」

「あ、そうだっけか? わりぃ」


 黒巾組の一人が喋ろうとしたところで、別の奴が慌てて制止する。


(あいつ……?)


 あいつっていうのは誰だろうか。

 少なくとも、こいつらの裏に黒幕が居るっぽいってのは確定だな。 


「こほん……まぁ、そんなわけで、だ。ギフトが使えない新世代なんか恐れるに足らないって訳だ。大人しくボコられろや」


 そんな事を聞いて大人しくボコられる奴がどこに居るのだろうか。

 ふむ……こんな時、本物の犬落瀬ならどうすんだろうな。


「……」

「おいおい、何だんまりしてるの? ビビっちゃった? 大丈夫大丈夫! 流石に殺しまではしないからさ! ただ、ものすごーく痛いだけだから!」

「ギャハハハ! それ、全然安心出来ねーだろ!」

「お前らは……」

「あん?」

「お前らは、本当に俺に勝てると思ってるのか?」

 俺がそう言うと、笑っていた黒巾組はピタリと笑うのをやめる。


「……なぁ、俺さっき説明したよな? 新世代は俺達の前じゃ、ギフトは使えないってよ。その頭は何のためについてるんだ? 俺達の言葉が理解できないのか?」

「お前達こそ、今どんな奴を相手にしてるのか分かった上で言ってるんだろうな?」

「……どういう事だ?」

「あ! こ、こいつ犬落瀬清司じゃねーか!」


 首を傾げる男の隣に居た奴が、俺を指差しながら急に叫びだす。

 そして、それを聞いた周りの奴らは途端にざわめきだす。

 そりゃそうだ。

 犬落瀬清司と聞けば、この街に住んでる奴らならばビビらないはずがない。


「おい、こいつが犬落瀬清司だってのはマジなのか?」

「あ、ああ……暗くて最初は気づかなかったけど、こいつは犬落瀬清司で間違いねぇ……。前に見た事がある……」


 男は、チラチラとこちらを見ながらそう答える。

 

「確か、犬落瀬は機織学園に通ってたよな。こいつも機織学園の制服着てるし……マジか……」


 犬落瀬の名はやはり偉大な様で、途端に黒巾組の奴らビビり始めている。


「……そうだ。俺が犬落瀬だ。俺は優しいからな。もし、今尻尾撒いて逃げるってんなら見逃してやってもいいぜ」


 多分、犬落瀬ならこんな感じの事を言うんだろうな。

 自分勝手で傲岸不遜。

 それが、周りからの評価だった。実際、あの時初めて会った時、俺も似たような印象を抱いたので、さほど間違っていないはずだ。


「お、おい……どうする? 相手が十傑……しかも、序列一位だと流石にまずくねーか?」

「ああ……折角見逃してくれるっていうんだから、このまま逃げちまおうぜ……」


 黒巾組の奴らはすっかりビビってしまい、そんな感じの事を小声で話している。


「び、びびってんじゃねーよ! 十傑がなんだってんだ! 俺達は、ヒーローでさえ倒してるんだぞ! 十傑といえど、ギフトが使えなきゃただの人だ!」


 すっかり逃げ出しムードになっている中、一際体の大きいリーダー格っぽい奴が叫ぶ。

 

「つ、 槻木つきのき君……」


 どうやら、リーダー格っぽ言う奴は槻木というらしい。


「……本当にギフトが使えないと思うのか?」

「何?」

「俺は千のギフトを持つ男だぞ? どういう手段でギフトを封じてるかは知らないが……使えないと思うか?」


 実際は、千どころから一つも使えないのだがそこはそれ。

 奴らは俺を犬落瀬清司だと信じ切っている。

 

「く……」


 俺のハッタリが聞いたのか、槻木だけでなく他の奴らもすっかり逃げ腰になっている。

 

「そ、そんなのハッタリに決まってる! い、いくら大量のギフトを持ってたって関係ないはずだ!」

「なら……試してみるか?」


 俺はそう言いながら、地面に落ちていた手頃なサイズの石を持ち上げる。


爆弾職人ボムズ・ボムズ……あらゆる無機物を爆弾に変えるギフトだ。今、この石は爆弾になっていて、投げれば数秒後に半径5m以内を吹き飛ばす……」


 まぁ、嘘なんですけどね☆

 しかし、奴らは明らかにビビっており今にも逃げ出しそうになっている。


「う、嘘に……」

「決まっているなら、逃げんなよ?」


 尚も虚勢を張る槻木に対し、俺は石を軽く放り投げる。


「う、うわああああああ!」


 例え嘘と分かっていても、やはり犬落瀬という影にビビり黒巾組の奴らは我先にと逃げ出す。

 当然、石は爆発することなくただ地面に転がるだけだった。


「……ぶひゅう! 何とかなったぁ……」


 奴らが見えなくなったのを確認すると、俺は深く息を吐きながら地面にへたり込む。

 正直、俺の方が間違いなくビビっていた。

 俺はまだ何も準備が出来ていないので、今奴らと戦うのは得策では無かった。

 だから、俺のハッタリに騙されて逃げてくれたのは正直助かっている。


「あいつら……黒巾組って言ったか……」


 名前と顔は覚えたので、街でちょっと聞きこみをすれば恐らくはすぐ見つかる事だろう。

 準備を整えたら奴らのグループを潰す。

 俺は、情けなく腰が抜けながらもそう誓うのだった。

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