第3話

「ここが……今日から俺が通う教室か……」


 俺は、A組と書かれたクラスのプレートを見上げながら呟く。

 ここ、機織学園では5つのクラスに別れている。

 A~Eクラスまであり、成績やギフトのランクなどを鑑みてバランスよくクラス分けしている。

 ギフトのランクというのは、威力や効果、本人がどれだけ扱えているかなどの総合を見て判断されている。

 

(とりあえず、バレないようにだけはしないとな)


 この学園に通う際に提示された条件は、犬落瀬清司として振舞う事。バレたらどうなるかは聞いていないが、どうなるかが怖かったので俺は特に何も聞いていない。

 どっちにしろ、俺としても念願の学園に通えることになるので、バレる事は好ましくない。

 それ故に、しっかり成りきろうと考えていた。

 

(一応、学園長から犬落瀬清司の人となりは聞いてるから大丈夫だとは思うけど……やっぱり少し不安だ)


 幸いにも、犬落瀬清司はあまり他人と関わり合いを持とうとしていなかったらしい。

 それ故に、Aクラスとも交流が少ない。

 まだ五月だという事もあるが、犬落瀬清司と俺は双子レベルで顔が似ていたので、よっぽどのヘマをしなければ、まずバレることは無いだろう……と信じたい。

 後は、俺がどれだけ犬落瀬清司に成りきれるかが勝負である。


「すー……はー……」


 俺は、腕を上下させながら深呼吸をすると覚悟を決めて教室の扉をがらりと開ける。


「「「……」」」

「う……」


 俺が教室に入ると、先程まで騒がしかった教室は一斉にシンとなり、視線が俺の方へと集中する。

 俺は、その視線に気圧されながらも自分の席をキョロキョロ見渡しながら探す。。


(俺の席は……あそこか)


 犬落瀬清司の席は、教室の後ろの方で真ん中からやや窓側となる。

 あらかじめ学園長から、犬落瀬清司について聞いていた俺は少しまごつきながら自分の席に座り、鞄を机に下ろす。

 その様子を見て、周りの生徒達はヒソヒソと話をする。


(い、居心地わりぃ……)


 自分と違って、周りの人間は全てギフト持ちの新世代。

 ギフトを何も持っていない俺からすると場違い感が半端ない。ぶっちゃけ、可能なら今すぐ帰りたい所である。

 ……犬落瀬も、細かいところは違えどこんな心境だったのだろうか?

 犬落瀬清司は十傑で……しかも表向きは複数のギフト持ちと言われている。

 注目を浴びるなという方が無理な話である。

 そう考えると……逃げ出したいと考えた犬落瀬には同情してしまう。


「よぉ、清司。お前、脱走は失敗したのか?」


 俺がそんな事を考えていると、クラスメイトが話しかけてくる。

 身長は大体俺と同じくらい。中背中肉の男で軽薄そうな雰囲気を醸し出している。

 髪の毛は金色に染めており、ヘアバンドを付けてオールバック風の髪型にしていた。

 第一印象はチャラそう。この一言に尽きる。 

 

「……」


 清司として返事をしたい所だったが、ボロが出ないようにと彼の名前を知らない為に、無視するような形になってしまった。

 俺は、心の中で名も知らないクラスメイトに無視した事を謝る。


「まぁ、流石に十傑のお前でも脱走は無理だったか。なんたって、この学園は都市の中でもトップレベルだからな。教師とかもスゲェギフト持ちとか居るらしいし、脱走はまず出来ないだろうよ」


 しかし、男子生徒はそんな事を気にせずに一人でペラペラと喋り続ける。


「つーか、そもそも脱走するってのがわかんねーんだよな。この学園を卒業できれば、よっぽど成績が悪く無い限り、大抵はヒーローなれる。ヒーローになれば、金は稼げるし女の子にもモテモテ! 何の不満もねーじゃねーか」


 男子生徒の言葉ももっともな話である。

 ヒーロー、という単語に幻想を抱きがちだが、実際は金儲けや名声、地位を得るための手段として見られているのがほとんどだ。

 勿論、純粋に人の為に働こうというヒーローも居るが、割合的には仕事と割り切っているギフト持ちの方が多いのが現状である。

 勿論、俺は純粋にヒーローとして人の為に働きたい側だ。

 ウルティマに救われてからは、それだけが俺のヒーローを目指す理由である。


「しかも、お前は十傑の一人だ。黙ってたって、ヒーローになれるじゃねーか」

(そこは……俺も疑問だったんだよなぁ)


 男子生徒の言葉を聞いて、俺は考える。

 結局、どうして逃げ出したのかは分からずじまいだったので、俺自身にも犬落瀬清司という人間の行動理由が分かっていない。

 先程、注目されるのが嫌だから逃げ出したのではと予想したが、それだって俺の勝手な予想なので合っているとは限らない。

 理由は、本人のみぞ知る……である。

 そんな事を考えていると、始業開始のチャイムが鳴り教師が入ってくる。

 男子生徒もそれに気づくと、慌てたように席に着く。


(見た目は、チャラくて不良っぽいのに随分真面目なんだな)

 

 などと、俺はトンチンカンな事を考える。


(えーと……さっきのは、狼森 風牙おいのもり ふうがか)


 俺はHRの最中に、学園長から貰った出席簿のコピーをこっそりと確認する。

 そこには、Aクラスの名前と顔写真、ギフト名が書かれていた。

 

(ギフトは、金狼化……か。効果は書いてないから分からんけど、狼に変身できる能力っぽいな……良いなぁ)


 変身系のギフトは、差異はあれどほとんどが自身の身体能力を向上させる。

 身体能力の向上は、単純だが……シンプルだからこその汎用性の高さがある。

 ギフトによっては活躍できる場所が限られてしまうようなのもあるが、身体能力の向上系はオールマイティに活躍できるのだ。

 もっとも、たんに変身といっても千差万別なので一概にそうとは言えないが。

 人狼は、個人的にはスピードタイプってイメージだな。あくまで漫画とかの知識でだけど。

 

「……おい、犬落瀬」

(しっかし、流石は機織学園。他にも、なんだか凄そうなギフト持ちが居るなぁ)

「犬落瀬」

(俺はギフトを持ってないから、妄想が捗るな。もし、俺がこのギフトだったらどう使おうとか……やっぱ、この学園にこれて良かったな)

「犬落瀬ェ!」

「あぶしっ!?」


 出席簿のコピーを見てニヤニヤしていた俺は、突如脳天に走る衝撃に悶絶する。


(な、なんだ? 何が起こったんだ?)


 突然の痛みに涙目になりながら顔をあげれば、目の前には煙で出来た大きな拳がフワフワと浮いていた。


「……ったく、十傑だかなんだかしんねーが、俺の話くらいは聞いておけ。それ以外だったら脱走しようが俺は気にせん」


 教師は、そう言いながら煙の拳を自分の口に咥えている煙草に戻していく。

教師の見た目は、ボサボサの髪に眠そうな瞳。白衣を着ており、何かの研究者を彷彿とさせる見た目だった。

 口元には煙草と、教師にあるまじき姿ではあるが、これも彼のギフトの影響とも言える。

 多分……教師のギフトは煙を操る能力だろう。煙草から出てるって事は、煙草を媒体にしないと操れないとかそんな感じだろうか。


(それにしても……失敗したな。そうだよ、俺は犬落瀬清司だった)


 名前は同じだったのですんなりと浸透した俺だったが、犬落瀬という名字の方は馴染が無かったために、聞き逃してしまっていたのだ。

 その後、俺は痛みが残る頭をさすりながらHRを真面目に受ける。

 午前中は座学で、普通の教科だった為にギフトを持たない俺でも普通に授業を受ける事が出来た。

 しかし、度々突き刺さる視線に俺は落ち着かず、針の筵状態だった。

 前代未聞の学園脱走を試みたのだから当然である。

 実際は成功しているのだが、周りの生徒は未遂……失敗だと思っている為に、尚更奇異な視線が集中する。

 

(頼むから、まともに授業受けさせてくんねーかなぁ。……これも全部犬落瀬が悪いな。うん)


 機織学園に通えることになったのは素直に感謝するが、それはそれこれはこれという奴で、俺は今頃は都市から逃げおおせているであろう犬落瀬を怨むのだった。



 針の筵に居座り続けてそろそろ限界が近づいてきた頃、ようやく昼休みを告げるチャイムが鳴る。

 

(はぁ……午前中だけで、どっと疲れた……。とりあえず、授業はついていけそうだったから良いけど、正直、このままだときついな)


 俺が机に突っ伏しながらそんな事を考えていると、ふいに自分の腹が空腹を報せてくる。


「腹、減ったな……食堂にでも行くか」


 特に弁当も作っていない俺は、学園の食堂に向かう事にする。

 前の学校にも食堂はあったが、この学園の食堂は他とどう違うのか俺は密かにワクワクしていた。


「あれ? 清司、今日はお前の嫁を待たなくていいのか?」


 食堂に向かう為、清司が教室を出ようとすると狼森が話しかけてくる。


「……嫁っ!?」


 狼森の衝撃的な発言に、人目もはばからずに俺は思わず叫んでしまう。

 何? 犬落瀬って、高1なのにもう嫁居るの?

 十傑で嫁持ちとかもう、爆発四散すればいいんじゃねーの?


「んだよ、そんなわざとらしく驚いて。いつもの軽口じゃねーか。ほら、幼なじみだよ幼なじみ」

「あ、ああ……そういう事か」


 不思議そうにする狼森の言葉で、俺は合点がいき冷静さを取り戻す。

 そう……そうだよな。流石に高1で嫁はねーよな。

 それでも、異性の幼なじみが居る時点で爆発案件ではあるが。


「お前、なんか今日変だぞ。授業も普通に受けてたし、そもそも、いつも無視するのに俺の言葉に反応するのも変だ」

(あいつ、授業すらもまともに受けてなかったのかよ。それに、クラスメイトともまともに会話してなかったみたいだな)

 

 俺にとっては普通の対応のつもりだったのだが、犬落瀬清司としては珍しい事だったようだ。

 どうりで奇異の目で見られるわけだと、俺は密かに納得する。

 そして、それと同時に犬落瀬の持つボッチ属性にうんざりする。

 俺は、割と社交性が高い方だと自負しているからボッチに成りきるというのは精神的にキツイものがある。


(それにしても、幼なじみか。狼森の話だと、毎日一緒に飯を食ってるっぽいし、漫画やラノベの主人公かよとツッコみたくなるな)


 俺はそんな事を考えながら、尚更そんな環境でどうして逃げ出したのかが分からなくなってしまう。

 例え、注目を浴びて針の筵だろうが、幼なじみの女の子が居るなら俺であれば耐えられる。


(……もっとも、その幼なじみが超絶不細工だったりしたら、迷わず逃げ出すがな)

「清司?」

「あ、ああ……何でもない。ちょっと気まぐれだから気にすんな」


 自分の世界に入っていた俺は、狼森の言葉で引き戻され、慌てて取り繕う。


(あぶねぇあぶねぇ、うっかりしてたぜ……ん? 幼なじみ?)


 犬落瀬の幼なじみ……というワードに、俺は何か引っかかりを覚える。

 えーと、確かどっかで聞いた気が……ってそうだ! 学園長だ。学園長から聞いたんだった。

 状況が目まぐるしくかったために、うっかり忘れていた。

 一応、犬落瀬が親しかった人物の情報は聞いていたんだった。

(確か学園長からの情報では……紙生里 緋衣かみあがり ひいって言ったかな。俺……いや犬落瀬清司と同じ十傑の一人……)


 紙生里 緋衣かみあがり ひい。ギフトは確か『炎』を扱い、犬落瀬清司の幼なじみでありながら十傑という経歴の持ち主だ。

 幼なじみという事は、当然小さい頃から犬落瀬清司を知っていることになる。

 いくら顔がそっくりとはいえ、犬落瀬清司を深く知っている人物に会えばバレてしまう。

 そう考えた俺は、その場からさっさと去ってしまう事に決めた。


(その子には悪いが、さっさと退散してしまおう。俺は清司であって清司じゃないからな。バレるわけにはいかないんだ)


 清司は、そうやって心の中で謝りながら教室の扉を開けて廊下に出ようとする。


「きゃっ」

「おっと……!」


 と、教室を出ようとしたところで誰かにぶつかってしまい、少しだけ体勢を崩してしまう。


「わ、悪い……ちょっと急いでて」


 目の前には、腰まで伸びた長い黒髪の美少女が立っており、俺はドキドキしながらも軽く謝って立ち去ろうとする。


「どこに行くのよ、清司。折角、弁当持ってきたっていうのに……」

「え……?」


 立ち去ろうとしたところで声を掛けられ、俺はキョトンとしながら女子生徒の方を見る。

 女子生徒は、こちらを見ながら頬を膨らませてそう言う。

 美少女は、仕草がいちいち可愛くて困る。

 ……ていうか、ひょっとしなくても、だ。


「もしかして……紙生里、緋衣……さん?」

「? なによ、何であんたってそんな他人行儀なの?」


 黒髪の女子生徒……紙生里 緋衣は、怪訝な顔をしながら首を傾げる。

 憧れの十傑に会えたという感動もあったが、それよりも早くこの場から立ち去りたいという焦燥感が俺にはあった。


(くそ、こんな状況じゃなきゃサインの一つでも貰ったのに!)


 犬落瀬の時は突然の事で気が回らなかったが、あの時俺が冷静だったなら犬落瀬からもサインを貰っていただろう。

 ミーハーと笑いたければ笑え!

 俺にとって、ギフト持ちの新世代……特に十傑は俺にとってはヒーローに一番近い立ち位置の憧れの存在なのだ。


「そいつさー、昨日、脱走が失敗してからなんかおかしいんだよな」

「はぁ!? 脱走? あんた、一体何してんの!?」


 犬落瀬が脱走を企てていたのを知らなかったのか、狼森の言葉を聞いて目を見開きながら驚く。

 つーか、あいつはクラスメイトには話しているのに幼なじみには秘密にしてたのかよ。


「な、何してるって言われてもな……」


 緋衣の剣幕に押され、しどろもどろになりながらも俺は答える。

 俺は犬落瀬ではないので、どうとも言えないのだ。


「……あ、そうだ。俺、用事があるからもう行くな」


 三十六計逃げるに如かず。

 ここで言い訳をしても、ただ墓穴を掘るだけだと悟った俺は、さっさとこの場から立ち去る事を選択する。


「いやいやいや、ちょっと待ちなさいよ」


 しかし、緋衣の横を通り過ぎようとしたところで俺は腕を掴まれてしまう。


「は、離せって! 俺は、本当に用事があるんだから!」

「そんなの後でもいいでしょ。まずは、脱走について話しなさい! 私、それ初耳なんだけど!」


 なんとか腕を振りほどこうとする俺だったが、意外と緋衣の力が強いのか振りほどけないでいる。

 ええい、華奢な見た目なのに……! これが十傑か!


「この……いい加減に観念しなさい!」


 緋衣も段々と感情が昂ってきたのか、彼女の黒髪が毛先から段々と赤くなる。

 それと同時に、彼女の体は炎を纏い始め熱を帯びていく。


(げ……炎髪の女帝ファイアー・エンプレス!)


 彼女のギフトは、炎の生成、操作であるが欠点は感情が一定以上昂ると勝手にギフトが発動してしまう能力だったはずだ。 

 その際、彼女の髪が赤く染まる事から確か……『炎髪の女帝ファイアー・エンプレス』と呼ばれていた。


「あっつぅ!? は、離せ! いや、離してください!」


 熱に耐性の無い俺は、その炎と熱で手がジリジリと焼ける事で身悶えする。

 熱い! 普通にあっつい!

 炎だから当然なのだが、とにかく熱い!


「なによ、大袈裟ね! あんたなら、いつもみたいに……にぃ?」


 叫ぶ俺に負けず劣らず大声で叫ぶ緋衣だったが、何かに気づいたのか冷静になり、炎を収める。

 ……ふう、熱かった。火傷とかしてねーよな?

 俺が腕を確認していると、緋衣は怪訝な表情を浮かべながらこちらをジトーっと睨んでくる。


「……あんた、もしかして清司じゃ……」

(まずい!)


 彼女の態度から、自分の正体に気づき始めた緋衣に対し俺は、何もかもを顧みずに全力ダッシュをする。


「あ」


 何やら緋衣が短く声をあげていたが俺には関係ない。

 彼女が呆気に取られている隙に、俺はその場から立ち去るのだった。

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