第4話
「ぶへぇー……」
「おやおや、ここに来るなり随分じゃないか」
俺が学園長室のテーブルに突っ伏して溜め息を吐くと、学園長が呆れたように言う。
というのも、緋衣からの追撃を逃れるために授業中以外は彼女から逃げ回っていたため疲労困憊しているのだ。
それに加え、授業中は好奇な目にさらされ続けて精神的に参っていた。
本当の清司ならまだしも、つい最近まで一般人だった俺には荷が重い。
「いやー、実は清司の幼馴染だという……紙生里さんに正体がばれかけまして」
「紙生里……ああ、十傑の。……おいおい、初日からバレそうになるなんてどういうことだい? しっかりしてくれよ」
俺の言葉を聞いて、学園長は心配そうに言う。。
「俺だって、まさか感づかれるなんて予想してませんでしたよ。そこらへんは流石幼馴染としか言いようがないですね。いくら外見が一緒でも、小さい頃から知ってると違和感にすぐ気づくと思いますよ」
「ふむ……とはいえ、こちらから何か行動を起こせば、彼女の疑惑は確信に変わってしまう可能性もあるか……」
俺の言葉を聞いて、学園長は顎に手を添えながら思案する。
学園長は、何でもできそうな不思議な万能感を感じていたが、どうやらそれほど万能でもないらしい。
「彼女の疑惑はどれほどなのかな?」
「見た感じ、まだちょっと違和感があるかな? ってくらいかと」
「なら、今後は出来る限り彼女との接触は控えた方が良いな。元々、清司君はぼっちだ。今更距離を取ったところで不審には思われないだろう」
ぼっち、という言葉に俺は一瞬顔をしかめるが、折角手に入れた夢の学園生活なので、特に何も言わなかった。
「分かりました。……っと、そういえば俺を呼んだ理由って何なんですか?」
俺は返事をしながらも、自分が学園長室に居る理由を思い出し学園長に尋ねる。
俺は別に避難するために学園長室に来た訳では無い。学園長に呼ばれたので来ただけだったのだ。
まあ、生徒は普通は学園長室に来ないからある意味避難場所としては最適なんだけどな。
学園長は味方だし。
「ああ、それなんだがね。ほら、この間も言っただろう? 君の正体がバレないようにサポートをするって」
「そういえば言ってましたね。色々あって忘れてましたよ」
犬落瀬清司との出会いから始まり、自分が彼に成り替わる事。
見世物のように視線が集中する教室に、正体に気づきかけた幼馴染とこの短期間の間にバラエティ豊かなイベントのお蔭で、俺はすっかりその事を失念していた。
「ちなみに、サポートって具体的に何をするんですか?」
「まあ、基本的にはギフトを使うような授業で参加しなくても済むように手回しをしたりだが……それだけではどうしようもない場面もあるだろう。特に、十傑ならばな」
確かに……と俺は思う。
十傑というのは、それだけで目立つ存在だ。彼らに勝ち自分が十傑に成り替わろうと思う者も少なくない。
そうなった時、ただの一般人である俺では逃げる事も難しい。
「そんな時の為に、サポートアイテムを身に着けておいた方がいいだろう」
「って事は、サポートアイテムをくれるんですか?」
機織の言葉に、俺は少しだけワクワクする。
なぜなら、サポートアイテムは基本的に高価で学生である俺は買う事が出来ない。
サポートアイテムがあれば、ギフト持ちに及ばないまでもそれに近い事は出来るので俺にとってはまさに理想の道具だった。
「一応、貸与という形にはなるがね。わが校にはサポートアイテムを研究、製作する科もあるからね」
「ああ、そういえば」
「サポート科には私の親戚の子が居てね。彼女には、君に協力するよう頼んである」
「ということは、俺の正体も?」
そう尋ねる俺に対し、学園長は静かに首を横に振る。
「いや、それについては教えていない。君の正体を知っている人間は少ない方が良いからね。……彼女には、彼女の制作したサポートアイテムのテスターを請け負ってくれたと伝えている」
「なるほど」
確かに、それならばギフト持ちなのにサポートアイテムを使ってても不審に思われないなと俺は一人で納得をする。
「もし、君さえ良ければこの後すぐにでも会ってみないか?」
「今日ですか?」
現在の時刻は17時。部活に入っている生徒以外は大半が下校している時間である。
俺も、学園長の用事が終わったら帰ろうかと考えていたくらいだ。
「ああ、こういう事は早い方がいいだろう? 備えあれば憂いなしという奴だ」
(確かに……何があるか分からないしな。それに、紙生里さんの件もあるし、咄嗟の時に逃げられる手段はあった方が良いな)
「……分かりました。会わせてください、その人に」
俺は自分の中でそう結論付けると機織に向かってそう言う。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
そんな俺の様子を見て、学園長は目を細めながら嬉しそうに笑うのだった。
◆
「えーと、この辺か?」
俺は現在、機織から貰った地図を元に第三工房校舎を彷徨い歩いていた。
工房校舎とは、機織学園の複数ある校舎の一つで第一から第三まであるサポートアイテムを製作するための校舎である。
ここでは日夜、教員や生徒がサポートアイテムの研究、製作に励んでいるというわけだ。
「……お、あったあった」
広い校舎を彷徨い歩く事数分。校舎の隅に位置する目的の場所を俺はついに見つける事が出来た。
教室の入口には、木製の看板が立て掛けられていて『絡繰工房』とミミズがのたくったような字で書かれていた。
その看板を見て、俺は一抹の不安を感じながらも、学園長での紹介なので、それを信じ意を決してノックをする。
大丈夫、こういう外見を気にしてない工房は実は有能ってのがセオリーだ、うん。
「すみませーん、機織学園長から紹介されてきた武子……じゃなかった、犬落瀬ですけどもー?」
俺は、うっかり本名を名乗りそうになりながらもなんとか軌道修正して名乗る。
犬落瀬清司という名前に慣れなければとも思うのだが、なにせ十五年慣れ親しんだ名前なのだ。そういきなり変えられるわけもない。
「しかしへんじがない。ただのるすのようだ」
ノックをしても返事が無いため、俺はそんな独り言をぽつりと呟く。
「……おっかしーなー。この時間帯には必ず居るって学園長も言ってたんだけどなぁ」
俺は、学園長の言葉を思い出しながら首を捻る。
「すみませーん……誰か居ませんかー……開けますよー」
もしかしたら、作業に夢中で聞こえなかったのかもしれないと考えた俺は、静かに扉を開けながら中に声をかける。
「うぉ……なんじゃこりゃぁ……」
俺は、教室の中を見て思わず驚愕する。
教室の広さ自体は、二、三個壁をぶち抜いているせいか通常の教室よりもかなり広かった。
しかし、その広さを感じさせない程教室内は雑多だった。
ゴミ捨て場に打ち捨てられてたようなボロボロのソファや家電用品、何のために使うか分からないマネキンに、使用用途が一切不明なガラクタとそんな感じの物で溢れかえっていた。
「きったねーな……ここ、物置とかじゃないよな?」
とても工房には見えないので、俺は念の為入口にある看板を再び見る。
何度見ても、そこには『絡繰工房』の文字。
看板をこすったり息を吐き掛けたりしても、それは変わらなかった。
「すみませーん! 誰か居ませんかー!」
三度、俺は教室内に声を掛ける。
(これで返事が無かったら、もう帰ろう)
学園長には留守だったと伝えればいい、そう考えていた俺はそのすぐ後に驚く事となる。
「うぉっ!?」
突然、目の前のガラクタの山が盛り上がって一人の人物が現れたからだ。
「あー、しまった。すっかり寝てしまっていたな」
少し赤毛のボサボサな髪。分厚いレンズの入った眼鏡と目の下の酷いクマのせいで分かりにくかったが、どこか学園長を連想させる顔立ち。
機織学園の制服の上に、薄汚れた白衣をだらしなく羽織っていた。
靴下は履いておらず、素足にスリッパ。とても女生徒とは思えない恰好だった。
「あ、あのー……」
「んー?」
俺は、未だに鼓動が早い心臓を抑えながら急に現れた女生徒に話しかける。
すると、女生徒は目を細めながら俺をジロジロと眺めてくる。
「ふむ? ふむふむ、私の工房に来客とは珍しいな……おぬし、一体何者だ?」
とても高校生とは思えない堅苦しい喋り方で俺に問いかけながら、値踏みするようにこちらの全身を近くで眺める女生徒。
「え、えっと……あの、機織学園長からの紹介で来ました。い、犬落瀬……です」
女生徒の突然の奇行にビビりながらも、俺は何とかここへと来た目的を伝える。
「おばさんの紹介……?」
俺の言葉を聞いて、女生徒は清司の瞳をジッと見つめる。
「…………」
(な、なんだこの人は……さっき、学園長の事をおばさんって言ってたけど、まさかこの人が親戚なのか ?)
長い事無言で自分の事を見つめ続ける女生徒にどぎまぎしながら、俺はそんな事を考える。
(この人……結構綺麗な顔立ちしてるな。ボサボサの髪とかクマをなんとかすれば学園長そっくりかもしれない)
長い沈黙で暇になったのか、俺はついそんな事を考えてしまう。
「ああ!」
「……っ」
しばらく見つめていたかと思えば、突然何かを思い出した女生徒に俺は思わずビクリと体を震わせてしまう。
びっくりさせんなよ、馬鹿野郎。
(くそ、ここに来てからビビってばっかだ……)
まるで常識の当てはまらないこの状況に辟易しながら、できることなら早く帰りたいと俺は願う。
「そうか、そういえばおばさんが言ってたな。私の可愛い子供達をテストしてくれる変なギフト持ちが来るって。そうかそうか、君がそうか」
「そ、そうです。俺がそのテスターです」
変なのはお前だろうと盛大にツッコミたかった俺ではあったが、サポートアイテムの為にグッと堪えながらそう答える。
「ふむふむ、そうか君が……」
俺の言葉を聞いて、女生徒は納得したように頷く。
「あの、貴女の名前は……」
「……うむ、そういえば名乗っていなかったな」
女生徒はそう言うと、バサリと無駄に白衣をはためかせる。
「私の名は、
(……変な人だ)
それが、機織絡繰に対する俺の率直な感想だった。
◆
「まあ、とりあえずお茶でも飲みたまえ」
「は、はぁ……」
あれから、絡繰はどこからか引っ張り出してきた埃を被っているちゃぶ台に欠けた茶碗を二つ並べ、緑茶を淹れる。
「いいか? 緑茶は一般的に70~80℃が適温と言われている。これよりも高すぎたり低すぎたりすると、お茶本来の旨みが失われてしまうのだ」
その後も、絡繰はお茶についての蘊蓄を延々と垂れ流すが俺にとってはちんぷんかんぷんなので、ただただ相槌を打って聞き流すしかできなかった。
「あ、あの……」
「何だね?」
「いや、お茶の蘊蓄もいいんですが……今は先にサポートアイテムの方を」
「ああ」
俺の言葉に、今の今まで忘れていたのかようやく思い出したという表情を浮かべる。
(おいおい。大丈夫かよ……)
いくら学園長の紹介とは言え、俺は流石に不安を隠し切れなくなってきていた。
「そうそう、サポートアイテムだったな。勿論、覚えていたぞ」
(絶対嘘だ)
絡繰のわざとらしいセリフに冷たい視線を送る俺。
「私は、今までも数々のサポートアイテムを開発してきたのだが……今現在、使えるとなると数が限られてくる……そうだな、これなんかどうだ?」
絡繰はそう言うと、一つのスプレー缶を取り出す。
「これは?」
見た所何の変哲もないスプレー缶を見て、俺は絡繰に尋ねる。
「『ドロドロアシッド君』。数種類の酸を良い感じの比率で調合したもので、これを吹きかければ人間なんかは、たちどころに骨まで溶ける優れものだ」
「思ったより効果がえぐい! ダメダメ、そんなもの使えるか!」
絡繰の説明で、その光景をリアルに想像してしまった俺はバタバタと手を振りながら否定する。
怖すぎるわ! どっかの海外ドラマかよ! 「さぁ、ゲームをしよう」とか言い出しそうである。
「えー? これ、鉄なんかも一瞬で溶かすから建物へ侵入するのにも使えるのだが……」
「骨まで溶かすって聞いた時点で使う気失せるわ!」
もはや相手が年上だという事も忘れ、俺は盛大にツッコミを入れる。
「仕方ない……ならばこれはどうかね?」
次に取り出したのは、半円形の物に竹とんぼがついた代物だった。
……おい、まさかとは思うが。
「……これは?」
物凄く嫌な予感がしながらも、俺は念の為尋ねる。
「うむ、これは『空を自由に飛びたい君』。これを頭に付けると……なんと、空を飛ぶことができるのだ!」
絡繰は、クワっと目を見開いてそう説明する。
はい、アウー。
「だが、これは欠点があってな。力学的な問題で、スイッチを入れると首が持ってかれてねじ切れる」
「アウト。もう、二重の意味でアウトだわ。ていうか、死ぬじゃん。欠点分かってるのになんで進めたんだ」
「いや……ギフト持ちなら耐えられるかなって……」
俺の詰問に、絡繰はボソボソとバツが悪そうに答える。
(ギフト持ちでもきついと思うんだけど)
もしかしたら、本物の犬落瀬なら可能かもしれないが今ここに居る俺は生憎普通の人間である。
こんなもので飛ぼうものなら、たちどころに胴体と頭がサヨナラをしてしまう。
残念だけど、俺はまだ死にたくないので『空を自由に飛びたい君』はお蔵入りしてもらおうか。
「なら、次は脳に直接働きかける作用のある音楽で、ギフトの力を一段階上に……」
「却下」
「肉体養成ギプス。これで君も大リーグ投手」
「サポートどころか制限してんじゃねーか」
「……」
「……」
「もう! 君はさっきから文句ばかりだな!」
先程から却下してばかりの俺にしびれを切らしたのか絡繰が叫ぶ。
「じゃあ、もっとまともなの出せよ! さっきから色んな意味であぶねーのばっかじゃねーか! しかもどっちみち役に立たなそうだし!」
「役に……立たない?」
その言葉が絡繰の心に火をつけたのか、彼女はおもむろに立ち上がる。
あ、もしかして俺……地雷踏み抜いた?
「良かろう! ならば、君が満足するようなサポートアイテムを見せてやろうじゃないか!」
「望むところだ!」
売り言葉に買い言葉で、こうなりゃヤケだと言わんばかりに絡繰の申し出を受けてしまう俺。
こうして、絡繰の危険なサポートアイテムの紹介を、俺は夜遅くまで受けることになるのだった。
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