第8話 天狗汁
リビングのソファー。
ミユが俺と肩がくっつくほど身体を寄せて座っている。
「リディアとやらは美人であったかのう?」
ミユは女騎士の名前を出す。
女騎士の襲撃を受けて三日が経ったが、あれ以来、ミユは執拗にこの質問を繰り返している。
「そうだね。綺麗な人だったと思うけど……」
「もしかして、
ミユはじとっとした目で俺を見つめている。
「だから、俺は襲われたわけで、そんなこと考えている余裕もなかったよ」
俺がこの答えを返すのも何度目かわからないくらいだ。
「本当かのう? 成彦殿は意外と冷静じゃからのう。さらわれながらも、よからぬことを考えておったのではないかのう?」
ミユはさらに身体を寄せ、俺にのしかからんばかりになる。
まさに猜疑心の塊。
「ないって!」
単身命令でこちらの世界に送り込まれて、食事もままならない。
そのありさまに色香に惑わされるどころか、どちらかというと気の毒に思ったくらいだ。
「成彦殿は私と結ばれるのじゃ。絶対に絶対なのじゃ」
ミユは駄々っ子のように言う。
こんなに女子に好意を持たれることなど俺の人生にないだろう。
異世界の王女じゃなければ……。俺は心からそう思う。
「早く我々の世界の良さをわかってもらわなければなるまい。どうしたらいいかのう?」
ミユは傍らに立つエレノワに尋ねる。
「そうですね。成彦様は食べ物に一言あるお方、我々の世界の食べ物を食べていただくことができればいいのですが……」
エレノワはちらりとこちらを見て言う。
「そうじゃのう。食材さえあればのう。マダラツノ亀の煮込み、人面コブラご飯、干しリザードマン。食べてもらいたいものがいっぱいじゃ」
名前を聞いている分には絶対食べさせられたくないが……。
しかしミユはその味を思い出しているのか、なんだかうっとりとしている。
「どうにかして、再現できないものでしょうか?」
「おおっ、それよ。成彦殿に私が手料理を振る舞おうではないか。男性の心をつかむには胃袋をつかむべきだと言うしの。さすれば女騎士に惑わされた心を取り戻すことができよう」
「だから、惑わされてないって……」
「否定しなくともよい。いずれにせよ私の魅力を再発見すればいいのじゃ」
なんだか自信ありげな口調。
別に魅力を感じていないわけじゃないし、ミユの手料理を食べさせてもらえるのは楽しみでもある。王女自らが料理をするのか……。
「ミユって料理できたんだね」
「できるに決まっておる。幼いころより、国一番のシェフの料理を食べてきておるからの。厨房も何度か覗いたことがある」
ミユは誇らしげに胸を張っている。
「えっ、見ただけ?」
「問題ない。なにせ国一番のシェフであるからのう。『頑張るように』と声をかけたことすらある」
……猛烈に不安になってきた。
しかしミユは俺の不安などまったく気にしていない。
「さあ、成彦殿、スーパーマーケットにいざ向かわん!」
ミユは高らかにそう宣言すると、意気揚々と玄関を出るのであった。
◆
俺たちは近所では一番大きなスーパーマーケットを訪れる。
二階建てで一階が食品のフロア、二階が生活雑貨のフロアとなっている。
「ほほう。いろいろあるのう」
ミユは上機嫌でスーパーの店内を徘徊していた。
わざわざ買い物用のカートにカゴを乗せ、小さい身体いっぱいで押している。
店に入るなり、「あれが押したい」とせがんだのだ。
まるで小さな子供のようだ。
「リザードマンの肉はないかのう」
「残念ながら見当たりませんね。似ているお肉もございません」
「緑色の肉すらないのう」
「意外と品ぞろえが……。
ミユとエレノワは楽し気に会話しながら店内を散策する。
その姿はまるで仲良しの姉妹のようで大変うるわしいのだが、会話の内容が……。
いやおうなくかき立てられる不安感。
料理を見ただけの王女が緑色の肉を探している。
大丈夫なのか……。
ふたりは肉のコーナーから別の売り場へと向かう。
どうやら異世界料理に相応しいものが見つからなかったらしい。
逆にあのふたりのお眼鏡にかなう食材が見つかったときが怖いが……。
「おおっ、これは!」
ミユがひときわ大きな声を上げたのは、意外なことにおつまみのコーナーだった。
ふたりの目の前にあるのはビーフジャーキー。
信頼と伝統の老舗ブランド、テング印のビーフジャーキーだ。
「成彦殿、これは
ミユが深いグリーンの瞳をキラキラと輝かせている。
「へー、これ知ってるんだ。渋いね」
「もちろんじゃ。我々の世界でも干し天狗肉は珍味として有名である」
「これ天狗の肉じゃないから!」
当然ながらビーフジャーキーは牛肉。しかしミユはビーフジャーキーを天狗の肉であると信じて疑わない。
「どう見ても天狗の肉であろう。天狗の肉はこのように干し肉として食べる物である。エレノワ、これは天狗の肉であるな」
「間違いございません。天狗肉はわたくしのような身分の者は口にできるものではございませんが、以前、プラーニ族の族長が献上した天狗の干し肉そのものでございます」
エレノワが太鼓判を押してしまった!
絶対違うのに!
「我が国では天狗は捕れぬが、プラーニ族の集落近くに。良質な天狗の産地があるのじゃ」
ミユは喜々として天狗肉事情について解説してくれる。
プラーニ族とは季節によって居住地を変える遊牧民族らしく、プラーニ族の冬の居住地近くで天狗が捕れるらしい。そしてその肉は秘伝の調理法により、干し肉にされ、友好の証しとして毎年献上されるらしい。
……と説明されても、テング印のビーフジャーキーは誰がなんと言おうと、天狗の肉ではない!
「姫様、これを使って天狗汁を作ることができるのではないでしょうか?」
「おお、天狗汁、あれはいいのう。それに天狗粥もまた絶品である」
ミユはビーフジャーキーをカートの中の買い物カゴに入れる。
どうやら天狗汁と天狗粥を作ることになるようだが……。
「天狗食べちゃうの?」
俺の問いにミユは深々とうなずく。
「さよう。天狗肉は異世界三大珍味のひとつ。我々王族でも滅多に口にできぬ、珍品中の珍品である。プラーニ族の族長のみが知る秘伝の調理法によって作り出されるスープは実に玄妙な味わいである」
「姫様は毎年一度の天狗汁を本当に楽しみにされておりましたね」
「今日はエレノワも食してよいぞ。こちらの世界での天狗汁じゃ。身分など関係あるまい」
「なんとお優しい。ありがとうございますっ!」
もう完全に天狗汁とやらを作る流れだ。
ふたりが天狗肉と認定している物がビーフジャーキーなので健康上の問題はなさそうだが……。
「それで天狗汁ってどうやって作るの?」
「さあ? なにせ秘伝じゃからのう」
俺の問いにかわいらしく首を傾げるミユ。
「材料は?」
「秘伝じゃからのう」
……大丈夫なのか?
しかしふたりは俺の心配をよそに天狗料理用の買い物を開始する。
「姫様これなどどうですか、色、形ともに秘伝っぽくないですか?」
エレノワが大量の青唐辛子を買い物カゴに投入。
「これも秘伝っぽいのう」
続いてミユがシュミテクトをカゴに入れる。
「おい、やめろ! やっぱり俺が選ぶ!」
俺はミユからカートを奪い、シュミテクトを棚に戻す。
唐辛子と知覚過敏の人用歯磨き粉をベースにスープを作られてはたまったもんじゃない。
ミユの記憶を引き出しつつ、俺が主導で材料を選ぶ。
ミユによると天狗汁は野菜たっぷりのスープで、彩も鮮やか。天狗肉と野菜のうま味がたっぷりらしい。そして天狗粥はもっとシンプルでなにやらキノコが入っていたらしい。
まったく想像がつかないが、いまは新玉ねぎ、春キャベツが美味しい季節。さらにはいろどりで人参も加えておけば、野菜のうま味たっぷりのスープにはなる。キノコはお粥なら干し椎茸がいいだろう。
「成彦殿が作っては私の魅力再発見にならぬではないか」
ミユは口をとがらせてぶーぶーと抗議しているが、しかし自分の身は自分で守らなければならない。このまま任せるとミユの魅力を再発見どころか、憎しみの感情が芽生えてしまう可能性大だ。
「みんなで作ろう! その方が楽しいし」
俺はそう宣言すると、いらぬものを入れられないよう急いでレジへと向かうのであった。
◆
家に戻ると、俺たちはさっそくキッチンに立つ。
ミユはエプロン姿になっていた。
母のエプロンを借りたのだが、ミユにはサイズがちょっと大きすぎて、ロングスカートのようになってしまっている。
しかし本人はご満悦の様子。
「どうじゃ? 若奥様かのう? 女騎士より若奥様だと思わぬか?」
「うん。さまになってるよ」
何度も俺に若奥様っぷりを褒めさせる。
見た目は本当にかわいらしいが、しかしこの若奥様の自由にさせてはいけない。
「まずはジャーキーの味見しようよ」
そもそもミユたちはテングのビーフジャーキーを食べたことがない。
俺は袋を開けると小さめのジャーキーを手渡す。
ミユはジャーキーを受け取ると、小さな口で懸命に噛みしめる。
「おお、この歯ごたえ、この肉質、そしてこのピリリとくる味わい。……まさしく天狗肉である!」
ミユはきっぱりと断言した!
結局、そうなの!? 逆に天狗って牛肉っぽい味ってことか?
「成彦殿、エレノワにも天狗肉を」
俺はエレノワにもジャーキーを手渡す。
少し緊張した面持ちでジャーキーを口に運ぶエレノワ。
「はあ、これが天狗。なんと光栄な……。非常にスパイシーで野趣あふれる味でございます。辛いのですが、不思議とまた食べたくなりますね」
「合うであろう」
「実に合いますね」
うなずき合うふたり。
いったいなにに合うんだ!
とにかく味見をしてもいまだ天狗認定。こっちも天狗の味を知らないから、完全否定はしづらい。
「とにかく、これでスープを作るのね」
「さよう。素晴らしい出汁が出るのじゃ」
ミユは確信を持っているようだが、俺はビーフジャーキーで出汁を取ったことがない。
ビーフジャーキーは安くないので、もったいない気もするが仕方ない。
俺は鍋にお湯を沸かし、ジャーキーを細かく切って投入してみる。
なにせ初めての経験。まずはジャーキーのみを煮出して、それから対策を考えることとする。
煮込むこと十五分、うっすらとお湯が色づく。
俺は少しおたまですくって味見してみる。
ほんのりと甘いまろやかなスープ。テングのジャーキーはかなり辛いのに……、不思議だ。
これならなんとかなりそうだ。
「成彦殿、私はなにをすればよいかの?」
「とりあえず玉ねぎを切ってもらおうかな」
若奥様スタイルのミユが包丁を握り、不慣れな手つきで玉ねぎを刻みはじめる。
トン……トン……トンとゆっくりとしたテンポ。かなり大振りな切り方だが、よく煮込めば問題ないだろう。
「ぬう、目がぁ、目がぁ! 成彦殿、なんであるか、この植物は! 涙が止まらぬ」
「ああ、玉ねぎだからね」
「これは毒草ではないか! いくら秘伝とは言え、こんなものを煮込んでは危険じゃ」
シュミテクト入れようとした人に言われたくない。
俺はミユに目に染みるものの、ちゃんと食べられる食材であることを説明すると、なんとか納得して玉ねぎとの格闘を再開してくれる。
号泣しながらも、ゆっくりゆっくり玉ねぎを刻む。
「姫様、代わりましょう。あまりにも痛ましいお姿です」
「いや、私がやる。これは若奥様の仕事である」
ミユはエレノワを手で制すると、玉ねぎを刻み続ける。
「姫様、成長されましたね。なんと立派な。凛々しく威厳に満ちた若奥様っぷり。かつてこれほどの若奥様が存在したでしょうか。史上稀に見る若奥様です」
大げさに拍手を送るエレノワ。そのエレノワの目には涙が……。
三人中ふたりが泣いている状況。
とても料理をしているとは思えない。
「あの……取りあえず次はキャベツを切ろうか」
俺はミユにキャベツを託し、自分は天狗粥の準備に入る。
先ほどのビーフジャーキー出汁を半分取り、干しシイタケを戻した出汁を合わせてみる。
合うかどうかはわからない。完全に勘だ。
天狗粥の下準備を勧めつつ、今度はミユの様子を見る。
不格好ながら、野菜を切り終えたようだ。
残ったジャーキー出汁に野菜を投入し煮込みに入る。
「あとコンソメもちょっと入れようか」
天狗汁にコンソメが入るのかわからないが、コンソメを入れてマズくなる可能性は皆無。
迷わずコンソメを投入する。
あとはミユの記憶が頼り。ミユに何度も味見をしてもらいながら、味を調えていく。
その様子をエレノワは感慨深げに見守っている。
「なんと仲睦まじき、おふたりのお姿。もはや結婚していると言っても過言ではありません」
「過言ではあるから!」
照れくささから、ツッコんではみたものの、実のところ俺はこの共同作業をかなり楽しんでいる。
正直なところ、ミユと一緒に料理をすることがすごく楽しい。
そして、いままで体感したことのないタイプの幸せを感じている。
俺の両親は共働きで忙しい。そんな親に負担をかけないために、いつの間にか俺は自分の食い物くらい自分で作れるようになっていた。自分のために自分で料理をする。俺の料理は個人プレイだった。
しかしこうやって共同作業として料理を作ってみると、いままでとは全然違う。
――これが家庭の幸せってやつなのだろうか。
不慣れではあるが、懸命に料理をするミユ。
料理が苦手な若奥様が徐々に腕前を上げていく。
やがて得意料理なんかができるようになって、「上手になったね」なんて褒めながら、ミユの手料理に舌鼓を打つ俺。
……もう異世界に行ってもいい気がしてきた。
こうなったら、行っちゃうか。異世界。
そんな妄想をしながらも、料理は進む。
ジャーキーと椎茸の合わせ出汁でお粥を作り、小口ネギとザーサイを刻んで加える。
天狗汁もキャベツ、玉ねぎ、人参、すべてに火が通り、隠し味でバターを追加する。
「うむ。完成である!」
最後の味見を終え、ミユがそう宣言する。
なんだかほとんど俺が作った気がするが、本人は誇らしげに胸を張る。
さっそく盛り付けられ、キッチンテーブルに三人分の天狗粥と天狗汁が並ぶ。
「さあ、食すがよい。堪能するがよい天狗づくしを」
まあ、ビーフジャーキーづくしなんだけど。はたしてどんな味なのか……。
ミユに促されて、俺は天狗汁をスプーンですくう。
……意外とちゃんとスープになってる。
ほのかに甘い謎のジャーキーエキス。そして味付けのコショウが溶け出して結構辛い。
そして煮込んだジャーキーはちょっと固めの牛タンみたいな食感だ。
これははじめての食感。
そして天狗粥にいたってはかなり美味い。
日本のお粥ではなく、傾向としては中華粥っぽい。スパイシーでエキゾチックな新感覚のお粥だ。まさかビーフジャーキーがこんなにお粥に合うとは。
味はまあいいのだが、問題はこれが本物の天狗肉に近いのかどうかだ。
「うむ。これこれ。これぞ天狗の味である。この適度な歯ごたえ、天狗の鼻肉そっくりじゃ」
ミユは納得の表情。
「気持ちが悪いよ」
説明されればされるほど食欲がなくなる。
「そうかのう。我々の世界では高級食材じゃがのう。どうじゃエレノワ。美味しいのう?」
「はい。姫様と成彦様による手料理をいただくなど光栄すぎます。もはや天狗であろうとなかろうと、幸せでいっぱいです」
エレノワは天狗汁をひと匙すくうごとに感動でうっとりとしている。
「お粥はこれでいいの? ザーサイとか向こうの世界になさそうだけど」
「天狗粥の味はいろいろあるからの。そこは気にする必要はない。重要なのは天狗肉独特の歯ごたえと味わいじゃ。うーむ、圧倒的な天狗感。まさに天狗の仕業。噛めば噛むほど、人をさらいたくなる味」
「不穏な味だな!」
「それが天狗料理の醍醐味じゃ。食べれば不思議と気分が高揚して、ややもすると態度が偉そうになる。これを我々の世界では天狗になると言うのじゃ」
「なにその、微妙な一致具合!」
日本でも態度が偉そうなことを天狗になっていると表現するが、それは天狗の肉による副作用が原因ではない。
「さあ、皆でどんどん食べて、どんどん天狗になろうではないか!」
「これは本当の天狗肉じゃないから、気分は高揚しないけどね」
ミユは自らも率先してどんどん天狗粥と天狗汁を口に運ぶ
「うーむ。どうじゃエレノワ、天狗になってきたかの?」
「はい。なんだか身体がぽかぽかしてまいりました」
エレノワの頬がほんのりと赤くなっている。
額にはうっすらと汗。
それはテングのビーフジャーキーが結構辛いから、それで身体がポカポカしているだけだと思うが……。
「天狗料理を囲み、天狗になってそれぞれ好き放題言うことにより、我が国とプラーニ族は友好関係を築き上げたのじゃ。エレノワも今日は天狗になって、言いたいことを言うがよい」
「いえ、でも……」
「大丈夫、なにを言っても、すべては天狗の仕業として水に流すのが天狗料理の流儀である」
そう言うミユも身体が熱くなってきたらしく、パタパタと手で顔に風を送っている。
「では……」
エレノワは意を決したかのように、一度深呼吸すると言葉を続ける。
「姫様はいつになったら成彦様をモノにするのですか? あまりにも遅すぎます。女性としての魅力不足なのではないでしょうか?」
「なっ、なんと!」
「正直、見ていてもどかしいことがございます」
「ぬぬ……、それは女性として自分の方が上だと言いたいのか?」
「いえ、姫様は美しいお顔立ちだと思うのですが、家庭の匂いがしないというか」
「だから、今日は若奥様を……」
「それも、たしかにかわいらしいのですが、どこかおままごとに見えて……」
エレノワは恐縮しながらも、ズバズバと指摘する。
自分は天狗肉による精神高揚状態だと信じてしまっているのだ。
わなわなと震えるミユ。
自分が許可した手前、怒るに怒れないのだろうが……。ミユの顔が真っ赤なのはビーフジャーキーの辛さが原因ではないだろう。
「我々の目的は成彦様を姫様の夫として迎え、王位継承を盤石にすること。失敗すれば、わたくしも姫様も厳しい立場におかれます」
「……そんなことはわかっておる」
「それがかなわぬのであれば、わたくしが成彦様と……。その後、姫様と偽装結婚の形で」
エレノワはそう言うと、席を移動し、俺の隣に寄り添うように座る。
トロンとした眼差し。上気した肌。少し荒い吐息。本当に酔っぱらっているかのようだ。
「ダメじゃ。それは許さぬ! 成彦殿は私のものじゃ! 席を戻るがいい」
「天狗の仕業でございます。このひと時だけは、特別でございます」
ミユはエレノワの手を引き、席を戻そうとするが、なかなか席を立とうとしない。
何度もぐいぐいと引っ張るが、天狗肉の効果を信じているエレノワは主人の命令を聞こうとしない。
悔しそうにエレノワを睨みつけるミユ。
「………………。これはやはり天狗肉ではないな。ビーフジャーキーである」
「えっ!?」
ここへ来て、まさかの前言撤回!
梯子を外されたエレノワは呆然としているが、ミユはまったく気にしていない。
「よって天狗の仕業ではない。ビーフジャーキーにはそのような効果はない。エレノワ、失礼な言動は控えよ」
「姫様、酷いです!」
「さてのう? なんのことかわからぬ」
エレノワは涙目になって抗議をしているが、ミユは涼しい顔でしらばっくれる。
「姫様も成長されたと思ったのに……。まるきり子供ではないですか!」
「子供ではない。若奥様である」
なんて卑怯な若奥様なんだ!
こんなかわいい若奥様と一緒なら異世界でもやっていけるかも、と思ったのだが、やっぱりダメだ! 俺も心の中で前言を撤回する。
俺は結論の更なる引き延ばしを決意したのだった。
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