第3話 回転寿司

 土曜日、俺は授業もなくお休み、ミユたちが異世界から我が家にやってきて、初の週末でもある。

 こちらの世界に興味津々のミユ、さぞ、あそこに連れていけ、あれを食べてみたいなどとせがまれることかと思っていたのだが……。

 ミユは昼近くなっても、居候している俺の隣の部屋から出てこようとはしない。

 ……一応様子を確認しておくか。

 俺はリビングから出ると階段を上り、二階のミユの部屋へと向かう。

 ミユの部屋の前にはエレノワの姿があった。扉の前に立ち、門番のように入室しようとする者に厳しい目を光らせている。


「姫様は現在、お着替え中でございます」


 俺の姿を見ると軽く一礼するエレノワ。


「いま起きたところ? 寝坊かな」

「いえ、姫様は早朝にはご起床なされたのですが、まだ今日のお召し物が決まらず、悩まれているのです」


 そう言うエレノワの服装はメイド服に似た白を基調としたワンピース。こちらはユニフォーム的に決まっているのだろう。

 いっぽうのミユはいつもゴージャスなドレス姿。俺には理解できないが、あのドレスにも着こなしがあるのだろう。


「エレノワ、これでどうかのう」


 突然ドアが開かれ、ドアの隙間からちらりとミユの姿が見える。ピンクを基調とした、ゴージャスなドレス姿。


「あっ! 成彦なるひこ殿、急に……困る」


 ミユは顔を真っ赤にして、慌ててドアを閉める。

 ちらっと見えた限りでは、いつもとそんなに違いを感じなかった。恥ずかしがることもなかったと思うのだが。


「成彦様、ちょっと場所を変えてお話しいたしましょう」


 エレノワに促されて、部屋の前からリビングへと戻る。


「どうしたの?」


 俺はリビングのソファーでエレノワに詳しい話を聞くことにする。


「ミユさまは自分の服装がこちらの世界では浮いているのでは、とお悩みなのです。自分が変なのではないかと」

「そりゃ、あんなきらびやかな服装だとね……。でも変じゃないと思うよ。似合ってるんじゃないかな?」

「それでしたら、そのようにお伝えいただきたいものです」


 俺に向けられるエレノワの視線がいつもより厳しい。なんだか怒っているようだが……。


「……責任の一端は成彦様にもあるのですよ。成彦さまが求婚をお断りになるから……。姫様は自分に女性としての魅力がないのかとお悩みになり、せめて、こちらの世界風の服装をと、せめて、ゆるふわコーデをと……」

「女性としての魅力とかそういう問題じゃなくて、原因は不信感&身の危険だから!」


 問題はまったく知らない異世界に婿入りしなければいけないことだ。しかも権力闘争の真っ最中、暗殺の恐れもあれば、ワイバーンも襲来する。


「では女性としての魅力を感じると」


 ずいっと身を乗り出すエレノワ。


「まあ、それは、もちろん……」


 さすがに照れくさくて言葉を濁す。


「でしたら、お伝えしてもらえませんか? 女性として魅力を感じていると」

「いやいや……恥ずかしいし」


 俺は女性に直接そんなことが言えるほどチャラい性格ではない。むしろふたりが来るまでは非常に地味な生活を送り、それを楽しんでいたくらいなのだから。

 そんなやりとりをすることしばし、ようやくミユが二階からリビングへと下りてくる。


「どうかの……変ではないかのう」


 結局先ほどチラ見した、ピンクのドレス姿。あどけなさの残る端正な顔立ちとゴージャスな衣装。まさに気品と壮麗さを感じて、まさにお姫様といった感じなのだが……。

 さすがにこの姿で街を歩くとなると、控えめに言って、目立ちすぎ。控えめに言わないと、やっぱ変。

 そんな俺の心の内を察してか、ミユの頬が羞恥心でドレスと同じくらいピンク色に染まる。


「やはり変なのじゃ。もう外に出られぬ。無念じゃ。引きこもりになるしかない。このまま何年も引きこもって、最終的に支援団体の人に無理矢理引きずり出されてしまうのじゃ」


 ミユはそう言うと、ソファーに突っ伏してしまう。

 居候しているのに、引きこもりになられても困る……。


「大丈夫、似合ってるし、個性がよく出ていると思うよ」

「まことか?」


 ソファーからちらりと顔を上げ、俺を見るミユ。


「うん。目立ってると思う。いい意味でも悪い意味でも」

「成彦殿はフォローが下手くそなのじゃ! やはり引きこもるしかあるまいっ!」


 ミユは再び顔をソファーに埋めてしまった。


「引きこもりと言えば、吟遊詩人がこのような詩を。……その鉄壁の部屋は……」

「このタイミングで詩はいらないから!」


 意外と、エレノワも空気が読めない。

 とにかく異世界からやってきた引きこもりなる謎の存在を作るわけにはいかない。

 どうにかしてご機嫌を直してもらわないと……。

 しかし俺は女の子の機嫌を取る方法など知らぬ。からあげクンのちょい足しメニューや、とんこつラーメンの麺の固さ、モンハンでの大剣の扱いなどには一言あるが、このような場面に対応するスキルはない。

 どうしていいかわからずオロオロするばかりの俺。

 そんな俺に助け船を出してくれたのは母だった。

 財布の中から一万円札を何枚か取り出すと俺に握らせる。


「一緒にかわいい服、買ってきなさい」


 普段はお金に厳しい母。俺中高生のころから、まともにお小遣いも貰っていなかった。それが、どういう風の吹き回しだ!?

 この展開にミユもソファーから身体を起こし、目を丸くしている。


「これは……、こちらの世界の貨幣、いわゆる現ナマであるな。よろしいのか?」

「あんないい物を貰ったんだから、服の一着や二着、当たり前」


 母が言ういい物とはミユが手土産として携えた〝つまらないもの〟だ。母はそのつまらないものがいたく気に入っているのだ。不気味なこけし風の木彫りだったのだが……。

 こうして母の謎の美的センスに助けられ、ミユのご機嫌は完全回復したのだった。

 

     ◆

 

「どうかの? 大人エアリーかの? 春を先取りコーデかの? キラキラ女子かの? かわいいは作れておるかのう?」

 

 ミユは買いたての服に身を包み、上機嫌であった。

 花柄のワンピースにカーディガン。くるくると身をひるがえし、ワンピースをはためかせる。

 ドレス姿も似合っていたが、普通の服を着るとリアルに実感できる。この抜けるような透明感、ミユはやはり美少女なのだ。


「うん、すごくいいんじゃないかな」


 お世辞じゃなく、素直にそう思う。

 もちろんこれは店員さんに完全に選んでもらったものだ。俺は駅前の繁華街まで連れていき、手ごろな服屋さんに入っただけ。女子の服を選ぶなどハードルが高すぎる。

 それにしても店員さんのセンスがいいのか、ミユのポテンシャルが高いのか……。

 異世界に行ってもいいんじゃないのか、そんな気にすらなってしまう。

 ……いや、ダメだ、ダメだ。命の危険がある。

 気の緩みはワイバーン&毒殺の元。注意一秒、ワイバーン一生だ。

 そんな俺の逡巡にミユはまったく気づいていない。

 エレノワに向かってもくるりと一回転し、新しい服を披露している。


「さすが姫様、異世界の装束を見事に着こなしておられます。まさに〝着こなすこと、読モの如し〟でございます」


 その姿をパチパチと拍手つきで絶賛するエレノワ。


「読モれておるかの? 地獄のように読モれておるかの?」


 ミユはさらに上機嫌、その場でぴょんぴょん飛び跳ねている。おもちゃを買ってもらった子供のような喜び方。そんな動きを読者モデルはしない。

 永遠にはしゃぎ続けそうな喜びっぷりだったが、突如としてミユの動きが止まる。

 

 ――くるるる……。

 

 ミユのお腹が小さく鳴る。

 はしゃぎすぎてお腹が空いたらしい。まったく、天真爛漫にもほどがあるな……。


「なにか食べに行こうか? 貰ったお金もちょっと残ってるし」

「ほほう、現ナマが残っておるか。あの命より重いと言われるあれが……」


 ミユが上目遣いでじっと俺を見つめている。なにやら食べたいものが心の中で決まっているが、ちょっと言い難い、そんな感じだ。

 しばらく、じっと見つめ続けた後、ようやくミユが口を開く。


「お寿司が食べてみたいのう」


 ざわ……ざわ……。俺の心がざわつく。お寿司、それはこの日本を代表するメニュー、異世界からの訪問者にふるまうべき一品である。そうではあるのだが……。

 ……お値段が。三人分となると、……圧倒的お値段。


「お寿司か……、あるっていっても、だいぶ使っちゃったしな」


 暗にお断りしたつもりだったが、ミユは俺の服の裾を掴んでさらにせがむ。


「そこをなんとかならぬかの、行ってみたいのう。回転寿司に」

「回る方?」

「回ってこそお寿司! 回らぬ寿司など、米に死んだ魚を乗せただけじゃ」

「それは語弊しかない言い方だと思うけど。まあ、それならなんとか」

「やった!」


 喜びで自らがグルグル回るミユ。

 このまま放置すると人気のないお寿司のように回転しているうちに干からびてしまいそうだ。

 俺はさっそく最寄りの回転寿司のお店を検索する。 


    ◆


 俺たちは最寄りの回転寿司店に入る。

 幸い夕食の時間には少し早く、店内は空いている。並びで席が取れそうだ。

 俺は店員さんに三名での入店であることを告げようとするが……。


「成彦さま、私は別の席にしていただけませんか?」


 エレノワが意外なことを言う。


「どうして?」

「姫様がせっかく新しいお召し物を着られているのですから、ここはふたりきりなっていただいて、成彦様に姫様の女性的な魅力を感じてほしいのです」


 エレノワは店員さんに申し出て、自分だけ離れた席に向かってしまった。

 俺とミユは隣同士の席でふたりきり。

 普段、回転寿司は独り飯の場として利用している俺としてはなんだか照れる。


「回っておるのう。まるで死魚が蘇って回遊しておるようじゃ」


 一方のミユは目の前を流れていく寿司の皿たちに目をキラキラと輝かせている。

 ラーメン店では怯えていたミユだが、お寿司にはその怯えはないようだ。頑固さ、ルールの難しさなどは似ているところもあると思うのだが……。


「幼きころより、いつかお寿司を食べてみたいと思っておったからの、お寿司に関しては文献を読み漁ったものじゃ。逆に成彦殿に教えられるほど知識があると自負しておる」


 ミユは自信満々にそう言うと、学習の成果を披露する。


「……ネタ、シャリ、アガリ、オアイソ、……ザギン、チャンネー」


 なんか変なの追加されている!

 まあいい。ここはザギンではないが、俺の隣にはとびきりのチャンネー、そして回転ではあるもののシースー。まずはお寿司デートを堪能させてもらおうじゃないか。

 ミユもお寿司は勉強済みとのこと。ならばラーメンほど世話が焼けることもないだろう……。

 危なーいっ!!

 ミユがお茶用のお湯注ぎ口を指で押そうとしている。真っすぐに伸びる人差し指、そのまま押すと、指の真上から熱湯が!

 俺はギリギリのところでミユの手首をつかんで制止する。 


「火傷するぞ! これはお茶用のやつだから」


 俺はお茶の粉末を湯のみに投入し、お湯を注いでお茶を作ってあげる。


「なんとトラップであったか! 危うく人差し指を失うところであったの。お茶に関しての情報収集を怠ってしまったの。だが、もう安心してほしい」


 ミユはそう言いながら、目の前を流れる皿に手を伸ばす。

 危なーいっ!!

 ミユの手の前にはギラギラの皿。その皿の上には本マグロが鎮座している!

 俺はギリギリのところでミユの手首をつかんで制止する。 


「キラキラ女子っぽい皿がいいのじゃがの?」

「火傷する。財布が」


 俺が思うに回転寿司とは高い皿のお寿司をバクバク食べる場所ではない。それならば回らないお寿司に行けばいいのだから。

 ならば回転寿司ではなにを食べるべきか……。

 それはサーモンである。

 サーモンとは鮭だと思っている人もいるようだが、お寿司屋さんで提供されるものはニジマスを海水で養殖したもの。そしてサーモンは寄生虫対策で必ず冷凍される。

 これは回るお寿司屋さんでも回らないお寿司屋さんでも同じ。

 つまりサーモンはどこで食べても同じクオリティなのだ。

 ちょうどよくレーンに握りたての炙りマヨサーモンが放出される。

 俺は迷わずそれをひと皿取る。


「これ食べな」


 ひと皿にふたつの寿司。それをミユと分け合って食べる。

 口の中に広がるサーモンとマヨネーズのこってりとした旨味。このずっしりと濃厚な味わい。まさに回転寿司ならではだ。


「美味じゃのーーーう! まろやかじゃのーーーう! まさにザギンでチャンネーじゃのーーう!」


 異世界人にもこの強烈な旨味は伝わったようで、ミユは椅子から落ちそうなほど悶えている。

 俺は常日頃から思っている、マヨ系こそ回転寿司の真骨頂だと。

 お寿司はまず淡白な白身から食べて、それから脂の乗ったネタを食べる的なたしなみもあるが、それは回らないお店の話。 

 回転寿司ならこってりとしたネタ連打。堂々とカリフォルニアロール、さらにはハンバーグとか乗っかっちゃってる系もいくべきである。

 なんでもあり感こそが回転寿司、ジャンクなテイストこそが回転寿司。脂で味がわからなくなったら、お茶をがぶ飲みすればいいのだ。なにせお茶が飲み放題なのだから。

 とりあえず、次はサラダ軍艦でもいっておくか。

 俺は注文用のタッチパネルに手を伸ばしたのだが……。

 俺の指先をミユがじっと見つめている。


「なにか食べたいの見つかった?」


 俺の問いに小さく首を横に振るミユ。


「……ワンダースワン、私も触ってみたいのう」


 ワンダースワンじゃなくてタッチパネルだし、前に貸したタッチパネルのゲームは3DSだし……。

 とにかく自分もタッチパネルに触ってみたいようだ。


「まあ、やってみなよ」


 俺がそう言うと、ミユははじけるような笑顔を浮かべる。


「うむ、やってみるっ! ふむむ、絵で食べたいネタを選ぶのであるか、これは私のような異世界人にもわかりやすいのう……えーと、ザギン、チャンネーと」


 ミユは嬉しそうにタッチパネルを細い指でぽちぽちと叩く。

 〆サバをひとつ、〆サバをひとつ、一度炙り〆サバをひとつ挟んで、さらに〆サバをひとつ、〆サバを……。

 危なーいっ!

 〆サバだらけ! わかりやすいって言ってたわりに、全然使えてない!

 注文確定ボタンを押そうとするミユ、俺はギリギリのところでミユの手首をつかんで制止する。 


「どうしたのじゃ? バランスよく注文したつもりであるが」

「どこがっ! サバ過ぎるにもほどがあるぞ!」

「なんと! いつの間に、私のはまちはどこへ消えてしまったのだ……」

「はまちが食べたかったのね。それじゃあ、ここを……」


 俺はタッチパネルの操作方法をできるだけ丁寧に説明する。


「ふむふむ……。では改めて、ギロッポンッ!」


 ミユはそう叫ぶと、軽やかに「注文する」をタッチする。

 待つことしばし、注文皿の専用レーンをお寿司の皿を乗せた船が進み、自分たちの席の手前でぴたりと止まる。 


「おおっ、私の注文が船に乗って、おもしろいのう。楽しいのう」

 

 ミユは喜々として船に手を伸ばし、皿を手に取る。

 作りたてのお寿司はシャリにも艶があり、ネタもぴかぴかと銀色に輝いてる。

 銀色に……、これ、〆サバじゃねーかっ!


「なんで〆サバになってるんだよ!」

「なんとっ! 〆サバであるか。はまちがなぜ〆サバに……これが出世魚というシステムであろうか」

「どういう出世の仕方だよ! もはや別の企業に転職しちゃってるから」


 俺はぶつくさ言いながらも、〆サバを口に放り込む。

 ……地味に美味い。

 普段はあんまり〆サバは頼まないが、食べたら食べたで、悪くない。

 しかし、このままミユにタッチパネルを任せておくと何個〆サバが来るかわかったもんじゃない。


「ほら、俺が頼むから、はまちとあとなに?」

「このネギトロおくら軍艦が強そうじゃの」

「強そうかな……?」


 俺はミユが興味を持ったネタを次々に注文する。

 次々に運ばれてくる皿。ひとりなら食べきれないが、ふたりで分け合って食べられるとあって、いつもよりもバリエーションが楽しめる。

 そろそろアナゴなんかで、味の方向性を変えてみるか……。


「ほほう、これは美味なるタレじゃのーう。そしてタレが柔らかな身と相まって、うーむ、美味じゃ」


 ミユはアナゴを食べて目を丸くしている。

 そんなミユの横顔を見ながら俺は思う。


 ――これは思ったよりはるかににデートだ。


 そして回転寿司デート、最高じゃないか。

 カウンターのこの密着感。そしてひとつの皿を分け合うことで高まる一体感。次になにを食べるか話すので、会話も途切れることなく、自然と盛り上がる。


「お寿司は玉子を食べるといい店かどうかわかるって言われてるね」

「ほほう。玉子であるか。頼んでよろしいかの?」

「いや、そこを押すと〆サバが来るから」


 俺もそれほどトークに自信のあるタイプではないが、不思議なほど会話が弾む。

 そして俺の中でどんどんミユの好感度が上がっていく。

 回転寿司は作業的な要素がある。皿の流れるレーンを吟味し、通りすぎる前に獲得するか、スルーするかを決断し、そしてレーンになければ、食べたいものを協議して注文をする。

 この軽い共同作業の繰り返しがふたりの仲をぐっと引き寄せるのだ!

 人間とはひとりで生きられない生き物、協力し合い、支え合って絆を深める。

 ミユのために皿を取ってやり、ガリを皿に添えてあげる。そのたびに少しずつ、絆が深まる。

 

 ――回転寿司とは人類の歴史のミニマムな再現だと表現しても過言ではない!

 

 ……いや、過言ではある。

 過言ではあるが、これまで回転寿司を基本的にひとりで利用してきた俺にとっては、とにかく新発見なのだ。

 どうやらミユも十分に楽しんでくれているようで、注文皿を乗せた船が届くたびに、きゃっきゃと歓声を上げている。


「楽しいのう。美味しいのう。さすが成彦殿はチャンネーじゃのう」

「チャンネーはそっちだ!」


 などと戯れながら、そろそろ〆のひと皿の腹心地だ。


「ウニ食べる?」

「ウニであるか……。それは成彦殿が警戒しておる、キラキラ女子の皿に乗っておるが、よろしいのか?」


 不安げなミユに俺は無言でうなずく。

 回転寿司はサラダ系、サーモン系を楽しむのが俺の流儀、当然安い皿ばかりになる。

 しかし、安い皿ばっかりだと、店員さんに「うわ、全部安い皿だ、セコイ」そう思われるかもしれない。だから最後に高い皿をそっと忍ばせておく、これが俺オリジナルの江戸しぐさ、「皿色足し」だ!

 こうして、〆のひと皿、生うに軍艦、450円が届けられる。


「ほほう、……なんと。これはまろやかじゃのう。異世界に転移してよかった」

 

 ミユはウニを頬張り、うっとりとしている。

 どうやら回転寿司デートのいいフィニッシュができたようだ。


「ウニは苦手な人もいるからね、気に入ってくれてよかったよ」

「うむ、非常に気に入った。それより成彦殿はどうかの? 私を気に入ってくれたかの? 女子力を感じてくれたかの?」


 ミユは身体を俺の方に向け、ずいっと顔を近づける。うるんだ深いグリーンの瞳が真っすぐに俺を見つめている。


「いや、まあ、もちろん」


 俺は照れくさくて思わず目をそむける。

 そもそも俺はかわいいと思っているのだ。

 ただそれを伝えると、ワイバーンの襲撃もついてきちゃうわけで……。


「そ、そうだ、エレノワどうしてるかな? 大丈夫かな」


 俺は露骨に話題をそらす。

 俺たちにデートっぽさを体感させるために、こちらから見えない離れた席へと座ったはずだが……。ちゃんとお寿司を楽しめたろうか?

 席を立って、エレノワの姿を探す。


「かわいいねー。奢らせてよ」

「いえ、わたくしは……その」

「メイド喫茶の人なの? 今度、お店行くよ」


 エレノワは両隣の男性にひっきりなしに声をかけられていた。

 ミユとは系統が違うものの、エレノワはエレノワで癒やし系のかわいさがある。

 それにメイド風の衣装も男性への訴求力は抜群だ。


「なぜエレノワが女子力を見せつけておるっ!」


 ミユはぷりぷり怒りながら、男性たちの輪の中から、エレノワを引っ張り出す。


「タッチパネルの操作に慣れず〆サバばかり注文してしまい、困っていたところみなさんに助けられて、いつの間にかこのようなことに」

「主人よりモテてもらっては困るのじゃ。……それにしても、まさかエレノワの衣装が正解であったとは。ドレスと交換せぬか?」

「いけません。立場がございます」

「さては女子力を独り占めするつもりであるか」


 ミユはぐいぐいメイド服を引っ張って、執拗に服の交換を要求する。しかしエレノワもがんとして譲らない。「交換せよ」「いけません」の繰り返し。

 こうして回転寿司店のレジ近くで、ミユとエレノワの会話はぐるぐると同じところを巡り続けるのであった。

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