第六話 お泊まりしに来たよ♪
六月二十四日、月曜日。期末テストまであと一週間となった本日。寄り道はせず普段通りの午後四時過ぎに帰宅した賢祐は自室に足を踏み入れるや否や、
「おかえり賢祐君、いよいよ期末テスト一週間前ね」
「ケンスケくん、テスト前はテンションアップするよね」
「賢祐お兄ちゃん、今日からはさらに本気出して数学頑張ろう」
「ケンスケトン、化学と生物は普段あまり勉強してくれないからここでいっぱい勉強しようぜ」
「賢祐さん、今日からは家庭学習時間を二時間増やしましょう」
教材キャラ達からこう話しかけられる。みんないつも以上に機嫌良さそうだった。
「分かってるよ。期末は副教科もあるのが面倒だなぁ。中学の時よりは少ないけど」
「副教科も頑張った方が良いかもです。大学入試でAOや推薦を狙うなら評定平均に響いてくるので」
今日の帰りのSHRで配布された、期末テスト日程範囲表を眺めつつため息まじりに呟いた賢祐に、葉月はほんわか顔でエールを送る。体育、書道、情報は授業評価のみで期末テストは無しだ。
「聡実ちゃんはAOと推薦は邪道。当日一発勝負の一般入試で挑むべきってお考えみたいたけどね」
「それ俺にも言ってたよ。俺も推薦は考えてないし、姉ちゃんは副教科の分の成績は考慮しないって言ってたから……とりあえず平均点くらいは取れる程度に頑張るよ」
「それがベストだね。日程はJulyの一、二、三、四、五か。今度のSaturday,Sundayはケンスケくんをconfinementだね」
「つまり土日は幽閉されて勉強漬け。外出禁止ってことよ」
「えっ、でも。今度の土曜は欲しいマンガの発売日なのに」
モニカと州湖良から告げられたことに、賢祐はどぎまぎする。
「そんなのはテストが終わってから買えばいいでしょ。サトミちゃんも高校時代、その辺のメリハリは付けてたわよ」
州湖良はこう意見した。
「でも、絶対売り切れそうだし。発行部数そんなに多くないから」
「ケンスケくん、マンガに萌えキャラを求めなくても、ワタシ達がいるじゃない」
モニカはウィンクする。
「確かにきみ達はマンガやアニメの萌えキャラに匹敵、いや凌駕するくらいとってもかわいいけど、実際のマンガやアニメのキャラじゃないと話題性が……あと、見たい新作アニメの放送開始日とも見事に重なってるよ。中学の頃は一学期末は六月中、夏アニメ放送開始前に終わってたんだけどな」
「それもテスト終了後のenjoymentということでー」
「気になって余計勉強に実が入らないかも」
賢祐はかなり不満そうにする。
「そういう子はたとえアニメが無くても何かと理由を付けてそう言うものです。賢祐さん、期末試験は今学期の成績に大きく響く一大イベントですので、一生懸命頑張りましょうね」
葉月はにこにこ顔でエールを送ってあげた。
「分かったよ。テスト終わるまで我慢するよ。総合得点で百位以内に入らないと、姉ちゃんにかなりやばい折檻されるし」
「Oh,そうなんですかっ! ケンスケくんのオールダーシスターはeducational policyがワタシ達とsimilarなんだね。ケンスケくん、これはますます本気出さなきゃいけないね。ワタシ達だけでなくサトミちゃんからもボコボコにされたら女々しくて弱々しいケンスケくんはリアルに再起不能になっちゃうもんね」
「うっ、うん」
こうして賢祐は椅子に座るというか、ギラギラした目つきのモニカに力ずくで座らされる。
「賢祐君の通う高校で上位百位以内なら、国公立大現役合格を目指せそうね。半数くらいが東大に進学する灘や開成や筑駒と比較したらかなり劣るけど、賢祐君の高校も毎年東大一、二名、京大四名前後の現役合格者が出てるから、それなりの進学実績があるじゃない」
州湖良は賢祐の高校入学時に配布されていた高校生活の手引きの冊子、進路状況の項目を眺めながら話しかける。
「まあ、近隣の公立で二番手みたいだから。三人に一人は国公立大に進学してるようだし」
「賢祐さんも、国公立大狙いですか?」
葉月は興味深そうに尋ねてくる。
「うん。母さんもそれを望んでるし。私立は学費高いからね」
「親孝行ね、賢祐君」
「いっ、いやぁ、そんなことは……」
州湖良に頭を優しく撫でられ、賢祐は頬を少し赤らめ照れくさがった。
「ケンスケトン、期末テストで学年順位楽々百位以内に入れる裏技があるぜ」
「そんな方法が本当にあるの!?」
雲母から突然告げられたことに、賢祐は驚き顔で問う。
「うん。職員室に忍び込んで問題を盗み出せばいいのだ」
「そっ、そんなことしたらダメに決まってるだろ」
雲母のアイディアに、賢祐はすかさず突っ込んだ。
「雲母ちゃん、それは校則の厳しい高校だったら停学どころか退学に値する行為よ」
「あいだぁーっ!」
州湖良にゴチッと思いっ切り頭を叩かれ、
「不正行為は厳禁です。試験は正当な方法で挑まなければなりません!」
葉月に険しい表情を浮かべられ、
「ごめんなさーい」
雲母は慌ててぺこんと頭を下げた。
本当は、やりたいんだけどね。
賢祐がこう思ったその時、
ピンポーン♪ いつもの朝のように玄関チャイムが聞こえて来た。
「賢祐くん、おば様。こんばんはー」
伸英がやって来たのだ。
やっぱり来たぁー。
賢祐は気まずい気分に陥る。
テスト直前になると伸英は毎回のように、テスト範囲の重要ポイントなどを教えに来てくれるのだ。中学一年一学期中間テストの頃から続けている伸英の習慣となっている。
「賢祐ぇ、伸英ちゃんが来てくれたわよーっ。下りてらっしゃーい」
「はいはい」
母に叫ばれ、賢祐は部屋から出た。階段を下り、玄関先へと向かっていく。
「賢祐くん、今日は私、お泊りするね」
「えっ!!」
伸英からの突然の発言に、賢祐は目を大きく見開く。
「賢祐、よかったわね。今夜は伸英ちゃんがお勉強、付きっ切りで指導してくれるって」
母はにこやかな表情で伝えた。
「賢祐くん、今夜はよろしくね♪ 外泊許可は播野先生に取って来たよ」
「べっ、べつに、そこまでしてくれなくても……」
賢祐は困惑する。
「だって私、久し振りに賢祐くんちでお泊りしたくなったんだもん。この間、英語の授業でパジャマパーティが出て来たでしょ、私もやりたいなぁって思ったの」
伸英は満面の笑みを浮かべながら言う。大きめのトートバッグも手に持っていて泊まる気満々な様子であった。
「そんな理由かぁ」
賢祐は納得出来たが、やはり動揺している。
「伸英ちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」
母は温かく歓迎した。
「はい! お世話になりまーす。英語で言うとメイクユアセルフアットホームですね」
伸英は靴を脱いで廊下に上がると嬉しそうに階段を駆け上がり、賢祐の自室へ向かっていった。
「あっ、ちょっと待って、伸英ちゃん」
賢祐は大声で叫ぶも伸英は聞く耳持たず、賢祐の自室に入ってしまった。
これも毎度のことなのだ。
「どうしたの? 賢祐。今回はやけに慌てて。賢祐が持ってるオタクっぽい物、今さら見られたってなんともないでしょ?」
母はにやにやしながら尋ねて来た。
「確かにそうだけど……」
賢祐はそう答えて、急いで二階へ駆け上がった。
自室の扉を開けると、
「賢祐くん、かわいいお人形さん、また増えたね」
伸英は机棚を中腰姿勢でじーっと見つめていた。
よかったぁ。あの子達の姿は、見られてない。
賢祐はホッと一安心した。
「賢祐くん、テスト範囲のプリント揃ってる? 足りないのがあったら、コピーしてあげるよ」
続いて伸英は、机の上や引出を物色し始めた。
「全部揃ってるよ」
賢祐はそう言うと、机備えの本立てからファイルを取り出した。
科目毎にきちんと分けられ、全部で九冊あった。
「本当だ、一枚も抜けがない。えらいね賢祐くん。ちゃんと整理整頓出来るようになって」
一冊ずつ捲って確認してみて、伸英は大いに褒めてあげる。
「いやぁ、それほどたいしたことでもないと思うけど」
賢祐はちょっぴり照れる。あの子達の指導のおかげだし、と彼は心の中で思っていた。
「今までは全然出来てなかったんだから、大きな進歩だよ。ねえ賢祐くん、聡実ちゃん作のかわいい女の子が表紙の家庭学習用教……あっ、これだね。イラストすごくかわいいね」
伸英は、床に置かれてあった英語のテキストを拾い上げた。表紙をじーっと見つめる。
「そっ、それは……」
賢祐の表情は凍りつく。
「賢祐くん、ちゃんと中の演習問題も解いてるね」
三〇秒ほど見つめた後、伸英はパラパラ捲り始めた。
「えっ、あっ、うっ、うん。ちゃんと毎日続けてるよ」
「えらいね賢祐くん。授業中も最近はいつも真面目にノートを取るようになったし、期末テストでは良い点取れそうだね」
「うっ、うん」
賢祐は背中から冷や汗を流しながら適当に頷く。
あの子達、飛び出して来ないだろうな?
と、賢祐はかなり心配になっていた。
「じゃ、いっしょにテスト勉強始めよう」
「わっ、分かった」
賢祐が椅子に座ると、
「賢祐くん、もう少し詰めてね」
椅子の僅かなスペースに、伸英も座ってこようとして来た。
「あの、伸英ちゃん。そんなに引っ付かなくても」
「でも、落ちそうだし。じゃあベッドの上でやろう」
伸英はそう言うと、賢祐の腕をぐいっと引っ張った。
「わわわ」
賢祐はベッドの上に座らされる。
「賢祐くんのベッド、ふかふかー♪ 私、今夜は賢祐くんと同じベッドで寝るね」
伸英はうつ伏せなって足をパタパタさせながら言う。
「ダッ、ダメだよ」
賢祐は嫌がる素振りを見せる。
「あーん、お願ぁ~い」
「でもぉ」
「賢祐ぇ、伸英ちゃん。夕飯が出来たわよーっ!」
気まずい雰囲気を打ち消すかのように、一階から母に叫ばれた。
こうして二人はキッチンへ。
「今夜は伸英ちゃんの大好物よ」
母は機嫌良さそうに伝える。晩御飯のメインメニューはハンバーグステーキだった。
「わぁっ。とっても美味しそう♪ ありがとうございます、おば様。私、貧血で倒れて以来、緑黄色野菜を日々たくさん補おうと心がけてるんです。ハンバーグは最適ですね」
伸英は満面の笑みを浮かべる。
「賢祐も未だけっこう好き嫌いが激しいのよ、ミカンとか」
「だって酸っぱいし」
「賢祐くん、ビタミンCが不足して壊血病になっちゃうよ」
「俺、柑橘系やいちごは絶対好きになれないな」
賢祐は苦笑いで主張し、椅子に座った。
「伸英ちゃんはここに座りなさい」
母は微笑みながら、賢祐の向かい側の椅子を差した。
「はい、失礼します」
伸英は嬉しそうにその場所に座る。
そこ、母さんの席なんだけどな。
賢祐はちょっぴり気まずく感じるも、ともあれ食事開始。母は普段は誰も使ってない予備の椅子に座った。
十五分ほどのち、三人が食事を終えようとしたところ、
「ただいまー」
父が帰って来た。まもなくキッチンにやってくる。
「おじゃましてます。おじ様」
「やあ伸英ちゃん、お久し振りだね。ますますかわいらしくなって。賢祐の嫁さんに最適だな」
「おじ様ったら」
伸英は頬をほんのり赤らめた。
「何言うんだよ、父さんは」
賢祐は当然のように迷惑がる。
「ハハハ」
父は上機嫌で笑いながら、スーツから普段着に着替えるためリビングへ。
「ふふふ、賢祐も照れてるわよ。伸英ちゃん、お風呂ももう沸いとるから、このあとどうぞ」
母は笑顔で伝える。
「ありがとうございます。でも、賢祐くん先にどうぞ。私、夕飯のお片づけを手伝うから」
「あら悪いわね、伸英ちゃん」
「いえいえ」
「じゃあ、俺、先に入るね」
賢祐は夕食を平らげるとすぐに椅子から立ち上がり、風呂場へと向かっていった。
風呂椅子に腰掛け、髪の毛をこすっている最中、
「やっほー、ケンスケトン!」
全裸の雲母が湯船からバシャァァァーッと飛び出して来た。
「あの、雲母ちゃん。俺の入浴中に入り込んでくるのはやめようね」
賢祐は優しく注意する。こういうことが度々あり、賢祐はもはや驚く様子は無かった。
「生ノブエステル、本当にかわいいね。生殖器と内臓のみならず細胞レベルまで観察したいくらいだぜ。ねえケンスケトン、今夜はノブエステルとベッドの上で交尾的なことするんでしょ?」
「……何言ってるんだよ。すっ、するわけないだろ、そんなこと」
にやにや顔で質問してくる雲母。賢祐は焦り顔で即否定した。
「ケンスケトン、つれないなぁ。普通ヒトのオスにとってのメスの幼馴染っていうのは、お互い仲良いのは幼少期くらいのもので、思春期を迎える頃には敬遠疎遠されるのが普通なのだ。ケンスケトンは三次元世界の住人のくせにラブコメマンガやエロゲー、ラノベの設定みたいに恵まれてるんだから、ノブエステルを大切にしてあげなきゃダメだぜ」
「大切にするってそういうことじゃないだろ」
雲母の力説に、賢祐が迷惑顔で反論していたその時、
「おじゃまするね、賢祐くん」
浴室扉がガラガラッと開かれた。
「うわぁっ!」
「ひゃぅっ!!」
賢祐と雲母はびくーっと反応する。伸英が入って来たのだ。
「あれ? 女の子……」
伸英は雲母の方に目を向けた。
「やっべ」
雲母はこう呟くと、一瞬で姿を消した。
「ねえ、賢祐くん。さっき素っ裸で紫髪の女の子がいなかった?」
伸英はきょとんした表情で尋ねてくる。
「きっ、きっ、きっ、気のせい、気のせいだよ」
賢祐が慌てて説明すると、
「……そうだよね? まあ、いいや。賢祐くん。お背中流すよ」
伸英はあっという間に普段の表情へと戻った。何事も無かったかのように賢祐に接する。
「あっ、あの、伸英ちゃん。俺が入ってるのによく平然と入って来れるね」
賢祐は伸英から目を逸らそうとする。
伸英はハイビスカス柄のワンピース水着姿だったのだ。
「昔はよくいっしょに入ってたんだし、全然抵抗ないよ。それに私、水着着けてるし、賢祐くんだって前隠してるでしょ。いっしょにプールに入ってるようなものだよ」
伸英は賢祐の下半身をちらっと見て、にこやかな表情で主張した。
「そういう問題じゃないって」
それでも賢祐は居た堪れなく感じていた。目のやり場にも非常に困ってしまう。
*
「どうしよう。ノブエステルに微小時間だけど姿見られちゃったよ」
賢祐の自室に戻った雲母は苦笑いで四人に報告した。
「Oh my gosh!」
「雲母お姉ちゃん、間に合わなかったんだね」
モニカと根位比愛はハハッと笑う。
「その後は、何事も無かったかのように普通に接してるけど」
州湖良はモニターに入浴中の二人の映像を映した。
「幸いなことに伸英さんは、お部屋の様子を見る限りメルヘンチックなお方でしょうから、わらわ達の姿が見られても全く問題ないかもです」
葉月は冷静に分析する。
「それじゃあさ……」
雲母はあることを提案した。
それから少し時間が経過した浴室内。
「賢祐くん、男子の水泳はすごく大変だよね。五〇メートル途中で足付かずに泳ぎ切らないと夏休み補習に呼ばれるみたいだし。女子の方はノルマないし、遊びみたいなものだよ。賢祐くん、一学期最後の授業までに泳ぎ切れそう?」
伸英は湯船に体育座りをしてくつろぎながら、嬉しそうに話しかけてくる。
「まあなんとか。じゃあ、俺、もう出るね」
「賢祐くん、もう出るの? 早過ぎだよ」
伸英は困惑顔で注意した。
賢祐は雲母が姿を消してからすぐに逃げ出そうとしたのだが、伸英に捕まえられ、背中を洗われさらに湯船にも力ずくで入れられてしまったのだ。彼は嬉しいという気持ち以上に恥ずかしいという気持ちの方が遥かに凌駕していた。
「やっほー♪ 賢祐。伸英ちゃんも来てるんでしょ?」
そこへつい数分前に帰宅した聡実もすっぽんぽんで乱入してくる。
「あのっ、聡実ちゃん、素っ裸はダメです。気遣いが足りてないです。聡実ちゃんにとっては幼く見えるかもしれませんが賢祐くんは年頃の男の子なので、せめてタオルは巻いてあげて下さい」
「あぁんっ! もう、伸英ちゃん大胆ね」
伸英は慌てて湯船から飛び出し、聡実のおっぱいを両手でぎゅぅーっと押さえ付け壁際に押し込む。
「伸英ちゃんも気遣い足りてないと思うけど」
賢祐は困惑顔で主張しながら湯船から出て、伸英の背後を通り過ぎ脱衣場へと逃げて行った。
「伸英ちゃん、賢祐見栄張って逃げてっちゃったし、水着脱いじゃいなよ」
「そうですね。脱いじゃおっと♪」
こうして伸英もすっぽんぽんに。
「おう、伸英ちゃん、いいヌード♪ めっちゃデッサンしたい。ますます成長したね」
「聡実ちゃん、そんなに見つめられると恥ずかしいです」
「ごめん、ごめん。おっぱい、触っていいかな?」
「それは、ちょっと……でも、私も聡実ちゃんのおっぱいしっかり触ってしまったので、ちょっとだけなら、いいです」
「サーンキュ♪」
「ひゃぅっ! 聡実ちゃん、優し過ぎてかえってくすぐったいです」
「めっちゃ触り心地ええ♪ もっと欲を言えばお顔埋めて吸い付きたぁい」
「それは、さすがにダメです」
「冗談、冗談」
こんな会話が聞こえて来て、
姉ちゃん、伸英ちゃんに猥褻行為はやめろよ。
賢祐はついつい耳をそばだててしまう。罪悪感に駆られた彼は籠に置かれてあった聡実の薄ピンク系統の下着類はもちろん、伸英の白系統の下着類からも目を背けてバスタオルで体を拭き、急いでパジャマに着替え、リビングへやって来ると、
「あら賢祐、十分くらいで出てくるなんて烏の行水ね」
母から微笑み顔で突っ込まれる。
「だって母さん、伸英ちゃんと姉ちゃんが……」
「賢祐ったら、小学四年生頃までは聡実や伸英ちゃんとよくいっしょに入ってたくせに」
かなり気まずそうな賢祐を眺め、母はくすくすと笑う。
「大昔の話だろ」
賢祐は当然のように不愉快になった。
「伸英ちゃんが昔みたいにいっしょに入りたいって言ってたから、入ったらって言ったのよ。そしたら伸英ちゃん嬉しそうに走っていって」
「母さん、その時引き止めてくれよぅ」
「どうして? べつにええやない。幼馴染同士なんだし」
賢祐と母とでそんな会話をしていた時、
「聡実ちゃんともいっしょに入れて私のお風呂タイムはいつも以上に楽しめました♪」
「うちも久し振りに伸英ちゃんと裸の付き合い出来てめっちゃ嬉しかったわ~」
伸英と聡実も上がってリビングへやって来た。
「俺はとても疲れたよ」
賢祐はげんなりとした表情だ。
「それじゃ賢祐くん、お部屋に戻ってテスト勉強の続きやろう」
「うっ、うん」
「二人とも頑張ってね」
聡実に見送られ、賢祐が前、伸英が後ろを歩いて二階へ上がっていき、
「ケンスケトン」
「うわぉっ!」
部屋に入った瞬間、賢祐は思わず仰け反った。
雲母だけでなく五人全員、テキストから飛び出していたのだ。
「ちょっ、ちょっと、あっ、あの」
「あらま、女の子がいっぱいいるね」
慌てる賢祐をよそに、伸英は素の表情で的確に突っ込んだ。
「いとうつくしきかたちなる伸英さん、初めまして。わらわは、賢祐さんに国語を教えている新玉葉月です」
「あたし、数学担当の四分一根位比愛だよ」
「アイアム栗巣モニカ。ケンスケくんにEnglishをレクチャーしてるよ」
「長宗我部・エリザベス・州湖良よ。世界史と現代社会を担当してるわ」
「理科担当の金星雲母なのだ」
教材キャラ達は陽気な声で、伸英にごく普通に自己紹介した。
「あっ、あっ、あっ、あの……」
賢祐はかなり焦る。
「はじめまして。私、延山伸英です」
伸英は爽やか笑顔でそう言って、ぺこんと頭を下げた。
「賢祐くんの家庭教師さん?」
続いて賢祐の方を向き、興味深そうに尋ねてくる。
「まっ、まあ、そんな、感じ」
賢祐は焦り顔で説明した。
「アタシ達は、このサトミトコンドリア作の教材の中から出て来たのだ」
雲母はあのテキスト五冊をぴっと指差す。
「そうなんですかぁ。すごいですねぇ!」
すると伸英は目をきらきら輝かせ、五人のいる方へぴょこぴょこ歩み寄る。
「のっ、伸英ちゃん、この子達のこと、不思議に、思わないの?」
賢祐は驚き顔で問いかけた。
「さすがにちょっとびっくりはしたよ。でも、飛び出す絵本の進化版だって考えれば、そんなに不思議には思わなかったよ」
伸英はとても嬉しそうに言う。
「そっ、そう?」
賢祐はかなりホッとした。
「紙の教材にこんな技術を組み込むなんて、聡実ちゃんは超天才だね」
伸英の聡実に対する尊敬度はますます上がったようだ。
「雲母さん、伸英さんにあのことを謝っておきなさい」
葉月は困惑顔で命令する。
「うっ、うん」
「えっ!? 雲母ちゃん私に何か悪いことしたっけ?」
伸英はきょとんとなった。
「アタシ、ノブエステルんちのお部屋に無断で忍び込んで、下着を何枚か盗みましたのだ。ごめんなさい」
雲母は土下座姿勢で謝罪の言葉を述べた。
「なぁんだ。そんなことか。いいの、いいの、私、全然気にしてないよ」
伸英は爽やかな表情で言う。
「ありがとうございます。ノブエステル」
伸英の寛容さに、雲母は再度深々と頭を下げ感謝の意を表した。
「今夜はみんなでいっしょにテスト勉強しよう。七人でやるとすごく楽しそう」
伸英は嬉しそうに提案する。
「OK.たまには他の科目もラーニングしてみたいからね」
「もちろんいいよ。あたしもいろんな科目勉強して、もっともっと賢くなりたいから」
「わらわも勿論参加致します。数学と理科の苦手意識をほんの少しでも無くしたいですし」
「アタシもいっしょに頑張るぜ。ケンスケトンとノブエステルだけにたくさんの科目を学ばせるのは不公平だからな」
「聡実ちゃんも創作活動のために幅広い教養を身につけた方が良いという考えみたいなので、わたくしも参加します」
教材キャラ達は快く了承してくれた。
「とりあえず、賢祐くんの一番苦手な英語からやろっか?」
伸英はこう提案した。
その直後に、
「伸英ちゃん、賢祐。勉強頑張ってるとこ悪いけどちょっとの時間失礼するね」
ガチャリと扉が開かれ、聡実が入り込んで来てしまった。モニカ達はすばやく教材内に飛び込んで聡実の目には一切映らず。
「姉ちゃん、いつも言ってるけどノックくらいしろよ」
賢祐は迷惑そうに言う。
「まあいいじゃん。うち、賢祐と伸英ちゃんのために、期末テストの主要科目予想問題集作ってあげたよ。これも活用してね」
聡実は期末テスト予想問題集と題された冊子を手渡してくる。
「ありがとうございます! 良い点が取れるように頑張ります!」
伸英は嬉しそうに受け取る。
「ありがとう。五教科九科目分あるんだな」
賢祐もちょっぴり躊躇うように受け取りつつも、感謝の気持ちは感じていた。
「賢祐、うちに折檻されんようにテスト勉強しっかり頑張りよ。うちはめっちゃ折檻したいねんけどね♪」
聡実はそう伝えてフフッと笑う。
「賢祐くん、頑張らなきゃダメだよ」
伸英に肩をポンッと叩かれ真顔で言われ、
「分かってる。俺も今回は本気モードだよ」
賢祐はきりっとした表情で主張した。
「賢祐にそう言ってもらえて、うちは嬉しいような嬉しくないような複雑な心境だな。ところで伸英ちゃん、さっきお風呂入った時から思ってたんだけど、最近ムダ毛処理怠ってるでしょ?」
「はい、もう一年以上はほったらかしです。去年の初プールの授業の前にお友達からわき毛と腕毛と脛毛、絶対剃った方がいいよって言われて剃刀で剃って、それ以来剃ってないな。面倒くさくって。特に気にもならなかったし」
伸英はほんわか顔で伝える。
「ダメじゃない。そんな女子力下げるようなことしちゃ。女子高生なんだから身だしなみに気遣わなきゃ。夏は特に。こんな毛の状態で水泳の時スク水着てるの? 伸英ちゃんにお仕置きが必要ね。剃ってあげるよ」
聡実はにやりと笑う。
「私、剃らなきゃいけないほど生えてるかな?」
伸英は苦笑いを浮かべ、自分の腕や脛を確かめてみる。
「よく見ないと気にならないくらいだけど、剃った方が絶対いいって。明日水泳の授業あるでしょ?」
「はい。五回目のがあります」
「ほな、剃らせて欲しいな」
「それじゃ、剃っていいよ」
「ありがとう。じゃ~ん、女子力を高める剃毛セットよ」
聡実はピンク系花柄の可愛らしいマイポーチから除毛クリーム、刷毛、はさみ、シェーバー、毛抜き、ローションを取り出した。
「本格的ですね」
伸英は深く感心しているようだった。
「賢祐、ちょっと今から伸英ちゃんの恥ずかしいところのムダ毛処理するから、賢祐は見ないようにしてあげてね」
「わざわざ俺の部屋でやらなくても、姉ちゃんの部屋でやればいいだろ」
賢祐は意識を逸らそうと机に向かい、テスト範囲内の数学の問題を解き始める。
「悪いんだけど……聡実ちゃんのお部屋は、落ち着かないので」
伸英は苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうに言う。
「それもそうか。確かにあの部屋は伸英ちゃんには刺激がきつ過ぎる。姉ちゃんが大学受かって以降はますますグレードアップしてるし」
賢祐はハッと気付かされた。
「うちもそう思ったから、賢祐のお部屋で伸英ちゃんに剃毛プレイすることにしたんよ。それじゃ伸英ちゃん、下着姿になってベッドに腰掛けてね」
「はい」
聡実からお願いされると、伸英は躊躇なくパジャマの上下を脱いでブラとショーツの下着姿になり、賢祐が使っているベッドに上がったのち体育座りの姿勢になった。
聡実もベッドの上に上がる。
「あの、伸英ちゃん、俺がいるのに本当に下着姿になったのかよ?」
賢祐は演習問題を解きながら困惑気味に問いかける。
「うん、私、賢祐くんは覗いて来ないって信用してるし」
伸英はきっぱりと言った。
「さすが賢祐、信頼されてるわね」
聡実は感心気味に微笑み、
「伸英ちゃん、うなじと背中から剃ってくね。ブラも取って」
こんな指示を出すと、
「分かりました」
伸英は躊躇いなく薄ピンク色のブラを外しておっぱい丸見せに。
「じゃあ剃るよ」
聡実は最初に伸英のうなじから背中にかけて除毛クリームを塗り、専用の刷毛で浮かび上がった産毛を取り除いてあげる。
「あっんっ、くすぐったい」
「それは我慢してね」
「はい、すみません」
除毛後は、アフターケアのローションを塗ってもらい、伸英はブラを付ける。
「次はおへそ周り剃るね。仰向けに寝転がって」
「はい」
伸英は体育座りからぺたんと仰向けになった。
「じゃあ剃るね」
「んっ、気持ちいいです」
「はい、終わったよ。今度は腿毛と脛毛剃るね」
聡実は続いて伸英の両足に除毛クリームを塗って、うっすら生えていた太ももの毛と脛毛を刷毛で取り除いていく。
「聡実ちゃん、剃るの上手ですね」
「ありがとう。だてにうち、中高時代は友達から剃毛の達人って言われてへんからね。内側も剃るからうつ伏せになってね」
「はい」
伸英は言われた通りの姿勢へ。
太ももと脛の内側のムダ毛もきれいに剃ってもらい、
「ふくらはぎ、揉んであげるね」
「ありがとう聡実ちゃん、んっ、気持ちいい♪」
ローションを塗ってもらうさいにマッサージもしてもらい、伸英は恍惚の表情だ。
「次はわき毛剃るよ。腕上げてね」
「はい」
再び体育座りの姿勢になったのち両手を天井に向けて伸ばした伸英、ここも同じように剃ってもらう。
「んっ、ちょっとくすぐったい」
「伸英ちゃん、動かないで。危ないから」
「すみません」
「はい、きれいに剃れたよ。ローション塗るね」
「ありがとうございます。んっ♪」
「伸英ちゃん、アンダーヘアーもけっこう広範囲に生えてたし、ちょっとだけ剃っておこう。そのままだとビキニならはみ出ちゃう危険性大だし。ちょっとパンツずらすね」
「えっ! そこも剃るの?」
伸英はピクッと反応する。
「うん、その方が絶対いいよ。うちも定期的にちょっと剃ってるし」
聡実はにっこり微笑みかけた。
「なんかそこ剃られるのは恥ずかしいな。私今までそこは剃ったことないよ」
「すぐに済ますよ」
「でも、ちょっと……」
「水着シーズンくらいは剃って、狭い範囲にうっすら生えてる程度に整えた方がいいと思うよ」
「でっ、では、お願いしますね」
伸英は仰向けに寝ると、照れくさがりながら緊張気味にショーツを自分で膝の辺りまでずらした。伸英のぷりんっとしたお尻がじかに賢祐の敷布団に触れる。
「それじゃ、クリーム塗るね」
聡実は除毛クリームを塗った刷毛を、伸英の露になった恥部に近づける。
「あっ、ちょっと待って。やっぱり剃るのはやめて。あとでチクチクして来そう」
伸英は頬をポッと赤らめた。
「それじゃ、カットして短くしとくよ」
「それでお願いします」
「了解。ほな、カットするね」
「はい」
「伸英ちゃん、もう少しだけお股広げてね」
「分かりました」
そんな会話とチョキチョキチョキッとはさみの音がしっかり聞こえて来て、
俺はべつに伸英ちゃんのムダ毛は全然気にならないけどな。
賢祐はちょっと見てみたいと思ってしまったが、数学の演習問題に集中。
この行為はいただけねえな。熱帯雨林の破壊に通じるものがあるぜ。
雲母は教材内からばっちり観察していた。
「はい、ムダ毛処理完了したよ」
「聡実ちゃん、ありがとうございました」
伸英は照れ顔でお礼を言ってショーツを元の位置に戻す。
「どういたしまして」
聡実は嬉しそうに微笑む。
「賢祐くん、見て。私の腕と脛、きれいになったでしょ?」
伸英は服を着込んだあと、賢祐に剃った部分を見せてあげた。
「いや、分からないな。伸英ちゃんの肌なんか普段よく見てないし」
賢祐は困惑気味に伝える。
「あらら」
伸英はちょっぴり拍子抜けしたようだ。
「賢祐、これからは伸英ちゃんのお肌、もっとよく観察してあげて。伸英ちゃんがムダ毛処理怠らへんように」
「べつにそんなことしなくても……」
賢祐は迷惑そうに伝える。
「賢祐くんにじっくり見られちゃうのはなんか恥ずかしいな」
伸英は照れくさそうに、てへっと笑った。
「ほな二人とも、テスト勉強頑張ってね。エッチはまだ高校生なんやからしちゃダメよ」
聡実はにやけ顔でそう言い残し、伸英のムダ毛を包んだティッシュも持ってこの部屋から出て行った。
「邪魔だから二度と入ってくるなよ」
賢祐は不愉快そうな顔でこう注意しておく。
「それじゃ、勉強再開しよっか?」
伸英はちょっぴり頬が赤らんでいた。
「そうだね」
伸英ちゃんのムダ毛、姉ちゃんにおい嗅いだり口に入れたりして変態行為に使わないか心配だな。実際やりかねないし。まあ俺の部屋のごみ箱に捨てられても困るんだけど。
賢祐がそう思っていると、
「一応隠れておいたぜ。サトミトコンドリア作者だから姿見られてもいいとは思ったけど」
「わらわも、聡実さんにもわらわ達の姿を見られてしまっても良かったのではないかとも思いました」
「あたしもそう思ったぁ」
「I agree.」
「わたくしも同意よ。途中で出ようかと思ったわ」
雲母を先頭に、他の四名も次々と教材から飛び出して来た。
「私も聡実ちゃんにも見られてもいいと思う。むしろその方がいいんじゃないかな?」
「俺もそうも思うけど、とりあえず今はナイショにしておこう」
その後もモニカ達の姿は聡実に見られることなく、みんなで副教科を除く五教科九科目の重要項目をそれぞれ十五分から二〇分ほど軽く勉強していき、あっという間にまもなく日付が変わる頃になった。
「賢祐お兄ちゃん、伸英お姉ちゃん、おやすみなさーい。いろんな教科が学べて知識も増えて楽しかったよ」
「おやすみケンスケトン、ノブエステル。二人で太陽の中心のように熱い夜を楽しんでね」
「おやすみなさいです」
「グッナイ! See you again,ノブエちゃん」
「賢祐君、伸英ちゃん。おやすみ」
教材キャラ達は就寝前の挨拶をして、テキストに飛び込んでいく。
「おやすみーっ。出会えて嬉しかったよ。賢祐くん、とっても素敵な家庭教師さん達だね」
伸英は全く不思議がることなくその様子を眺めていた。
「あの、伸英ちゃん。あの子達の存在は、他のみんなには絶対ナイショにしてね」
「もちろんだよ。二人だけの秘密にしようね」
伸英がこう言ってくれて、賢祐はホッとする。
「あの、伸英ちゃん、もう一つお願いがあるんだけど、俺と同じ布団で寝るのは、やめて欲しいなぁ。出来れば母さんの寝室で」
「それは嫌だよ。私、賢祐くんと同じお布団で寝るぅ!」
この要求は、伸英は受け入れてくれなかった。賢祐は当然のように困惑してしまう。
「じゃあ俺は、床で」
「ダメだよ。そんな所で寝たら絶対風邪引いちゃうよ。いっしょに寝るのは私と賢祐くんだけじゃないよ。この子もいっしょだよ」
伸英はほんわか顔でそう伝えると、
「じゃーん、これ見て。賢祐くんにこの間取ってもらったナマちゃん。川の字に寝よう」
トートバッグからそれを取り出し、敷き布団の上に置く。
「……」
賢祐は困惑顔を浮かべながらも、無いよりはマシかなっと思った。
「賢祐くんも早く寝よう。夜更かしは体に毒だよ」
伸英はおかまいなく、いつも賢祐が使っている夏蒲団に潜り込む。
「わっ、分かった」
賢祐はそれからすぐに電気を消して、ゆっくりとした動作で慎重に同じお布団に潜り込んだ。
「おやすみ賢祐くん」
「……おやすみ」
そんな会話を交わしてから二分も経たないうちに、伸英の寝息が聞こえて来た。
「……眠れない」
賢祐は極度の緊張で目が冴えてしまっていた。
それから三〇分くらい経っても、状況は変わらず。
間にあのナマケモノのぬいぐるみがあったため、体が引っ付き合うことは避ける事が出来たのだが、それでもやはり気になってしまう。
「ケンスケトン、今、ノブエステルと交尾する絶好のチャンスだぜ」
「うわっ!」
雲母が突然目の前に現れ、賢祐はびくーっと反応した。
「ノブエステルの寝顔、とってもかわいいでしょ?」
「たっ、確かにかわいいけど」
賢祐は伸英の寝顔をちらっと覗いてしまった。
「まず手始めに服を捲りあげて、ブラジャー外しておっぱいじかに触っちゃえ」
「そんなこと、出来るわけないだろ」
「ケンスケトン、草食動物みたいだな。そんなんじゃ子孫残せないぜ」
「雲母ちゃん!」
「あいたぁ!」
突然、州湖良に背後から頭を叩かれた。
「ごめんね賢祐君。雲母ちゃんがご迷惑かけて。すぐに引き戻すから」
「あーん、スコランゲルハンス島。もう少しだけぇ~」
「ダメよ、賢祐君困ってるでしょ」
「やっ、やめてぇぇぇ~」
州湖良は嫌がる雲母を、自分のものと同じ社会科のテキストに押し込めた。
「それじゃ、おやすみ賢祐君。雲母ちゃんのことならもう心配ないわ。自分用のテキスト以外からは、自ら脱出も侵入も出来ないからね」
州湖良はにこにこしながらこう告げて、社会科のテキストに飛び込む。
「あっ、ど、どうも」
そんな仕様もあったのか。よかった。
賢祐はこれで一安心する。
布団に潜り込もうとしたら、
「あの、賢祐君」
「うわっ!」
再び州湖良が飛び出して来た。賢祐は少しだけ驚く。
「今日、というかもう昨日だけど、伸英ちゃんがいたから体罰は控えたけど、また今日から復活するからね♪」
州湖良はウィンクして、再度テキストに飛び込んだ。
「……やっぱり」
賢祐は苦笑いする。彼は再び布団に潜り込んだが、やはり伸英がすぐ隣で眠っていることもあって、なかなか寝付けなかったのだった。
☆
朝、七時四〇分頃。
伸英ちゃん、いないな。
賢祐が目を覚ました頃には、すでに伸英の姿は無かった。賢祐はいつも通り制服に着替え、一階ダイニングへと向かっていく。
聡実は今日は一コマ目の講義がないため、まだ睡眠中だ。
「おはよう」
「おはよう賢祐くん」
「おはよう賢祐、今朝の朝食、伸英ちゃんも手伝ってくれたわよ」
「そうなんだ」
伸英もすでに制服に着替え終えていた。制服は持って来てなかったので、一旦家に戻ったらしい。
「私は卵焼きを作ったよ。食べてみて」
「美味そうだ」
賢祐は椅子に座ると、最初に卵焼きに箸をつけた。
「けっこう、甘いね。俺の好みだよ」
いつもの塩味とは違い、お砂糖いっぱいだった。
「ありがとう。嬉しいな♪」
伸英は満面の笑みを浮かべる。伸英は賢祐と同様、甘党なのだ。
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