姉作俺向け萌え教材は二次元で三次元でＳ気質

第五話 ついに母さんに姿見られちゃった？

あの日から三週間以上が過ぎた六月二〇日。朝、七時四五分頃。

「おはよう、母さん」

　賢祐が起きてキッチンへやって来ると、母が怪訝な表情を浮かべながら戸棚をガサゴソ漁っていた。

「おはよう賢祐、なんか最近、戸棚や冷蔵庫の中身が猛烈な勢いで減っとるんよ。おまけに電気代やガス代、水道代も今月、けっこう上がってるの。ア○エッティにでも入られたのか妖怪のせいなのかしら？」

　母は首をかしげる。深夜アニメは嫌う母親だが、朝夕に放送している国民的アニメや子ども向けアニメ、ジ○リ映画は大絶賛しているようなのだ。

「！！」

　賢祐はギクッと反応した。背中から冷や汗も流れ出す。

「賢祐、何か心当たりない？」

「なっ、ないよ」

「ひょっとして賢祐がこの間聡実といっしょに見てたエッチなアニメみたいに、年端も行かない女の子を何人か、こっそり監禁しているとか？」

　母はニヤニヤしながら問いかけてくる。

「あるわけないだろ！」

　賢祐は早口調で即否定した。

「ふふふ、冗談よ」

　母は大きく笑いながらテーブル席へ戻る。

なんてこと想像するんだよ、実の息子に対して。

　賢祐は呆れ果てていた。半分当たっているような気もするが。

　賢祐は急いで朝食を食べ終えると、

「ちょっと忘れ物が――」

　母にこう伝えて階段を駆け上がっていく。

「伸英ちゃん待たせないように、なるべく早くしなさいねーっ」

「分かってるって」

　自室に入ると、

「あの、キミ達、俺んちの冷蔵庫や戸棚、勝手に漁ったでしょ？」

　困惑顔ですぐさまこんな質問をした。

「Ｙｅｓ！　ｒｅｆｒｉｇｅｒａｔｏｒからプディングとかジェリーとかフルーツとか盗って食べたよ。ちなみに『食べる』を表す英語ｅａｔは現在形、過去形、過去分詞でｅａｔ，ａｔｅ，ｅａｔｅｎと不規則変化する動詞だからしっかり覚えようね」

「あたしも漁ったよ。賢祐お兄ちゃんのおウチの戸棚って、美味しいお菓子がいっぱい入ってて四次元ポケットみたいだね」

　モニカと根位比愛はにこにこしながら明るい声で答えた。

「あらまっ。いけなかった？　ごめんね、賢祐君。スーパーのチラシや地図帳や家庭科の教科書に載ってる食材だけでは物足りなくて、ついつい。わたくし達、賢祐君の家族、つまり利川家の一員だから、自由に漁っていいものかと」

「わらわも。他人のおウチから私物を盗るのは立派な窃盗罪ってことは知っていますけど」

州湖良と葉月は気まずそうに告げた。

「いつ俺の家族になったんだよ？」

　賢祐は呆れ返る。

「あのう、ケンスケトン、ハヅキアズマ。じつはアタシ、ノブエステルんちから、いくつか私物を盗みました」

　雲母は申し訳無さそうに白状した。

「えっ！　伸英ちゃんちのも、盗ったの？」

　賢祐は眉をぴくりと動かす。

「うん。アタシ、ノブエステルんちに忍び込んで下着を何枚か拝借したのだ。その……柄が、すごくかわいかったので」

　雲母はもじもじしながら照れくさそうに打ち明けた。

「雲母さん、それは泥棒さんのすることですよ。ごんぎつねの世界なら後でお詫びをしても猟銃で撃たれてますよ」

　葉月は困惑顔で注意する。

「衣類・日用品は、わたくしがスーパーのチラシから取り出してあげてるでしょ。めっ！」

　州湖良は雲母の頭をグーでゴチーッンと叩いた。

「あいだぁっ、だってそれだと種類が少なくって。分からないように最近使ってなさそうな奥の方から取り出したから」

雲母は唇を軟体動物タコのように尖らせ、涙目で不満を呟いた。

「あとでちゃんとこっそり返してあげてね。あと、俺んちの光熱費が上がってるのも、きみたちのせいでしょ？」

「はい。わらわ達は賢祐さんの垂乳根がお買い物に行って留守にした隙に、シャワーを浴びたり炊事をしたり、テレビ番組を視聴したりしています。まさに〝鬼の居ぬ間に洗濯〟をしています。あと、昼間は暑いのでクーラーも無断で使わせていただきました」

　葉月は申し訳無さそうに正直に伝える。

「そういうことかぁ。確かに女の子だし、夏だし風呂には入らないといけないからな」

　賢祐は教材キャラ達の行動に同情心を抱いてしまった。

その頃、伸英のおウチでは、

「あれ？　パンツが入ってるところ、ちょっと引き出しやすくなったような……気のせいかな？」

　お着替え中の伸英が、ちょっぴり不思議に感じていたのだった。

　　　　　　　　　　　　　□

「賢祐、母さんに何か隠し事しとるやろ？」

　その日の夕方六時半頃、賢祐が帰宅すると、玄関先でいきなり母からやんわりと問い詰められた。

「べっ、べつに、ないけど」

賢祐はやや声を震わせながら答えるも、

まっ、まさか。バレた？　あの子達のこと。

こんな心境により全身から冷や汗が出て来て、心拍数も急上昇した。

「嘘おっしゃい！」

　仁王立ちしていた母は、眉をへの字に曲げ表情をやや険しくする。

「嘘なんかついてないよ」

　賢祐は間髪を容れず反論する。

「まったく賢祐ったら。母さんは知っとるんよ。明日、〝授業参観〟があるんやろ？」

「……あっ、そういうこと。たっ、確かにあるよ、三時限目に。なんで、知ってるの？」

　予想外のことを指摘され、賢祐は焦りつつもホッと一安心した。

「さっき伸英ちゃんがお電話で知らせてくれたの。賢祐、黙ってるなんてどういうつもりなの？」

　母は尚も険しい表情を浮かべる。

「だって、言ったら、母さん絶対見に来るし」

　賢祐は困惑顔で答えた。

「まあ賢祐ったら、そんなに母さんに見に来られるのが嫌なのかしら？」

「母さん、さすがに高校で授業参観に来る親なんてほとんどいないよ。恥ずかしいからやめてくれよ」

「ダーメ、見に行きます。よそはよそ、うちはうち」

　母は爽やかな表情で、駄々をこねる子どもをたしなめる母親の定番文句を告げる。

「そんなぁ。よりによって一番苦手な英語なのにぃ」

　がっくり肩を落とし落胆する賢祐をよそに、

「そもそもあんたの高校のホームページに載っとる年間行事予定見て今月にあることは前々から知ってたけどね。さてと、明日はどの服を着ていこうかしら♪」

　母は行く気満々なのであった。

　　　　　　　＊

「うちも見に行ってあげるよ」

「姉ちゃん、大学の講義あるだろ」

「それよりも年一回しかない賢祐の参観の方が大事やから」

「絶対来るなよ」

「嫌や♪　行く」

「なんでだよ？　姉ちゃんが中高の頃は、わざわざ学校サボってまで見に来なかっただろ？」

「大学は出席に関して比較的自由やもん」

　夜七時頃に帰って来た聡実も同じく。

　　　　　　　　　☆

翌日金曜日、二時限目古典終了後の休み時間。

「ああ、嫌だなあ。母さんも姉ちゃんもすごく張り切ってたし」

　賢祐は英文法のテキストと英和辞書、ノートを机に上に出したあと、修作と朋哉に向かってため息まじりに愚痴を呟いた。

「僕んちのママは、お仕事が忙しいから来られないのだ」

　修作は残念そうに言う。

「見に来て欲しいのかよ」

　賢祐はすかさず突っ込んだ。

「おれの母ちゃんは見に来ないぜ。というか授業参観のプリントすら渡してないからあること事態知らないぜ」

　朋哉は余裕の表情であった。

「いいなあ」

　賢祐は当然のごとく羨む。

「朋哉くん、ダメだよそんないい加減なことしちゃっ！　保護者向けの配布物は全部渡さなきゃ」

「うをわぁぁぁーっ！」

　突如背後から、やや険しい表情を浮かべた伸英に両肩をぐーっと押し付けられ、朋哉はびくーっと反応した。

「朋哉、そんなに驚かなくても」

　賢祐は楽しそうに笑う。けれども彼の心の中は不安でいっぱいだった。

まもなく始まった三時限目、英語。開始から五分ほど過ぎた頃、

やっぱり、来たか。姉ちゃんはなんて格好してるんだよ。ここはコスプレイベント会場じゃないんだぞ。

　賢祐は後ろをチラッと見てみた。

　宣言通り、賢祐の母と姉は見に来ていた。しかも伸英のお母さんといっしょに。

　賢祐の母は無駄に厚化粧して、梅雨らしく青紫系のアジサイ柄ワンピースを身に着けていた。さらに白の厚底ブーツという組み合わせ。聡実はなんと、ゴスロリファッションだった。伸英の母はココア色の夏用カーディガンにグレーのスカート、黒色のハイヒールという無難な格好をしていた。このクラスで他に見て来ている父兄の方々は十数人いた。

「では前回までの復習から。先生が今から黒板に書く日本語文をノートに写して、各自英訳してね」

　播野先生はそう告げると白チョークを手に取り、『急に空が灰色の厚い雲に覆われ暗くなってきた。じきに雨が降るかもしれない。傘を持ってくればよかった。もし家に帰り着く前に雨が降ったら雨宿りしよう。』と板書した。

　それから約五分後、

「皆さん出来たかな？　当てるわね。トゥデイイズジューントウェンティワンのサードピリオドだから、№サーティーンのミスター利川」

「はっ、はいーっ！」

なんで十三番？　普通二十一番だろ。

　いきなり当てられてしまった賢祐はガバっと椅子を引いて立ち上がり、黒板前へと向かう。白チョークを手に取ると、

Ｓｕｄｄｅｎｌｙ，ｔｈｅ　ｓｋｙ　ｉｓ　ｃｏｖｅｒｅｄ　ｗｉｔｈ　ｇｒａｙ　ｔｈｉｃｋ　ｃｌｏｕｄｓ，　ａｎｄ　ｇｅｔｔｉｎｇ　ｄａｒｋｅｒ．　Ｉｔ　ｍａｙ　ｒａｉｎ　ｓｏｏｎ．Ｉ　ｓｈｏｕｌｄ　ｈａｖｅ　ｂｒｏｕｇｈｔ　ｍｙ　ｕｍｂｒｅｌｌａ．Ｉ’ｍ　ｇｏｉｎｇ　ｔｏ　ｔａｋｅ　ｓｈｅｌｔｅｒ　ｆｒｏｍ　ｔｈｅ　ｒａｉｎ　ｉｆ　ｉｔ　ｒａｉｎｓ　ｂｅｆｏｒｅ　Ｉ　ｇｅｔ　ｈｏｍｅ．

とやや緊張気味に板書した。

「Ｙｏｕ　ａｒｅ　ｃｏｒｒｅｃｔ！　よく出来ましたね。スペルミスもありません」

　播野先生は笑顔で褒めてあげる。

あっ、当たってたのか！

　賢祐は上手く答えられた自分自身に驚いていた。

あら賢祐、やるじゃない。

　母も意外に思ったようだった。

やったね賢祐くん。でも私、正直、賢祐くんが正解出来るとは思わなかったよ。

　伸英もちょっぴり驚いていた。

賢祐、おめでとう。頑張ってるね。

　聡実はきっと正解してくれると思っていたようだ。

　　　　　　　　　＊

「ケンスケくん、日々の学習の成果が少しずつ現れ始めてるね」

　モニカは賢祐の自室から、モニターを通じて嬉しそうに眺めていた。

「アタシもケンスケトン達の通ってる学校の授業、いっしょに参加したいぜ。今から忍び込んで来ようかなぁ。見つからねえように気体の窒素に変身して」

　そんな計画を企てた雲母に、

「雲母さん、わらわ達は〝家庭学習用教材〟ですよ。基本的にお外へは出ず、受講生の自室に引き篭っているのが役目ですからね」

　葉月はにこっと微笑みかける。

「……分かりましたのだハヅキアズマ。今後は緊急の場合を除き、ケンスケトン宅内部から外へは出ません」

　すると雲母は本能的に引き留まったのだった。

　　　　　　　　　☆

　三時限目終了後の休み時間。

「けんすけのリアル姉、授業参観にあの格好で来るとはなかなかのツワモノだな」

「利川君、あんなにオタク文化を理解してくれる楽しいリアルお姉さんがいることを誇りに思うべきですよん」

　朋哉と修作は聡実に関してこんな感想を述べてくる。

「姉ちゃんは羞恥心低過ぎる性格を何とかして欲しい」

　賢祐は呆れ顔で主張した。