第四話 休日は勉強も一休み♪ 賢祐と伸英、ドキドキ人生初デート?
いよいよやって来た土曜日の朝、九時半頃。利川宅玄関先。
「伸英ちゃんの今日の服装、とってもかわいいわね」
「めっちゃ似合っとるよ」
「ありがとうございます、おば様、聡実ちゃん」
伸英は鶯色の夏用ワンピースを身に着けて、賢祐を呼びに来ていた。
「賢祐、伸英ちゃんとのデート、思いっ切り楽しんで来なさいよ」
「姉ちゃん、デートじゃないって」
賢祐は照れくさそうに否定する。彼はデニムのジーパンに、グレーと白の縞柄夏用セーターという格好だった。
「じゃあ行こう、賢祐くん」
「うっ、うん。今日は晴れてよかったね。暑くなりそうだけど」
それほど派手な服装ではないそんな二人は最寄りの私鉄駅へと向かって歩いていき、
「ここに賢祐くんと二人きりで来るのは初めてだね」
「確かに、そうなるね。今までは俺の母さんか伸英ちゃんの母さんに連れられてたから」
電車とバスを乗り継いで、近場にある大型ショッピングモールまでやって来た。
館内に入ると、
「それじゃまずは、レディースファッションコーナーに行くよ」
「分かった」
賢祐は伸英に言われるままに、エスカレーター利用で三階レディースファッションコーナーの一角へ連れて行かれる。
「伸びて来てるのが多くなったから、パンツ買わなきゃ」
「あの、俺、本屋さんで待ってるから」
賢祐は商品棚から眼を背けようとする。
ここは男には非常に居辛い下着類の売り場なのだ。
「賢祐くん、すぐに選び終わるからここで待ってて。レッサーパンダさんのパンツ、かわいい! 小学生向けっぽいけど、サイズ合いそうだからこれ買っちゃおっと♪」
伸英は他にもリス、ウサギ、コアラといった動物柄や、いちご、キウイ、ミカンといった果物柄のショーツも物色する。
早く、別の所へ行きたい。
賢祐は大変居た堪れない気分になっていた。
同じ頃、賢祐の自室では、
「賢祐君、伸英ちゃんのペースに飲まれてるって感じね」
「ケンスケトン、せっかくノブエステルが単結合してくれようとしてくれたのに、勿体ないなぁ。結合エネルギーが弱過ぎたんだな」
「なんか恋人同士というより、姉弟か女友達同士みたいです」
「ワタシもケンスケくんといっしょにショッピングしたいなぁ」
「あたしもーっ。関数電卓買いたぁーっい」
教材キャラ達がモニター越しに二人の様子を見守っていた。
「Oh,ケンスケくん、またも男の子一人では入り辛いエリアに」
賢祐と伸英の居場所が変わり、モニカは興奮する。
早く、選んで。伸英ちゃん。
賢祐は、今度はブラジャー売り場に連れて行かれていた。彼は先ほどよりも居辛く感じていた。
「賢祐くん、どの色がいいと思う?」
伸英は賢祐をからかおうと言う気は全く無く、至って真剣な様子だった。白の他、紫や黒といった派手でアダルティーな色のブラジャーも見せつけて相談してくる。
「白か、ピンクでいいよ。伸英ちゃんに、そんな派手なのは似合わないから」
賢祐はブラジャーから目を逸らしながら即答した。
「じゃあ私、これにするよ。選んでくれてありがとう」
伸英は白のブラジャーを籠に詰めた。
「それじゃ、早く、ここから出よう」
「賢祐くんのパンツも買ってあげるよ。トランクスかブリーフ、どっちがいい?」
「べつに、いらないよ」
賢祐はちょっぴり照れくさそうに答えたが、
「いいから、いいから。この間のお礼がしたいし」
半ば強引に同じフロアにあるメンズファッションコーナーへと連れて行かれてしまった。
「賢祐さん、振り回されて大変そうですね」
モニターで眺めていた葉月は同情する。
「ケンスケくんのbehaviorは正しいよ。ここはノブエちゃんの希望に合わせてあげるのがジェントルマンだね」
モニカは賢祐の振る舞いを称賛する。
「伸英ちゃん、俺、これで」
賢祐は迷うことなく自ら柄を選んだ。伸英に自分用のトランクスを選んでもらうのは非常に恥ずかしいと感じたようだ。
「賢祐くん、このズボンも穿いてみて」
伸英は青色の半ズボンを差し出した。
「やっ、やめとくよ。半ズボンって、小学生みたいだし」
「まあまあ、そう言わずに。試着室あそこにあるよ」
「じゃっ、じゃあ、着てくるね」
賢祐は半ズボンを受け取ると気まずそうに試着室へ入り、シャッとカーテンを閉めた。
それから三〇秒ほどのち、賢祐は再び伸英の前に姿を現す。
「賢祐くん、よく似合ってるよ」
「どっ、どうも」
「この服も賢祐くんにも似合いそうだから、二つ買っておくね」
伸英は隣接のティーンズファッションコーナーにあった、可愛らしいひまわりのお花の刺繍がなされた夏用セーターも手に取って、賢祐の目の前にかざして来た。
「伸英ちゃん、それ、女の子向きでしょ。俺が着るのは絶対変だよ」
「賢祐くん、ジェンダーの固定概念を持ち過ぎるのは良くないよ。この間、現代社会の授業で先生が言ってたでしょ」
賢祐は嫌がるも、伸英はその商品をレジへ持っていってしまった。
俺は、そんなの絶対着ないからね。
その間に、賢祐は試着したズボンから今日着て来た長ズボンに履き替え、試着した半ズボンを商品棚に戻しておいた。
女の子のお買い物に付き合うと、本当にくたびれるよ。
賢祐の今の心境だ。
ここをあとにした二人が次に向かった先は、二階の大型書店。賢祐は絵本・児童書の売り場へと誘導された。
「この絵本も買おうっと」
伸英はとても楽しそうに新刊コーナーを物色する。小中高ずっと図書部に入部したほど本が大好きなのだ。
「伸英ちゃんは、こういう本が今でも好きなんだね」
周りに三、四歳くらいの子が何人かいたこともあってか、賢祐は居辛そうにしていた。
「うん、私、ちっちゃい子ども向けの本、今でも新作が出たらいっぱい買い集めてるの。私将来は図書館司書さんか絵本作家さんか童話作家さんか、保育士さんか幼稚園教諭さんになりたいんだ。だから、絵本や児童書をいっぱい読んで、子どもの気持ちを深く理解出来るようにしなくちゃって思って」
伸英は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに将来の夢を語る。
「昔話してた時より選択肢増えたね。どの道を選ぶにしても、伸英ちゃんならきっとなれるよ」
賢祐は優しく励ましてあげた。
「ありがとう。賢祐くんの今の将来の夢は何かな?」
「うーん……今は特にないなぁ」
「そっか。昔は宇宙飛行士とか学者とかって言ってたよね」
「うん、でも今はそうは全然思わなくなったよ。なるの難し過ぎるし」
「賢祐くんは理科の先生とかも似合いそう」
「そうかな?」
「うん、絶対似合うよ」
伸英はにこやかな表情で見つめてくる。
「そっ、そういえば、もう、十一時半過ぎてるんだね。そろそろお昼ごはんにしない?」
気まずくなった賢祐は視線を逸らし、館内の時計を眺めながら提案した。
「そうだね。正午過ぎになると込んでくるし、私、お腹空いて来ちゃった。このファミレスで食べよう」
伸英は店内パンフレットの案内図を指差す。
「もちろんいいよ」
賢祐は快くオーケイした。
「二名様ですね。こちらへどうぞ」
お目当てのファミレスに入ると、ウェイトレスに二人掛けテーブル席へと案内された。
向かい合って座ると、伸英がメニュー表を手に取ってテーブル上に広げる。
「賢祐くん、何でも好きなのを頼んでいいよ」
「じゃあ俺は、天ざる蕎麦で」
「賢祐くん渋いねえ、私は……あのね、私、お子様ランチが、食べたいなぁって思って」
伸英は顔をやや下に向けて、照れくさそうに小さな声でぽつりと呟いた。
「伸英ちゃん、今でもお子様ランチ食べたがるなんてかまだまだ子どもっぽいとこあるね」
賢祐はにっこり微笑みかける。
「お目当てはおまけなんだけど、さすがに高校生ともなると恥ずかしいから、ロコモコにするよ」
伸英はますます照れくさくなったのか、メニューを変更。
「伸英ちゃん、本当は食べたいんでしょ? 今食べないときっと後悔するよ。栄養満点で大人の方にもお勧めですって書いてるから、伸英ちゃんが頼んでも全然変じゃないと思う」
賢祐がこう意見すると、
「じゃあ私、これに決めたっ!」
伸英は顔をクイッと上げて、意志を固めた。すぐさまコードレスチャイムを押してウェイトレスを呼び、メニューを注文する。
それから十分ほどして、
「お待たせしました。お子様ランチでございます。はいボク。ではごゆっくりどうぞ」
伸英の分が先にご到着。イルカさんの形をしたお皿に日本の国旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライ、ハンバーグステーキなど定番のもの。その他お惣菜がバリエーション豊富に盛られている。おまけには可愛らしいイルカさんのストラップも付いて来た。
「……俺のじゃ、ないんだけど」
賢祐の前に置かれてしまった。賢祐は苦笑する。
「賢祐くんが頼んだように思われちゃったんだね」
伸英はにこにこ微笑みながら、お子様ランチのお皿を自分の前に引っ張った。
……今でも中学生に間違われることはよくあるけどさぁ。
賢祐は内心ちょっぴり落ち込んでしまう。
さらに一分ほどのち、賢祐の分も運ばれて来た。
こうして二人のランチタイムが始まる。
「エビフライは、私の大好物なの」
伸英はしっぽの部分を手でつまんで持ち、豪快にパクリとかじりついた。
「美味しい♪」
その瞬間、とっても幸せそうな表情へと変わった。
伸英ちゃん、幼稚園児みたいだな。
賢祐は天ざる蕎麦の麺をすすりながら、微笑ましく眺める。
その頃、賢祐のお部屋では、
「お子様ランチ、あたしも食べたぁーい。さくらんぼさんと生クリームの乗った円錐台のプリン、すごく美味しそう♪」
根位比愛がモニター画面を食い入るように見つめていた。
「ネイピアちゃん、食いしん坊だね」
「モニカお姉ちゃんには言われたくないな」
「わたくし達も、そろそろお昼にしましょう。リビングからピザ○ットとケン○ッキーとマ○ドとミ○ドとく〇寿司の広告取って来たわよ。どれでも好きなのを選んでね」
「さすがスコラちゃん、気が利くね。ワタシ、ポテートとフィレカツバーガーとコーラ、全部Lサイズね。それと、アップルパイと、チキンナゲットと、チョコドーナッツと、トロとサーモンとイクラの握り寿司も」
「モニカさん、それはちょっと食べ過ぎですよ」
葉月は困惑顔で、
「モニカちゃんったら、フィードロットの肉牛じゃないんだから」
「モニカお姉ちゃんの方がずっと食いしん坊だね」
「モニカタラーゼ、コレステロールの摂り過ぎは体に良くないぜ。ちなみにコレステロールの分子式はC27H46Oなのだ」
州湖良、根位比愛、雲母はにこにこ笑いながら指摘する。
「そんなに多いかな? じゃあ、Sにするよ」
モニカは照れくさそうにしながらも、不満そうにメニューを変更した。
賢祐と伸英のいるレストラン。
「賢祐くん、天ざる蕎麦だけじゃ足りないでしょ。私のもあげる。はい、あーん」
伸英はハンバーグステーキの一片をフォークで突き刺し、今度は賢祐の口元へ近づけた。
「いや、いいよ」
賢祐は左手を振りかざし、拒否した。賢祐はお顔をケチャップソースのように赤くさせ、照れ隠しをするように麺を勢いよくすすった。
「賢祐くん、かわいい♪ あの、賢祐くん、このあとは映画見に行こう」
「映画かぁ……べつに、いいけど」
これってもろにデートコースだよな。伸英ちゃんはそんなつもりじゃないんだろうけど。
伸英からの突然の提案に、賢祐はちょっぴり戸惑いつつも引き受けた。
それからしばらくのち、この二人が昼食を取り終えレストランから出てすぐに、
「私、おトイレ行ってくるから、この荷物持っててね。ここから動いちゃダメだよ」
伸英は休憩用ベンチの前でこう伝えて、最寄り女子トイレへと向かっていった。
賢祐は紙袋を受け取ると、ベンチに腰掛け紙袋を横に置いた。
早く、戻ってこないかなぁ。
気まずい面持ちで伸英の帰りを待つ。紙袋の中には動物&果物柄ショーツと、ブラジャーという男が持っていたら変質者扱いされかねないグッズが詰められてあったからだ。
同時刻、賢祐のお部屋では、
「ノブエステル、おトイレ行くみたいだな。カメラ、ノブエステル追って」
「あーん、ワタシ、ケンスケくんが待ってる間、どんなbehaviorをするのかが見たいのにぃ」
「アタシ、ノブエステルがおしっこしてるところ、観察したぁーい」
「ケンスケくんのbehaviorぁ」
雲母とモニカはリモコンを引っ張り合い、映写位置争いを繰り広げていた。
「雲母さん、そんなものを覗いちゃダメって賢祐君と葉月ちゃんに注意されたでしょ」
州湖良は照焼きチキンピザを齧りながら困惑顔で注意する。
「雲母お姉ちゃん、おトイレ覗いたら葉月お姉ちゃんが般若になっちゃうよ」
根位比愛がフライドチキンを齧りながら怯え顔でそう言うと、
「そっ、そうだった。危ねぇー」
雲母はすぐさま大人しくなった。
「ほらっ、ワタシの選択の方がベターでしょ」
モニカは得意顔になる。
「モニカタラーゼも一昨日まであんなに楽しんでたくせに」
雲母はぷくぅっとふくれた。
「あのう、わらわのことを、あまり怖がらないで下さいね。あの能力は滅多に現れないので」
葉月はチョコレートシェイクをストローで吸いつつ、照れくさそうに伝える。
賢祐と伸英のいるショッピングモールでは、
「お待たせーっ。賢祐くんは、おトイレいいの?」
あれから三分ほどのち、伸英が戻って来た。
「大丈夫だけど、一応行っておくよ」
賢祐は少し決まり悪そうに、男子トイレへと向かっていく。
「急がなくてもいいよ」
見送った伸英がベンチに腰掛けてほどなく、
「おーい、ノブっち。さっきケンくんといたでしょ」
「デート?」
同じクラスの友人二人とばったり出会った。
「デートになるのかな?」
伸英はきょとんとした表情になる。
「お二人さんのこれからのご予定は?」
「これから映画を見に行く予定なの」
友人の一人からの質問に、伸英は即答した。
「やっぱデートじゃん。遊園地には行かないの?」
「そこには、行く予定ないけど」
「ノブっち、遊園地はデートの定番コースだよ。行かなきゃ勿体無いよ。映画見終わったら行って楽しんできなよ」
「じゃあ、そうしようかな。ありがとう。アドバイスしてくれて」
「いえいえ、どういたしまして。じゃあねノブっち」
「バイバイ伸英、また明後日学校でね」
「うん、ばいばい」
友人達はエスカレータで下の階へと降りていった。こうしてまた伸英一人になる。
それから三〇秒ほどして、
「伸英ちゃん、お待たせ」
賢祐は戻って来た。
「じゃあ賢祐くん。映画見に行こう」
「うん」
このあとも引き続き、仲睦まじいカップルのように手を繋ぎ合ったり肩を組み合ったりすることはなく、伸英が前を歩き賢祐が後ろをついていく形で併設するシネコンへと向かっていったのだった。
*
「伸英ちゃんは、どの映画が見たいのかな?」
「あれだよ」
賢祐に尋ねられると、伸英はいくつかあるポスターのうち対象のものを指差す。
「えっ! あれを見るの?」
賢祐は動揺した。
「賢祐くん、かわいい女の子がいっぱい出て来るアニメ好きでしょ?」
「確かに好きだけど、こういう、子ども向けのじゃなくて……」
「私も大好きなの。私が今日、賢祐くんを遊びに誘った理由は、いっしょにこれが見たかったからなんだ。さすがに高校生にもなってこれ観に行くのは気が引けるから悩んでたんだけど、観に行かないと絶対後悔すると思って」
伸英は満面の笑みを浮かべ、弾んだ気分で打ち明ける。それはゴールデンウィークに公開され、次の金曜で上映終了となる女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。
チケット売り場にて入場料金を支払うと、受付の人がチケットと共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。
「伸英ちゃん、これあげるね」
「ありがとう♪」
賢祐は速攻伸英に手渡した。伸英が受け取ったものとは種類違いだった。
二人はお目当ての映画が上映される4番スクリーンへ。薄暗い中を前へ前へと進んでいく。
「伸英ちゃん、なんか周り、幼い子ばっかりだから、やっぱりやめた方が……」
「まあまあ賢祐くん。気にしなくてもいいじゃない。さっき私と賢祐くんより年上の大学生っぽいカップルも入っていったことだし。たまには童心に帰ろう」
賢祐は伸英に右手をぐいぐい引っ張られていく。
前から五列目の席で、賢祐は伸英と隣り合って座った。座席指定なのでそうなってしまった。
視線を感じるような……。
賢祐はかなり落ち着かない様子だった。他に四十名ほどいた客の、七割くらいは就学前だろう女の子とその保護者だったからだ。
上映中。
「やはりアニメの中では物理法則が完全に無視されてるな。ツッコミどころ満載だぜ。さっきのステッキ振るシーンとか爆破シーンとか」
「あたしあのおもちゃ、すごく欲しいーっ!」
「このアニメ、キッズ向けと謳いつつ、ブルーレイディスクの販売収益を上げるためなのかさりげなく大きなお友達も対象にしてるわね」
「確かにキャラデザがそんな感じだね。ボイスアクターさんの声、聞きたいなぁ。これじゃ大正時代のサイレント映画だよ」
雲母、根位比愛、モニカ、州湖良も賢祐の自室からモニター越しに眺めていた。
映画をタダで視聴するのは、良くないと思うのですが……。
葉月も心の中でそう思いつつも、ちゃっかり楽しんでいた。
※
「しゃべる野菜や果物やお菓子さんもすごくかわいかったね。とっても面白かった。賢祐くんもそう思うでしょ?」
上映時間一時間ちょっとの映画を見終えて、伸英は大満足な様子で劇場内から出て来た。
「まあ、思ったよりは……俺の好きな声優さんも出てたし。子どもの騒ぎ声がうるさかったけど」
「賢祐くんも昔はあんな感じだったよ」
「そうだったかな? 覚えてないなぁ」
「子ども向けアニメって、高校生になった今観ても面白く感じれるよ。あのっ、賢祐くん、これから遊園地行こう!」
「遊園地!? ……まあ、いいけど」
ますますデートコースじゃないか。
賢祐は動揺する。嬉しさ七割照れくささ二割気まずさ一割といった心境だった。
*
ともあれ、バスを乗り継ぎ二人っきりでやって来た近場のミニ遊園地。
園内入ってすぐに、
「賢祐くん、まずはミニコースターから乗ろう」
伸英からこう誘われると、
「いいけど。遊園地へ来たからといって、必ずしもジェットコースターに乗らなきゃいけないってことは無いと思わない? 他に、もっと面白い乗り物がたくさんあるし」
賢祐はコースターのレールを見上げ、苦笑いしながら意見した。
「賢祐くん、ミニコースターは普通のジェットコースターほどは怖くないよ」
伸英はにっこり笑顔で勧める。
「……じゃあ、乗るよ」
賢祐はここで付いていかなければ男として非常に情けないと感じ、仕方なく付いていくことにした。
ミニコースター乗車口に辿り着くと、
「このコースター、一番前の席を取りやすいのがいいよね」
伸英は満面の笑みを浮かべる。
「車両、こんな形なのか……」
一方、賢祐は暗い表情だった。ミニコースターという名の通り車両は二つしかなく、最前列かそのすぐ後ろ側に乗るしか選択肢がないのだ。
「賢祐くん、大丈夫だよ」
伸英は優しく微笑み、賢祐の右手を握り締めた。
マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、賢祐の手のひらにじかに伝わる。
「あっ、ありがとう」
賢祐は照れくさがりつつ、ぎこちない動作で席に座った。
「賢祐くん、一番前は迫力ありそうだね」
「……うっ、うん」
楽しそうにしている伸英をよそに、賢祐はここから逃げ出したい気分だ。
ほどなくして、座席の安全バーが下ろされる。
もう引き返すことは出来ない。
賢祐は安全バーを必要以上の力でしっかりと握り締めた。
〈発車いたします〉
この合図で、ミニコースターはカタン、カタンと音を立てながらゆっくり動き出した。
こっ、怖い。特にこの発車してから落下するまでの時間が……。
賢祐は周りの風景を見ないよう、目を閉じていた。
ミニコースターが坂道を登り切り、レールの最高地点に達した直後、一瞬だけ動きが止まる。
「うをわああああああああああああああああああああーっ!」
そのあと一気に急落下。と同時に、賢祐は思わず大きな叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じていたのだ。
「おううううううううううううーっ!」
伸英は満面の笑みで喜びの悲鳴を上げた。
「賢祐君、けっこう怯えてるわね。さすが草食系」
「ケンスケくん、チキンで情けないけどなんかキュートッ!」
「賢祐お兄ちゃん、一デシリットルくらいおもらししてるかも」
「デシリットル、懐かしいです。ちなみにデシリットルは漢字で表すと、立偏に分けると書きます。賢祐さんは今きっと、阿鼻叫喚していますね」
「ケンスケトンの反応も面白いけど、アタシはコースターの運動の方が興味をそそられるぜ。位置エネルギーと運動エネルギーが交互に転換されてるね。これを力学的エネルギー保存の法則というのだ。こいつはぐるりんって回転しないタイプだから、迫力に欠けるのは残念だな」
賢祐の自室から、教材キャラ達は楽しそうに観察する。
遊園地内。
「あー、すごく気持ちよかった」
ミニコースターから降りた直後、伸英は幸せいっぱいな表情を浮かべていた。
「……死ぬかと、思った」
賢祐の顔はまだ蒼ざめていた。
「賢祐くん、あんなちっちゃいジェットコースターで怖がるなんて、情けないよ」
伸英にくすっと笑われてしまう。
「だって、思ったより速過ぎて。車より速いくらいの速度出てたと思う」
賢祐はやや震えた声で言い訳した。
「でも普通のジェットコースターよりは遅かったでしょ。じゃ、次はいっしょにプリクラ取ろう」
「いいけど。プリクラかぁ……」
伸英からの誘いに賢祐は乗り気ではなかったが、手を引かれ無理やり連れて行かれる。
「あーん、ゴーストハウスはデートの定番スポットなのにパススルーしちゃったよ。It‘s boring!」
「草食系男女には不人気みたいね」
おばけ屋敷前を素通りされ、モニカと州湖良はちょっぴりがっかり。
「わらわも幽霊は、大の苦手です」
「あたしもーっ。怖いよぉ~」
「ハヅキアズマ、ネイピアデニン、幽霊なんて科学的に存在しないよ」
びくびく震え出した葉月と根位比愛に、雲母は爽やかな表情で説明する。
遊園地にいる二人が次に向かった先は、メルヘンチックな外観のアミューズメント施設だった。室内へ入り、プリクラ専用機内に足を踏み入れると隣り合って並ぶ。
「一回五百円か」
ミニコースターと同様、賢祐が気前よくお金を出してあげた。
「私、このパンダさんと写れるやつがいいな」
伸英に好きなフレームを選ばせてあげる。
モニターには専用機内部までは映らず、
「中でエッチなことしてるのかな?」
モニカはにやけ顔でこんな妄想をふくらませたのだった。
*
撮影&落書き完了後。
「きれいに撮れてるよ」
取出口から出て来た十六分割プリクラをじっと眺め感心する伸英。自分が見たあと賢祐にも見せてあげた。
「伸英ちゃん、俺の顔に落書きし過ぎだよ」
賢祐は苦笑いだ。けれどもちょっぴり嬉しくも思った。
「ごめんね賢祐くん、ついつい遊びたくなって。あの、私、次はこれがやりたいな」
伸英はてへっと笑い、プリクラ専用機向かいの筐体に近寄る。
「伸英ちゃん、動物のぬいぐるみが欲しいんだね」
「うん!」
賢祐からの問いかけに、伸英は弾んだ気分で答える。伸英がやりたがっていたのはクレーンゲームだ。
「あっ、あのナマケモノさんのぬいぐるみとってもかわいい! お部屋に飾りたいなぁ♪」
お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手の平を張り付けて叫ぶ。
「伸英ちゃん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるから、難易度は相当高いよ」
「大丈夫!」
賢祐のアドバイスに対し、伸英はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。
「伸英ちゃん、頑張って! 落ち着いてやれば、きっと取れるよ」
賢祐はすぐ後ろ側で応援する。
「私、絶対取るよーっ!」
伸英は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。
「あっ、失敗しちゃった。もう一度」
ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。
「もう一回やるっ!」
伸英はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
この作業をさらに繰り返す。伸英は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。けれども回を得るごとに、
「全然取れなぁい……なんで?」
徐々に泣き出しそうな表情へ変わって来た。
「俺も、あれはちょっと無理かな」
賢祐が困った表情で呟いた直後、
「賢祐くん、取って。お願い!」
「……わっ、分かった」
伸英にうるうるした瞳で見つめられ、賢祐のやる気が少し高まった。
「ありがとう、賢祐くん」
するとたちまち伸英のお顔に、笑みがこぼれた。
「賢祐お兄ちゃん、さすが」
「ケンスケくん、very kindだね」
「賢祐さん、良きお人です」
「賢祐君、心優しい男の子ね」
「ノブエステルもよく健闘してたぜ」
その様子を、教材キャラ達もモニター越しに楽しそうに眺めていた。
まずい、全く取れる気がしないよ。
賢祐の一回目、伸英お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。
「賢祐くんなら、絶対取れるはず」
背後から伸英に、期待の眼差しで見つめられる。
よぉし、やってやるぞ。
それを糧に賢祐は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。
しかしまた失敗してしまった。アームには触れたものの。
けれども賢祐はめげない。
「賢祐くん、頑張って。さっきよりは惜しいところまでいったよ」
伸英からエールが送られ、
「任せて。次こそは取るから」
賢祐はさらにやる気が上がった。
三度目の挑戦後。
「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは思わなかった」
取出口に、ポトリと落ちたナマケモノのぬいぐるみ。
賢祐は、伸英お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。
「やったぁ!」
伸英は満面の笑みを浮かべて大喜びし、バンザーイのポーズを取った。
「たまたま取れただけだよ。先に伸英ちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、伸英ちゃん」
賢祐は照れくさそうに語り、伸英に手渡す。
「ありがとう、賢祐くん。ナマちゃん、こんにちは」
伸英はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。
「ケンスケくん、Well done! Third time lucky.だね」
「賢祐お兄ちゃん、すごーい。あたしもあのかわいいぬいぐるみさん欲しいな」
「わたくし、賢祐君はやれば出来る子だと思ってたわよ」
「おめでとう、ケンスケトン。アタシも見てて副腎髄質からアドレナリンが大量に分泌したぜ」
「賢祐さんおめでとうございます。諦めなければ必ず出来るというこの経験を、今後の大学受験勉強にも活かして欲しいです」
モニター越しに眺めていた教材キャラ達も大きく拍手した。
遊園地内の二人は他にもコーヒーカップなどいくつかアトラクションを楽しんだあと、最後の締めくくりに大観覧車に乗ることにした。最高地点では地上からの高さが五〇メートルにまで達する、この遊園地一番の目玉アトラクションだ。
「賢祐くん、せっかくだし、二人だけだし、あっちの方に乗ろっか?」
「……うん、いいよ」
シースルーの方かぁ。あれは平気だけど、もろにカップル向けだよな?
賢祐は今からそれに乗ろうとしていた大学生らしき男女カップルにちらっと視線を向ける。もう一方のゴンドラは六人乗りのファミリー向けノーマルタイプだ。
賢祐と伸英は二〇分ほど待って四人乗りのシースルーゴンドラに乗り込むと、向かい合って座った。係員に鍵をかけられ、ゆっくりと上昇していくと、
「ちょっと怖いけど、いい眺めだね。夕日きれーい」
伸英は幸せそうな笑みを浮かべ、下を見下ろす。
「そっ、そうだね」
早く、一周してくれないかな?
賢祐は気まずさと恐怖心が相まって、高いドキドキ感と居心地の悪さを感じていた。目のやり場にも困っていた。
二人っきりで観覧車に乗ったのは、お互い今回が初体験だ。
「この状況なら、きっとキスするね」
「わたくしはしないと思うな。賢祐君にそんな勇気はないわ」
モニカと州湖良はわくわくしながら、観覧車内の二人の様子を観察する。
「これは等速円運動だな。角速度は何rad毎秒かな?」
「ラジアンは数学でも出てくるよ。180°がπラジアンで、ちなみに円周角と弧の長さは比例するよ」
雲母と根位比愛は観覧車の動きの方に興味を示していた。
「……」
葉月は二人の観察に飽きたのか、学習机備えの椅子に腰掛けて賢祐が学校で使っている国語便覧を熟読していた。
それから五分ほどのち、
「あーん、結局キスなしかぁ。いまどきelementary school studentでもキスくらいはするのにぃ。It‘s boring.」
「ほらね」
州湖良は勝ち誇ったような表情で、がっかりするモニカを眺める。
賢祐と伸英は普通に取り留めのない会話を交わしただけで、観覧車は一周し終えたのだ。
その後も手を繋ぐとか抱き合うとかキスするとか、恋人同士らしいことはせず、二人は遊園地をあとにした。
☆
「おかえり賢祐、伸英ちゃんとキスはしたかな?」
賢祐は帰宅後、廊下にてさっそく聡実からにやけ顔で質問された。
「やるわけないって」
「やっぱり。賢祐と伸英ちゃんとの仲、幼稚園時代から全然進展しないわね」
苦笑いで迷惑そうに答え、ちょっぴり残念がる聡実の横を通り過ぎ、洗面所へ。
手洗い、うがいを済ませて自室に向かうと、
「ケンスケくん、今日はデート楽しかった?」
今度はモニカから質問された。
「うん。けっこう、楽しかったよ。デートじゃないけど」
「賢祐さん、とても幸せそうですね」
葉月は賢祐の満足げな表情を見て、にっこり微笑んだ。
「みんなに、お土産買って来たよ。勉強でお世話になってるお礼がしたくて。伸英ちゃんには朋哉と修作に渡すって言って怪しまれないようにした」
賢祐は苦笑いしながら手提げ鞄の中から、チョコレートやクッキー、キャンディーなどが詰められた菓子箱を取り出した。
「わぁーっい! 賢祐お兄ちゃん大好きーっ♪ この飴、辛いやつを引く確率八分の一かぁ。気をつけなきゃ」
「ケンスケトン、気が利くね」
「さすが賢祐君、草食系男子ね」
「サンキュー、ケンスケくん。食べ過ぎには気をつけるね」
「ありがとうございます賢祐さん」
教材キャラ達みんなから大いに感謝され、
「どういたしまして」
賢祐は照れ隠しするように頭を掻いた。
「さあ賢祐君、今日いっぱい遊んだ分、これからしっかり家庭学習しましょうね」
州湖良はニカッと微笑みかけ、賢祐の肩をガシッと掴んだ。
「えっ、そんなぁ。今日は俺、疲れたし……」
「いけません! そんな考えで休ませると絶対怠け癖が付いちゃうわ」
やる気なさそうな態度を取った賢祐に、州湖良は厳しい口調で注意する。
「ケンスケくん、レッツスタディー。ノブエちゃんもちゃんと気を切り替えて家庭学習に励んでるよ」
モニカはそう言うと、賢祐にモニター画面を見せた。
机に向かい、一生懸命数学の問題を解いている伸英の姿が映し出されていた。
「……分かった。俺も頑張るよ」
それを見て、賢祐は自分もやらなければという意識が高まった。自ら椅子に座り、シャーペンを手に取ると、さっそく苦手な英文法の演習問題を解いていく。
「ケンスケくん、なんでそこまたミスするの? 時や条件を表す副詞節中では未来のことも現在形で表すって昨日教えたでしょ。この問題のwhenは名詞節を作るんだよ。You fool! I‘m disappointed with you.」
「あいてててっ」
モニカに髪の毛を引っ張られたりほっぺたをつねられたりして厳しく注意されながらも、賢祐は心の中で感謝していた。
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