第4話面談

子供達へ、私が残していけるもの。

精一杯の愛情と、いつでもそばにいるよという、「母の存在」。




私は、怖かった。

死を迎えることよりも、その先にある、「子供たちの記憶から消えてしまう」事が。




でも、いつか、きっとわかってくれる。

子供達を、信じようって決めたんだ。



今、私が出来る全てのことを、子供達に残していこう。


少しでも長く、子供達の母で居るために、病院で治療する事を選ぼう。


その為には、……入院。


離れる事は、不安で、寂しくて、苦しいけど、それすらも、子供達への成長を促せるいい機会だと、ポジティブに、良い方に、捉えていこう。


悪いことを考えればきりがない。


「母ちゃんは、いつもニコニコ笑っていたな」

そんな記憶が、子供達に残るように。


子供達が思い出す母親の姿が、いつでも、笑顔であるように。


今、私が笑っていなくちゃいけない。




病院から帰宅後、すぐに療育園、小学校、地域を管轄する養護施設へと、電話をかける。




面談の約束を取り付け、所定の場所までリョウのお迎えのバスが来るのを待つ。




青いバスが目の前に止まり、先生とリョウが降りてくる。


私に向かって一目散に走って来ると、飛び付いてきた。



「おかえり、リョウくーん。」



「今日は、ブロックを使って、階段を作ったり、トンネルを作ったり、「形」に拘ってやるようにしてみたんですけど、最初に職員が見本で目の前で作ってみせると、リョウくん、パパッと同じような形をすぐに作って、凄かったんですよ〜!

この形にするにはこのブロックをどう組み立てればいいのか、が、見てすぐにわかるって、結構難しいんですけど、簡単にやってのけましたからねぇ!」



嬉しそうに話す先生に、成長を垣間見れて、私も思わず笑がこぼれる。




「それじゃあまた、御世話様でした〜」


バスに乗りこむ先生に一礼してリョウの手を取り、バスが見えなくなるまで、バスに手を振る。




「今日は、大好きなブロックでたくさん遊べて、楽しかったんだねぇ〜、良かったねぇ〜」


リョウと手を繋ぎ、家路をたどる。



帰宅すると、リョウは居間へ行き、押し入れからおもちゃ箱を取り出すと、ガラガラガラガラッ!!!!と、大きな音を立てておもちゃ箱を逆さまにひっくり返す。



「いつもながら、豪快ねぇ〜フフフっ。」



夢中で遊ぶリョウを横目に、家事を始める。



台所のシンクで水に浸かる、朝ご飯を食べた食器をおもむろに眺め、スポンジに洗剤を1滴。

スポンジを濡らし、右手で3回スポンジを揉み、泡立つのを確認する。




子供達が朝ご飯をこぼしながらも、遊びながら、食べている姿を思い出しながら、あの慌ただしさすら、愛おしく感じる。



食器の泡を洗い落とし、かごへ並べていく。


小さい茶碗が、リョウくん。


それより少し大きい茶碗が、ショウくん。


それより一回り大きい茶碗が、母ちゃん。



白いご飯が大好きなリョウくん。


炊き込みご飯にすると、

「余計な事をするな!」と言わんばかりに癇癪を起こされたな。



思い出して、クスッと笑いがこみ上げる。



食べる事が大好きなショウくん。


苦手な食べ物も、大好きなゼリーに惹かれて、頑張って食べれるようになっていたなぁ。


前は、食べたくないって、泣いて茶碗やフォークを床に投げつけて癇癪を起こしていたのに。



頑張れるようになったんだねぇ。




鼻がツーンとなり、目がチリチリしてくる。


ダメ。

泣かないよ。

母ちゃんが泣いたら、二人共、不安になっちゃう。




母ちゃんも頑張るよ、だから、2人とも、母ちゃんが戻ってくるまで、一緒に頑張ろうね。






ピンポーン...ピンポンピンポンピンポーン!




この鳴らし方は...ショウくんだな、フフフっ。




「はいはーい、今開けますよ〜」


「母ちゃん!あーけーてー!!!開けて開けてー!!」



「はいよー」


鍵を開け、チェーンを外し、玄関を開けると、ショウも、リョウと同じ様に飛び付いてきた。



さすが兄弟だな、表現が同じだ...


「おかえり〜、手を洗ってウガイ出来たら、おもちゃで遊んでもいいよ」


「手を洗る〜!」


「あー、らー、うー!!「あらう」だよ」


「手をあらうー!」


言い直しながら、豆椅子に上り、ポンプで泡をたくさん出して、洗い始める。



横目でショウを見ながら、「まったくー」と苦笑いをし、松原先生に笑いかける。




「あの...、お母さん、ここで大丈夫なので、お話、聞かせていただいてもいいですか?」


松原先生が、遠慮がちに声を掛けてくる。



「ココでだなんて、どうぞ部屋に入ってくだい!」

スリッパを出し、中へ促す。


「じゃあ、すみません、お言葉に甘えて...」


緑茶を入れ、食器棚に隠しておいたお茶菓子を皿に開け、テーブルに置く。



「あ...わざわざすみません。」


「それ美味しいですよ、是非どうぞ〜」


リョウくんが、むにゃむにゃ口元をもごもごさせながら、新幹線で、ひとり遊びをし始める。



「リョウくん、遊びながらだいぶ喋ろうとするようになりましたねぇ。

おしゃべりできるようになるのも、もう少しだと思いますよ。」



「そうですねぇ...」




沈黙が流れる。


何から話していいのか...

松原先生は松原先生で、どう聞いていいのか、きっとわからず困って居るのだろう。



「先生、私の、病気の事なんですけど...。」


気まずい空気に耐えきれず、話し始めると、少し緊張した面持ちで、松原先生は姿勢を正す。


「あ、そんなお気を使わず、足も崩していただいて結構ですよ」


苦笑いでそう伝えると、咳払いを一つして、話を続ける。




「実は、膵臓癌という病気を患ってしまいまして。

初めは、通院治療で何とか凌ごうと思っていたのですが...」



「膵臓癌」という言葉を、出した途端、松原先生の表情が曇る。


ある程度の知識は、有るようだ。




「 病院へ何度か行って、どうにか通院治療で時間を稼げないのか、聞いてみたのですが、薬だけの治療だと、どうにもならない、と言われまして...。」




部屋に、リョウの動かす新幹線の車輪の音が響く。


手を洗い終えたショウが、押し入れから自分のおもちゃ箱を引っ張りだしブロックを真剣な顔で作り始める。




「どのくらい...なんですか?」




「聞いていいものか...」と言った様子で、割れ物に触れる様に伺い立てる松原先生。


「もって...一年だと……。

ははっ、こんな小さな子供がいるのに、酷い話ですよねぇ〜!」



重たい空気に耐えきれず、少しおどけてみせるも、松原先生の表情は、曇ったまま。




「……オン...、セカンドオピニオン、しましょうよ!!!」




セカンドオピニオン...?



聞きなれない言葉に、え?と聞き返すと、松原先生は、テーブルに両手を付き、身を乗り出して熱く話し始める。




「膵臓癌の治療で実績を出している病院さがして、セカンドオピニオン!!!

今の医学なら、きっと何かある筈ですよ!!!治療方法が!!!

延命じゃなく、完治させる方法を、探しましょうよ!!!」



目頭を充血させながら、真剣な顔で話す松原先生の言葉が、私の中に、ものすごい衝撃で入ってきた。




そんなこと、考えたこともなかった。


主治医を信用しない訳では無いけど、「膵臓癌」の治療を主にする名医と言われるような先生が他にいれば、その人から話を聞くのは、私達にとって、マイナスになるポイントはひとつもない。




「そ...そうですね、セカンドオピニオン...。やってみようと思います!!

何もしないでいるよりも、悪あがきでも、あがきまくらなきゃ!!!ですね!」



「そうと決まれば!!私、色々なつてを使って、調べてみますね!!!」


話し始めた時とは全く違う、キラキラとした希望に満ちた目で、そう言う松原先生を見ていると、その希望に手が届くような気がして、勇気が湧いてくる。




「私も、自分なりに色々と調べてみます!」




希望が見えてきた...



微かだけど...諦めかけていた、

「生きる」事への希望に、光が指してきた。




こんな展開になるなんて...話してよかった...。




胸を撫で下ろし、安堵のため息が私を取り巻く空気と混ざる。




「ねぇ母ちゃん見てー!!!ショウくんが作ったんだよ〜すごいでしょー!!」


自慢気に見せるショウの頬を両手で挟み、


「すごーいっ!!!!上手じゃーん!!

他にも作って〜!」




こんな幸せな時間を、また手に入れることができるかもしれない。




諦めなければ、道は開けるかもしれない。



セカンドオピニオン、その言葉が、私と子ども達の運命を繋ぐ。


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