第2話注意欠陥多動性障害

ADHDと表現すれば、耳にしたことがある方も少なくはないかと思います。



注意欠陥、多動性障害。




落ち着きがなく、椅子にじっと座っていられなかったり。

手を目の前でずっとヒラヒラさせてみたり。

座っていなければいけない時間に、1人でその周りをひたすら走り回っていたり。



一見、ただの落ち着きのない子だと思われがちなこういった行動も、脳の中の障害のひとつである、ということが、やっと、世間に少しずつ、知れ渡りつつある。





リョウの場合も、同じである。




目に入り、気になったものには触れる、登る、飛び降りる。




「危ないかもしれない」


「こうなったら痛いかもしれない」




その「予測」が出来ず、そうなってからも、そのときはやらずとも、時間が経てば、また「興味」や「好奇心」が勝ち、同じことを繰り返す。




「危ないよ」「ダメだよ」の言葉掛けでは、到底聞かないし、もちろん、やめない。




「目の届く場所」では遅い時が多々ある。



彼らの場合、「手の届く場所」に居ないと、いつ、どんな行動が怪我につながるのか分からないからだ。





療育園からの帰り道。






いつものように、公園へ寄り道。





リョウの場合、療育園での「刺激」だけでは、満足しない。



「刺激」、つまり「興味を満たす」事を、体力の充電が切れるまでやって、初めて満たされる。




満たされなければ、家の中の家具という家具に登っては飛び降り、登っては飛び降り、の繰り返しで、家事どころではなくなってしまう。




療育園で、「療育」として、手遊びやその日の課題(制作や、泥、スライムなどの感触遊び、遊具を使った体の動きを知る遊びなど)をするだけでは、彼には刺激が少なすぎる。





「もっと体を動かしたい」



「もっと走り回りたい」



「もっと登りたい、飛び降りたい」




そういった刺激を満たし尽くして、やっと、こちらの指示が聞けるようになる。




今日も、何十回とすべり台を登り、すべり...



ジャングルジムを、何度となく、登り、下り、



ブランコでは、腹這いになって、スリルを堪能し尽くした。




走る後ろ姿が、右へ、左へ、フラフラ...フラフラ...




そろそろ眠たくなってきたかな。




「リョウくん、そろそろお家に帰ろうか!お家に帰って、少しお昼寝しようね!」




そう声かけをすると、4歳児にしては小柄な体をヒョイと抱き上げ、出口へと向かった。





「キーーーーーッ!!!!あーーーーー!!!!」




「嫌だ」と抵抗する時に出す、金切り声。



至近距離で聞かされると、耳鳴りが残るほど凄い。



「キーしないよ、ほら、もう手が温かいよ。かーえーろっ!」





ジャンプしながら、両足で地面に八つ当たりする様に、地団駄を踏みながら、自分の気持ちを表そうとするリョウ。




きっと傍から見たら、

「わがままな子供」

とか、

「もっと遊ばせてあげればいいのに」

とか、思われてるんだろうな、なんてことが、たまに頭をよぎる。




「これも療育、これも療育。」




そう自分に言い聞かせて、周りの痛い視線に目を背ける。





歩かせようとしても、しゃがみこみ、抵抗するリョウを、宥めながら、抱き上げ、そのまま家路をたどる。




家に着く頃には、この腕の中で、ズーズーとイビキをかいて眠ってしまっていた。




「この寝顔だけ見たら、本当に天使なんだけどねぇ」

クスッと笑いながら、私の腕で少し歪んだ頬にチュッとキスをする。




居間の座布団を2つ並べて、リョウを寝かせると、起こさぬように靴をそーっと脱がせ、ブランケットを二つ折りにしてかける。




うつ伏せになり、トカゲのような格好で眠るリョウは、起きている時とは正反対で、とても大人しく、そこには何とも平和な時間が流れた。





17時を知らせる音が鳴る。





ピンポーン...




「はーい」


「放課後デイの松原です、ショウくん送りに来ました」


「ありがとうございます〜」


鍵とチェーンを外し、玄関を開けると、目を真っ赤にし、松原先生の後ろに隠れるショウの姿が。



「ショウくん、どうしたの?」


「あー、実は、放課後デイで、お友達と喧嘩になってしまって」


「そうだったんですか、何が原因だったんですか?」


私の言葉に、松原先生の表情が、一瞬曇った。



「その……ショウくんのお父さんの話になりまして……お友達の名前は言えませんが、その子が、ショウ君に、「お父さん居ないのは、お前が悪い子だからだろう」って。

その子には一応、きちんと話はしたのですが...その...その子も発達障害を持ってるので...」



「あ、大丈夫ですよ、わかってますから。お互い様ですもんね、松原先生は、お気になさらずに。」



そう言うと、松原先生は、申し訳なさそうに眉を下げながら、お辞儀をし、帰っていった。




「母ちゃん、母ちゃん...」


「んー?どうしたの?ショウくん」


「ショウくん、悪い子だから、お父さん居ないの??う...ひっく...ショウくん、悪い子だから、母ちゃんも、居なくなるの...?う...ふ...うえーん...」







……居なくなりたくない、ずっと、ずっと一緒に居たいよ、母ちゃんも。




病気になんて、負けたくないよ。





ショウ、私が死んだら、自分が悪い子だからと、また泣いてしまうのだろうか...。




やっぱり、理解出来ていないとしても、きちんと説明しなくてはならないのか...。




私が...居なくなることを……。




死んでしまう事を……。










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