トモシビ

@srk2

第1話余命宣告

「大変、申し上げにくいのですが...。」



「どうせ聞かなければならないことなんです。はっきりとおっしゃってください。」



私は、白髪混じりの頭をボールペンでかきながら、言葉を濁す医者をまっすぐ見つめる。


聞かなければならない。



自分が、あと、どれくらいなのか。




いつ、この命が尽きるのか。




時間がないなら、無いなりに、やらなきゃならない事が、山ほどある。





「今の医学の範囲では、治せる可能性は限りなく低いです。過去の症例からみても一年持てば、いい方かと、思います。」






…………、1、年……。






「そうですか……。分かりました。

先生、教えてください。

今の治療をしながら、入院せずに、普通の生活が出来るのは、あとどのくらいだと思いますか?」




知らなければならない。




自分がいつまで「普通」に暮らせるのかを。





「え、...何故そのような事を?出来るなら明日にでも入院して頂けると治療がしやすいのですが。」




「無理です!!!!!

家には、発達障害の子供が二人いるんです!!!

今が、一番大切な時期なんです!!!」




「そういわれましても……治療を始めない事には...」


「治療はします!!!通院でも出来るでしょう!?今やらなければならないことは、子ども達の療育です!!!

一年で尽きてしまう私の命より、私はそっちの方が、子ども達のこれから先の人生の方が、大切なんです!!!」




自分の命にタイムリミットがあるなら、やらなきゃいけない事には優先順位をつける必要がある。



自分の中の優先順位は、子供が最優先。


きっと、世の中の母親の大半は、そうであろうと思う。



本能がそうするのか、「そうするべきだ」という、昔からの「母親」の役目だからなのか、そんな事は私にはわからない。


何よりも、大切なのが、子供だということだけだ。




今年、小学校に入ったショウは、自閉症児。


誤解を招きやすいのだが、自閉症児といっても、大人しい訳では無い。


ひょうきんで、感情表現も豊かで、よく喋り、よく笑う。


ただ、人とのコミュニケーションの取り方や、怒りの感情を抑えることが苦手で、癇癪を起こしたり、その際に自分を傷つけてしまうことも多々ある。


壁に頭を打ち付ける、拳で自分を殴る、床に頭から倒れ込む事もある。



その度に、重軽傷を負ってしまうため、自分自身との、折り合いの付け方を、学んでいかなければならない。



リョウは、ショウより二つ下の弟で、同じ自閉症児ではあるが、兄のそれとは、タイプが全く違う。


まず、言葉の発達が遅いため、4歳になった今でも、喃語と言い、「あーあー」「うー、おー」など、単語が出てこない。


癇癪は兄弟揃って出るが、自傷は無く、甲高い奇声を上げたり、ものを投げる、八つ当たり(主に母親へ)などがある。



弟の方は、運動神経が他の同年代の児童に比べ、ずば抜けて良く、得意なことは、登ることと、飛び降りること。



少しの指の引っ掛かりがあれば、スルスルとどこまでも登っていってしまい、更にそこから飛び降りようとする。




危険度は、断然、こちらの方が上である。




「登ってはいけない」

「飛び降りてはいけない」

「それは楽しくないんだよ」


それを教えるのに、一年という期間は、余りにも短すぎる。




自分がいなくなってしまったら、子供たちはどうなるだろうか?



悲しみ、泣き崩れ、何も出来なくなってしまうのだろうか?




それとも、施設の方々が親代わりとなり、療育を受けさせてもらい続け、大人になっていくんだろうか。



私という、母親の事を、いつまで覚えていてくれるだろうか?


一ヶ月もすれば、薄れていくのか、どこかでずっと、面影を残してくれるのか...




子供たちの未来の人生に、自分がそれ以上関わっていけないことが、成長を見ることが出来ないのが、何よりの心残りだった。



これからの一年、余すことなく、愛し尽くそう。



鬱陶しいと思われても、その先の分まで、たくさん触れて、たくさん笑おう。




子供の前では、決して涙は流さないようにしよう。

滲んで一瞬一瞬の表情を見逃してしまわぬように。



ショウ、リョウ、お母さん、あと一年だけど、ずっとずっと、そばにいるからね。



おまえ達の人生が、不自由にならないように、精一杯、がんばるから、一緒にがんばろうね。





「かあちゃーん!!ただいま!!!」



「おかえり、ショウくん。今日は学校で何したの?」



玄関で、恒例のハグ。

いつもより、ぎゅっと抱きしめ、髪を手で掻き分けながら、頭に頬をつけながら。




「んーとね、校庭であそんだ!!」


「そうなんだぁ、校庭で、何したの?」


「んーとね、ブランコした!!すべり台もした!かやせんせとね、ユウトくんの名前と、サヤカちゃんの名前と、ヒュウガくんの名前呼んだ!」



「そっかぁ、楽しかったね〜?」


「楽しかった!!あしたもがっこう行く!」


「そうだねぇ、明日も元気いっぱいでがんばろうね!!お友達のお名前、ノートに書いてみようか!!」




子供との会話が、触れる事が、こんなにも愛おしく、こんなにも有難いことだと、病気になって、初めて気付いた。




もっとはやく、気付いていれば、ショウの話を、もっともっと、向き合って聞いていたのに。



家事の片手間にではなく、こうして、向き合って聞けたのに。




どうして人間は、失いそうになってからでないと、気づけないのだろう。




療育園から帰宅後、疲れはてて眠ってしまっているリョウの背中を片手でトントンとたたきながら、ノートに一生懸命、真剣な眼差しで、お友達の名前を平仮名で書くショウを見つめる。



「母ちゃん……」



「ん?なに?」


「「さ」って?」


「「さ」はねぇ、こうやって、こうだよ」


ノートの端に、ゆっくりと書く。



「あー、そーだった!」


机に向かうことが嫌いではないショウは、一度やり始めると、納得いくまで、飽きるまで、止まらない。



今までなら、

「もうご飯だから、おしまいしようね」

と言っている時間だが、今日は、おしまいするのが惜しくなる。




壁にかけられた時計が、18時を知らせる音楽を鳴らす。



オルゴール調の、少しリズミカルな音楽。




「あ!!!もうご飯だから、おしまいしなきゃいけないじかんだ!!」




突然、ショウがノートをパタンと閉じて、自ら「おしまい」したのだ。




こんなことは、今までしたことが無かった。



鳴る前に、私が声かけしていたという事も有るのだけど。




いつも、声をかけられている時間に鳴る音を聞き...




見上げるといつも声をかけられている時と同じ位置にある時計の針。




それらを見て、いつも言われている、


「もうそろそろ、ご飯だから、おしまいしようね」



を、思い出したのだ。



自分で出来てる。



今までやってきたことが、確実に積み重なり、ショウの身になった。



私がやってきた事は、無駄にならなかった。



出来るようになった!



「時計の針を見て、〇〇をする時間だと気付く」ことが、小学校から言われた、ショウへの課題だったのだ。


数字は、何となく「数字という記号」だというのはわかってくれているみたいだったけど、その文字の意味を理解出来ていなかった為、どこに時計の針が来たら〇〇しよう、という、「形」で覚えさせるしかなかった。




「時計を見て時間を知る」事が、当たり前の世界で生きている自分にとって、彼らのものの見え方の違いに、毎日困惑していた。




「どうして伝わらないのか」

「どうしたら伝わるのか」


そればかり考えて、ひとつの「策」として、編み出したのがコレだった。





「音と連動して声かけをし、時計を見せ、針の位置を定着させる」




数字の意味もわからない、「時計」という概念のない彼に対して、余りにも気の長い作業になるかなと思ったが、やり始めて1ヶ月余りで、身に付いて来た。





これ程、子供の成長を目の当たりにできる時ほど、嬉しいことは無い。



泣きそうになるくらい、嬉しかった。



でも、泣いてしまっては、せっかくの成長した瞬間が見られないのは勿体ないから、グッと堪えて、




「すごーい、ショウくん!よく分かったねぇ、そうだね、短い針が6、長ーい針が、12になったら、ご飯の時間だよね!


さ、手を洗って、ご飯にしようね!!」




ひとしきり褒めた後は、いつもと同じテンションで、いつもと同じことを繰り返す。



茶碗にご飯を入れて、ショウに渡す。




「これはぁ、リョウくんのっ!!!」


「そうだね、じゃあ、リョウくんのお席に持っていってね」



いつもと同じことの繰り返し。



だけど、確実に身につく。



習慣として、身体に覚え込ませる。




希望の灯は、明日を明るく照らしてくれているようだった。








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