第8話術前カンファレンス(1)
朝6時。
看護師の食前検温で目が覚めた。
「よく眠れましたか?」
「あ、はい、子供たちが温かかったので」
「子供たち?」
キョトンとする看護師に、かけていた毛布を剥いで、片足ずつ、足元にしがみつく、ショウとリョウを見せた。
毛布を剥がされ、寒さでうーん、と唸り、目をこすってまた足の下に顔を埋めて眠る子供たち。
「ぷっ!!!うふふふふふ、あはは、可愛いねぇ。
子供の何気ない行動って、」
ピピッと体温計が鳴り、それを看護師に渡す。
「36.8℃…と。」
バインダーに挟まれたバイタル表に記すと、体温計をしまい、血圧計を取り出す。
左腕に巻き付け、電源を入れると、腕が圧迫されて、自分の脈が打つのを感じた。
「でもね、手術終わった後は、体に管がたくさんつけられるから、気を付けなくちゃね、引っこ抜かれないように」
血圧計の数値を見ながら、看護師が私に笑顔を向けた。
「そうですよね、言い聞かせるようにします」
足元にしがみつく二人の子供たちの感触をより一層感じながら、「手術」を意識した。
「術前カンファレンスは、10時からなので、同席してくださる方にも遅れないようにとお伝えくださいね」
そう言いながら、血圧を記入し、血圧計を取り外した。
「じゃあ、10時から、よろしくお願いしますね」
そう言い残すと、足元で丸くなる二人の頭を撫でて病室を出ていった。
ふぅ…
なんか…苦手だなぁ、あの人。
特に何があるわけでもないけど、多分、プライベートで知り合いだったとしたら、私は何となく敬遠するタイプかも。
雰囲気?話し方?なんだろう、何でかはわからないけど、私の本能が、苦手だって言ってる。
「んー…」
右足がモソモソと動き出す。
毛布の足元から、ひょこっと顔を出し、不思議そうに辺りをキョロキョロする。
「おはようショウくん」
「あ、母ちゃんおはよー」
目を擦り、ベッドの真っ白なシーツを、じーっと眺める。
「ん?ショウくん、どうしたの?」
「おふとんがない」
「ん?」
「母ちゃん、おふとんは?」
「…え?あ、あぁ、お家のお布団ね、お布団は、お家でねんねしてるよ~。」
普段寝ている布団がないから、ショウは少し混乱してしまったようだ。
「ショウくん、ここは、病院です。
病院にまお布団はあるから、お家からは持ってこなかったの。わかる?」
「あー、わかる。」
ハハハ…返事を流された。
まぁ、伝わって3割ってとこかな。
ショウに着替えとトイレを促し、リョウを起こす。
「リョウくん、リョウくん、朝ですよー」
左足から、リョウを引き離し、抱き上げ、声を掛ける。
「んー、あー、……?」
目を開けた光景が普段のそれと変わっていて、ショウと同じく、少し混乱している。
「おはよう、お着替えしよっか!」
ショウのズボン、オムツを脱がせ、新しいものに履き替えさせる。
黙々と、されるがままに着替え終えると、ベッドを降り、部屋を自由に走り回る。
「リョウくん、ベッドの周りの物は危ないから触ったら「めっ」だよ~」
コンコン…
部屋をノックし、看護師が入ってくる。
「あら、ちびっこちゃんたち、起きたのねぇ。
丁度よかった、朝御飯の時間だよ~」
ワゴンから、トレーを出し、小さなテーブルに2つ、ベッドにテーブルをセットし、その上に1つ、配膳し、
「じゃあ、ごゆっくりー」
と言い残すと、病室を出る。
子供たちはお腹をすかせていたのか、洋服や床にこぼしながら、あっという間に完食。
私のは、少し柔らか目に作ってあり、柔らかいご飯があまり好きではない私は、中々、食が進まなかった。
皆、病院食は美味しくないって言ってたけど、こう言うことなのか…。
毎日これは…チョットキツイ…。
初日から、食の壁にぶつかる。
先が思いやられる。
食後、歯磨きをさせていると、
コンコン…
「おはようございま~す」
「あー!!まつばらせんせだー!」
ショウが、先生を見るなり、飛び付いた。
「ははは、ショウくん、元気だねぇ。今日は、学校お休みだけど、先生来ちゃったよー」
「松原先生、お休みの所わざわざありがとうございます。」
「いえいえ、勝手に申し出て勝手にやってることですから」
松原先生は、ショウとリョウが退屈しないように、知育おもちゃをたくさん持ってきてくれた。
二人はそれに興味津々で、さっきまで走り回っていたのが嘘のように、椅子にしっかり座り、集中して遊んでいる。
さすが松原先生だな。
発達障害の子供の事をよくわかってくれてる。
本当に、こういうとき、理解してくれる人がいるっていうことがとっても有り難い。
コンコン…
「はい?」
ガラッ…
「術前カンファレンスの時間です、一室用意してありますが…」
看護師がドアからひょこっと顔を出す。
「あ、大丈夫であれば、子供たちの事もあるので、ここでお話を伺いたいのですが」
私よりも先に、松原先生が打診する。
「お子様なら、看護師が見てますよ?」
「いやでもうちの子達は…」
「あっ、そうですか、では、よろしくお願いします!」
言いかけた私を遮り、松原先生が答える。
「では、ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
「ショウくん、母ちゃんと松原先生、お医者さんとお話ししてくるから、少しの間、看護師さんと一緒に、良い子にして待っててくれる?」
「はい」
ショウに一言言い聞かせて、病室を出る。
私達と入れ替えで、看護師が病室に入ってくる。
「あの、さっきのは…?」
廊下を歩きながら、松原先生に伺いたてる。
「あぁ、さっきのは、あぁいう人の場合、言葉て説明するより、目で見て体で体験させた方が解るんですよ。
だから、あえてお願いしたんです。
上手くいけば、上手くいったに越したことはないですしね!」
「あぁ、なるほど、そう言うことだったんですね。」
前を歩く看護師の足が止まり、カンファレンスルームと書かれた部屋の鍵を開ける。
「こちらでしばらくお待ちください。」
中に入ると、ホワイトボードや長机、パイプ椅子がセッティングされていて、誰もいないのに、緊張感が漂っていた。
この部屋で、何人が涙を流してきたのだろう。
この部屋に通された人の何人が、今も変わらぬ生活を送っているのだろう…。
そんな歴史を、きっとこの部屋は知っているんだ…。
ゴクッと生唾を飲み込み、セッティングされた椅子へ座る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます