第7話入院

病院からの帰り、療育園へ寄った。


「あー、リョウくんのママ、どうしたんですか?お迎えにはまだ早いですけど」


「あ、先日、お電話でお話しさせていただいた面談の件で…。」


「あら、面談の日程は来週のはずですけど…」


「早急にお話ししなければならないことなので、お時間いただいても良いですか?」


受付のおばちゃんは、強引な私を、少し怪訝な目で見てきたが、今の私はそんな事ではびくともしない。


昔は気にしすぎるほど気にしてたけど、人間、こうも図太く変われるもんなんだな、と自分で自分がたまに怖くなる。




事務室から出てきた、ケースワーカーの山元さん。


「桜木さんどうしたのー?

緊急で面談がしたいそうですって聞いたから飛んできたんだけど、何かありましたか?」



心配そうに私を見る山元さん。



「あの…私の病気の事でなんですが…」


「あっ!!そうね、そういう話なら、何処か空いてる部屋でお話ししましょう。

ちょっと、空いてる部屋探してくるので、お待ちくださいね!」



そう言うと、事務所のとなりの階段を駆け上がっていく。



どうにかなるだろうか…いや、どうにかしなきゃいけない!!!





「桜木さん、2階の相談室が空いてたので、そこでお話ししましょうか」



「あ、はい、すみません」




促された部屋に入り、山元さんと向き合う。




「急に押し掛けてきちゃってすみません…」



「いいのよ、気にしなくて」



「前から、病気のことで病院へ通っていたんですけど、どうしても、入院が必要になってしまって、そこの病院では、子供たちも一緒にいられるみたいで、ただ、その為には、病院から、療育園への送り迎えや、小学校の登下校、そういったものを、誰かにお願いしなくてはならなくて…。」



「そうだったの、ずいぶん、一人で悩まれたんではないですか?」


「…え?」


山元さんの言葉に、少し驚いて顔をあげる。



「最近の桜木さん、何かに追い詰められてるような表情を、たまにしてたから。

そう言うことなら、こちらでもボランティアさんとか、サポートセンターとか、色々掛け合って聞いてみるので、安心してくださいね。

入院は、いつからになるの?」




「できるだけ早急に、とは言われてるんです、準備が整っているなら、すぐにでも、と。」



「そうなんですね!?

では、今から聞いてみるので、今日明日中にはご連絡出来るようにしておきますので、桜木さんは、ご自宅に戻ったら、いつでも入院出来るように準備しておいてくださいね!」




「あ、ありがとうございます!!!

お手数お掛けしてしまってすみません!

よろしくお願いします!!!」



「いいのよ、こういうときのために、私たちがいるんですから、いつでも頼ってくださいね。」




ありがたい、本当に、ありがたい。



私たち親子のために、色んな人達が、動いてくれてる。


子供たちは、たくさんの人達に守られて成長していってるんだなぁ。




帰宅し、押入れから、大きめのカバンを取り出す。



「私は病院で着るパジャマみたいなものが何着か有れば充分だけど、子供たちは、洗いがえするとはいえ、ある程度、枚数必要だよねぇ…。

上下10着ずつぐらいあれば、充分かなぁ?」



子供服を取り出し、詰める。




居間へ行き、押し入れから子供たちのおもちゃを取り出す。




よく遊んでいるものを、詰めていく。

いつも必ず出すミニカーは、今日も帰ってきてから遊ぶだろうから、入れずにいよう。



コップは、同じコップで飲む「こだわり」があるから、家を出るとき、忘れずに持っていかなくちゃ。




紙に「ミニカー、コップ、タオルケット」と、「毎日こだわって使っているもの」を書き出していく。



これらを忘れてしまうと、パニックを起こし、収拾がつかなくなってしまうからだ。




パニックばかり起こして、出ていってくれなんて言われたら大変だから、絶対に忘れないようにしなければならない。




ジーッ…。


「よしっ!!!」


チャックを閉めた、入院用の大きなカバンをポンッと叩く。



これでいつでも入院出来る。



後は、山元さんからの連絡を待つだけだ。




「あっ、そろそろお迎えの時間だ、行かなきゃ…。」




時計を見上げると、いつものお迎えの時間。



立ち上がり、玄関に向かう。





「痛っ…。イタタタ…何だろ、お腹が…。

いっ…痛っ……」





突然、裂けるような腹痛に立っていられなくなり、四つん這いになり、うずくまる。




「連絡しなきゃ…お迎え来ちゃう…ウッ……げぇっ…!!」




吐瀉物が床に広がる。


目の前が霞んでいく。



連絡しなきゃ…リョウが待ってるのに…










________________…







「…ちゃん、あちゃん、母ちゃん!!!」






「…ん……?ショウ??

あっ!!!リョウのお迎え!!!」



ガバッと起き上がると、白いシーツが広がる、病院のベッドの上だった。




足元には、涙と鼻水でグチャグチャな顔をしたリョウが、シーツにしがみつきながら眠っている。




「あ…リョウくん…。」



「桜木さんから電話頂いたんですが、受話器からなにも音声が聞こえてこなかったので、すぐに救急車を呼んだんです。

バスの担当の一人を、リョウくん連れてご自宅まで行って貰うことにして、ご自宅に着いたとき、丁度、救急隊も到着しましてね。」



「そうだったんですね、ありがとうございます」



山元さんがと松原先生が、心配そうに見つめる。



「あっ!!!入院セット持ってきてない!!!」




「これでいいのかな?

居間にあったやつと、メモ書きしてあったやつは、ショウくんに聞いたら全部揃えてくれたよ。」



うそ…ショウが?



ショウ、いつの間にそんなこと出来るようになったの…?




「ショウくん、泣かずに頑張ってましたよ、子供って、親の知らないところで成長してるんですよねえ」



「凄い…子どもってすごいねぇ…」



感激のあまり、涙ぐんでしまうと、ショウが頭をなでなで。



「母ちゃん、痛い?大丈夫よ、痛くないよ、ショウくんが、魔法かけてあげるから。

痛いの痛いの、遠くのお山に~とんでけー!


母ちゃんもう痛くない?」



ショウの優しさに、たくましさに、今日は、驚かされっぱなしだ。




「ありがとうショウくん、母ちゃんもう痛くないよ」




今度は私が、ショウの頭をなでる。



「大丈夫だよ、ありがとう」


そう言ってショウをギュッと抱きしめると、ショウの目が、みるみる内に真っ赤になっていく。



「う、う、う、うわぁーん…

母ちゃん~うわぁーん、ひっく、ひっく、う、うえーん」



突然泣き出すショウ。


「きっと、張りつめていた糸が切れたんでしょう。

ショウくん、ずっと頑張っていましたから。」



「ショウ…ありがとうショウ」



泣きじゃくるショウを抱きしめ、背中をとんとんと撫でるように叩く。




コンコン…




ノックの後、病室に入ってきたのは、担当の先生だった。




「桜木さん、どうですか?」


「あ、今は特に何ともないです」


「それならよかったです。

桜木さんね、出来れば、早い内に手術をしたいんですが」


「あ、はい、よろしくお願いします。」


「では、手術の説明や、手術同意書なども書いていただきたいのですが、ご家族の方は他にいらっしゃいますか?

ご両親や、ご兄弟など」


「あ、両親はもう他界してます、兄弟は居ません…」


「そうですか…では、誰かに代わりに一緒に聞いてもらうような形でお願いできますか?」



「あ…それ僕が聞きます…」


松原先生が、名乗り出てくれた。


「松原先生…ありがとうございます。

何から何まで…」



「いいんですよ、気にしないで」



「では、明日の11時から、手術の説明等をしますので、よろしくお願いします。」




「ありがとうございます。

よろしくお願いします」





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