第6話私、治りますか?
チャチャチャーラーラーチャラーラー♪
居間のテーブルに置いたスマホが、着信を知らせる。
「はいはいはーい」
食器洗いをしていた手を止め、タオルで手をふきながら、居間へ小走り。
「はい、桜木です。
はい...あっ!!!!はいっ!!!
えーと、28日ですねっ!
はい!!!!ありがとうございます!!!
はいっ!宜しくお願いします!」
少し放心気味に、畳に座り込む。
「あっ!そうだ、カレンダーカレンダー...」
テーブルに手を付き、「よいしょっ!」と掛け声と共に立ち上がり、カレンダーの前に立つ。
「28日...ABCクリニック...と。
あと3日かぁ...。
何か...夢見てるみたいだなぁ...。
そうだ、聞くことを紙に書いてまとめておかなくちゃ!」
気持ちがはやる。
聞きたいことがたくさんある...。
APT分子免疫治療法というものでは、私の癌の場合、どのくらいの効果があるのか?
一般的に、余命宣告された患者は治療後どうなったのか?
.........私、私は、治るのか?
耳を塞いでしまいたい事ばかりだけど、でも、ちゃんと聞かなきゃいけない。
今は、その方法しか、すがるものが何も無いから。
ピンポーン...
「母ちゃん〜!開けてー!」
「クスクス...はいはい。」
ガチャッ...
「おかえり、ショウくん。」
「ただいまー!
母ちゃん、ショウくん今日ね、校庭で転んじゃったの〜。
でもねっ!!サッて立って、ンッ!!てしたの!!!
泣かなかったんだよ〜、すごいでしょー!!」
「へぇー、すごいじゃん、偉かったねぇ、強くなったねぇ!!」
「あ、松原先生、さっき、ABCクリニックから電話があって、28日に診察して頂けることになったんです!」
「そうなんですね!明明後日ですね!!」
松原先生は、自分の事のように、嬉しそうに話を聞いてくれた。
気付けば、30分も話し込んでいる。
「あっ、ごめんなさい、長い時間引き止めてしまって!」
「いえいえ、いいんですよ、では、28日の診察の結果、わかったら教えてくださいね。」
「はい、いい報告が出来るといいんですけど、ハハハ...」
「きっと大丈夫ですよ!では、また明日ね、ショウくん!」
「まつばらせんせ、また明日ねー!」
「どうも御世話様でした〜。」
玄関を締め、チェーンをかける。
「ねぇ母ちゃん」
「ん?なぁに?」
「おなかすいたぁ〜...」
「あぁ、そうだったね!じゃあ、ご飯にしよっか!ショウくん、今日は何食べたい?」
「カレーナイス!!カレーナイスにするーっ!」
「クスクス、わかった、じゃあ、カレーライスにしようね」
居間で寝ているリョウの様子を見て、鼻水が詰まっているようなイビキをかいて眠るリョウの鼻を、ティッシュでチョンチョンと、軽く拭いた。
「んー...」
と、唸りながら寝返りを打ち、そのまま、また眠りに入る。
「夜寝れなくなっちゃうよ〜」
そうは言っても、多動なリョウが寝ていてくれてる事は、家事をするのにはとっても助かっている。
だから、「夜眠れなくなるから」という理由では、起こすことは無い。
リョウは、お昼寝を長くてしても、夜寝る時に、部屋を暗くし、寝たふりをするか、もう本当に先に眠ってしまえば、案外スッと眠ってくれる。
その点だけで見れば、とても育てやすい。
「ねぇ母ちゃん!ショウくんもおてつだいしたいっ!!」
「お手伝いしてくれるのー?
じゃあ、何してもらおうかなぁ?」
「チョキチョキしたい!!」
「じゃあ、ニンジンさんチョキチョキしてもらおうかなぁ〜」
ニンジンを洗い、皮をむき、縦半分に切る。
豆椅子に乗ったショウを、豆椅子ごと移動し、自分の前に立たせ、後ろから手を持ち、やり方を教える。
「手を切らないように、ニンジンさん押さえる手は、グーだよ、わかった?」
「はい...」
いつになく真剣だ。
「じゃあ、母ちゃん、手を離すからね、ゆっくりだよ、ゆーっくりで良いから、やってごらん」
サクッ...トン、サクッ...トン、サクッ...トン......
いつでも手の届く距離で見守り、その動作を見つめる。
1度、やると決めてからの、この集中力は、凄いなぁと、わが子ながら関心する。
「ショウくん、上手に出来たね〜、じゃあ、チョキチョキしたニンジンさん、お鍋に入れてくれる?」
「母ちゃん、タマネギさんジュウジュウは?」
普通のカレーは、タマネギを炒め、肉を炒め、と、「先に油で炒める」のを、知っている。
前に、放課後デイでカレーライスを作る絵本を読んでもらって、覚えていたようで、それをしない事を不思議に思ったのだろう。
「母ちゃんは、ジュウジュウしないんだぁ、タマネギさんは、これでゴシゴシして、摩り下ろして入れるの。」
「そうなんだー、ジャガイモさんは?」
「ジャガイモさんは、こっちはチョキチョキするけど、こっちは、ゴシゴシして入れるよ〜」
「そうなんだ〜」
手順が、自分の知っているものと違うと、それ以降、「やりたい」とは言わなくなった。
隣で、物珍しそうに、覗き込んでいる。
ジャガイモが柔らかくなったのを確認すると、火を止め、カレールーを割り入れる。
「カレーナイスの匂いがするー!!」
「もうすぐ、出来るからねー」
「良い匂い〜、食べたーい!!」
「出来たら、みんなで頂きますしようねぇ!」
ルーを溶かし、味見用の小皿を取り出すと、ショウの視線が。
「食べる?」
「食べるー!!」
少しよそって、小皿を渡すと、ズズっと音を立てて飲み干した。
「どう?」
「おいしー!!母ちゃん、ご飯にしよう!!ご飯食べよう!!!お腹ペコペコだよー 」
「クスクス、そうだね、わかったよ、じゃあ、ご飯にしようか」
器に盛り付けて居間のテーブルに置くと、一目散に食べるショウ。
子供が美味しそうに食べる姿を見ると、本当に幸せだな。
リョウも匂いにつられて起きてきて、寝起きとは思えないほどの食べっぷりに、驚かされる。
この子は、朝からカツ丼いける子だな...。
「母ちゃん、ごちそうさまでした!!」
「はい、おそまつさまでした」
「リョウくんも、もういいのかな?遊び始めちゃってるから、もういいね」
食後少し遊ばせ、20時になったら、お風呂へ入れ、寝室へ。
「母ちゃん、眠い...」
「寝ていいのよ、おやすみなさい、明日もがんばろうね」
「スーーー、ズズズズ...スーーーー...」
お昼寝をしたリョウも、ショウの寝息に誘われるように眠りに入る。
カレンダーに目をやり、目を瞑る。
目を開けたら診察日だと良いのに...。
_____________________…
「えっと、保険証、紹介状、検査結果、財布、お薬手帳、スマホ、後は忘れ物無いよね...。
よしっ、行ってこよう!!!」
玄関の横に掛けた鍵を取り、家を出る。
ABCクリニックは、ありがたい事に、家からそんなに遠くはなく、通院にも困らなかった。
ついに来た、セカンドオピニオン。
聞きたいことを書いた紙は財布の中。
もう何十回と読み返しているので、もう、暗記しているのだが、お守り代わりに入れてある。
病院へ着くと、受け付けで紹介状と検査結果を提出し、待合室の椅子に腰掛ける。
雑誌を読んでも、ソワソワして落ち着かない...。
「次の方、どうぞ〜」
「 よろしくお願いします」
うながされた椅子に座り、チラッと先生の顔に目をやる。
黒髪短髪、銀縁の細い眼鏡をかけて、どこか日本人っぽくない、モデルのような端正な顔立ち。
不意に先生と目が合い、思わず下を向いてしまう。
「検査結果、拝見させていただきました。」
「あ、はっ、はい…」
「手術をしても、細胞が残るため、1年の診断結果だそうで。
しかし…本人は入院を希望していない、と書いてありますが、これはどういう…?」
「あっあのっ!!!!
うちの息子二人は、発達障害なんですっ!!!
そっ、それで、子供たちにはまだまだ療育が必要で、だからっ、そのっ…」
「では、お子さん達が療育を受けられる体制にあれば、入院出来ますか?」
「あっ、でも、施設とかに入ったりすると、子供たちもパニックを起こしてしまうので…
あの…前に、長男に、自分が悪い子だから、パパが居なくなっちゃったんだ、ってお友達に言われたみたいで、「ショウくん悪い子だから、ママも居なくなっちゃうの?」と言われたことがあって…
今、子供たちと別々に暮らすことになったら、傷つけてしまうかな、と怖くなってしまって…
でも、もういいんです。
子供たちを信じると、決めたので…。」
「うーん、そうですか…」
先生は、ガサガサとデスクの横にある棚からパンフレットを取り出した。
「うち、こういうシステムも取り扱っていて、まぁ、多少金額は掛かってしまうんですけど、学校とかだったら、病院から通うことも可能ですよ」
「え…えぇ!?本当ですか!?」
奪うように先生からパンフレットを受け取り、目を見開いて見つめる。
「家族…の、同室…可。
凄い…こんな…こんなのあるんだ…。
あのっ!!!先生!!!!」
パンフレットをデスクに置き、身を乗り出して話始める私を、驚いた表情で見る。
「よ、余命宣告されたんですが…私…。
なお…な、治りますか…私……う…うぅ…あんなに小さな子を、親の居ない子にさせたくないんです……先生…もう、ここしかないんです…。
せめて…子供たちが死を受け入れられる年になるまでは…私…し、死ぬわけにはいかないんです…」
人目も気にせずに涙を流す私に、先生がティッシュ箱を差し出してくれた。
「一緒に頑張りましょう。
最善を尽くします。
でもその為にはまずは、ガンの切除をしなければいけません。
ガン細胞の切除手術をするには、入院をしなければなりません。
お子さん達の事は、今まで通り、同じ境遇で療育が受けられる体制を取れるように、お話をしておいてください。
小学校の登下校、療育園への登下校、手術や、施術をする間、誰かに見ててもらえるように手配したり、これから、忙しくなりますよ。」
「あ…ありがとうございます!!!
ありがとうございます!!!!
よろしくお願いします!!!!」
「それは、治ってから言いましょうよ」
先生の言葉に、希望がつまっていた。
先生は、余命宣告を受けた私を、治す事だけを考えてくださった。
だから、私も、治すことだけ、治ると信じて生きよう。
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