第4話 探索に向けて

 リディアは地上で、ソーラーパネルを設置している優闇を見ていた。

 優闇の作業が終われば、太陽光を利用した発電が可能になる。


「本当に、何度見ても」リディアが言う。「この世界って何もないね」


 リディアはすでに、優闇に手を引かれて何度か地上の世界に出ている。青空や曇り空、雨なんかを体験するために。


「そうですね」


 優闇は作業に夢中で、リディアの方を見なかった。

 リディアはその場でクルっと回転して東西南北を見渡した。やっぱり何度、どの方角を見ても、この世界には地平線しかない。

 元々、この場所は都市部だったらしいので、山や谷は存在していない。

 優闇の話では、たくさんの建造物がひしめいていたらしい。今はもう、その面影は残っていない。完全に何もない。荒れた大地が延々と続いているだけ。

 でもあと1ヶ月もすれば、また雪が降って世界を白銀に染める。

 優闇はパネルの設置を終え、ホッと息を吐く真似をした。優闇は呼吸を必要としていないので、実際に息を吐くということはない。

 そのことを不思議に思って、リディアは前に質問したことがある。「どうして息を吐くの?」と。

 優闇は「はっきり言って不必要な動作ですが、最初から私に組み込まれています。人間たちがオートドールに人間らしさを追求したからでしょう」と答えた。

 リディアはペタンと地面に座り込み、足をバタバタと動かした。

 リディアはタブレットを操作している優闇に視線を向けた。


「さてリディア、プロジェクトが1つ完結しました」


 優闇がタブレットをリディアに見せた。

 リディアは念入りに画面を見つめたが、エラーコードは何一つ表示されていない。システムオールグリーン。完璧だ。


「わー、おめでとう!」


 リディアが笑顔を浮かべながら両手を叩いた。


「ありがとうございます」


 優闇は微笑みを浮かべ、小さくお辞儀をした。

 優闇は毎日こつこつと簡易パーツメーカでソーラーシステムに必要な部品を再現し、やはり毎日こつこつと組み立てていた。

 簡易パーツメーカというのは、簡易フードメーカを改造したもの。食べ物ではなく部品を出力できる装置。

 図書館には4つの簡易フードメーカがあって、その内の2つはすでに別のメーカに改造されていた。

 簡易パーツメーカと、簡易ドレスメーカだ。

 後者は衣服やアクセサリを再現する装置で、リディアが着ている服も簡易ドレスメーカで再現された物。

 リディアは洋服が好きで、大量に再現している。

 優闇が一度、「図書館がリディアの服で埋まってしまいます。必要以上に再現しないでください」と注意する程度には大量。

 現在のリディアは雪みたいに白いコートを羽織っている。

 けれどコートの下は黒のカーディガン、その下に白のブラウス。それからワインレッドのサーキュラースカート。脚の防寒に黒のタイツ、そしてスノーブーツ。

 リディアは毎日違う服を着て姿見の前に立つのが楽しみになっていた。


「予定通りに完結できました。あなたが手伝ってくれたおかげです」


 優闇の服装は相変わらずのメイド服。優闇はオシャレに興味がなく、同じデザインのメイド服を何着も持っていた。

 夏でも冬でも、優闇は服装を変えない。暑くて死ぬこともなければ、寒くて死ぬこともないから。


「どういたしまして。今日はいっぱい発電できそうだね」


 リディアは空を見上げてそう言った。

 今日はよく晴れている。空は青くて雲は白い。

 世界が滅びる前も、これと同じ色をしていたのだと思うと、なんだか妙な気分だった。


「さて」優闇が言う。「春になったら世界の探索を再開しようと思います。一緒に行きますか?」

「もちろん!」


 リディアは笑顔で即答した。


「はい。では……」

「優闇があたしを見つけた場所から始めよう!」


 リディアはとても興奮して、両手をブンブン振りながら言った。


「はい。それはいいのですが……」

「えっと、まずは乗り物がいるよね? あ、優闇はいつも歩きだったの? あたしバイクに乗ってみたいんだぁ!」

「ええ。私は歩きです、ええ。それで……」

「あ、バイクのデザインはあたしがしてもいい?」

「はい。もちろん構いません。でもその前に……」

「楽しみだなぁ」リディアがコロコロと笑う。「でもずっと荒れ地だったら寂しいよね」

「リディア。私に喋らせてください」

「ん? 何?」


 リディアがコテンと首を傾げた。

 その様子が愛らしく、優闇は少し微笑んだ。


「万が一、敵性存在と出会った場合のことを考えて、武器を所持するべきだと思うのですが、選んでくれますか?」

「武器?」

「はい。リディアに扱えそうな物をリストにしてあります」


 優闇がタブレットを操作する。


「え? あたし嫌だよ?」

「嫌?」


 優闇がタブレットから視線を外し、リディアを見る。


「うん」

「嫌というのは、選ぶのがですか?」

「ううん」リディアが首を振る。「そうじゃないの。あたし、武器なんか持ちたくないよ?」

「なぜです?」

「だって、それって生命体を傷付けるための道具でしょ? あたし嫌だよ。誰も何も傷付けないよ?」


 リディアの言葉で、優闇は考え込むような仕草を見せた。

 それからきっかり3秒後に、優闇が頷いた。


「では、武器の件は忘れてください。その代わり、私のデザインした服を着てもらえますか?」

「えぇー?」

「非常に防御力の高い服を作ります。それを着てください。でなければ連れて行けません」

「なんで意地悪言うのぉ?」


 リディアが表情を歪める。

 優闇の心がチクチクと痛んだ。


「意地悪ではなく、危険から身を守るためです」


 けれど、リディアの安全は確保しなければいけない。


「危険なんてないかも」

「あるかもしれません。それは探索を続けてみないと分からないことです。リディア、私はただ、リディアに怪我をして欲しくないだけなのです。リディアのことが大切なのです。だから、どうか、お願いします」

「うぅ……分かったよぉ」リディアが折れた。「でも、可愛い服にしてね?」

「はい。善処します」

「じゃあ、あたしはバイクの仕様を決めるね」


 リディアは自分のタブレットの電源を入れた。


「バイク……」優闇が言う。「初期の頃は石油燃料に頼っていて、次にバッテリ。最終的にはパワーセルを燃料源にした乗り物。荷物の積載量が少なく、非常に効率の悪い乗り物ですが、人気は高かった。特に人間の男性に」

「あたし女だけど、バイクに乗ってみたい」

「そうですね。私もバイクを運転してみたいです」

「え? 運転するのはあたしだよ?」

「私も運転したいです」

「じゃあ順番ね?」

「分かりました。順番に運転しましょう」

「じゃあ、仕様書作るね」

「では、私は運転サブルーチンを組むことにします」


 優闇が立ち上がって、図書館の中に戻った。

 リディアは天気が良いので、このまま外で作業することにした。

 オフロードタイプのバイクにしよう、とリディアは思った。見た目がカッコイイ。

 それに、この世界にはちゃんとした道路がない。





 リディアはゴロンと大地に寝転がった。2時間ほど、製作するバイクの仕様を考えていたのだが、少し疲れたので一旦休憩。

 柔らかくも優しくもない大地。深呼吸をすると乾いた土の香りがした。空気は図書館内部の方が清潔だけど、土の香りも悪くない。

 流れる白い雲を眺めながら、リディアはバイクについて考えた。

 バイクの形は一般的なオフロードバイクの形でいい。変に飾り立てるつもりはない。

 全長、全幅、全高は小柄なリディアでも扱えるように、なるべく小さくする。シート高もリディアに合わせる予定。重量に関しても、極力軽くしたいとリディアは望んでいる。

 オートジャイロシステムを採用して自立可能にする。モーターの出力は23キロワットもあれば十分。最高時速は130キロ前後を予定。

 リディアに運転可能な最高速度がそのくらいだろう、と判断したから。昔のバイクレースの動画などをいくつか検証したので、大きく間違ってはいないはず。

 ふぅ、とリディアは小さく息を吐いた。


「これじゃあ、休憩になってないや」


 空は高く、そして穏やか。季節は冬。

 こうやって図書館の外に出れば、季節を感じることができる。

 リディアは雪合戦を思い出して楽しい気分になった。

 それから優闇のことを考える。

 大好きな優闇。自分とは違う種族だけど、とっても優しくしてくれる。たった一人の友達。

 でも時々、優闇に嫉妬することがあった。

 優闇はほぼ完璧な存在だとリディアは思う。チェスも将棋もオセロも勝てなかったし、知識を増やす速度も優闇には勝てない。

 単純な力も勝てないし、たまに自分の無力さが悲しくなる。人間の不完全さが恨めしくも思う。

 きっと優闇は運転サブルーチンも完璧なものを組んでくるだろう。なぜか負けたくないな、と思った。

 でも何に負けたくないのかよく分からなかった。


「あたしたち、本当に対等なのかなぁ?」


 リディアが優闇に勝てることが何一つない。

 人間が進化を続けたその果てでは、どんな風になるのだろうか、とリディアは考えた。

 優闇よりもすごい生命体になっているだろうか。


「うーん」とリディアは唸る。「無理っぽいなぁ」


 リディアはコロコロと大地を転がった。深い意味はない。なんとなくそうしただけだ。しかしその転がるという動作が、リディアに1つの閃きをもたらした。

「そうだ、ガレージを作ろう。絶対にあった方がいいよ」

 こういう唐突な閃きは、優闇よりもリディアの方が優れている。そもそも、優闇には閃きという現象は起こらない。

 リディアは自分のいいところを思い出せて嬉しい気持ちになった。人間もまだまだ捨てたもんじゃない。

 ガレージの色は赤にしようとリディアは思った。

 ちなみに、バイクの色は黒で決定している。それは大好きな優闇の色だから。優闇と同じ色なら、きっとバイクを大切にできる。

 リディアは早速、ガレージの仕様書を作ることにした。





 簡易パーツメーカで再現できるパーツの大きさには限界がある。

 だからガレージは多数のパーツを組み立てて作る必要があった。リディアは半泣きになりながらも、一人で一生懸命に組み立てた。

 まず簡易パーツメーカに設計図をインプット。次に必要なパーツを再現する。そのパーツを外に運ぶ。

 ガレージの建設予定地は、図書館入り口のすぐ隣。

 ある程度パーツを運んだら、外壁から順番に組んで行く。その繰り返し。

 3日が経過して、リディアの背が届かなくなった。足場を組まなければならない。そこでまたリディアは泣きそうになった。

 コンピュータの中では、ガレージなんて簡単に仕上がったのに。だからそのまま、特に苦労もなく現実に反映させられると思っていた。大きな間違いだった。

 リディアは初日にそのことに気付いたが、後に引きたくなかった。だからここまで頑張ったのだが、もう無理だ。気力がない。全てを投げ出したくなった。


「手伝いましょうか?」


 ちょうど優闇が運転サブルーチンを完成させ、そう言ってくれた。

 でもリディアは断った。なんだか負けるような気がして嫌だったから。


「そうですか……」


 優闇はとっても悲しそうな表情を浮かべた。地球が割れる寸前でも、これほど悲しい顔をする生命体はいない。

 リディアは激しい罪悪感と自己嫌悪に襲われた。

 踵を返し、トボトボと歩く優闇。その姿にリディアの呼吸が苦しくなった。


「待って! 待って優闇! やっぱり手伝って!」


 リディアは悲鳴みたいに叫んだ。

 優闇がピタッと立ち止まって、クルリとリディアの方を向いた。その顔には微笑みが浮かんでいた。

 その表情を見て、リディアは急にとっても優闇が愛おしく感じた。だから走っていって優闇に抱きついた。


「ごめんね優闇、あたしね、優闇に対抗心を燃やしちゃったの」

「対抗ですか?」


 優闇が優しい力でリディアを抱き返した。


「そう。なんだか、対等じゃない気がして……」

「具体的に」

「あたしの方が、優闇より劣ってるって、思って」

「そんなことありません。私は証明書を渡したはずです。リディアは私と対等な存在です」

「でも」

「私の言うことを信じてくれないのですか?」


 優闇の言葉で、リディアは気付いた。

 自分を劣等種族だと考えることは、優闇の証明を信じないということ。

 リディアは優闇の胸の中で小さく頭を振った。


「信じてる。すっごい信じてる。ごめんね、変なこと言ってごめんね」

「いいんです。人間は時々、不安定になるものです。大丈夫」


 優闇がリディアの頭を撫でた。


「大好きだよ優闇」とリディアが言って、

「私もですリディア」と優闇が柔らかい微笑みを浮かべた。

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