EXTRA EPISODE
EX01 リディアの武術入門
「いったぁぁ!」
リディアが股間を押さえてその場にうずくまった。
リディアは見た目13歳前後の少女で、胸が小さい。髪は鮮やかでキラキラしたブロンド。少し癖があって、長さは自分の胸に髪がかかるぐらい。肌は白くきめ細かい。美しい雪景色を思い起こさせる。
ここは地下図書館の近くに建てられた護身道場。
リディアと
道場の中には畳が24畳と、同じ広さの板間がある。天井は高く、広々とした空間になっている。板間の隅に大小様々な木刀や杖が設置されていた。
「あぁ! リディアの大切な場所が!」
優闇がリディアに駆け寄る。
そしてリディアの赤い袴をめくった。
「舐めますか? 舐めた方がいいですよね? 舐めたいです」
「ちょっと、優闇、ダメだってば! 今はまだ稽古中なんだから!」
リディアが優闇の頭を押さえつける。
リディアも優闇も白い道着に赤い袴を履いていた。
ちなみに優闇は最近、味覚センサを搭載した。それ以来、色々な物を舐めるのが好きになった。特にリディアの身体を舐めるのは大好きで、隙があればペロッとする。
優闇は18歳前後の日本人女性の容姿をしていて、髪の毛は黒のロング。前髪を真っ直ぐ切り揃えている。胸はリディアより大きいが、一般的には小振り。
優闇の顔は神様が全ての美をそこに表現したと言っても差し障りないレベルで整っている。きっとこの宇宙に優闇より美しい知的生命体は存在していない。リディアはそう確信している。
「おい、お前はこっちだ優闇」
白い道着に黒い袴の青年が優闇の襟を掴んで引き摺った。
この青年の名は
目にかからない程度の黒髪に、カッコいい系統の悪人顔。背はそれほど高くないが、筋肉質で鍛えているのが一目で分かる。
「おぉ、私を片手で引き摺るとは、さすが男性」
優闇が感心したように言った。
「普通の男にできるかよ。お前、見た目からは想像できねぇぐらい重いからな?」
「まぁ、私を構成する部品が人間を構成する部品より若干重いのは認めます。しかし私は現在、更に軽くて丈夫な素材を開発中です。目標体重は50キロですね」
優闇は引き摺られながら澄まし顔で言った。
「……あの子は変態なの?」
リディアの前に立っている女性が言った。この女性も白い道着に赤い袴を履いている。
女性の名は久我マリ。21歳。久我刃心流の開祖の孫で、キズナと同じく師範だ。
長めの黒髪で、細身。胸もほとんど見当たらない。リディアより小さいのではないかというレベルだが、鍛え抜いたせいで脂肪が少ないというだけ。
優闇やリディアと比べれば一枚落ちるが、マリもそれなりに綺麗な顔立ちだ。しかしやっぱりちょっと悪人っぽく見える。
ちなみに、リディアの股間を蹴ったのはマリだ。
受け身などがある程度できるようになったので、護身の基本として金的を教わった。
久我刃心流では、どんな技なのか知るために1度技を受ける必要がある。
で、リディアは股間を蹴られたわけだ。
「変態って言うか、最近ちょっと思考回路がゆるふわになってる感じ」
「ゆるふわ?」
「そ。ゆるふわ」
リディアは立ち上がって袴を直した。
「ふぅん。まぁ、いいけど」
マリは小さく肩を竦めた。
ちなみに、キズナもマリも本物の人間ではない。この2人が生きていた時代は300年以上前だ。
この道場にはホロシステムが採用されていて、キズナとマリは投影された立体映像に過ぎない。ただし、触れることのできる高度な立体映像だ。
その上、昔の医療データなどから2人の肉体や脳も忠実に再現しているので、性格も記憶も完全である。よって、キズナもマリも本物と大差はない。ただ命や意識がないだけだ。
「ところでマリ先生」リディアが言う。「2人はパラレルリアリティ……つまり並行世界を行き来してたって話は本当?」
最強の武術である久我刃心流について調べている時に、そういう記述があった。もちろん、当時は誰も信じていなかったので、与太話という扱いだったが。
リディアはいつか聞こうと思っていたのだが、稽古中は他のことを考える余裕がなかったし、稽古後はクタクタになって忘れてしまっていた。
「異世界のことなら、そう。私たちは13歳の時に異世界で妖魔の王を倒して、17歳の時にもう一度呼ばれて、今度は滅びかけてた妖魔たちに闘い方を教えた」
「呼ばれたってことは、パラレルリアリティ――異世界の方にそういう技術があったんだね?」
「技術というか、魔法だけど」
「魔法!?」
リディアは驚いて目を丸くした。
この世界には魔法なんて存在していない。第4次世界大戦前後は、シックスセンスと呼ばれる特別な能力を持つ人間たちがいたらしい。しかし大戦後、徐々にシックスセンスは廃れていった。
「まぁ、魔法のことも異世界のことも、いずれ話してあげるから今は稽古」
「はぁい。目標はオハンに勝つこと!」
リディアは拳を握って高く上げた。
◇
それから1年と6ヶ月が経過した。
雨の日も風の日も、リディアと優闇は休まず稽古を続けた。
もちろん、自分たちの持っているプロジェクトもコツコツと進めた。しかし世界の探索についてはお休みしているという状況だ。
ひとまず護身能力を身に付けてから探索を再開する予定にしている。
「まぁ、これでお前らは久我刃心流の4段試験に合格した」
キズナが感慨深そうな表情で言った。
久我刃心流において、4段は師範代という位置付けになる。
ちなみに5段以上で師範となる。
キズナとマリは揃って最高位の10段。歴史上、久我刃心流の10段は開祖とキズナとマリ、他数名しかいない。
その中でもキズナとマリは世界最強の称号を持っている。一説によると、2人揃ったら小国の軍事力に匹敵するとさえ言われていた。
「この短期間で4段なんて、リュリュを思い出す」
マリは遠くを見るように言った。
リュリュというのはキズナとマリの最初の弟子で、妖魔の姫。リディアはちょくちょく2人の異世界武勇伝を聞いていたので、リュリュのことも友達のようによく知っている。
いつか世界の探索が終わったら、パラレルリアリティにも冒険しに行こう、とリディアは思った。
「まぁ、私はとっても優秀ですから」優闇が胸を張って言う。「何を隠そう最新最高のオートドールですので」
「シーちゃんのこと忘れてない?」
リディアがそう突っ込むと、
「……前世代では最新最高のオートドールでした」
優闇が言い直した。
どうしても最新最高という言葉を使いたいんだなぁ、とリディアは思った。
「とりあえず、そろそろオハンって奴とも闘えるだろうぜ」
「というか、リディヤミに勝てる奴この滅びた……じゃなくて新世界にいるの?」
キズナが言って、マリが首を傾げた。
「いないでしょうね」
優闇が言い切った。
「でも、今後探索範囲を宇宙やパラレルリアリティに広げたらどうか分からないよ?」
「それはまぁ、そうですね」
リディアが言って、優闇が頷く。
まぁ、宇宙やパラレルリアリティに出るのはまだ先の話だ。
「だったら、これからも稽古は続けろよ」
「それがいい。2人ならきっと10段までいける」
先生たちのお墨付きを貰って、リディアと優闇はニコニコと笑った。
「じゃあ、とりあえずラファとオハンを呼ぶね!」
「そうですね。それが元々の目的ですし」
オハンに勝つこと。それがリディアの目標。
オハンより強くなれれば、護身としてはほぼ完璧。
当初、優闇の計算ではオハンに勝つには7段レベルの実力が必要だった。しかし、ボディを変更した今のオハンなら、4段程度の強さで勝てるらしい。
「それはそうと、オハンに勝ったら記念にイチャイチャしましょう」
優闇がよく分からないことを真面目な表情で言い出した。
「え? 毎日してるよね?」
リディアと優闇はお互いの愛に気付いて以来、ずっとラブラブな生活を続けている。ごく稀に喧嘩することもあるのだが、だいたいはキスしたら元通り。
「プロジェクトも稽古も忘れて、24時間イチャイチャしましょう」
「……あたしの体力保つかなぁ……」
栄養ドリンクを再現しておかないとな、とリディアは思った。
◇
約1時間後にラファとオハンが道場にやって来た。
ラファは以前と変わらない桃色の髪に、ゴスロリ衣装。見た目の年齢は11歳前後の少女で、胸が断崖絶壁。目がクリクリしていて可愛らしい。
そして。
オハンは20代半ばぐらいの大人のお姉さんになっていた。この新しいボディは、ラファとオハンが付き合い始めた頃にラファが創ったものだ。
オハンの髪は蜜柑色をしていて、優闇と同じぐらい長い。頭の右側だけワンポイントとして髪を編み込んでいる。
肌の色は普通。リディアほど白くない。服装は青い軍服なのだが、スカートは短かった。
胸は優闇より大きいが、大き過ぎず程良い感じ。形もまた美しく、ラファがここだけ異常にこだわったのだとリディアにはすぐ分かった。
顔立ちはちょっとキツそうな上官、という風に設定されているようだ。綺麗だけどちょっと怖い。
そして、
「なんでオハンは手に鞭を持ってるの?」
オハンは右手に乗馬鞭を握っている。それを見ながらリディアが言った。
「これはラファの趣味」
オハンはラファと付き合い始めた時に喋り方を少し変更した。と言っても、敬語を使わなくなっただけだが。
「ちょっとオハン!?」ラファが焦ったように言う。「そういう誤解を招く発言は止めていただけます!?」
「へぇ。ラファってそういうプレイが好きなんだぁ。やっぱ
リディアはコロコロと笑いながら言った。
「違いますわ!! そそそ、ういう意味じゃあああり、あり、ありませんのよ!?」
「ラファさん噛み噛みです」
優闇が澄まし顔で突っ込みを入れる。
「でもエッチの時に使うんでしょ?」
リディアはオハンを見上げながら言った。オハンの身長は優闇よりも高い。もちろん、昔の軍用ボディに比べると小さいのだが、それでも今ここにいる知的生命体の中では一番背が高い。
「ラファとワタシの性行為に関しては極秘事項に設定されているので、プレイ内容を明かすことはできない」
「えー? それってつまりぃ」
「人には言えないようなプレイをしている、と」
リディアがニヤニヤしながら優闇を見て、優闇が人差し指を立てて推論――邪推した。
「違いますわ! 違いますわ! 違うったら違いますわ!」ラファがバタバタと両手を振る。「オハンに似合うと思って再現しただけですわ!」
「んー?」リディアが両手を後ろで組み、前屈みになってラファを見る。「なぁんで焦ってるのぉ?」
「あ、あ、あんまりですわぁぁ!!」
ラファがオハンに抱き付いた。
「お姉様が意地悪ですわぁぁぁ!」
ラファはリディアのことをお姉様と呼ぶようになっていた。これもオハンと付き合い始めた頃からのこと。
「よしよし」
オハンはラファを軽々と抱き上げ、あやすように身体を揺らした。
「ラファの甘えん坊ぶりが加速してる! 優闇!」
「はい!」
リディアが優闇を見ると、優闇が即座に両手を広げた。
そしてリディアも優闇に抱き付いた。
「まったくラファさんとオハンはバカップルで困りますね。人目もはばからずイチャイチャと」
「本当だよぉ。もう少し自重して欲しいよね」
優闇がリディアの頭を撫でて、リディアは優闇の胸に頬ずりした。
◇
「で、あいつらはいつになったら試合始めるんだ?」
道場の壁にもたれて立っているキズナが言った。
「さぁ。なんかワチャワチャ始めたけど」
キズナの左隣で同じように立っているマリが溜息を吐いた。
「つーかさぁ、女ばっかで俺かなり場違いじゃね?」
「まぁ、ここは百合の園だし、仕方ないと思う」
「だなぁ。疎外感半端ねぇ」
「……私がいるでしょ?」
「……そうだな」
「心配しなくても、私はいつもキズナと一緒にいる」
マリが右の拳を肩の辺りまで持ち上げる。
「ああ。たぶん死ぬまでそうなんだろうな」
キズナは左の拳を握って、軽くマリの拳にぶつけた。
「それは友情です? それとも愛情です? 2人は結婚するです?」
トコトコと2人に寄って来たシーが言った。
リディアと優闇の娘であるシーは、さっき道場に来たばかりなのだが、バカップルたちがイチャついていたのでそっちはスルーしたのだった。
シーは茶色のショートカットで、ボーイッシュな顔立ちをしている。
シーも一応、久我刃心流を習っているので、白い道着に赤い袴姿だ。しかしリディヤミほど熱心に稽古に打ち込んでいるわけではない。
ちなみに、この時のシーにはまだ意識がない。
「どっちでもねぇよ」
「強いて言うなら敵対心」
キズナが肩を竦めて、マリが応えた。
「よく分からない、です」
「いいんだよ、分からなくて」
「そう。私たちはあまり理解されない」
他人に理解されないと言っているのに、2人はどこか楽しそうだった。大切な秘密を2人だけで共有しているような、そんな雰囲気。
「ふぅむ。知的生命体は難しいです」
シーが小さく首を振った。
「つーか話戻すけどさ」キズナが言う。「あいつらマジでいつまで続けるつもりなんだ?」
「本当にね」マリが言う。「私たちってかなりメンタル強いと思うけど」
「2人は鋼のメンタルです」
「そんな俺らでも、そろそろちょっと胸焼けしそうなんだが?」
「うん。甘すぎる。この空間は甘すぎる」
「バカップルが2組揃ったらこんなもんです。実はバカップルがもう1組存在すると僕が言ったらどうするです?」
「……勘弁してくれマジで」
「……暴力に塗れた世界が懐かしい」
キズナとマリが揃って肩を落とした。
◇
リディアとオハンが向かい合って礼をしたのは、結局ラファとオハンが到着してから20分後だった。
オハンは1度、右手の鞭で空を打った。
リディアは右半身で構える。
「オハンは武器を持っているです」シーが言う。「リディママ不利じゃないです?」
「逆だ」キズナが言う。「これでオハンは攻撃方法を制限されちまった」
「そう」マリが頷く。「会話の中で自然に、リディアは自分に有利なルールを提示した。天然小悪魔」
今のオハンには倫理サブルーチンが組み込まれているので、本気でリディアにダメージを与えることができない。
リディアは倫理サブルーチンを切ってもいいと言ったのだが、ラファが了承しなかった。
そこで、リディアは倫理サブルーチンが許す範囲での勝敗の決め方を提示したのだ。
「つまり、リディママは久我刃心流の教えに従って、相手を不利な状況に陥れたです?」
「そういうことだ。けど、マリちゃんも言ったけどたぶん計算じゃなくて天然だ。まぁ、リディアの奴は『自分は可愛いし愛されてるから何を言っても許される』って思ってる節はあるがな」
「あー。確かに。リディアに上目遣いでお願いされると断れない」マリが言う。「さて、解説のマリです。リディアの提示したルールは、オハンが鞭でリディアのお尻を叩けばオハンの勝ち。実況のキズナさん、どう思いますか?」
「ああ。えっと、実況のキズナさんです。えっと、オハンは攻撃方法だけじゃなくて攻撃場所まで制限された、ってことだな。その上、防御力が高く深刻なダメージを受けにくい尻を選択するあたり、自分が打たれた場合のことも想定してる、ってとこか」
「うん」マリが頷く。「素晴らしい天然小悪魔ぶりですねぇ。ま、それはそうとして、オハンは本当に不利な状況」
「しかもオハンが不利だってことに俺とマリちゃんしか気付いてねぇ」
「だって」シーが言う。「普通は武器を持ってる方が有利だと思うです。それにオハンお姉さんは戦闘能力かなり高いです」
「で、再び実況のキズナさんだ。リディアが勝つには普通の人間がダウンする程度のダメージをオハンに与えることだ」キズナが言う。「一見、かなり難しいように思うが、今のリディアなら一撃で十分」
その上で、オハンを壊してしまうこともない。人間がダウンする程度のダメージなど、オハンにとっては大したことではない。
以前のボディより弱くなっていると言っても、シーの言葉通り今のオハンも戦闘能力や防御力は極めて高い。
「では!」審判を買って出た優闇が右手を上げる。「これよりリディア対オハンの試合を開始します!」
そして右手を振り下ろす。
同時にオハンが動いた。一歩でリディアの背後に回り、鞭を横に薙ぐ。
リディアは転換すると同時に鞭を握るオハンの手に触れ、その攻撃を下に逸らした。
オハンが姿勢を崩して、その鞭は畳を打った。
「!?」
オハンが驚いて飛び退いた。
オハンの力は純粋にリディアを上回っているはずなのだが。
「オハン、もっと本気で打ち込まないと全部逸らしちゃうよ?」
リディアが余裕の表情で言った。
「では、倫理サブルーチンの許す限界で」
オハンが再び一歩でリディアの背後に回る。
しかしリディアはオハンがそう動くと分かっていた。だって、ルール上オハンは背後に回らないと攻撃することができない。
だからオハンが動いた瞬間に、リディアはすでに転換してそのまま上段蹴りを放った。
リディアの身体の前面を攻撃できないオハンは、鞭を止めてリディアの蹴りをガード。
リディアの身長では、上段蹴りといってもオハンの二の腕に届くかどうか、という位置。
その蹴りを、オハンは腕を曲げて前腕でガードしたのだが、
「久我刃心流・
ガードしたオハンの腕ごと、オハンの身体がくの字に曲がり、そのまま横に飛んで行って道場の壁を突き抜けて外の地面を転がった。
「おおおおおおお、オハン!!」
ラファが悲鳴みたいに叫んでオハンに駆け寄った。
しかしラファが到着するより先にオハンは立ち上がり、何事もなかったかのように歩き始め、駆け寄ってきたラファを抱き上げて道場の中に戻った。
「ダメージ計算したです。リディママの勝ち、です」
シーが淡々と言った。
「今の蹴りは普通の人間がダウンするのに十分な威力だった」
オハンはリディアの前で立ち止まり、淡々と言った。
「オハン大丈夫ですの!? どこも壊れてませんの!?」
「問題ない。ワタシのボディはラファが創ってくれた究極のボディ。あのぐらいのダメージで壊れたりしない」
「ほう」優闇がズイッとリディアとオハンの間に入る。「私を差し置いて究極のボディとはこれいかに」
「それ言うなら僕の方が性能いいです」
シーがボソッと言った。
「ワタシのボディは素晴らしい。シーちゃんに勝るとも劣らない」オハンはちゃんとシーの発言も聞いていた。「量子ブレインもまた精巧で、ワタシが意識を持つ日もそう遠くないはず」
「むむ。しかし意識を得たのは私が先です。そう、私は意識の先輩です。優闇先輩と呼んでもいいですよ?」
優闇が胸を張って言った。
「おーい。終わったんなら礼しとけ」
キズナが言って、オハンはラファを降ろして礼をした。
リディアも合わせて礼をする。
「ありがとね、オハン」
リディアがニコニコと笑いながら言った。
「どういたしまして。ワタシも役に立てたならよかった」
オハンが柔らかく微笑む。
「では解散!」と優闇が言った。
「ええええ?」ラファが驚いて言う。「わたくしたちもう用無しですの!?」
「いえ、そういうことではなく」優闇が淡々と言う。「私はこのあと、リディアと大切な用事がありますので、遊ぶのはまた後日ということで」
「あ……、これからすぐなんだ……」
とりあえず急いで栄養ドリンクを再現しなきゃ、とリディアは思った。
◇
図書館の床に敷かれた布団でリディアはいつも寝ている。
その布団の上に、リディアと優闇が向かい合って座っていた。
布団の側の床には、栄養ドリンクが山盛り置いてある。この栄養ドリンクはリディアが再現したものではなく、優闇が再現したものだ。曰く、優闇特製24時間戦闘可能ドリンク。
リディアはそのドリンクをすでに1本飲んでいた。
優闇はリディアがたくさん飲めるようにさっぱり甘くて飲み易い味に調整していた。
「なんかこう」リディアが言う。「いつもは雰囲気とか流れでエッチするからさぁ、こう向かい合って今からさあやりましょうってなると、ちょっと緊張するよね? 優闇正座してるしね」
「ま、まったくですね」
優闇は背筋をピンと伸ばして、とっても綺麗に正座している。正座選手権があれば間違いなくチャンピオンになれる。
「じゃあ、ひとまず雑談でもして、雰囲気がよくなったら流れで」
「はい。そうですね。今日はいい天気ですね」
「探索日和だね。探索行く?」
「え?」
優闇がとっても悲しそうな表情を作る。
「冗談だよ」
「……最近のリディアはちょっと意地悪ですよね?」
「そう?」
「そうですとも」
「嫌?」
「いいえ。私はむしろ意地悪されるの好きかもしれません。マゾヤミさんと呼んでもいいですよ?」
優闇が澄まし顔で言った。
「じゃあ今日はお預けね、マゾヤミさん」
「……どーん、マゾヤミさん死にましたぁ。私は優闇です。お預けは嫌です」
優闇は非常に現金な性格をしている。昔はそうでもなかったのだが、たくさんの感情と付き合うようになってから、どんどん人間らしくなっていった。
と言うか、性格がどんどんポンコツ――ゆるふわに寄っていった。
リディアは昔のクールな優闇も好きだが、今のゆるふわな優闇も大好きだった。
「でもこう、雰囲気良くならないね」
「そうですね。困りましたね」
んー、と優闇が首を傾げる。
「じゃあもう少し雑談」
言ってから、リディアは優闇の太ももに頭を預けて寝転がった。いわゆる膝枕の形。
優闇がリディアの頭を撫でる。
「しかしリディアは強くなりましたねぇ」優闇がしみじみと言う。「新人類であるリディアは元々能力が高かったとはいえ、オハンに勝てるようになったわけですからね」
「うん。まぁ、今日はあたしに有利なルールだったしね。それと、オハンに倫理サブルーチンがなければ、兵器だった頃のオハンだったら、たぶん負けたけどね」
「ですが、兵器だったオハンはもういません」
「そうなんだよね。あのキラキラした銀色のボディもかっこよかったけど、でも今のオハンの方が好きだなぁ」
「見た目ですか?」
「んーん。今のオハンなら、もう蛇を殺したりしないだろうな、って思って」
「あぁ」優闇が頷く。「リディアはずっとそのことを気にしていますね」
「うん。だから強くなりかったしね、あたし」
「どう繋がるんです?」
「あの時のオハンはさ、あたしを守るために蛇を殺しちゃったのね。もしあの時、あたしが強ければ、蛇の威嚇に驚いてひっくり返ったりしなければ、オハンは蛇を潰したりしなかったと思う。あるいは、潰そうとしてもあたしが助けてあげられたかもしれない」
「しかしリディアのせいでは……」
「でもね優闇、あたしはオハンが兵器だってこと、すっかり忘れてたんだよ? それで探索に連れて行っちゃったから」
リディアが少しだけ悲しそうに笑った。
優闇はもう一度、リディアの頭を撫でた。さっきよりもずっと柔らかく。
「だから、目標がオハンに勝つこと、だったわけですね」
「そう。あたしがオハンより強くなれば、あんなことはもう起こらないと思ったんだけど、まさかラファとオハンがくっついて、オハンがボディを変えるなんて夢にも思わなかったよ」
「私はいつかそうなると思っていましたが?」
「そうだよねぇ。優闇だけはラファとオハンの両思いに気付いてたもんねー」
「褒めてください」
「すごいよ優闇、その観察眼は名探偵並だよ」
リディアが言うと、優闇は嬉しそうに笑った。
「で、その観察眼を活かして欲しいことがあるんだけど」
「はい」
「ラファとオハンはやっぱり鞭を使ったプレイしてるのかなぁ?」
「もちろんですとも。まずラファさんがこう言うんです。『オハン、今日も悪い子のわたくしにお仕置きしてくださるかしら?』と」
「そしたらオハンがこう返すんだね?『ラファは本当に仕方ない子だなぁ、さぁ、こっちにおいで』って。きゃー!」
リディアが両手を自分の頰に添えてから、身体をクネクネと動かした。
「きゃー!」
優闇は頰を染めて身体を揺さぶった。
それから数秒、二人はきゃーきゃー言いながらラファとオハンのことを想像した。
「さて優闇、もう1つ観察眼を活かして欲しいことがあるんだけど」
言いながら、リディアは身体を起こして優闇の膝の上に座った。もちろん、優闇と向かい合う形で。
「ラファさんとオハンのプレイを想像してちょっと興奮したんですね?」
「違うってば! あ、いや、違わないけど、そうじゃなくて……」
「分かりますよ。もう何も言わなくて大丈夫です」
「あたしお喋り好きだからなぁ、塞いでくれなきゃずっと喋っちゃうよ?」
リディアが言って、優闇は柔らかく微笑む。
それから優闇がリディアの唇に自分の唇を重ねた。
優しいキスをして、それから徐々に激しくしていく。
あぁ、栄養ドリンクの味――味覚センサを搭載した優闇はそう思った。
栄養ドリンクの味を甘くしておいて正解だったなぁ、とも思った。
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