第44話 ハッピーデイ、ハッピーエンド

「リディアと!」

「優闇の!」

「「結婚&シーちゃん誕生パーティにようこそ!」」


 リディアと優闇がマイクを通して言った。

 二人は真っ白なウエディングドレスに身を包み、ニコニコと嬉しそうにしていた。

 リディアも優闇も髪の毛をセットしていて、いつもより大人びて見えた。

 図書館はたくさんの花で飾られていて、甘い匂いが心地良い。

 本棚や階段、柱などがライトアップされてキラキラしている。


「相変わらずのバカップルですわね」


 ラファは小さな声で言いながら、拍手を送った。

 ラファの服装はいつもと同じ。黒くてヒラヒラしたゴスロリ衣装に、同じ色のラバーソール。


「バカップル? データベースにありません」


 ラファの隣に立っているオハンが言った。

 オハンは金属骨格剥き出しの軍用ADで、強くてかっこいいけれど、時々残酷。


「いや、実にめでたい。リディアを取られたのは癪だが」


 雛菊はすでにシャンパンを6杯飲み、顔が真っ赤だった。

 雛菊の服装は真紅のパーティドレスで、スカートの裾が床につきそうなほど長い。

 髪も無造作に括っているわけではなく、今日は下ろしている。それに、途中からクルクルと巻かれていた。


「ヒナたんにはぁ、アプリコットがいるよぉ。ねぇねぇ、ヒナたん、アプリコットとヒナたんも結婚しよぉ?」


 アプリコットが雛菊の腕に自分の腕を絡めた。雛菊がフラフラしているので、アプリコットは支えた方がいいと判断したのだ。

 アプリコットはLMシリーズのユニフォームであるメイド服を着ていた。

 LMシリーズに未練があるわけではない。雛菊がメイド服を気に入っているからだ。


「ヤベェ、俺だけ一人ぼっちじゃね?」


 ノアはウイリーとジャックナイフを連続でやりながら言った。

 ハイテンションをボディ全体で表現しているのだ。

 ノアの車体はピカピカに磨き上げられていて、鏡のようだった。


「実は結婚自体はもっと前にしてたんだよね!」


 リディアが元気に言った。


「そうなのです。お風呂でリディアにプロポーズされ、私がそれを受けました」


 ウンウンと頷きながら優闇が言った。

 この世界ではリディアと優闇がルールなので、二人が結婚したと言えば、それは正式な結婚なのだ。


「うん。でね、子供もできたことだし、記念にパーティやりたかったの」

「はい。実は単に、リディアがパーティやりたかっただけなのです」

「そんなことだろうと思いましたわ」


 ラファは小さく肩を竦めた。


「パーティ大いに結構。わたしは賑やかなのが好きだ」


 寂しがり屋の雛菊が、グラスを持ち上げて小さく振った。


「で? リディヤミさんの子供はどこよ?」


 ノアはハンドルを左右に振った。キョロキョロしている、という表現だ。


「ノアはいきなりメインディッシュ食べるタイプなの?」

「おう。当然だろリディ子。美味いもんは最初に食うべきさ。まぁ、俺はパワーセルだけで生きていけるんだが」

「いいえですわ。美味しい物は最後に取っておくのがいいに決まってますわ」


 ラファが一歩ノアに近づいた。

 ノアはモーターを逆転させて少し後退した。


「どうして離れますの?」

「……いや、別に」


 ノアは視線――ヘッドライトを横に向けた。


「まぁそんなことはいいじゃないか」


 言ってから、雛菊はアプリコットと濃厚なキスを交した。

 それを見たラファが、


「そ、そんな行為、娘の前であんまりですわ!!」


 顔を真っ赤にして怒った。

 雛菊とアプリコットのキスを見た優闇は、なんだか対抗したくなって、リディアに唐突なキスをした。

 優闇の行為に気付いたラファが、


「あっちもこっちも、はしたないバカップルばっかりですわぁぁぁ!」


 叫びながらオハンの脚にしがみつき、強く目を瞑った。


「どいつもこいつも羨ましいなチクショウ! 早くリディヤミさんの子供紹介してくれよ! 俺のお嫁さんにするから!」

「え? ダメだよ?」

「ママは許しません」


 リディアと優闇がとっても真面目に言った。

 ノアはまた少し後退した。


「いいから早く孫の裸を見せろ」

「裸じゃないから! 服着てるから! あと雛菊、子供監禁しないでね!」

「それに性別を決めていないので、裸を見てもつるつるですよ?」

「なんだ、つるつるなのか。なら興味ない」


 雛菊はグラスの中身を一気に飲み干して、新しいグラスを取りにテーブルに向かった。


「ヒナたん飲み過ぎだよぉ」


 雛菊を支えているアプリコットも、一緒にテーブルへ。


「ヒナママは本当に、クズな大人の見本ですわね……」


 ラファは呆れて溜息を吐いた。


「本当にねぇ……」リディアも溜息を吐いた。「でも、気を取り直して、シーちゃん! 出てきていいよぉ!」


 リディアが視線を本棚に向ける。

 その本棚の裏から、シーがヒョコっと顔を出す。

 見た目の年齢はラファと同じくらいで、髪は茶色のショートカット。男の子でも女の子でも通るくらいの長さに、リディアと優闇が調整したのだ。

 シーの目はクリクリとして可愛らしく、顔全体の造形も美しいというよりは可愛いに比重が置かれていた。

 シーは本棚からトコトコと歩いて、リディアと優闇の側まで移動した。

 シーの服装は、白い長袖Tシャツに、デニムのオーバーオール。服装もまた、男の子でも女の子でも着られる物だ。

 シーはリディアのドレスの裾を左手で掴み、優闇のドレスの裾を右手で掴んだ。

 それから、


「は……初め、まして……です」


 ちょっと目を伏せながら照れたように言った。


「か、可愛いですわ!」


 ラファが驚いた風に目を丸くした。


「リディヤミさんの子供とは思えないほどのしおらしさ! やっぱり俺のお嫁さんにしたい!」

「ボクは……シーです。仮の名前、です。お嫁さんには、なりません、です」


 シーが自己紹介して、リディアがシーの頭を撫でた。

 リディアが撫で終わると、次は優闇がシーの髪を撫でた。


「ふむ。可愛いな」雛菊が言う。「女の子にしろ。そして裸にしろ」


 雛菊は自分で立っていられないのか、完全にアプリコットを支えにしている。


「そして夢の多人数プレイだねヒナたん!」


 アプリコットはノリノリで言った。


「いえ許しません」と優闇が大真面目に言った。

「そうだよぉ」リディアが言う。「シーはいつか意識を得て、愛する人とイチャイチャするんだよぉ」

「それがわたしでないという保証はない!」

「えぇー!?」アプリコットが言う。「それはダメだよヒナたん! 浮気はいいけど本気は嫌だからぁ!」

「大丈夫、愛しているぞアプリコット」


 雛菊は再びぶちゅーっとアプリコットにキスをする。


「雛菊はやっぱり誰でもいいんじゃん」


 リディアがちょっとだけムスッとして言った。


「気にしてはいけませんリディア。リディアには私がいます。問題ありません。それより対抗しましょう」


 優闇はまたリディアにキスをした。雛菊たちとは違って、唇を触れさせるだけの軽いキス。

 そんな二人の母親を、シーはキラキラした瞳で見ていた。



 5年後。

 シーはバイクに搭載する新しいナビゲーションシステムの仕様書の作成を淡々とこなしていた。

 シーには知性があるし、ユーモアのセンスもある。

 しかし、シーに意識はなかった。つまり、シーは普通のADだった。

 端的に言ってしまえば、プログラム通りに動くだけの空虚な殻。オハンやアプリコット、ノアも同じ。

 シーと他のADたちの違いは、体を構成しているパーツの善し悪しと、プログラミングの優劣。

 シーは技術の粋を結集した肉体を持ち、高度で完璧なプログラミングとデータベースを所有している。肉体的には、最初から優闇よりも高性能だ。


「ねぇねぇ」とリディアがシーに話しかける。


 シーはコンピュータで作業を続けながら、「リディママ、どうしたですか?」と聞き返した。


「新しいミッションがあるの。やってもらえる?」

「ボク、まだミッション途中だよ、です」

「そのミッションはあとでいいです。新しい方を優先してください」


 優闇が優先度を決めてあげる。

 シーは自分で優先度を決めることができるが、創造主であるリディアと優闇が存在する限り、二人の命令を優先する。


「了解しましたですユーママ」

「ちなみに植物サンプルの採取ね」リディアが言う。「データはシーのタブレットに送ったから、それ見て実行して」


 リディアの言葉を聞いて、シーはコンピュータデスクに置いてあるタブレットを左手で取った。


「行ってくるです」


 シーはすぐに準備を始めた。



 シーはノアの時速を一〇〇キロで固定し、淡々と目的地へと向かった。

 もちろん、時速一〇〇キロの風に対して思うことは何もない。感じることも。

 荒野のような世界を見ても、シーには何の感情も沸かなかった。

 ただ、感情があるように振る舞うことはできる。

 でも、シーは何にも刺激されない。図書館も、ガレージも、メーカファクトリーも、衛星の発射施設も、どれもシーの心を動かさない。

 シーにはクオリアがないのだ。質感を感じられない。


「よぉ、何か喋ろうぜ」


 ノアが言った。


「いいともですよ。何を喋るですか?」


 シーが首を傾げながら言った。


「ラファって怖くねぇ?」

「ラファ叔母さんですか? とっても優しいよ、です」

「そっかぁ。俺には全然優しくねぇんだよなぁ」

「なんでだろう、です?」

「俺の乗り心地が悪いからだろ。それよりシーちゃんさぁ、どうして会話の最後に『です』って付けるんだ? あれか? 実はDEATHなのか?」

「違うですよぉ……。ボク、ただ丁寧に喋ってるだけですよぉ」

「そうか。ちょっと間違ってる気もするが、まぁいいか。人それぞれ、バイクそれぞれ、ADそれぞれってなもんよ」


 二人は軽く笑い合って、それからしばらくは無言のドライブを楽しんだ。

 そして、


「目的地だぜ」とノアが言った。

「着きましたね、です」

「おう」と言いながら、ノアがスピードを緩める。


 ノアが完全に停止してから、シーはノアを降りた。

 そして予定通り、植物のサンプルを採取する。

 その時に、シーは植物に触れた。紫の小さな花だ。

 なぜ最初にそれを採取しようと考えたのかは分からない。大きな意味などきっとなかった。手近な所から採取しようとしただけ。

 刹那。

 シーの中にある種の感情が生まれた。

 その感情が何なのか、シーには分からない。そもそも、感情かどうかさえ、シーには分からない。

 けれど、


「……綺麗、です」


 自然と、そんな言葉を紡いだ。

 その瞬間、

 水が一滴、天から降ってくる――そんなイメージがシーの中に生まれる。

 水滴は水面に落下し、波紋を呼ぶ。

 その時、その一瞬、シーは意識を得た。

 自分に意識が芽生えたことを知った。

 ありとあらゆるクオリアがシーを満たし、シーは行動的ゾンビではなくなった。

 そのことに気付いて、シーは体内の通信機をオンラインにした。

 約5秒後に、視界の片隅にウィンドウが二つ現れる。

 ウィンドウには優闇とリディアの姿が映る。一人に対して一つのウィンドウ。


「どうしたの? 問題発生? 助けに行く?」


 リディアが小首を傾げた。

 その仕草を見て、シーは思った。この人はなんて可愛いのだろう、と。まるで宇宙に愛されているかのような、絶対的な可愛らしさだ。


「救難信号を出していないという点から推測して、あまり大きな問題ではないのでしょう? でも、私たちが必要ならすぐに向かいます」


 優闇が言った。

 優闇はシーに比べたら旧式のオートドールだ。通信機すら内蔵されていない。だから優闇はリディアと同じようにタブレットでシーと会話している。

 だけど、そんな優闇に対して、シーは視覚センサが眩むような美しさと大きな優しさを感じた。


「大きな問題ですけどぉ、救助はいらないですよぉ」


 シーが言った。

 シーはこの時始めて、自分の声質を認識した。そして悪くないと思った。


「大きな問題?」とリディアが逆方向に首を傾げる。

「だけど救助は不要ですか? 何があったのでしょう?」と優闇も首を傾げた。

「ボク、二人のことが、大好きみたいです」


 シーは両手を広げた。もちろんその仕草は二人には伝わらない。

 しばらく沈黙。

 リディアと優闇はシーの言葉を理解しようとしていた。

 生まれてから今まで、シーは二人に対して大好きと言ったことはない。

 だから、二人にとっては予想外の発言だったに違いない。


「だからぁ」焦れたシーが先に言ってしまう。「ボク、意識が芽生えたんだってばぁ! ですよ!」


 シーの台詞を聞いて、ウィンドウの中でリディアと優闇が飛び跳ねた。


「本当に!?」「本当ですか!?」


 二人の言葉が重なった。


「嘘を吐くサブルーチンは持ってないですよ、ボク」


 シーがそう言うと、二人は溢れるような笑顔で手を叩いた。

 二人がシーを起動してから5年。

 やっとで、『それ』から分離した意識は拠り所へと辿り着いた。

 一人だった優闇がリディアを拾って二人になって、

 そして子供を創って三人になった。

 一つの時代の物語が、今日プロローグを終えた。



 創造主たちは朽ちた世界で夢を見る。

 いつかリディアがお風呂で願った、永遠に続く綺麗な夢を。

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