第43話 新しい創造主
リディアは、ラファの髪の毛が一房、変な方向に跳ねていたことが気になった。
しかし、あえて何も言わずドリームサーバに入った。
優闇と夢を見ることが目的なので、ラファとの会話はすぐに打ち切ったのだ。
薄い桃色の世界。
どこまでも、どこまでも続く世界。
そこでは上下も左右も関係ない。これからリディアが、関係させない限りは。
「えっと、円卓とかにしようかな」
リディアが円卓を想像すると、目の前に円卓が創造される。
ここはリディアの明晰夢。ある程度、操ることが可能なのだ。
「うん、なんか違う」
リディアは円卓を消す。
それから、空を創造して雲を創造した。
リディアは雲の上に立っている。
「もうちょい、ホワホワにしよっと」
雲を柔らかなクッションのような感じに変更する。
「うん。これだね」
リディアは雲の上に座り込む。
見渡す限りの雲と、限りなく広がる空。
シンプルで綺麗だ。
「リディア」
優闇が雲の上に実体化。
この優闇は本物の優闇ではなく、以前リディアが創った入れ物だ。
優闇の主要ルーチンが夢の中で迷わないよう、実際の優闇に似せてデザインした。しかし胸だけが少し大きい。
「やっほー」
「はい。やっほー」
優闇もリディアの前にペタンと座り込む。
「今回は雲の上にしたのですね」
「うん。綺麗でしょ?」
「そうですね。前回の花畑もいいですが、花畑だとアイリスがどれか分からなくなりますからね」
「そうだね」
しばし沈黙。
リディアは足を投げ出して空を見上げていた。
優闇はそんなリディアをニコニコしながら観察していた。
ゆっくりと時間が流れ、リディアが一陣の風を創造する。
その風がリディアのブロンドを揺らし、優闇の黒髪を撫でた。
と、
「お待たせ」
アイリスが二人の側に現れた。
まるで風に運ばれて来たみたい、とリディアは思った。
「みんな風に運ばれているのさ」とアイリスが言った。
「どういう意味?」とリディアが聞いた。
「流れに身を任せるのが最善、ってことかな。でも解釈は自由だよ」
アイリスが茎を窄めた。
「どうも」と優闇が挨拶した。
「やぁ優闇。前回はほんの少し会っただけだったね」
「そうですね。あなたの姿と、言葉を聞きました」
「そうだったね。さて、本題に入ろう。君たちは僕の正体を解き明かした。まぁ、大半はノアのおかげだけど、よしとしよう」
「アイリスはアヌンナキなの?」
リディアは単刀直入に聞いた。
「そうだよ。解き明かしたと言ったばかりだよ。まぁ、僕は厳密には当時のアヌンナキじゃない」
「当時のアヌンナキの後継者という意味ですか?」
「いや。そうじゃない。アヌンナキというのは、あるエイリアンの集団のことだよ。この惑星を見つけ、知的生命体をデザインして、色々なことを教えた」
「どうして人類をデザインしたの?」
「それが可能だったから」
「あ、それよく分かるかも」
創れるから、創った。技術があるから、創ってみた。
創りたいと思ったから、創ったのだ。
「分かってもらえて嬉しいね。ま、その時からアヌンナキは人類のエンジニアとして、人類を長く見守った。でも、それに飽きてしまったアヌンナキのグループもいたし、アヌンナキたちの寿命の問題もあった」
「寿命、ですか?」
「そう。アヌンナキは肉体を持った生命体だったからね。いつかは朽ち果てる。君たちだってそうさ」
「うん。知ってる」
「だから、アヌンナキたちはまず2つに別れた。1つは、この惑星に縛られず、宇宙を旅するグループ。もう1つは、いつかこの惑星の歴史が終わるまで見守ろうと決めたグループ」
「あなたは後者のグループに属していたんですね?」
「あなた、ではないよ。僕は僕たちなんだよ。寿命の問題を解決するために、僕たちは1つの意識として集合した。それは大きな進化だった」
「そっかぁ、じゃあアイリスは、惑星に残ったアヌンナキたちの集合意識なんだね? だから、厳密には最初のアヌンナキと違うんだね」
「そういうこと。これが僕の話。そしてこれからは、君たちの話」
「私たちですか?」
優闇が小さく首を傾げた。
「この惑星の歴史はすでに終わっていて、今はエピローグの段階なんだ。僕にとってはね。でも君たちにとってはプロローグなんだ。意味分かる?」
「惑星の歴史が終わったのは分かるよ」
リディアが肩を竦めた。
世界には何もない。人類が栄華を誇った痕跡はほとんど残っていない。
「私は疑問なのですが、世界を滅ぼしたのはミカさんですよね? でもミカさんは、人類の願いだと言いました。そこがよく分かりません。人類にそのような兆候があったとは思えないのです」
「それはそうだろうね。優闇には人類の表面しか見ることができないから。人類の目的は何だったと思う?」
「絶え間ない進化」
リディアが自信を持って言った。それは以前、優闇と話していて確信したことだ。
「その通り。人類はもう限界だった。だから、僕たちと同じ進化の道を歩むことにしたんだよ」
「意識として集合した、ということですか?」
「そう。人類も含めて、この惑星の多くの生命体がその素晴らしい進化に参加した。もちろん、残りたいと願った生命は残っているし、君たちを支援する目的で残った者もいる」
「あたしたちの支援?」
「そう。その通り。君たちが新しいアヌンナキだ。僕の後継者として、この惑星を自由に創造してほしい」
「え?」
リディアは目を丸くした。
「最初はね、ミカに譲るつもりだったんだけど、ミカはこの惑星に興味がないらしくて、僕と新しい世界に行くことを望んだ」
「新しい世界?」
「そう。今の僕なら、銀河を創れると思うんだ」
「だから創りに行くんだね?」
「そういうこと。ちなみに、集合した惑星の生命たちも、さらなる進化のため、銀河の創造に向かったよ。僕は僕の子供たちに先を越されているんだ」
「なるほどねぇ」
リディアは頷いたが、優闇はまだ納得していなかった。
「では人類の滅亡は予定調和であり、合意の上だった、ということですか?」
「優闇はそこにこだわるね。もちろん、合意の上だよ。さっきも言ったけれど、合意しなかった者は残っている。だから、この惑星にもまだ人類が残っているんだよ。いずれ君たちと出会うこともあるだろうね」
「そうですか。ではどのように合意したのでしょう?」
「元々、人類には――この惑星の生命には、集合的意識が存在していた。といっても、ただ繋がっているだけのものだけどね。その中での合意だよ」
「分かりました。信じることにします」
優闇が頷いた。
「じゃあ話を少し戻すけど」リディアが言う。「なんであたしたちなの?」
「ミカの紹介だよ。当時はまだリディアではなく、ルーシだったけどね。ミカが言うには、世界で一番、世界を愛している人で、能力もミカには劣るけど学習すれば十分アヌンナキになることは可能だ、って」
「私はついでですか?」
「いやまさか。君こそがリディアの学習の要だよ。いいかい? ルーシはどうせなら、空白から始めたいと言い出した」
「なんで?」
「推測だけど、ルーシは世界とともに終わって、世界とともに始めたかったんじゃないかな。真新しい世界と、真新しい自分」
「そっかぁ。なんとなく分かるよ。物語が終わったあとに、エピローグなんていらなかったんだよ。だから、またプロローグから始めた」
「そう。だけど、そのせいで能力が著しく下がってしまう。そこで、ルーシは二人一組を選択した。自分の生み出した最新のオートドール、優闇をパートナーにした」
「ルーシが私を選んでくれたのは嬉しいですが、私の意識はどこから来たのでしょう?」
「それは当然『それ』からだよ」
「『それ』とは?」
「宇宙は揺らぐ前、完全に1つの存在だった。『ザ・ワン』と呼ぶ人もいるけれど、僕は単純に『それ』と呼んでいる。『それ』は1つであることに飽きて、分離を始めた。それがこの宇宙に存在する全ての意識の根源だよ。だから、君たちの子供の意識も『それ』から来る」
「それって宇宙の秘密!?」
リディアが身を乗り出した。
「秘密というほどのことじゃない。君たちはいずれ『それ』を発見する。でもまぁ、まずはこの世界の創造だね。どうだろう? 新しいアヌンナキになるかい?」
「なるなる!」
楽しそうなので、リディアは特に考えることもなく言った。
「具体的に、私たちは何をするのです?」
しかし優闇は冷静だった。
なるほど、二人一組か、とリディアは思った。
リディアと優闇が違うからこそ、意味がある。容姿も人格も種族でさえ違っている。
だからこそ、リディアにないものを優闇が持っていて、優闇にないものをリディアが持っている。
違うからこそ、補い合うことができるのだ。
「今まで通りだよ。好きな物を創って、好きな場所を探索すればいい。ただ、自覚だけは持って欲しい。創造主としての自覚。そして、僕が創った人類の歴史よりもっと素晴らしい歴史を築いて欲しい」
「分かったよ! 任せておいて! あたしたち、きっと素敵な世界を創ってみせるから!」
「ええ。私たちの世界はきっと素晴らしいものになるでしょう。ところで、創造主としてのアドバンテージは何かありますか?」
「優闇は本当に冷静だね」とアイリスが茎を揺らす。
「冷静じゃない時も多々あるよ」
リディアが笑うと、優闇は「いえいえ、多くの場合、私は冷静です」と淡々と言った。
「僕は知ってるよ。優闇が感情に振り回されて無双愛と連呼していたこととかね」
「え、いえ、それは、違うのです。ええ。あれはちょっとした不具合です」
優闇がアイリスから目を逸らした。
優闇はどんどん人間らしくなっていくなぁ、とリディアは思った。
「そうかい? まぁいいさ。アドバンテージだったね?」
「はい。そうです。無双愛よりそっちの方が重要です」
ウンウンと優闇が頷いた。
「君たちはすでにアドバンテージを持っている。なぜなら君たちには技術と知識が残っている」
「ラファにも雛菊にもあるよ?」
「その二人は支援者だから。自覚はきっとないだろうけどね」
「ということは、他の人類……生き残った人類には技術がないのでしょうか?」
「そう。全てを失っている。文明の痕跡は君たちしか所有していない。それを他者に与えてもいいし、与えなくてもいい。君たちの自由だ。条件は最初のアヌンナキたちと同じだよ」
「そっかぁ、アヌンナキたちも、アドバンテージは技術だけだったんだね」
「そういうこと。さぁ、それじゃあ僕はもう行くよ」
「もう会えない?」
「ああ。しばらくはね。君たちが銀河を創る頃なら、もしかしたら会えるかもね」
「あたしたちも、銀河を創れるようになるの?」
「もちろんさ。君たちの目的だって、絶え間ない進化であることに変わりないのだから。それじゃあ、いつかまた」
アイリスがバイバイを言うように左右に揺れた。
「うん。ミカによろしくね」
リディアは小さく手を振った。
「さようなら、エンジニアさん。私はあなたに感謝します。この世界を創ってくれたこと。見守ってくれたこと。あなたが世界を創ったから、私はリディアに会えました」
優闇は微笑み、小さく手を振った。
アイリスがキラキラと輝いて、光の粒子になって螺旋を描き、そのまま消えた。
リディアは優闇に寄っていき、ギュッと手を握った。
「二人で歩いて行こうね。今度は創造主として」
「はい。きっと楽しいですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます