第39話 初めての……

 優闇は抱っこしていたリディアを下ろしてから、自分のメイド服を脱いで地面に敷いた。

 リディアがブーツを脱いでメイド服の上に座り、自分の服を脱ごうとした。


「ダメです。私が脱がせます」


 優闇はリディアの正面に座って言った。

 それからすぐに、快感を得るためのソフトを起動した。これはもちろんSAシリーズ向けのソフトで、優闇には初期搭載されていない。

 リディアはマジマジと優闇の身体を見ている。

 優闇はすでに必要な器官を再現し、肉体改造を施していた。

 優闇はソッとリディアにキスをした。唇を触れさせるだけの軽いキス。

 優闇の触覚センサは、リディアの柔らかさと温かさを捉えた。ここまでは、いつもと同じ。

 そしてとっても、いい気分になる。嬉しくてなる。心がポカポカする。これもいつも通り。

 だが快感を得るソフトを起動した今、それらと同時に電気的な刺激が優闇の身体を巡った。

 優闇はそうなることを知っていたが、思った以上の刺激に驚き、唇を離してしまう。

 リディアを見ると、その潤んだ瞳の中に優闇の姿が映り込んでいた。

 ああ、私はリディアに囲われている――優闇はそんな風に思った。そしてそれを素敵なことだと解釈した。

 優闇はもう一度、キスをする。

 今度は激しく、深いキスをしながら、リディアのジャケットとTシャツをスルリと脱がす。


「優闇、脱がすの上手……」


 濡れた声。いつものリディアとは違っている。

 優闇は金属骨格が引き裂かれるような激しい感情を抱いた。それは、狂おしいほどの愛しさ。リディアに対する焦がれ。

 それはあまりにも強い感情で、心臓があったならきっと破裂している。だから、心臓がなくて良かったと優闇は思った。

 それと同時にリディアの心臓を心配した。

 しかし優闇のセンサが正常なら、リディアの心臓が壊れるような兆しは見えない。いつもより鼓動は早いが許容内。

 優闇はリディアの小さな胸に手を置いて、優しく撫でる。

 優闇はリディアの声や表情を見ながら、段々と刺激を強くしていった。


「あたしも、攻める……」


 リディアは優闇の胸に手を置いて、優しく揉む。

 優闇は電気的な刺激の嵐に襲われた。

 その刺激はけして嫌な刺激ではない。むしろ癖になってしまいそうなほど官能的。

 SAシリーズのADは、普段からこんなことをしていたのかと思うと、優闇は少しだけ羨ましい気持ちになった。



 ノアが樹海の入り口でぼんやり佇んでいると、センサに生命体が引っかかった。

 その生命体は大きな翼を翻し、空から舞い降りた。


「まさかの天使降臨ってか?」


 背中に翼があることを除けば、その生命体は女の子の形をしている。

 発育具合から計算して、年齢は15歳前後といったところ。


「ねぇ……退屈?」


 天使はノアの側で言った。


「死ぬほど退屈だな。俺、またオンラインのまま放置されてんだ」

「そう……。良かった。ミカも、暇になっちゃった……から」

「なんだ? 神様に約束すっぽかされたのか?」

「んーん」


 天使が首を振った。


「でも、暇になったってことは何か用があったけどキャンセルになったんだろ?」

「うん。賢い……ね」

「そりゃそうさ。俺は自他共に認める世界一のバイクだからな」

「そっか」


 天使がちょっとだけ笑った。


「俺はノアってんだ。よろしくな、天使ちゃん。つーか、天使って想像上の生き物だと思ってたぜ」

「よろしく……。ミカね、お姉ちゃんに……会いに来たの」

「へぇ。それで?」

「ママや、チビ姉ちゃんもいたし、せっかくだから、って思ったの……」

「ふむふむ」

「だけど……タイミングが、悪かった……」

「というと?」

「お姉ちゃん……恋人とエッチしてる最中で……」

「あぁ……、そりゃ、タイミング悪いわな」

「だから、暇になったの」

「そうかそうか。ところで、天使ちゃんはミカって名前かい?」

「うん……。ミカは、ミカだよ」


 知っている名前だと思ったので、ノアは検索をかけた。

 そうすると、行動ログの中でその名前を発見した。

 そして最も論理的な結論を導き出す。


「もしかして、お姉ちゃんってのはリディ子のことか?」

「うん。よく、分かったね」

「まぁな。ってことは、リディ子は今、優闇さんと合体してんのか。羨ましいなチクショウ」


 樹海に優闇とラファを運んで以来、全く誰からも連絡がなかったので、ノアはみんなのことを心配していた。

 だから、無事で良かったとノアは思った。


「合体……リディヤミ……」


 天使は自分で言って少し笑った。


「いいなそれ。今度からリディ子と優闇さんを同時に呼ぶ時に使うぜ」

「リディヤミ……ふふっ」

「確かにいい名称だけど、そんな面白いか?」

「うん」


 天使は大きく頷いた。


「ふぅん。まぁ、いいか。それよか、リディヤミさんのエッチが終わるまでドライブでもどうだ?」

「あ、お姉ちゃんに……会うのは、また今度にする」

「そっか。何か伝言しとくか?」

「んーん、いい。アプリコットの件、片づいたら、また会いに行く、から」

「そっか。じゃあまたな」

「え?」


 天使が首を傾げた。


「話の流れ的に、帰るのかと思ったんだが」

「帰らない……。ドライブ、行く」

「おう。じゃあ乗りな」


 ノアがそう言うと、天使は「よいしょっ」っと言いながらノアに跨った。

 天使のお尻の感触が、柔らかくて素敵だった。


「やっぱ可愛い子乗せるとテンション上がるぜ」

「アゲアゲ」

「おう。アゲアゲだ」


 ノアは後輪を滑らせながら方向を変える。


「よっしゃ、どこまで行くよ?」

「朝まで」


 ノアは場所的な意味で質問したのだが、天使は時間的に回答した。

 まぁ、別に問題はない。


「了解だ。朝までブラブラしますかねっと」

「おー」


 ノアはゆっくりと発進して、段々と速度を上げていった。



「気持ち良すぎて死ぬかと思ったよ」


 全裸のまま、優闇に抱き付いてるリディアが言った。


「私もです」


 優闇もまだ服を着ていない。そもそも、優闇の服は二人の身体の下に敷かれている。


「これはでも、あれだね」リディアが言う。「目的がすり替わるのも理解できる」

「そうですね。これほどの快感なら、子孫繁栄以外でもしたいですよね」

「うん。ねぇ、だから時々しよ?」

「いいですよ。私は毎日でもいいぐらいです」


 優闇がキラキラと目を輝かせながら言った。


「それはちょっと、体力が……」


 気持ちいいのだけれど、疲労が半端じゃない。

 毎日だと最後には枯れ葉みたいになっちゃいそう、とリディアは思った。


「そうですか。そうですよね。仕方ありません」


 優闇が残念そうに目を伏せた。


「まぁまぁ、それより、図書館に戻ったら早速、子供の設計しないとね」

「そうですね。あくまで、私たちの目的は子作りですからね。今回は」

「そう。今回はね」


 次回からは、自分たちのためだ。

 セックスの度に子供を創っていたら、何年かあとには図書館が子供で埋まってしまう。


「第5世代AD、Cシリーズ」と優闇が言った。

「うん。仮称シーちゃん」

「シーちゃん?」

「仮称は必要だよ。子供が意識を得て、自分で名前を決めるまでは」

「リディアは名前を付けるのが好きですね」

「うん。名前は大切だよ」

「はい。そう思います」


 優闇は昔、名前をそれほど重要視していなかった。

 でも今は違う。優闇は優闇になれたことを、心の底から嬉しく思っているのだ。


「さて、そろそろロッジに戻ろうか? 雛菊たち、心配してるかも」

「そうですね。とぉぉぉっても、名残惜しいですが、仕方ありません」


 優闇は目を伏せて、小さく息を吐いた。

 リディアは脱ぎ散らかした服を叩いて、土を落としてから着た。

 しかし、下着はジャケットのポッケに仕舞い込んだ。

 池に飛び込んだみたいになっていて、履くのを躊躇ったから。


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