第21話 サヨナラ、またね
ラファにとって、ミカは理解しがたい生物だった。
エンジェルプロジェクトの3天目として創造されたミカは、ラファ以上の知能と旧人類を遥かに凌駕する身体能力を持っていた。
研究者たちは大喜びしたけれど、それは最初だけだった。
やがて、ミカが失敗作であることに研究者たちも気付いた。
ラファは妹としてミカを紹介されたけれど、全然仲良くなれる気がしなかった。
ミカは笑わないし、表情も変えない。何を考えているのかこれっぽっちも分からなかった。
だからすぐに疎遠になる。でもラファにはルーシがいればそれでよかった。
そして数週間後、ミカが研究員の首を絞めたという話を聞いて怖くなった。もしかしたら、自分がそうされていた可能性もあるのだ。
疎遠になってよかった、と思った。それと、ルーシがまだミカに会ってなくて良かったとも思った。
エンジェルプロジェクトはその存在自体が隠蔽されているので、ミカを公に裁くことはできない。
人間が人間を創ることは禁忌とされていたのだ。
でも、そんな禁忌に触れたいと願う者もこの世にはいる。そういう連中が集まって、こっそり進めたのがエンジェルプロジェクトだった。
ミカは隔離されたが、不思議と処分しようと言い出す者はいなかった。理由は単純で、心さえどうにかできれば、ミカは完全な成功例となるから。
つまり、現状では失敗作だが、追々修正することができるのではないか、と研究者たちは考えたのだ。
「あたしならミカを教育できるよ」
LMシリーズ、タイプⅡの開発を終えたルーシが言った。
「お姉ちゃま、それは危険ですわ。首を絞めるなんて、ミカは猛獣と同じですわ」
ラファは即座に反対した。
「違うよ。たぶん、誰も教えてあげなかったんでしょ? ミカの能力が高いから、なんでも知ってると勘違いしたんだと思うけど、教えなきゃ分からないこともあるよ」
「それでも、首を絞めるなんて有り得ませんわ」
「ラファだって、最初はすごかったじゃない。暴れ回って」
ルーシはクスクスと笑いながら言った。
「あ、暴れてなんていませんわ!」
「泣き叫びながらアレして欲しい、コレして欲しい、ってジタバタしてたじゃない?」
「覚えていませんわ」
ラファはツンと澄ましてそっぽを向く。
「まぁ、あたしならできると思うから、所長に申し出てみるね」
「お姉ちゃまは自信過剰ですわ」
ラファは小さな溜息を吐いた。
それから間もなくして、所長はルーシの提案を受けた。
ルーシはミカと会い、その面倒をみることになった。
ルーシをミカに取られたようで、ラファとしては面白くなかった。
それから1年の間に、ラファも何度かミカと会った。ミカは少しマシになっていたようだが、相変わらず仲良くなれる気配はなかった。
そしてある日、ミカが消えた。
「ラファ、急いで人工冬眠用のポッドを用意して!」
ルーシが慌てた様子で言った。
「お姉ちゃま……?」
唐突だったので、ラファは小さく首を傾げた。
「落ち着いて聞いてね。質問もなし。これから、あたしたちは人工冬眠に入る。いい?」
「はいですわ」
「目が覚めたら、あたしは全部を忘れるから、真っ白なあたしをよろしくね」
「え?」
「零からやり直すことにしたの。目覚めた時、世界には何もないと思うのね。まぁそこはミカ次第だけど」
「何もないってどういう意味ですの?」
「質問はなし。それが人類の運命であり結論だから仕方ないの。だから、あたしは忘れるし、やり直すし、世界を創らなくちゃいけないの。手伝ってくれる?」
「なんでも手伝いますわ」
よく分からないまま、ラファは頷いた。
ルーシは終始、焦ったように喋っていたが、ラファは1つだけ気になることがあった。
ルーシはずっと笑っていたのだ。ほんの少しだけど、笑っていた。
だからラファは、世界崩壊後に思ったのだ。
本当はお姉ちゃまも関わっていたのでは?
◇
ミカにとって、世界は灰色だった。
何も感じない。
研究者たちの言う通りに、色々なことをやった。
彼らは喜んだ。なぜ喜んでいるのか理解できなかった。やっぱり灰色だった。
ミカの姉だと紹介されたラファに対しても、何も感じなかった。灰色のまま。
ある日、研究者の首を絞めた。深い意味はない。死ぬということが、どういうことなのか知りたかっただけ。
結局、死に至る前に他の研究員たちに引き離され、何も分からなくて灰色のままだったけれど。
その日から、ミカは隔離された。
灰色の朝が訪れて、灰色の夜に飲まれる。そんな風にぼんやり時間だけが流れた。
そして、ある日、強烈な光に出会った。
光が言う。
「あたしはミカのお姉ちゃんのルシフェル、ルーシって呼んでね」
眩しすぎて目が眩んだ。
その日から、ルーシと名乗った光が、ミカの面倒を見てくれた。
ルーシはミカに善いことと悪いことを教えた。
楽しいことを教えた。ファッションを教えた。創造する楽しさを教えた。
ミカはちょっとずつ、人間らしく振舞うようになった。
1年が過ぎた頃、ミカはルーシにお返しをしようと考えた。
「お姉ちゃん……世界を……あげるね。本当はミカの……だけど、ミカは、興味……ないから」
◇
リディアたちは地下駐車場に集まっていた。
リディア、
地下駐車場には何台かの車と、漆黒のバイクが停めてあった。
「じゃあ、色々とありがとね、ラファ」
リディアがバイクの前で言った。
「本当に、お世話になりました」
優闇が丁寧にお辞儀をしたのを見て、リディアも真似をした。
「いいですわ、別に。それより、何かあったらすぐに連絡してくださいませね」
ラファが左腕を持ち上げる。
その手首には銀色のウェアラブルが光っていた。
「えっと、半径200キロ以内なら直接話せるんだっけ?」
リディアも自分の左手首に視線をやった。そこにはラファとお揃いのウェアラブルが巻かれている。
ちなみに、優闇も同じ物を装備している。
「はいですわ。200キロを超えるなら、中継機を置いていってくださいませ」
「中継機、もらってないけどね」
「ご自分で作ってくださいませ」
ラファはツンと澄まして言った。
「了解だよ」
「ではお姉ちゃま、気を付けて」
「うん。また遊びに来るね」
リディアはバイクのハンドルに手を置いて、ステップを蹴った。
それから、バイクを取り回して向きを変える。
リディアがバイクにまたがった。
「あ、待ってくださいませ。お姉ちゃまは、ミカを探しますの?」
「うん。世界を探索しながら、探してみる。本当に世界を滅ぼしたのか聞きたいしね。それにあたしが関わったのかどうかも」
「生きているかどうかも、分かりませんわよ?」
「たぶん生きてると思うよ。どこにいるかは知らないけど」
「どうしてそう思いますの?」
「どうしてだろ?」
リディアが小さく首を傾げた。
「わたくしが聞いていますのに……」
「よく分かんない。そんな気がするだけ」
「なるほど、ですわ。お姉ちゃまは割と、根拠が乏しくても決めつける習性がありますわね」
「そうかな?」
「そうです」と応えたのは優闇だった。
「まぁ、別にいいじゃん?」
リディアはコロコロと笑った。
「根拠は大切ですわ。ねぇユーヤミ?」
「そう思います」
ラファが優闇に視線を送って、優闇が小さく頷いた。
「二人、いつからそんな仲良しになったの?」
「別に仲良しじゃありませんわ。それに、最初から不仲でもありませんわ」
「そうですね。いつか友達になれれば、と思います」
「それはいずれ、ですわ」
ラファが小さく肩を竦めた。
以前のラファなら、ADと友達になろうなんて思わなかったはず。だから、リディアはなんとなく嬉しくなった。
「じゃあ優闇、行こう?」
「はい」
優闇がタンデムシートに乗って、両手をリディアの腰に回した。
リディアがバイクをオンラインにして、
「またね、ラファ」
1度ラファを見て、それから出口に視線を向けた。
「はいですわ。また」
ラファの言葉が終わると同時に、リディアはスロットルを捻った。
バイクがゆっくりと前進する。
ああ、この感じ久しぶりだなぁ、とリディアは思った。
優闇を後ろに乗せて、バイクを走らせる感じのこと。
バイクが地上に出ると、近くにオハンが立っていた。
リディアが片手を上げ、優闇は視線だけでオハンに挨拶した。
オハンがゆっくりと右手を上げた。
リディアには、それがとっても嬉しかった。以前のオハンなら、何の反応も見せなかったに違いない。
みんな変わっていく。成長していく。
リディアもそうだし、優闇だってそう。
今の二人は、愛し合っている。以前とは少しだけ、変化した二人の関係。
とはいっても、表面上は以前と同じに見えるけれど。
でも、二人の心は確かに深く繋がっている。
「さーて、最高速チャレンジやるよ!」
「いいですね。ぶっ飛ばしましょう」
「ぶっ飛ばす!?」
「変ですか?」
「んーん」リディアは小さく首を振った。「いいと思うよ。優闇は普段が丁寧すぎるから、たまにはそのくらい砕けた言い方もいいと思う」
「そうですか。ではたまに砕けてみます」
「うん。じゃあ、行くよぉ!」
リディアはスロットルを全開にした。
流れる風と景色が心地よかった。
もちろん、背中に当たる優闇の存在も。
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