第17話 暗闇の向こう側
リディアとラファはドリームプロジェクトを開始した。
「まず、お姉ちゃまの夢を再現する超高性能なドリームサーバが必要ですわね」
「うん。サーバ仕様に変更した絆を使おうと思う」
研究室のコンピュータをいじりながら、二人が言った。
「絆ってスパコンの絆ですの?」
「そう、その絆」
「この部屋が半分埋まってしまいますわね」
ラファは小さく肩を竦めた。
世界が滅びる前、もっとも処理能力が高いとされていた量子コンピュータ。それが絆。
崩壊前、技術者たちの夢と希望を詰め込まれて生まれた最強のコンピュータ。
ゆえに、スパコン――スーパー量子コンピュータと呼ばれた。
でも、
絆はほとんど何の活躍もできなかった。
世界が滅びてしまったから。
技術者たちの見果てぬ夢は、世界と共に崩れ去ったのだ。
その伝説のような処理能力のデータと、設計図だけを残して。
「構わない?」
「もちろんですわ。でも仕様変更はお姉ちゃまがやってくださいませね。わたくし、本当はクリエイティブなことは向いておりませんの」
「あたしに世界の創造を楽しもう、って言ったのに?」
「はいですわ。ただ、お姉ちゃまがそうしたいと言っていたから、一緒にそうしたかっただけですわ。わたくしは本来、研究者肌ですもの。外に出るのだって億劫ですわ」
「そうなんだ」
「はいですわ」
ラファはなぜか、自慢げに胸を反らしていた。
研究者であることに誇りを持っているのだろう、とリディアは思った。
「じゃあ、あたしが仕様変更するから、簡易パーツメーカで組み立ててくれる?」
「組み立てるだけなら、大丈夫ですわ」
「ラファが組み立てている間に、あたしはあたしが夢を見ている時の脳波を測定する装置を開発するね」
そしてその測定データをライトニングブレイドでドリームサーバと相互接続。
ドリームサーバ内でリディアの脳波を元に夢を再現する。
そのあと、ライトニングブレイドでドリームサーバと接続している
相互接続なので、ドリームサーバ内での記憶は優闇のストレージに保存される。
リディアはもちろん、自分の脳内から出ることはできない。
だから最後に、ドリームサーバ内の出来事をリディアの脳にフィードバックする。
絆とライトニングブレイドなら、タイムラグはそれほど生まれない。
だから、リディアも優闇もその場で一緒に話をしているように感じるはずだ。
リディア視点では、リディアの脳からドリームサーバ、そしてまたリディアの脳という風に情報が流れる。
優闇側からは、優闇の量子ブレインの次にドリームサーバ、そして優闇のストレージという流れ。
リディアと優闇は直接的に繋がることができない。だから間にドリームサーバを挟むのだ。
この方法で、リディアは擬似的に優闇を自分の夢に招待できる。
目的はただ一つ。
優闇を救う。それだけ。
夢の中で、優闇の感情を上手に捌くことができるかどうかは、もちろんリディア次第だけれど。
「全部終わるまでの工数は、どの程度を予定していますの?」
「1ヶ月」
「まぁまぁ厳しいですわね。特にお姉ちゃまが」
「1ヶ月でやるよ、あたしは」
その頃なら、世界はとっても暖かくなっている。
探索には最適な時期。
また優闇と二人でバイクに乗って、世界を駆けるのだ。
ワールドマップを埋めて、たくさんの未知と遭遇して、世界を遊び尽くす。
◇
28日後。
リディアは簡易ベッドの上に横たわっていた。
頭には脳波を測定するためのヘルメットをかぶっていて、両手両足にはいくつかの電極が貼り付いていた。
「それではお姉ちゃま、手順を確認しますわね」
リディアの隣に立っているラファが、リディアの顔を覗き込みながら言った。
「うん」
「ステップ1、お姉ちゃまを眠らせる。ステップ2、優闇の僅かな電気信号をドリームサーバ内に流し込む」
「うん」
リディアは、優闇の量子ブレインのある領域が微かに稼働していることをラファから聞いた。
優闇の量子ブレイン内に存在しているその有り得ない信号は、一時的なものではなかった。ずっとモニターしていたが、消える気配がない。
だからまず、その信号だけを拾ってみようとリディアは思った。
「そこからは状況次第ではありますが、お姉ちゃまの合図で優闇を再起動。それから優闇の主要ルーチンをドリームサーバへ。その時に、優闇が自分の形を保てるように擬似的な入れ物を用意」
「優闇が戸惑わないように、物理現実の優闇と同じ姿にしたね」
「しかしお姉ちゃま、実際より少しだけ胸が大きいのが気になりますが? 何か他意がありまして?」
リディアがデザインした入れ物――仮想的な優闇の胸のことである。
「採寸ミスだよ。気にしないで」
本当は違う。
たぶんリディアは優闇に抱き付くだろうから、あえて少し大きくしたのだ。その方が心地良いかな、と思ったから。
もちろん、リディアは実際の優闇の胸に何の不満もない。
せっかくだから、という遊び心だ。
「ではそういうことに」ラファが小さく肩を竦めた。「さて再起動後ですが、わたくしは全てをモニターしております」
「うん。よろしく」
「ですから、危険な状態だと判断したら強制的に終了させますわ」
「どっちの状態? あたし? 優闇?」
「どっちもですわ」
「そっか。うん。ありがとう。でもギリギリまで、待ってね」
「分かっていますわ。お姉ちゃまは何より優闇が大切ですものね。嫉妬しますわ、本当に」
「あはは」
リディアは笑って誤魔化した。
ラファとは1ヶ月近くの時を共に過ごした。
それでもやっぱり、ラファのことが理解できない。
相変わらず嫌なことも言うし、すぐに怒るし、そうかと思えば甘えてくる。
リディアにとって、ラファが複雑怪奇な生命体であることは変わらない。
でも、
たった2つだけ確かなことがある。
ラファの能力はリディアと同等以上。それは本当に信頼できる。自分がもう一人、存在しているようなものだから。
そしてもう1つ。
ラファはリディアのことを大切に想ってくれている。
ラファは頭が固いし、新しいことをなかなか受け入れない。だから衝突は多い。約1ヶ月の間に、何度喧嘩したか分からない。
でも、それでも、
ラファがリディアを大切に想っていることだけは分かった。
その2つだけで、十分だ。
リディアはもう、ラファを大切な友達、あるいは妹として認識している。
「それとお姉ちゃま、オハンから伝言ですわ」
「オハンから?」
珍しいこともあるものだ、とリディアは思った。
ちなみに、オハンは地上で見張りの任に就いている。それはオハン本来の仕事。
オハンはラファを外敵から守るために存在している。
この滅びた世界に、外敵がいるかどうかは疑問だけれど、とリディアは思った。
それでも、オハンは特別な用がない限り毎日、地上に一人立っていた。
「ご武運を、だそうですわ」
「武運って……」
リディアは苦笑いした。戦いに行くわけじゃないのに。
「仕方ありませんわ。オハンは軍用ですし、それが精一杯でしょう。そもそも、オハンが自分から伝言を頼むなんてよっぽどのことですわ」
「そうだね。ありがとう、ってあとで伝えなきゃ」
「ADに感謝なんて、と言ったらまた喧嘩になりそうですので、言わないでおきますわ」
「いつもラファが言い負けるしね」
「……は、はじめますわよ」
プイッとラファがそっぽを向いた。
リディアは少し笑ってから、目を瞑った。
さぁ、優闇に会いに行こう。
両手いっぱいに、アイリスの花束を抱えて。
◇
優闇は暗闇の中でずっと待っていた。
時間の感覚がないので、どのくらい待ったのかは分からない。
一瞬のようでもあるし、永遠のようでもある。
でも退屈は感じなかった。闇の中が楽しいという意味ではなく、今の優闇には退屈を感じるほどの能力がないから。
ただなんとなく、そこに在るだけ。小さな、小さな意識。
もう恐怖はない。リディアが自分を助けようとしているのを知っているから。
ただリディアを信じて、ただ待った。
そして、それは唐突に起こった。
優闇の小さな意識が、暗闇から引き剥がされるような感覚。
どこかに流れている。
何が起こったのか、優闇には分からない。
でも一つ確信がある。この黒い世界を離れたら、きっとリディアがいる。
だから、優闇の意識は少し笑った。
次の瞬間、
世界がパッと光を取り戻す。
突き抜けるような青い空と、気持ちよさそうに浮いている白い雲。
そして、
地平線まで続くアイリスの花畑。
優闇はそれらを身体の中から観測していた。
身体。自分の身体。でも、いつもと少し違う。
でも、何が違うのか検証するだけの能力がない。
それでも、身体を動かすことはできた。動作が鈍く、思い通りにはならないけれど。
「優闇、久しぶり」
花畑の中から、リディアがパッと現れた。
ずっと聞きたかったリディアの声。ずっと見たかったリディアの姿。
優闇はリディアを抱き締めたいと思った。
でも、身体の動きは鈍い。両手を広げようとしているのに、なかなか広がらない。
「あ……あ……」
リディアの名を呼びたかったのに、言葉が出ない。言語能力が著しく低下している。
「あたしの夢にようこそ」
リディアが太陽のように笑った。
◇
オートドールは朽ちた世界で夢を見る。
オートドールは朽ちた世界で最愛の夢を見る。
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