第6話 探索開始

 リディアは優闇と一緒に、燃えてしまったモーターをバイクから降ろした。

 それから、リディアは疲労感とともに座り込み、しばらくぼんやりとしていた。

 リディアの斜め前には優闇が座っている。


「なーんで燃えるかなぁ?」


 リディアが溜息混じりに言った。


「まぁ燃えることもあるでしょう」


 優闇は淡々と言った。


「ショックだなぁ。あたし、ちゃんと設計したつもりだったのに」

「燃えるモーターの設計には成功しましたね」

「それってジョーク? 慰めてる?」

「いえ、事実を述べただけです」

「それは、そうだけどぉ……」


 リディアが深い溜息を吐く。


「だけど?」


 優闇が首を傾げた。


「燃えないモーターが作りたかったの、あたし」

「次はそうしましょう」

「それも、そうだけどぉ……」


 リディアの返事は煮え切らない。


「だけど?」


 優闇が再び首を傾げた。


「できたと思ったのに、ダメだったから、なんだか、ちょっと落ち込んでるかも」


 リディアが言ったあと、優闇が立ち上がる。

 それから、優闇はリディアの真横に移動して座り直した。


「大丈夫です」


 優闇がリディアの頭を撫でた。


「何が大丈夫?」

「何もかも、です」


 優闇の手と、

 優闇の声が、

 あんまりにも優しいものだから、

 よく分からないけれど、きっと大丈夫なのだろう、とリディア思った。





 モーターが燃えてから一ヶ月後。

 世界から雪が姿を消して、乾いた大地が顔を出した。

 リディアはきちんと燃えないモーターを設計し、バイクは無事に完成した。

 今日は天気が良い。

 だから、二人は初めての共同探索に出発した。

 リディアが漆黒のバイクを運転して、優闇はタンデムシートに座っていた。

 単純に、じゃんけんで勝ったのがリディアだったから、行きはリディアが運転することになった。

 リディアは優闇が設計した革風のジャケットと革風のパンツを装備していた。色はどちらも黒。

 可愛くはないが、かっこいいのでリディアはとっても気に入っている。

 優闇が言うには、非常に防御力が高い素材を使っているとのこと。

 リディアは自分のブロンドが黒いジャケットに垂れるのを鏡で見た時、とっても綺麗だと思った。金と黒、黒地に揺れる金の筋。黒は優闇の色。だから黒に映える自分の髪が、たまらなく素敵に見えた。

 リディアはジャケットとパンツの他にも、薄い茶色の革風手袋とブーツも装備していた。

 それから、ネックウォーマとニット帽も防寒用に装備。どちらも黒色。

 最後に、リディアはゴーグルも装着している。前が見えなくなっては困るから。

 優闇もジャケットを作ればいいのに、とリディアは口の中で呟いた。

 優闇はいつもと同じメイド服に、バックパックを装備している。

 バックパックの中には、医療キッドや飲料水、携帯食料などが入っていた。

 まぁ優闇の服や装備は置いておいて――リディアはデジタルメータに目をやる。

 時速は80キロ。

 ここまで、リディアはバイクの運転をとても楽しんでいた。わざと蛇行運転をしたり、後輪を滑らせたり。

 リディアにしがみついている優闇も、「今のもう一度やってください」と楽しんでいた。

 思い付く限りの面白い運転は全部やった。

 あと、リディアが試していないのは、


「優闇、最高速チャレンジやるよ?」


 二人乗りでのトップスピードの確認。


「どうぞ」


 優闇の返事を聞いてから、リディアは限界までスロットルを捻る。

 全開にしてもモーターが燃えないことは、シャーシダイナモの上で確認済み。

 キュィィィンというモーターの回転音が大きくなり、車体が加速する。

 デジタルメータの数字が跳ね上がり、あっという間に時速100キロをオーバー。

 この時点で、リディアの耳には風の音以外ほとんど入ってこなくなっていた。耳当てが必要だとリディアは思った。

 いや、むしろヘルメットの方がいいかな、と考えた。

 通信機能やその他、色々と便利な機能を埋め込むのだ。図書館に戻ったら高性能ヘルメットを製作しようとリディアは思った。

 二人乗りでも軽く時速100キロに到達したが、そこからの伸びはいまいちだった。

 現在の時速は120キロだが、この速度に至るまでにそれなりの距離と時間が必要だった。

 デジタルメータの数字が少しずつ上昇。時速127キロで動かなくなった。これが二人乗りでのトップスピードだと判断し、リディアはスロットルを緩めた。

 時速を60キロまで落とす。


「風に攻撃されてる気分だったよ」


 リディアがトップスピードの感想を漏らす。


「私はリディアが盾になってくれていたので、そこまで激しい攻撃は受けませんでした」

「優闇が無事で良かったよ」

「リディアも無事で良かったです」

「話変わるけど」リディアは左右に視線を泳がせながら言う。「本気で何もないね」


 脇見運転をしても事故を起こす可能性は低い。ぶつかる対象が存在していないからだ。

 視界に映っているのはどこまでも果てしなく続く地平線。ただそれだけ。

 路面の状態はグッドとは言えないが、オートジャイロシステムのおかげで転倒することもない。


「ええ。この辺りは探索済みですが、見事に何もありませんでした」

「方向こっちで合ってるのかなぁ? ちょっと不安」


 アナログなコンパスでも取り付けておけば良かった、とリディアは思った。ここまで絶対的に何も存在していないと、人間の方向感覚は狂う。


「やや左です」


 しかし優闇は違う。最初からコンパスが組み込まれているので、迷うことはない。


「了解」


 優闇に言われた通り、体重移動でバイクの進む道を少しだけ左に向けた。


「衛星を打ち上げてナビゲーションシステムを組み込みますか?」

「いいねそれ。新しいプロジェクトにしよう」

「はい。そうしましょう」

「それとね、考えたんだけど」

「はい。なんでしょう?」

「このバイクに人工知能を組み込んで、ついでに名前も与えない?」

「いいと思います。愛着も湧くでしょうし」

「じゃあ新しいプロジェクトね」

「増えましたね、プロジェクト。優先度は図書館に帰ってから決めましょうか」

「うん。そうしよ。目的地まで後どのくらい?」

「15キロほどです」

「よーし、じゃあスピードあげるね!」


 優闇の返事を待たず、リディアはスロットルを全開にする。加速度が気持ちいい。

 ある時点で、リディアは疾走しているのは自分たちではなく世界の方なのではないか、という錯覚に見舞われた。

 ある意味では正しいかもしれない、とリディアは思った。

 世界はいつだって走り続けている。そして気付いたら、多くの生命を置き去りにしていた。

 かろうじて、世界の速度に適応できたのがリディアと優闇。

 デジタルメータの数値が100キロを示したので、リディアはその速度を維持した。

 時速100キロで感じる世界は、ちょっと肌寒かった。

 けれど、

 背中にグッと来る優闇の存在が、とっても温かいから問題にはならなかった。





 遥か前方の物体を、優闇の視覚センサが捉えた。

 優闇は即座に対象をズームアップし、その輪郭を認識サブルーチンにかける。

 その作業にはコンマ1秒もかからない。人間が物体を見てそれが何であるのか認識するよりも、優闇の方が少しだけ早い。

 優闇が確認した物体その1。

 パラソル。薄い空色の傘に、白の支柱。荒れた大地に立つパラソルはどこかシュールだった。

 物体その2。

 簡易テーブルと椅子。色は白。一般的に普及していた物で、特別価値のある物ではない。

 物体その3。

 椅子に腰掛けている女の子。あるいは女の子タイプのADか。この距離では判断できない。

 女の子の髪は薄い桃色で、セミロング。着ている服は黒色のゴスロリ衣装。

 手にティーカップを持っているが、中身は不明。本物の飲み物なら、女の子は人間ということになる。

 そして最後の物体。

 少女の傍に立っている大きなAD。銀色の金属骨格が剥き出しなので、一目でADだと分かる。


「リディア、止まってください」


 優闇が言って、リディアはブレーキをかける。


「どうしたの?」


 バイクが完全に停止してから、リディアが後ろに身体を捻った。


「前方の物体を確認できますか?」

「んー?」リディアが視線を前に向ける。「何かあるなぁ、ぐらいしか認識できないよ?」

「そうですか」

「何があるの?」

「軍用ADです」


 優闇はもっとも警戒すべき対象だけを言った。


「軍用?」

「BDシリーズ、タイプ・オハン、ですね」

「分かんないよぉ」

「ベースディフェンス……即ち拠点防衛用に作られたシリーズです。このタイプ・オハンは防御力だけではなく、攻撃力もかなり高いですね」

「それがこの先にいるの?」

「はい。もしも私たちを敵と認識すれば、襲ってくる可能性があります」

「そのオハンさんは、優闇より性能いいの?」

「全体的な性能なら、私の方が圧倒的に優れています」

「あ、ごめん。えっと、戦闘能力って意味」

「私にも自衛用のサブルーチンはありますが、そうですね……どちらも武器を所持していないと仮定して、私とオハンが戦闘に突入した場合、5分程度で私が破壊されるでしょう」

「そっかぁ。壊されちゃ困るよね。あたしも優闇も」

「はい。ですので、一旦戻りましょう」

「んー、でもさぁ」リディアが小さく首を傾げた。「まずは警告があるんじゃないかなぁ。映画で見たよ?」


 図書館にはありとあらゆる映画がデータとして残っていて、二人は時々、映画鑑賞会を行っていた。


「あると思います。プログラムの書き換えが行われていなければ、ですけど」

「プログラムの書き換え……ということは」リディアがポンッ、と手を叩いた。「そのオハンさんは一人じゃないんだね? もう一人、誰かいるんだね?」

「ええ。女の子と一緒です」

「人間の!?」


 リディアが驚きと期待を混ぜ合わせたような声を上げた。


「たぶん、人間でしょう。もっと近づかなければ、正確な判断はできませんが」

「わーい、近づこう! 近づこう!」


 リディアがスロットルを捻って、バイクを発進させる。


「リディア、私の話を聞いていましたか? オハンが一緒にいるんですよ? もう少しこちらの防御力を上げておかなくては危険です。リディアの服はオハンと渡り合えるほどのものではありません」

「人間がいるならきっと大丈夫だよ!」

「その根拠は?」

「だって、その子も自分以外の人間に会いたいはずだもん!」

「その可能性はありますが、敵対しないと断言するほどではないでしょう?」

「うーん、でも最後にはさぁ、会って話してみないと分からないよね?」


 優闇からリディアの表情は見えないが、たぶんリディアは笑っているだろう、と優闇は思った。

 そして、リディアの言っていることは間違っていない。

 ここで引き返したら、何も得られない。

 何かを知りたいなら、踏み込むしかないのだから。

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