第4話 復讐の誓い
それからしばらくして。必死で走ったおかげか、俺は予想よりも早く村に帰ってくることができた。
しかし――
「……なんだよ、これ」
俺の村は、目も当てられない状態になっていた。
ほとんどの民家は火のせいで完全に崩れており、畑も同様に灰と炭だ。煙によって大気は少し灰色になっており、俺を不快にさせる。
何よりひどいのは、地面に倒れている村人の死体。あれは焼けたのではない。間違いなく他殺だ。近寄って声を掛けても反応はなく、口や鼻に手を当ててみて息がないことが分かった。体は冷たくなっており、筋肉は硬くなっている。死んでからかなり時間が経っているようだ。
綺麗に残っている死体もあれば、損層の激しい死体もあった。中にはバラバラになっている死体や、体のパーツが足りない死体もある。
俺は村の入り口から一番近いアルマさんの店に行ったが、店は燃えていて、アルマさんは店の前で死んでいた。胸や胴体、腕などに槍や剣などが刺さっているということは、武器によって殺されたということ。つまり、誰かの手によって殺されている。
涙が止まらなかった。
アルマさんは俺を孫のように可愛がってくれて、狩りのやり方を一から教えてくれた。何度も一緒に狩りをしたし、薬草の見分け方も教えてくれた。
とても、とても優しい人だったんだ。
俺は亡骸となったアルマさんの目を静かに閉じ、生存者を探すために他の場所へと向かう。
その途中でテイドさんの店を見つけ、もしかしたらという希望を持ってテイドさんの姿を探す。しかし、店の裏でテイドさんは死んでいた。いや、正しくは殺されていたと言うべきだろう。
俺はテイドさんの亡骸を抱きしめ、泣いた。泣かずにはいられなかった。
テイドさんも俺のことを可愛がってくれたし、色々なことを教えてくれた。勉強を教えてくれたのもテイドさんだったな。
「……カイ……か?」
抱きしめたテイドさんの口から言葉が聞こえた。
「テイドさん!? 生きてたんですか!!」
嬉しかった。アルマさんの家からここに来るまでに何人もの村人の死体を見つけたが、生存者を1人も見つけていない俺は、ただ、嬉しかった。しかし――
「す、すまねぇ。俺も……すぐに死ぬ……この傷は、治らない」
テイドさんは今にも死んでしまいそうなほどの小声で話す。それは、いつも大声で元気よく話すテイドさんの声とは思えない程に弱っている声だった。
「うっ……ぐすっ、何で……何でこんなことに……」
「まぁ、お前が……無事でよかったよ……カイ」
「俺は! 俺はアンタが死ぬところなんて見たくなかった! 俺がアンタの死ぬ姿を見るのは! まだまだ先のことだって思ってたんだ!」
「……そう言ってもらえるのは嬉しいねぇ……俺のポケットに、財布が……入ってる。持って行け。……元気で、な」
「テイドさん! 俺に、俺にこのまま1人で生きて行けって言うのかよ!! 俺を置いて行かないでくれよ! みんな、みんな死んだんだぞ! アンタはやっと見つけた生存者なんだ!」
「……悪いな、カイ。でもな……お前はいい奴だ。必ず……お前は必ず、信頼できる仲間に出会えるよ……じゃぁな」
そう言って、テイドさんは静かにに目を閉じた。
「テイドさん……俺は、寂しいよ……」
しかし、泣いてばかりもいられない。俺は言われた通りにテイドさんのポケットから財布を貰い、そのまま自分の家へと向かった。
家は他の民家同様に燃えてしまったようで、跡形もなかった。俺はそのまま燃えきった家の中に入り、父さんの姿を探す。
「父さん……」
家の中で父さんは仰向けに横たわっていた。父さんも致命傷をいくつか受けているようで、服にはいくつもの穴が開き、大量の血が滲んでいる。
「無事だったのか、カイ。こりゃぁ不幸中の幸いだな……」
「父さん、父さんは助かるんだよな……? だって、こんなに元気に喋ってるじゃないか……」
「ヒドイ顔してんな、カイ」
俺は一体、どんな顔をしていたのだろうか。でも、今は俺の顔なんてどうでもいい。
「……みんな、死んでた。テイドさんもアルマさんも、子供たちも近所のおばちゃんたちもおじさんたちも。民家は全部焼けてるし、畑には炭と灰しか残ってない。モンスターも残らず殺されてた。一体、何があったんだよ……!?」
「カイ、お前の体の何処かに紋章のようなものはあるか?」
「紋章? なんのことだよ? 俺が聞きたいのは、ここで何が――」
「いいから答えろ。あるのか、ないのか?」
「ないよ、そんなもん」
「なら、最近お前の体に何か異常はなかったか?」
「……先週、左目に激痛が走って、収まったと同時に眼球が埋まってた」
「なら、眼帯をめくってそ左の眼球を俺に見せろ」
俺は言われた通りに眼帯を捲り、父さんに左の眼球を見せた。
「……やはり、か」
「どういうことだよ?」
「カイ……お前はな、勇者になったんだ」
「勇者? 何言ってるんだよ、父さん。おかしくなっちまったのか!?」
「この村を襲ったのは、人間領にあるベルクフォルム王国の王都、グランドレアの騎士団だ。目的はお前を連れて行くこと。この村を襲った理由は、お前が俺たち魔族に連れ去られたとでも思ったのだろう」
「話が見えねぇよ父さん!」
「俺は……もう駄目だ。お前を拾ってから今日までの15年、楽しかったぞ」
「何で、何でそんなお別れみたいなこと言うんだよ! 俺はまだまだ父さんと暮らしたかったよ!」
「我儘を言うな。お前なら大丈夫、きっといい仲間に出会える。俺からの選別だ、この剣と本を持って行け」
父さんは持っていた剣と本を俺に差し出した。でも俺はそれを受け取る気にはなれなかった。
「嫌だよ! 俺を、俺を1人にしないでくれよ!」
「カイ、グランドレアに行け。お前は人間のことを知らなさすぎる。だからそこで人間について学んでくるんだ」
「この村を襲ったのは人間なんだろ!? なんでそんな奴らを理解しなきゃならないんだよ!?」
「この世界には人間と魔族、どちらも必要なんだ。だが、その架け橋になれる存在がいない。だからお前がその架け橋になるんだ。きっとそれが、お前が勇者に選ばれた理由だろう」
「分からない! 父さんの言ってることが分からない! 俺は、俺は1人で生きていけるほど強くないんだよ!!」
「大丈夫だ……お前は、俺の息子なんだ、か……ら」
そこで、父さんの心臓が止まった。
「何で……? 何で父さんたちが死ななくちゃならなかったんだよ……!?」
父さんは言った。人間を知れ、と。だが、その父さんを殺したのは他ならぬ人間だ。俺は……どうすればいいんだ?
「……まずは、みんなを埋葬しないと、だな」
このまま泣いていても事態は動かない。だから俺はそのまま家を出て、みんなを埋葬できる場所を探し始めた。
村を回っていると、元気だったみんなの顔が思い浮かぶ。今日の朝まであった確かな幸せ。だがもうそれは、幻想の中にしかない。
今日だけで何度も泣いたが、涙はまだ止まらない。楽しかった記憶を思い出すだけで。みんなとの生活を思い出すだけで。涙は止まらずに流れていく。
「ここ、かな」
俺がみんなの墓として選んだのは、村の真ん中にある大広場。ここなら、村の中心であるここなら。みんな安らかに眠れると思う。
俺はテイドさんの店に行ってスコップを入手し、村人全員が入るような大きな穴を掘り始めた。
ここの土はかなり柔らかく、作業自体はさほど大変なものではなかった。掘り終えるまでに掛かった時間は丸1日ぐらいだろうか。
俺はすぐに村人たちの亡骸を運び、穴の中に入れる作業を始める。死体となった村人たちは重く、その命が失われたことを俺に理解させているようだったと感じる。
それからしばらくして、俺はみんなを運び終えた。その後で俺はみんなに土をかぶせ、みんなが使っていた農具や武器を突き立てる。墓石を立てるよりもこの方がいい筈だと思ったからだ。愛用の道具たちと一緒に安らかに眠ってくれ、みんな。
「……さて、これからどうしようか」
この村にはもう俺1人しかいない。どこか他の村に行くのもいいが……グランドレアに行けという父さんの言葉を無視するのも気が引ける。それに……みんなを殺した奴らを許せない。
……復讐。そう、復讐することも俺の目的の1つだ。
「……グランドレアに行こう」
父さんは人間のことを全然見下していなかった。それどころか、人間はこの世界に必要な存在だと言っていた。
父さんの考えは俺が今までに出会ったどの魔族とも違うものだ。きっと、父さんだけが知っている何かがあったのだろう。ならば父さんの息子である俺にはそれを知る義務がある。
それにグランドレアに行くことと人間について学ぶことは、父さんの最後の願いだ。それを叶えるのも俺の義務だろう。
「……準備するか」
みんな、一段落したら墓参りに来るから。だから少しだけ、待っていてくれ。
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