第5話 騎士団

住んでいた村を出て、グランドレアに向かい始めてから3日が経った。俺は既に魔族領を出て人間領のベルクフォルム王国に入っており、今はたまたま立ち寄った村の料理店にいる。


 この3日間、父さんに貰った本を読んで色々なことを知った。

 まず知ったのは、この大陸に伝わる勇者の話だ。曰く、世界に危機が訪れた時、神が5人の人間を選び勇者の証と力を渡す。そして勇者たちは世界の脅威と戦う、と書いてあった。


 勇者の証は勇者の体の何処かに浮かび上がるらしく、俺の場合は左の眼球自体がその証となっているようだ。その証拠に、左の眼球には複雑な模様が浮かんでいる。

 そして勇者の力とは破邪の光と呼ばれているらしい。それは魔族を殺すための力らしく、破邪の光を込めた魔法や武器は一撃で魔族に多大なダメージを与えるらしい。

 破邪の光の特性はもう1つある。その特性とは、瘴気を無効化できること。通常、人間が魔族領に入ればその瘴気により弱体化し、丸1日過ぎれば死に至る。魔法で無力化が可能だが、効力は僅かな時間しかない。しかし、破邪の光を持つ勇者は瘴気を弾く結界のようなものを持つらしく、そのおかげで魔族領でも戦えるらしいのだ。


 本によれば勇者が選ばれた時、勇者を含めたこの世界の全ての人間の頭に5人の勇者の居場所と顔が浮かぶ。それのおかげで勇者は互いの顔を知るらしいが、あんな一瞬で覚えられるものか。だがこの情報のおかげで、俺が勇者の証を手に入れた時に知らない人間の顔が頭をよぎった理由が分かった。


 そして最後に1つ。世界の脅威と戦い見事その役目を果たした勇者はその証と破邪の光を失う。まぁこれは当然だな。破邪の光などというものは魔族にとって邪魔でしかない。消えた方がいい。

 だが、何故か俺は破邪の光を使えない。本曰く、勇者自身と勇者の振るう武器と使う魔法には自動的に破邪の光が宿るらしいが、俺の剣と魔法はいつもと変わらないのだ。まぁ、魔族の弱点など使えない方がいいのでそれはそれで構わないが。


 父さんの本の前半部分は勇者についての説明であり、後半は歴史だ。この歴史は魔族と人間が敵対している理由に直結している。

 今より数千年前には、魔族と人間は手を取り合っていた。しかし、人間よりも高い身体能力と魔力を持つ魔族を恐れた人間は、魔族を根絶させようとした。そこで神は勇者を選び、その時代の魔族の王である魔王を討伐した。それにより魔族は負け、人間が勝利した、という訳だ。

 それから何度も魔族と人間は戦ったが、勇者の存在により魔族が勝ったことはほとんどない。破邪の光なんてものがあれば当然と言えるがな。

 この歴史が証明している事実はただ1つ。人間は己の欲望のままに戦い、魔族は自らを守るためだけに戦ったということ。


 この世界の神はとても残酷だ。何故、人間の味方ばかりするのか? 何故、勇者は魔族から選ばれないのか? 疑問は尽きないが、その答えを知ることが出来ないというのは歯痒いな。


「まぁ、今はいいか」


 そう、勇者や歴史についてなどはどうでもいいのだ。今はただ、王都グランドレアに行けさえすればいい。あとは――


「……因果応報、だな」


 食事を終えた俺は店を出て、この町で新たに買った移動用の獣型モンスターに跨って走り始めた。

 太陽の位置から言って、今はまだ昼前。このまま道なりに進めばついに追い付くのだ。俺の村を襲った騎士団に。


 俺が村を出てすぐに行ったのは、移動用のモンスターの獲得と聞き込みだ。俺の村に住む村人に強者はいなかったが、それでも魔族である以上は人間にとっての強者には違いない。それなのに俺の村を壊滅させられたということは、相手は大人数である可能性が高い。ならば目撃証言を得ることが可能な筈だと俺は考えた。

 その考えは正解だったようで、通り掛かったどの村の人間も、それらしい騎士団を見たと言う。俺は王都に向かうのと同時に、そいつらを追っているのだ。

 そしてこの町で聞いた目撃証言によれば、その騎士団は今朝、この村を出たと言う。奴らは1日ごとに宿を取っているらしいが俺はほとんど寝ていない。だからこそ追い付くことができた。

 だが、俺と違って移動用のモンスターには睡眠が必要だった為、村ごとに昼行性と夜行性とモンスターを交互に買い、寝る間を惜しんで進み続けたのだ。

 俺は寝ずの狩りを何度か行ったことがあるので、3日間寝ないでいることは可能だった。しかしそろそろ限界が近く、今日中に騎士団に追いつけないと眠ってしまいそうだ。

 だが、このまま行けば次の村に着く前に騎士団に出会える筈。というより、わざわざ安全性を度外視して速さ重視のモンスターを選んだのだ。追い付いて貰わなくては困る。


 そしてしばらく進んだ俺の前に、数十人の鎧を着こんだ人間が見えた。その内の5人はかなり強力なモンスターであるシャルレアスに乗っており、残りの……35人は一般的な移動用モンスターであるピークに乗っている。

 だが、シャルレアスはかなり速く走るモンスターだ。先ほどまでいた村を今朝出たにしては、いくらなんでも遅すぎる。


「……そっか。ピークより速く走っちゃいけないのか」


 俺はすぐに騎士団の元に走り、戦闘にいる騎士の目の前で止まった。戦闘にいる騎士は俺を見るなり、シャルレアスの進行を止めて俺に話し掛けてくる。


「貴様、どういうつもりだ? 我々がグランドレア騎士団と知らないのか?」

「知ってるよ。だからここに来たんだ」

「ならばどけ、小僧。子供に付き合っているヒマはないのだ。国王様からの命令があるのだからな」

「そうかよ……だから、魔族の村を焼いたのか?」


 俺がそう言った瞬間、戦闘の騎士は俺と目を合わせた。


「……それが何だと言うのだ? 魔族は滅ぶべき種族。我々は、ゴミ掃除をしたに過ぎない!」


 そうかよ。それがお前の答えなのか。


 昔読んだ小説の主人公はこう言った。『憎しみは新たな憎しみしか生まない。復讐は新たな復讐を生むだけ、だから復讐なんてやめよう!』、と。それを読んだとき、俺は思ったよ。確かに復讐はよくないのかもしれないと。

 でもそれは、何も失ったことがない奴の戯言だということを俺は知った。

理屈では分かっている。復讐をしてもみんなが生き返る訳ではないし、殺した相手の家族や友達が俺に復讐しに来るかもしれない。復讐の連鎖が始まってしまう可能性は高いだろう。

 でも、それでも。俺は村のみんなを殺した奴らを、この騎士団の連中を許せない。もしこいつらに罪悪感があったならば、命令されたから仕方なくやったのだと言うのなら、手足の1、2本を引き千切るだけで許せたかもしれない。

 しかし、こいつは言った。魔族は滅ぶべき種族だと。村のみんなを殺したことをゴミ掃除と言った。

 たとえ俺が誰かの復讐の対象になったとしても、俺は俺の復讐をやり遂げる。


「アンタらの考えは分かったよ。だから、俺がこれからするのは人殺しじゃない。……ただのゴミ掃除だ」

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