第6話 断罪

 俺は移動用のモンスターから降り、腰に携えた剣を抜いて戦闘の騎士の首を斬った。流石は父さんの自信作。人間の骨を斬ったというのに、まるで枝を斬ったかのような感触だ。


「う、うわああああああああああ!!」

「敵だ! 敵だぞおお!」


 騎士団の連中が一斉に騒ぎ出す。うるさいぞ、ゴミ共。今すぐ黙らせてやろう。俺は再度移動用のモンスターに乗り、剣を振るいながら呪文を詠唱する。


「轟く雷鳴、天空より顕現せし魂は何物にも阻むことこれ敵わず。入りて走るは神の怒り、降りて走るは天の怒り。《ディバイングラインド》」


 俺が呪文の詠唱を終えると、空から無数の雷が騎士団を直撃し、騎士たちの身を焦がす。この雷は鎧などという防具など意味を成さないほどの威力を誇り、俺が使える魔法の中でもかなり強い方だ。

 この《ディバイングラインド》だけで40人の騎士団は戦闘不能に陥ったようだが、それだけでは死なないようにかなり威力を弱めた。だからこれで死ぬことはない筈だ。

 俺はピクピクと痙攣している騎士の1人に問い掛ける。


「おい、生きてるんだろ? この騎士団のリーダーは誰だ」

「……お、おま……えは……何者……だ?」

「もう一度だけ聞く。誰がリーダーなのか教えろ。それ以外の言葉を言えば苦しめてから殺す」

「……赤い……鎧を、着て……いる騎士……だ」

「ご苦労」


 俺はその騎士の心臓に剣を突き刺し、首を斬り裂いた。騎士はここで質問に答えてくれたのだ。苦しまずに殺してやろうじゃないか。

そして俺は赤い鎧を来た騎士の元へ行き、その騎士に問うた。


「おい、魔族の村を焼いたお前らの目的はなんだったんだ? まさか理由もなしに村を壊滅させた訳じゃないだろ?」

「……貴様、ゆる……さん、ぞ……!」


 俺は剣で赤い鎧を着た騎士の腕を斬り落とした。


「ぐ、ぐあああああ!!」

「黙れよ。俺の質問にだけ答えろ。答えなきゃ次はもう片方の腕だ」

「……」


 俺は、俺の質問に答えずに黙り込んだ騎士の残った腕を斬った。それにより騎士の体からは致死量の血が流れるが、これで死なれては困るので冷却の魔法を使って傷口を凍らせる。


「留めるは流れ、固めるは動き。《フローズンレイド》」

「貴様……どうい、う……つも、りだ?」

「お前らが何のために魔族領に入ったのかを聞いてるんだよ。目的があったんだろ?」

「……勇者を、探しに……行った。し……かし、あの村に、勇者は……いなかった」


 ……そうか。そういうことだったのか。

 この騎士団が俺の村に来たのは、俺を探すためだったのだ。しかし、あの日俺は村から離れた場所で狩りをしていたため、こいつらは俺を見つけられなかった。

 つまり、村のみんなが死んだのは……間接的には俺のせいなのか。それが分かれば、充分だ。

 あの時の俺がこの事実を知ったならば、ここで自殺していたかもしれない。だが今の俺には父さんとの約束がある。人間を知り、父さんの言った言葉の意味を知るまでは死ねない。それに、テイドさんは俺に生きろと言ったんだ。父さんとの約束を果たした後も、簡単には死ねないよな。


「貴様、我々を……どうする、つ……もりだ……!?」

「……お前たちは村のみんなを殺したゴミだ。だから最後まで苦しみながら死んで貰うよ」


 村のみんなを間接的に殺したのは俺だから、俺に罪がまったくないとは言えない。しかし、みんなを直接的に殺したこいつらには罰が必要だ。俺に与えられる最大の苦しみを与えてやろう。


「生けるものが詠うのは苦しみで、死んだものが詠うのは誘いの詩。喜びの叫びは地に、苦しみの叫びは天に。《パラダイスディセンド》」


 俺が呪文を詠唱し終わった後、俺の足元から1本の枯れた木が生えた。その木の枝の1本1本がまるで生きているようにうごめき、その枝たちが一斉に騎士たちの体に突き刺さった。

 枝たちは数秒後に騎士たちの体から離れ、そのまま消えた。


「い、今、我々に……何を、した?」

「俺が持ってる魔法の中で、一番アンタたちを苦しめられるんだよ、これ。体に変化はないか?」

「何……? ゲホッ、ゲホゲホッ! ガハッ……!」


 赤い鎧を着た騎士は口から赤黒い血を吐き出した。顔を見ると、なにやらシミのようなものが次々に現れ始めている。


「さ、寒い……!? 尋常では、ない……ほどに……! これは、まさか……ジンネ病!?」

「正解」


 ジンネ病とは、百年前にこの大陸を襲った重病だ。感染者が確実に死ぬ病気であり、当時の医者は全員諦めたらしい。だが、今では治療薬があるために感染しても助かる可能性があるので、そこまで危険な病気とは思われていない。


「があああ! 体中にが、体中が痒いいい!!」

「暑い! 暑すぎる! 体が焼けるっ! 死ぬうううううう!!」


 騎士たちは次々に叫び、体の不調を訴え始めた。


「まさか……貴様!」

「気付いたか? それは俺の魔法の効果だよ」


 《パラダイスディセンド》は対象者にウイルスを注入する魔法。この魔法で注入できるウイルスの種類はランダムだから、どんな病気になるかは俺にも分からない。


「だが……ざ、残念だった、な。ジンネ病の、治療薬なら……持っているっ!!」

「なら飲んでもいいぜ、その薬」


 赤い鎧を着た騎士は満足に動かない体で、荷物の中から薬を取り出して飲んだ。ジンネ病の治療薬は即効性のある薬であるため、普通ならすぐに治る。


「……な、何故だっ! 何故治らない……! ゲホッ、ゲホッ!!」

「俺の《パラダイスディセンド》はその程度で打ち破れるような魔法じゃないんだよ」


 《パラダイスディセンド》が対象者に注入するウイルスの種類は一度に5種類。それらは対象者の体内で複雑に絡み合い、稀に新種の病気が生まれることもある。

 加えて、注入するウイルスは全て末期状態の物だ。普通の薬では治らない。

 しかし、《パラダイスディセンド》はいくつもの欠点を持つ魔法である為、それらの欠点を知られてしまえば脅威にはなり得ない。その欠点はかなり分かりやすく、魔法を使う者ならば誰でも気付くことができるだろう。

 しかし、この騎士団の連中はその弱点に気付けない無能ばかりのようだ。


「まぁ、そこで苦しんで、苦しんで、苦しんだまま……無残に死ねよ」

「き、貴様ああああああ!!」


 赤い騎士は叫んだ。


「なぁ、俺の村のみんなはそんなに強くはないけどさ、人間如きに簡単に殺される程弱くはなかった。だから俺はお前らがかなり強いと思ってたんだよ」


 しかし、騎士団の連中は俺の予想以上に弱かった。だから俺の村がこいつらのせいで滅んだ理由が分からない。


「お前ら……何をしたんだ?」

「くくく、くかかか……くははあははは!!」


 赤い鎧を着た騎士は高らかに笑う。


「それを……知りたいならば! 私の病気を治せえええ! そうすれば聞かせてやる!!」


 仕方なく俺は魔法を使って《パラダイスディセンド》の効果を打ち消す。


「治してやったぞ。さぁ、話せ」

「死ねえええええ!!」


 赤い鎧を着た騎士は手に持った剣で俺に斬りかかって来る。しかしその程度の剣では俺を殺せない。俺を殺すには足りない。

 俺は剣で騎士の剣を叩き折った。流石は父さんの剣。人間が作った剣なんて簡単に折ることが出来るようだ。


「何……だと……!?」

「弱いな、人間。いいから抵抗せずに話せよ。さもないと拷問にかける。一度俺の拷問が始まれば、さっきの《パラダイスディセンド》が優しかったと思う筈だぜ」


 これが俺からの最後通達。従わなければ殺す。村が滅んだ理由を知れないのは残念だが、それは仕方のないこととして諦められなくもない。


「……わ、分かった! 話す! 話させてくれ!」

「早く話せ」

「わ、私たちは魔族の村に攻め込み、そのまま魔族の殲滅を始めた……。しかし、数匹の魔族は強かった。だが、奴らは我々に攻撃せず、このまま去るのならば見逃してやるといったのだ」


 おそらく、それは父さんかテイドさんだと思う。他にも強い大人は2人いたし、彼らならば騎士団に負けることもなかった筈だ。

 みんなを殺せたということは、騎士団の連中は魔族であるみんなを殺せるような『何か』をしたのだろう。


「だから我々は、傍にいた小型の魔族どもを盾にして攻撃を始めた……。奴ら、魔族の分際で人質を話せと言い、警戒を解いたのだよ。我々はそのまま小型の魔族を盾にし、そのまま奴らを殺した。魔族の分際で我々の労力を無駄に費やしたのだからな……念入りに殺した……」


 村のみんな、特に大人たちの死体の損傷が激しかった理由が、今ここで分かった。そして強かったみんなが何でこんな奴らに殺されたのかも。

 ああ、父さん。やっぱり俺は人間がこの世界に必要な存在だとは思えないよ。だって、今すぐにでも殺したいと思ってしまう程の行為を、こいつはしたのだから。


「さ、さぁ話したぞ! 私だけでも見逃してくれ!」

「……部下はどうでもいいってことか?」

「ああ!」


 この人間は、苦しみながら死にゆく部下すらも見捨て、自分だけ助かろうとしているらしい。こいつの部下の騎士たちの顔を見渡すと、こいつに対する落胆の色が見える。

 ああそうか。こいつは部下の騎士から見てもクズなのだな。


「そんな奴は。お前みたいな救いようのないクズは……最高に苦しんで、地獄を見ろ」


 俺は、こいつを最大限に苦しめることに決めた。

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