第7話 復讐

「黒き沼よ、汝の思うところに命はあるか、そこに浮かぶは嘆きの黒か。奪うは魂。喰らうは肉体。《ロートポイズネス》」


 俺は目の前にいる命乞いをする赤い鎧を着た騎士に魔法を放つ。広げた手の平に浮かんだ魔法陣から射出されたのは黒い塊。大きさは眼球と同じくらいだろうか。

 その黒い塊は赤い鎧の騎士の体に触れると、そのまま騎士の体に沈んで行く。


「き、貴様……私に、何をしたっ!?」

「……すぐに分かるさ」


 この魔法は即効性だ。その効果はすぐに対象の体に現れる。


「……ぐっ!? な、何だ!? わ、私の体が……沈んでいく!?」


 赤い鎧の騎士の足元に大きな穴が開き、そこに騎士は沈んでいく。それは穴は漆黒で、まるで沼のようだった。

 騎士はみるみると沈んでいき、ついに頭を残して他の体の分が漆黒の穴に飲み込まれたのだ。騎士は今、首から下全てが穴の中に沈んだことで、地面から頭だけが出ている状態である。


「こ、これはなんだ!? 水の中ではない……! 地中か!?」


 頭だけが出ている騎士は叫ぶ。その顔には恐怖よりも困惑といった感情が出ている。だが、時期にその表情には苦痛と恐怖が全面的に出ることになるだろう。

 だって、この魔法によって現れた沼から出るには、誰かに引っ張り出して貰う他に無いのだから。自力で出ることは出来ないのだ・


「まぁそれより、体に異常はないか?」

「何だと? ……ん? 指の感覚が、なくなっている……? いや、違う! 私の指が! 指があああああああ!!」


 赤い鎧の騎士は苦しみからか、大きな声で叫ぶ。


「そうか。もう指がなくなったのか」

「痛い! 痛いいいいいい!! あ、脚が! 腕がああああああ!!」

「その様子だと、もう脚と腕が喰われたみたいだな?」

「何をしたあああああ!?」


 赤い鎧の騎士は狂気に彩られた顔をしている。それは俺が望んだ表情だ。


「《ロートポイズネス》は黒き沼に対象を落とし、ゆっくりとその体を闇が喰らう魔法だ。分かりやすく言うと、その沼の中では人間の肉体が徐々になくなっていくんだ。そして最後には首から下の肉が完全に消える」

「そうやって私を殺すのか……!!」

「言っただろ? お前には地獄を見て貰うと。その魔法が奪うのは主に外側の肉だけだ。神経や骨、なんと臓器まで残してくれるんだぜ。安心していい。皮膚を奪われたお前は通常なら死ぬところだが、その沼の中にいる限りは生きていられる。それがこの魔法の力でもあるからな。勿論、栄養や水分とか、生きるのに必要な成分も闇が補ってくれる」


 そう、この魔法の中にいる限り肉がなくなっても沼の闇が代わりの肉となって対象を生き永らえさせる。だから死ぬことはない。


「ふ、ふふふ。そうか、お前は私を生かしてくれるのだな? 良い答えだ。感謝してやろう」


 だが、俺にこいつを助ける気はない。苦しんで、苦しんで、苦しませることに決めたのだから。


「お前はこの中にいる限りは生きていられる。闇がお前の中に入り、お前の体の一部になるからな」


 しかし、闇は魔族のための物。人間には適合しない。


「ただそこから出れば死ぬ。人間は本来、闇と適合しないからな」

「……は?」

「《ロートポイズネス》は魔族の為の強力な回復魔法なんだよ。魔族は闇で回復するからな。人間は光で回復するけど。だからその中に入った人間は闇に侵食され、闇がその体を奪うことになる。魔族は闇を肉体の一部にするからそのまま沼から出れば元気になっているが、人間がそこから出れば闇が体から崩れ落ちる」


 赤い鎧の騎士の顔色が悪くなっている。この魔法がもたらす結果を想像出来たからだろうか。

 さて、俺からの慈悲だ。いや、冥土の土産と言ったところか。これからこいつに起きるであろう結果を説明してやろう。


「つまり、今のお前がそこから出れば、骨と神経と臓器だけを持った人間が出て来るってことだ。そうなれば、お前がどうなるかは分かるよなぁ?」


 そうなれば死ぬに決まっている。それを確信したのか、赤い鎧の騎士はガクガクと震えていた。


「ここにこのまま埋まってれば死ぬことはないよ。でも、出れば即死だ。闇が奪った肉体は光の回復魔法でも元に戻せない。だって、回復魔法は損傷個所の傷を塞ぐことは出来ても、損傷個所を復元することは出来ないんだからな」


 闇の回復魔法は失った箇所を闇で再現し、それを代わりとして使うことができるものだ。仮に魔族の腕が消滅しても、この魔法による闇の回復を行えば腕は元に戻ると言っても過言ではない。

 しかし、光の回復魔法は傷を塞ぐ為に肉体の自己治癒能力を高めるだけだ。失った血や肉は戻らないし、仮に腕が消滅すれば、もう元には戻らない。だから人間は、魔族よりも弱い。


「お前はこのままここで生きていればいいよ。誰からも救われないだろうし、誰にも見つからないかもしれない。仮にあんたを救いたいと思う奴がいても、救えないだろうな。もう、お前の肉はこの世界の何処にもないんだから」


 無論、この魔法から人間が逃れる術はいくつかある。使われてすぐに誰かに引き上げて貰ったり、光の魔法で闇の沼を掻き消したりすれば助かる。

 しかし、それは時間の問題。完全に肉を奪われてしまえばもう手遅れだ。


「お前は、そこで苦しめ。死ねないまま、な」

「あ、あああ……ああああああ!!」

「もしかしたら、通りがかった誰かがお前の頭を潰すことで殺してくれるのかもな? それか、野生のモンスターがお前の頭を食うことで殺してしまうかもしれない。だから、そうさせない為に俺が魔法を使っておこうと思う」


 俺は赤い鎧の騎士の頭に手を当て、呪文を唱える。


「影の中に潜むものは夕闇に誘われし漆黒の太陽、それが煌めく時こそは曙を消した刹那たる瞬間。闇を侍る理は球。球を担う理は闇。《ブラックスフィア》」


 赤い鎧の騎士の頭を含めた、沼から出ている箇所を残らず覆うような球体が現れる。その球体は闇の回復魔法であり、すぐに騎士の頭の肉を食らう。


「があああああああ!!」

「これでお前の頭を含めた全身の肉は闇に奪われた。お前を助けることは誰にも出来ないし、殺すことも出来ないだろうよ」

「ゲホッ! ゲホッ! こ、これはまさか……!?」

「ああ、ジンネ病とかのことか? 勿論、治ってないよ。だからお前はこれから死ぬことも出来ず、半永久的に多種の病によって苦しめられる。闇にすべてを喰われた今のお前は気絶も出来ないし、ショック死なんて方法で死ぬことも出来ない。永遠に苦しめ」


 この球体が肉を奪ったおかげで、今のこいつの頭は骨や神経、脳だけとなっている。傍から見ればとても不気味なバケモノであるこいつにわざわざ近寄ろうとする物好きな人間はいないだろう。

 モンスターが近づいても同じこと。モンスターが餌としてこいつを食らっても、こいつを覆う球体は闇。強度は高く、そもそも闇に耐性のないモンスターや人間ならば触れただけで肉が奪われる。だからすぐに諦めると思う。

 こいつを殺す手段は1つだけあるが、それをする人間が現れれば仕方ないとあきらめることにする。しかし、こうなった人間を唯一殺せる光属性の魔法を使える者はほとんどいないだろうし、杞憂だとは思う。


「じゃぁな。そのままゆっくりと孤独でいろよ。そうしてじわじわと苦しむといい。死ねない苦痛の中、後悔し、懺悔し、己の所業を恨め」

「くっそおおおおおおおおおお!!!」


 お前たちは村のみんなを殺した。だからこれは、当然の報いだ。

 俺は赤い鎧の騎士以外の騎士団を見た。そいつらは《パラダイスディセンド》によって瀕死になっており、すでに死んでいる者もいる。俺はそのまま騎士団の連中が死んでいくさまを見続けた。


(みんな、これで安らかに眠れるかな……?)


 俺は死んだ騎士団連中の死体を魔法で消し去り、赤い鎧の騎士をその場に残し、待機させていた移動用のモンスターの元へ向かう。。


「くっ……かなり疲れたな……頭が痛い……」


 立て続けに強力な魔法を使ったせいで大量の精神力を消費したようだ。不眠不休で活動した際の疲れや頭痛などが合わさって、俺の体の限界が近いことが分かる。


「次の村に行くまで耐えられればいいけど……」


 俺は待機させていた移動用のモンスターに跨り、その場を後にした。

 何はともあれ、これで村のみんなの仇は取ったのだ。あとは王都に行けばいい。そこで人間について学ぶとしよう。 


「……そういえば、あの騎士団は『勇者を集めろ』って王様に言われたんだよな」


 勇者を集める理由とは何なのだろうか? それを知るためには、王都にいる国王についても調べなくてはならないかもしれない。

 それに、騎士団に命令を下した国王も俺の復讐相手に違いない。もし罪悪感があるのならば腕や脚を消すだけで許すつもりだ。

 しかし、もし罪悪感がまったく無く、騎士団の人間と同じように魔族の村を滅ぼしたことをゴミ掃除などと言ったならば、苦しませてから殺す。


「やることは多いな……」


 王都までは3日もあれば辿り着けるが、今は寝たい。だから俺は近くの村で休息を取ることにした。

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