第8話 辿り着いた王都

 騎士団を壊滅させてから3日後、ついに俺はベルクフォルム王国の王都、グランドレアに辿り着いた。

 王都は人間が最も集まる場所らしく、これまでに訪れた人間の村と比べて3倍以上の人間がいるように思う。

 今の俺はローブを深くかぶることで顔を隠している。それは、俺が勇者であるというのは既にバレているからだ。

 この町に来るまでに訪れた村では随分と人間に騒がれた。あしらうのは面倒だったので適当に薙ぎ払ったが、また騒がれるのは困る。だからこそのローブだ。顔を隠せば、破邪の光を持たない俺が勇者だとばれることはないだろう。

 グランドレアに入った俺は、一先ず飯を食う為に酒場へ向かった。


(見渡す限り人間、人間。まぁそれも当然か。ここは人間領だしな)


 酒場を見つけた俺はそこに入り、奥のカウンター席に座る。カウンター席は長い長方形の机の前にイスが置いてある形であり、注文は向かいにいる店員に言うタイプだろう。


「オススメとかは、ありますか?」


 俺は向かいに立つ年寄りの人間に聞く。その人間は白い髪にしわだらけの顔をしていた。

 敬語を使ったのは初対面だからだ。これで相手がどう返すかによって、俺がこのまま敬語を使うかどうかが分かれる。

 本当は人間相手に敬語は使いたくないが、初対面の存在には魔族であれ人間であれ、敬語を使うべきだという父さんの教えは守らなくてはならない。


「そうですな。カルバメの蒸し焼きなどはいかがですかな?」


 年寄りは敬語で返してきた。ならば俺もそれなりの敬意を払おう。


「それは、美味いんですか?」

「我が店の自慢ですよ」

「なら、それをください」

「少々お待ちを」


 年寄りは調理器具や食材を取り出し、調理を始めた。


「どうやらあなたは、旅人のようですな?」

「はい」


 どうやら、俺の正体は隠せているみたいだ。


「この町は、どうですかな?」


 年寄りは俺に問う。その声には優しさのような物があった。


「……人間が多いですね。それに息苦しい」

「それは、この町の人間が勇者の誕生に歓喜しているからだと思いますよ。勇者はこの町に訪れることになっているようですので、勇者を見に来る者や、勇者と旅行者を歓迎する商人も多いのです」


 勇者がこの町に訪れることになっているのは、この国の国王が騎士団に連れて来させているからだろう。現に俺がそうだった。


「成程。だからこんなに人間が多いんですね」

「はい。勇者はまだ5人全員が揃ってはいないので、いつかいつかと民衆は楽しみにしているようです」


 おそらく、俺と同じように勇者たちがこの国の人間と共に行くことを拒んだせいで未だ集まっていないのだろう。それか、ノロノロと動いているだけなのか。


「はい、出来ましたよ」


 年寄りは俺の前に料理を出した。

 皿に乗っているのは香辛料やフルーツと共に蒸されたであろうカルバメの肉と付け合わせのサラダ、そして野菜のソテーか。

 香ばしくも甘い香りと、溢れ出る肉汁が食欲を誘い、サラダとソテーの色彩が目に優しい。これは素晴らしい料理だ。


「では、いただきます」


 俺はナイフを手に取って肉を切り分け、フォークで刺してそれを口に運ぶ。噛んだ瞬間に更に溢れる肉汁と弾力のある歯ごたえがとても素晴らしい。

 次いで俺は野菜のソテーを食べる。色鮮やかなそれは見る分にも素晴らしかったが、味も素晴らしい。ほどよい塩加減と野菜の甘さが互いを殺さずに旨みを増幅させており、噛むごとに味が口に広がってゆく。

 そしてサラダ。フォークで刺しただけで分かる新鮮さは野菜の良さが活かされており、新たな歯ごたえが肉やソテーの味も引き立たせる。


「これは、素晴らしいです」

「お褒めに預かり、光栄ですよ。それと、これはサービスです」


 年寄りが俺に出してくれたのはスープだった。

 色はオレンジ色で、入っている物は野菜とフルーツであることが香りから分かる。


「温まりますよ」

「……いいんですか?」

「あなたはとても悲しそうな眼をしてますからね。これで少し温まれてははどうかと」


 年寄りがこれをくれたのは優しさからのようだ。


(こんな人間もいるのか……)


 人間は総じて愚かで思慮の浅い存在だと思っていたが、中には良い人間もいるらしい。


(そういえば訪れた村でも優しい人間はいたな……)


 どうやら、人間はそう捨てたものではないらしいな。しかし、良い人間が僅かにいようとも。人間の大半が、気に入らないという理由だけで魔族を虐殺するような存在であるならば、やはり人間は愚かだと思う。

 だから、魔族こそがこの大陸の支配主であるべきだという俺の考えは変わらない。しかし、僅かな良い人間にはそれなりの良い暮らしを保証することも、必要だと俺は考え始めていた。


「……ご馳走様でした。美味しかったです」


 料理を食べ終えた俺は席を立つ。


「いくらですか?」

「300コル、ですね」

「随分と安いんですね?」


 どこの村でも1食の値段の平均額は700コルから1000コルくらいだった。300コルでは飲み物代くらいの値段だ。今、俺が食べた料理になら2000コルくらい出してもいいのに。


「サービス、ですよ」

「……ありがとうございます」

「構いません。いつかあなたの心が晴れた時、もう一度食べに来てくださいね」

「……はい。また、来ます」


 俺は300コルを年寄りに渡して酒場を出た。


(心が晴れた時、か……)


 あの年寄りが俺の何に気付いたのかは分からないし、何を言いたかったのかも実はよく分からない。

 俺の心が晴れる時、それは何時になるのだろう。というより、俺の心が晴れる時なんて訪れるのだろうか。

 俺の目的は父さんの願いをかなえること。即ち、人間を知ることだ。

 もう1つの願いであるグランドレアに来るという願いはたった今果たした。しかし父さんは、俺にここで何をさせたかったのだろうか。

 考えられる可能性は1つ。俺が勇者として城に行くことだろうか。


(もしそうなら都合がいい。だってこの国の王は……俺の復讐相手でもあるからな)


 直接、俺の村と村人のみんなを殺したのは騎士団だ。その騎士団は俺が断罪したし、一番偉いらしい赤い鎧を着た男は病と闇で苦しめた。

 しかし、その命令を出したのはこの国の王。つまりは王も俺の復讐対象には違いない。いやむしろ、命令した張本人の罪はもっとも重い。

 己の行為に罪悪感があるのならば手脚の4本で済ましてやろう。しかし、もしも魔族殺しをゴミ掃除などと言うのならば――


「地獄程度では、生ぬるい」


 俺は城へと向かった。

 城へは大通りを真っ直ぐ歩けばいいだけなので道に迷うこともなく、すぐに行くことが出来た。

 俺は城の門の前に立つ門番に話し掛ける。


「この城の王に会いたいのですが」

「止まれ! 貴様、一体何者だ!?」


 門番は全員で4人おり、その中の2人が俺に槍を向けている。こいつらの視線や態度には相手への敬意の欠片もない。


「まったく、門番は客がまず第一に見る物だろうが。そんなお前らがこれだと、王の程度が知れる」


 これだから人間はダメなのだ。礼儀を知らず、弱いくせに強い者にケンカを売る。それでよく今日まで生き残れたものだと思う。


「どけ。さもなくばここで殺す」

「貴様! やはり敵か!」

「だったらどうなんだよ? 俺の前に立ち塞がるのか?」

「全員、掛かれえええ!!」


 門番共は俺に向かって槍による突きを放った。

 狙いは正確だが、速さが足りな過ぎる。これでは俺の村にいた魔族の子供たちの方が倍は強かっただろう。俺はその槍を避け、槍を剣で切り刻んだ。

 父さんの剣で刻まれた槍は木の枝のように簡単にバラバラになり、瞬時にゴミと化した。


「……弱すぎる」


 俺はそのまま剣で他の3人の槍を刻み、全員を一か所に固める為に蹴りで位置を調整する。


「ガッ!」

「ゲフッ!」


 丁度4人が横一列に重なるように調整できたので、俺は剣を構える。


「ま、待て! まさかそれで我らを殺そうなんて思っていないだろうな!?」

「そうだ! こんなところで殺人など犯して、ただでは済まんぞ!」


 門番共はベラベラと何かを喋っているが、何を言っているのかはよく分からなかった。

 だが、そんなことはどうでもいい。俺にとって必要なことは、この門番共を殺して城に入ることなのだから。


「死ね」


 俺は4人の門番の首を刎ねた。父さんの剣は素晴らしい切れ味を誇り、4人分の骨を同時に斬ったのに木の枝を切ったような感触だった。

 流石は父さんと言える。未だに俺はその域に到達していないが、いずれはこの剣を超える剣を作ってみたいと思う。


「さて、城に入るか」


 門番が死んだことで城への道が開いた。これで俺は城に入り、王に会うことができる。

 王がどんな人間なのか。それ次第で俺の行動は決まる。

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