第3話 異常事態

 翌日、俺はいつものように森へと狩りに出かけた。今日は雨が降っていたからと、少し村から離れ、森の奥へと向かった。

 雨の日は狩人の痕跡を消してくれるため、獣は俺の存在を察知し辛くなるのだ。つまり今日は絶好の狩り日和という訳だ。

 昨日のアギリムのようにあまり動かずにいてくれれば楽なのだが、雨に日は獣もいつも以上に警戒する。だから、今日は剣を使わずに、狙撃の魔法で仕留める。

 狙撃の魔法は消費する魔法が少ないことだが、威力が低く飛距離も短いという致命的な欠点が存在する。

 要するに、気付かれずに近付かないといけないのは変わらないということだ。

 しばらく移動していると、少し小さい獣型のモンスターを見つけた。そのモンスターは木の上に留まっていて、よく見ると羽を持っていることが分かる。つまり、そいつは飛べるのだろう。

 まずは魔法で音を消しつつ、同時に気配も殺す。


「地を駆けるは凡なりて、天を駆けるは逸ならん。《シャロウロード》」


 あとは狙撃魔法が当たる距離まで近付き、魔法を当てるだけでいい。

 慎重に、それでいて大胆に。……ここだ。


「解き放つは重なき魂、撃ち放つは音無き魂。《サイレントバレット》」


 俺が指先より撃った魔法の弾丸は見事に獲物の頭部を貫いた。それにより獲物は木の上から落ち、俺はその木の根元まで歩いて行き、それを回収する。

 空を見ると、太陽はちょうど俺の真上くらいの位置にあった。そろそろ昼時のようだし、食事をしたい。

 俺は場所を移動し、獣の気配が全くない場所で先ほど殺した獲物をさばき始める。とは言っても皮を剥いで肉を食べやすくするだけだ。

 肉と皮を分けたなら、大きな鉄の針で肉を刺し、たき火を起こしてそれを焼く。しばらくすると香ばしい匂いが食欲を湧き立たせ、少し焦げ目がついたなら完成だ。俺は鉄の針を掴むためのハサミで掴み、肉を皿の上に置き、針を抜く。


「では、いただきます」


 俺はそのまま手掴みで肉に食らいついた。ほどよい脂と肉汁が滴り、噛みごたえのある肉が食欲を倍増させる。適度に振った塩がその味に更なる磨きを掛けることにより、言葉にできないほどの美味い肉がここに誕生したのだと、俺は思う。

 あっという間に肉を完食した俺はそのまま気に寄り掛かってそのまま食休みをしようと考えた。考える内容は、今日はもう帰ろうかなだとか、新たな獲物を探そうかなだとか、そんな他愛もないことばかり。

 俺は、このままの生活を死ぬまで続けられたらいいな、と考えている。これ以上求める物は何もない。平和な生活、楽しい森、優しい村人、血は繋がっていない俺を可愛がってくれる最高の父親。これ以上、何を求めろと言うのか。


「ふぅ……そろそろ動くかなぁ」


 そう思い、俺が立ち上がった瞬間――


「……ッ!? ぐっ! ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 今までに味わったことのない痛みが俺を襲う。痛みの発生源は、俺の、ある筈のない左目からだった。


「な、なんだよ……コレ!? ぐっ、が……がぁぁぁぁぁ!!」


 痛みはまだ止まらない。ある筈のない左目からは血が流れ出し、まるで血の涙のようになって零れ落ちる。

 ようやく、ある筈のない左目からの痛みはなくなった。痛みを感じていた期間はほんの一瞬だったが、感覚的にはかなり長時間に感じられたと言える。

 そして、驚くべき事実は突然の痛みの他にもう1つある。それは、痛みを感じていた間、頭にこの大陸の地図と、4人の人間の顔が浮かんだことだ。その4人は見たこともない人間だったのだから、気味が悪い。

 しかし、左目が痛むなんて一体、どういうことだ? 聞いた話だと、父さんが俺を拾った時には既に左目はなく、摘出した痕も強引に抜いた後もないため、父さんは言った。俺には生まれつき左目はなかったのではないか、と。

 別に俺は左目がなくてもこうして普通に生きていられし、問題はない。しかし、この痛みは一体、なんだ?

 何となく、俺は先ほどまで痛みを感じていた左目に触れた。


「なっ!?」


 驚くべきことに、俺に左目がある。今まで空洞だった場所に、右目と同じような弾力のある球体がはまっていたのだ。残念ながら視力はないために特に意味はないようだが。


「……なんだよ、見えないんじゃ意味ねぇじゃねぇか……。期待させやがって」


 なんだか元気がなくなってしまった。今日はもう帰るとしよう。

 家へと帰るために森を歩いていると、俺は少しだけ違和感を覚えたのだ。何故か、モンスターの姿を一切見掛けなかった。獣型も虫型も、そういった野生の存在がまったくでてこないのだ。

 一体、どういうことなのだろう? 森という場所は本来、野生生物の家であり生活の場所だ。1匹も見かけないというのは流石におかしい。

 だが、そんな心配も束の間。自分の村へ近付くにつれ、野生生物の数は増え、俺が村へ着くころにはいつも通りの森に戻っていた。

 どうやら気にし過ぎていたようだな。


「おお、どうしたカイ坊。そんなところに突っ立って」


 俺が森の入口に立っていると、食品屋の店長であるアルマさんが話しかけて来た。


「アルマさん。こんちは。ちょっと森へ行ってたんですよ」

「おお、狩りか。それは素晴らしいのう。ワシもあと百年若ければ、一緒に行ったのじゃがなぁ」

「アルマさんに教えて貰った気配の殺し方、今でも使ってますよ! かなり便利ですからね」

「そうかそうか。それはよかった。ほれ、ワシの畑で採れた野菜じゃ。持って行け」


 アルマさんは野菜がたくさん入った袋を俺に手渡した。


「ありがとうございます。遠慮なく頂きますね」

「おう、食え食え。若いもんはしっかり食わないといかんぞ。ガランにも言っておいてくれ」

「分かりました」


 アルマさんはそのまま畑に戻って行った。アルマさんの作る野菜はどれも絶品で、栄養もたっぷりだ。会う度にこれだけ絶品野菜を無料でくれるのは嬉しい限りだ。

 そうして俺は家に帰り、飯を食べて就寝した。

 目の痛みや眼球については別に問題ないと思ったため、そのまま放っておくことにした。今までなかった左眼球があるのは変な感覚だが、視力がないのなら今までと変わらない。だから今まで通り眼帯は付けておくことにした。




 左の眼球を手に入れてから数日が過ぎた。今日は朝から激しい雨が降っている。

 雨に日は狩りをするのに最適な日だ。だから俺は先週を同じように、村から少し離れた場所で狩りをすることに決めた。

 ぬかるんだ地面に濡れた草木。雨の音は俺の匂いや気配、音を消してくれる。静かな筈なのに、なんだか騒がしい。

 こんな日は獲物も狩人も警戒心を強める。何故なら、こんな不思議な日には……何が起こってもおかしくはないからだ。

 だが、これはきっと野生の中で生きる存在のみが感じる直感のようなものだと思う。以前俺が村の人にこの直感のことを話したら、まったく理解されなかったが、隣町の狩人には理解してもらえた。

 だからこの直感は多分、野生の勘という言葉に置き換えられる。

 しばらく、歩いた。

 けれど獲物はいまだ見つからずにいる。獲物が1匹も見つからない日は稀にあるが、今日はなんだかおかしい気がするな。

 先週と同じだ。獲物どころか生物の気配が全く感じられない。

 何かが、おかしい。

 俺は言葉にならない違和感を抱えつつ、獲物を探し続けた。歩いても、歩いても、獲物の気配どころか存在した痕跡すら見つからない。こんなことは初めてだ。

 獲物に逃げられたり、俺自身の体調が万全でない時もあったりしたが、獲物が見つからない日は一度としてなかった。

 やはり、おかしい。

 気のせいかもしれないが、生物だけではなく、森すらも何かを警戒しているように感じた。


「今日はもう帰った方がいいのかな……?」


 そんなことを考えた瞬間、遠くで何かが光った。何が起きたのかを確かめるために木に登って周囲を見渡すと、俺の村が火に包まれていた。


「火事!?」


 火はかなり広範囲に広がっていて、村の全てを包んでいたように思えた。距離が離れているため、ここからでは村の詳しい状況を知ることはできないが、急いで戻るべきだろう。

 俺は全速力で村に向かって走り出した。

 とはいえ、どんなに速く走ろうともここからではそこそこ時間が掛かる。みんなが協力して消火作業を行えば被害は最小限で抑えられる筈だし、今日は雨の日だ。俺がいなくとも、みんなの魔法で何とか出来るに決まっているじゃないか。


「みんな、無事でいてくれよ……!!」

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