第2話 人間と魔族

 それにしてもさっきの父さんが作った剣、いい出来だった。父さんにはもう少し刀身を短くした方がいいと言ったが、別にあのままでも最高の使い勝手だと思う。だが、父さんは完璧を目指している。だから俺は唯一の欠点だと思う点を言った。

 売り物にするのでも、普通に使うのでも、あのレベルならば誰も文句は言わないが……父さんが堅物なのだから仕方がない。どの鍛冶屋の男も堅物だというのは、あながち迷信でもないかもしれないな。


「お、来たか!」


 雑貨屋の前で掃除をしていたテイドさんが俺の存在に気付いたようだ。


「来ましたよ。いい値段で買ってくださいね、この毛皮」

「おう。取り敢えず店に入れよ」


 俺とテイドさんはそのまま店に入り、俺はカウンターに毛皮を置いた。テイドさんはカウンターの引き出しから鑑定用の眼鏡を出し、それを付けて毛皮を調べ始める。


「いいねぇ。やっぱこれはアギリムの毛皮だ」

「アギリム?」

「捕獲難易度が高いことで有名な獣型モンスターだよ。聞いたことねぇのか?」

「ないです。でも全然強くなかったですよ? むしろかなり弱かったですね」

「そりゃそうだろうよ。なんせこいつの捕獲難易度が高い理由はその警戒心の強さとアギリム自身の速さにあるからな。捕まえようとしても速すぎて追い付けねぇわ、距離があっても気付かれるわ。そういう訳で、弱くても捕まえられないんだよ」

「そうだったんですか」

「そんなアギリムもお前には敵わなかったみたいだけどな! 流石は村一番の狩人だ!」


 そんなこと言われたのは初めてだが……まぁいいか。褒め言葉は素直に受け取っておこう。


「ありがとうございます。早速ですけど、いくらで買い取ってくれます?」

「……カイ、100万コルでどうだ?」

「100万!?」


 ちょっと待て、100万コルもあれば……1年は遊んで暮らせるじゃないか。それに俺も父さんも食事以外にはほとんど金を使わないから、20年は働かなくて済むだろう。


「ってちょっと待ってくださいテイドさん! いくらなんでも100万は高額過ぎでしょ! いつも売ってる毛皮は大体1万コル前後で買い取ってくれるし、今までに一番高かった毛皮の買い取り金額は5万コルだったじゃないですか!」


 流石に100万はありえない。高く買い取って欲しいとは言ったが、ここまでの値段で買い取って貰う訳にはいかないだろう。


「あのなぁ、アギリムの毛皮の相場はこの大きさだと安くても90万コルだぞ? だから俺は常連で贔屓にしてくれるお前には100万コルで買い取ってやるって言ってるんだよ。さっきも言ったけど、アギリムの毛皮は価値が高いんだ」

「……そうだったんですか。俺はてっきり遂にボケたのかなぁ、と思って」

「まだ100歳なんだからボケねぇよ。で、100万コルで売ってくれるのか?」

「勿論!」

「よし、買ったぜ! ちなみに今日は何か買ってくものはあるか?」

「父さんに研磨剤と赤鋼を頼まれたんですけど、あります?」

「ああ、いつものね。取って来るから少し待っててくれ」


 テイドさんはそのまま店の奥に行った。

 それにしても父さん、あまり外に出ないと思っていたのにこの店にはよく来ていたのか。いつもので通じるということは何度も来ているということだし。


「待たせたな。この袋に両方入ってるから、ガランさんにそのまま渡してくれな」


 テイドさんは何やら重そうな袋を俺に渡す。赤鋼は名前の通りなら鉱物だろうから重いのは分かるが、研磨剤とは何だろう。感触では粉のようだが……まぁ帰ってから父さんに聞けばいいか。


「ありがとうございます。いくらですか?」

「ああ、それに関してはもうガランさんに前金をもらってるから金はいらないよ。んで、これが100万コルね」


 テイドさんは見たことのない厚さに膨らんだ紙封筒を差し出した。


「これが……100万」


 手にした瞬間、予想外の重さに驚いてしまった。これが100万か。


「あっはっは。まぁ確かに子供が持つには大金かもなぁ。でもカイなら平気だろ。昔から金の管理はお前がやってたんだし」

「まぁそうなんですけどね。でも俺が一度に扱う金額なんて高くても3万コルぐらいだから、驚いちゃって」

「いや、お前は立派だぞ? お前と同じ15歳の子供なんて金を持てばすぐに無駄使いするからな」

「金を使うような趣味を持ってないからですよ。俺の趣味なんて剣と狩りぐらいしかないですし」

「それで食って行けてるんだから大した奴だよ、お前は」

「あははは。あ、食材買って行かなきゃならないんで今日は帰りますね」

「おう。またな」


 テイドさんは笑顔で手を振ってくれる。その際に揺れる2本の触角は、いつも通りテイドさんの頭の上で黒く光っていた。

 テイドさんの店を出た俺は食材を売っている食品屋に向かったが、店長であるアルマさんはいなかった。おそらく、今は畑にいるのだろう。

 店にアルマさんがいない時は、置いてある赤い箱に買った物の種類と個数を書いた紙を入れ、青い箱に金を入れればいい。それがこの食品屋の買い物の仕方だ。一見、物取りに食品を盗まれる可能性が高いようだが、アルマさんのペット兼留守番の獣型モンスターがそれを許さないのだ。

 何はともあれ、そうして俺は必要な食材を買い、家に戻ろうと歩き始めた。

 辺りは陽が落ちかけているせいで段々と暗くなっていき、村には明かりが点き始める。子供は一斉に家に帰り始め、道に人気がなくなっていく。


「あ、カイ兄ちゃん! どっか行くの?」

「わーい、カイお兄ちゃんだー!」


 道を歩いていると、今まで森で遊んでいただろう近所の子供たちに話し掛けられた。


「ようお前ら。俺はこれから帰るところだよ。お前らは?」

「ボクたちも帰るんだよ! 今ね、森にいたの!」

「お前らの恰好を見れば分かるよ。泥だらけじゃねぇか。お母さんに怒られちゃうかもしれないぞ?」

「大丈夫! 家に着いたら魔法で綺麗にするもん!」

「ボクたち新しい魔法覚えたんだよ! 水使って叩く奴!」


 水を使って叩く? どういう魔法なのだろうか。いくら子供とは言え、そのままの意味なら少し危険な気がするが……忠告はしておこう。


「そっか、新しい魔法を覚えたんだな。でも危ないことはするなよ? みんな心配するからな」

「「「はーい!」」」

「よし、いい返事だ! 気を付けて帰れよ!」

「じゃーね、カイ兄ちゃん!」

「今度一緒に遊ぼうねー!」


 子供たちはそのまま尻尾を揺らしながら走って行った。おそらくは各々の家に帰ったのだろう。会う度に思うが、元気な子供たちの姿は見ていて楽しいものだな。


(……フム)


 ふと思ったが、俺のトレードマークは一体何なのだろう?

 テイドさんには立派な触角があるし、子供たちには元気に動く尻尾があった。アルマさんには角があったし、父さんには羽がある。

 トレードマークは基本的にその人物がいつも持っているものだったかな。それなら俺のトレードマークは……左目に付けている眼帯か? 俺には左の眼球が元々存在しない以上、いつもつけておかないと怖がられるからな。

 それとも……風呂に入る時にしか外さないマフラーか? 昔から何かを首に巻いていないと落ち着かないからな。

 では、俺の銀色の髪はどうだろうか? 銀の髪は珍しいとみんな言っていたし。

 あとは……青い目か? いや、青い目を持っている奴は他にいるし、これも違うか。

 ふむ、分からない。帰って父さんに聞いてみよう。家に着いたことだし。


「ただいま」

「おかえり。赤鋼と研磨剤は持って来たか?」

「持って来たよ。それにしても、前払いしてたんなら言ってくれればよかったのに」

「行けば分かると言っただろう? 取り敢えず荷物を置いて来い。飯は出来てるから、荷物を置いたら自分の分と俺の分を持って来い」


 キッチンに食品を置きに行くと、そこには美味しそうなスープとパンがあった。おそらくは父さんが作った物だろう。


「おー、美味そうだ。流石は父さん」


 俺はすぐに残った荷物をキッチンの棚に仕舞った。そして2つの器に自分の分と父さんの分のスープを盛り、パンが入ったバスケットを持ってテーブルに座る。


「「いただきます」」


 そうして我が家の食事が始まった。


「そういや父さん、アギリムって知ってる?」

「捕獲難易度が高いことで有名な獣型のモンスターだな」

「さっき俺が森で捕まえた獲物ってアギリムなんだって。だからテイドさんが毛皮を100万コルで買ってくれた」

「やはりあれはアギリムだったか。100万とは、かなりサービスしてくれたみたいだな」

「ああ。でもそんなに捕まえられないとは思わなかったな。確かに警戒心は強かったけど」

「お前も成長したということだ」

「何だかんだ強くなってるってことだよな。よかったぜ」


 成長が見られることはいいことだ。それをはっきりと実感することで継続に繋がるし、自分の努力の方向性が間違っていなかったことの証明にもなる。


「ところで父さん、俺のトレードマークって何だと思う?」

「……眼帯とマフラーじゃないか?」

「いやー、俺もそう思ったんだけどさ? なんか違うって感じがするんだよな。こう、なんて言うか、父さんの羽とかテイドさんの触角みたいなトレードマークが俺にもあるんじゃねぇかなー、と」

「ある訳がないだろう。羽も触角も、魔族のみが持つ身体的特徴だ。人間のお前に俺たちのような身体的特徴はない」


 そう。俺の父さんを含め、この村に俺以外の人間はいない。いるのは魔族と呼ばれる人間の上位種たちだけだ。


「そうなんだよなー。何で俺は人間なんだ……?」

「人間として生まれて来たのだから仕方がないと思え」

「だって人間だぜ? 俺に父さんの血が流れていればなぁ。せめて半分だけでも魔族でいたかったぜ」

「魔族には魔族にしかできないことがあり、人間には人間にしかできないことがある。あまり人間を邪険にするもんじゃない」

「でもさ、人間は大した理由もないのに殺し合ったりするらしいし、同種族なのに外見で差別したりするらしいし、大半がアホらしいし。いいところが見つからない」

「それはお前が人間を知ろうとしないからだ。何度も言っているだろう? 一度でいいから自分の目で人間を見て来いと。お前は魔族ではないのだから、瘴気がなくとも人間領で活動できる筈だ」


 この大陸の5分の1は魔族領と呼ばれている。魔族領はその名の通り魔族が住む領土であり、その特徴は大気に含まれる『瘴気』にあると言えよう。

 瘴気とは魔族にとっての空気のようなものであり、人間界には存在しない。魔族は瘴気を摂取しなければ本来の力を発揮できず、そのまま瘴気を摂取しなければ丸1日で死に至る。だからこそ、魔族は瘴気のある魔族領からは基本的に出ない。


「でも、人間は瘴気を吸えば死ぬんだろ? 魔族とは相容れないじゃないか」


 魔族は瘴気を吸わなければ死ぬが、反対に、人間は瘴気を吸えば本来の力を発揮できない。丸1日瘴気を吸い続ければ死に至るのだ。

 一応、人間は瘴気を無効化できる魔法を作り出したみたいだが、その効力は僅かな時間らしい。使い物にはならないだろう。魔族には瘴気なしで行動できるようになる魔法があるが、こちらも同じく持続時間は僅かだ。


「それに、人間は魔族を敵視してるって聞いたよ。たとえ魔族が敵視していなくとも、奴らは構わず魔族に剣を向けるとも聞いた。そんな野蛮な奴らのことなんてどうでもいい」

「……お前と同じ種族なのに、か?」

「俺は多分、特別なんだよ。俺はこの15年の間ずっと瘴気を吸い続けてるけど全然問題ないし、村のみんなも、一度しか会ったことはないけど魔王様だって、俺のことを仲間だって言ってくれた。俺は人間だけど、心は魔族なんだよ、父さん」

「……そうか。まぁお前が行きたくないと言うのならば無理強いはしない。それにお前が魔族を理解してくれているのは、俺にとっても嬉しいことだ」

「うん。……そんじゃ、さっさと飯食って寝ようぜ」


 そうして、いつも通りの1日が終わった。

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