虐殺勇者
佐藤山田
第1話 少年の日常
ある冬の晴れた空、俺――カイは森へ狩りをしに来ていた。
冬の森には雪や枯れた草木が多く、気配を隠して獲物に近付くという単純な作業がやり辛い。しかし、それは魔法を使うことで簡単に解決できる問題だ。
魔法とは世界の力。世界に力を借りることで、俺たちは魔法を使うことが出来る。その為に必要な物は2つ。呪文という名の世界との契約文と、世界の一部である精霊と心を通わせろことで、自分と世界の仲介役になってもらうことだ。
魔法は世界との契約文である呪文を、精霊が世界へ運ぶことで発動する特殊な力である。精霊と心を通わせるには精神力を必要とするので、多くの魔法を短期間に連発したり、何種類もの魔法を一人で覚えられる訳ではないのが辛いところではあるが。
そしてここで大事なことは、世界と神は同一の存在ではないということだ。世界は神と違って確かにそこに存在している。だから俺は世界と友好的でありたいと願う。
俺はいつも通りに呪文を詠唱し、俺が発する音を消す為の魔法を発動させた。
「地を駆けるは凡なりて、天を駆けるは逸ならん。《シャロウロード》」
俺が呪文を詠唱し終わってすぐに、体から力が抜けていくような疲労感を感じた。これは魔法を使うために精神力を使った結果として起こる脱力感だ。いつものことだし、問題はない。
それよりも、魔法がちゃんと発動したのかを確かめなくてはならないだろう。俺は早速その場で足踏みをした。その結果、本来ならば雪道特有のザクッという音がするのだが、俺がいくら足元の雪を踏もうとも足音は全く聞こえなかった。つまり消音の魔法はしっかりと発動しているということだ。
まぁ俺がこの魔法を使ったのはこれが初めてではないし、問題ないとは思っていた。しかし何事も確認は必須。万が一この魔法の発動に失敗してしまったなら獲物を逃がしてしまうことになるので、今晩の夕食からおかずが1品消えることになってしまう。
さて、音が消えたのなら後は気配を殺して獲物に近付き、腰に携えている剣で首を切り落とす。ただそれだけだ。
俺はいつも通りに気配を殺し、ゆっくりと獲物に近付いていく。獲物はそこまで大きくはなく、おそらくは2メートルくらいだろう。俺と父さんの2人が食う分には充分だ。
獲物が逃げないということは、俺に気が付いていないということ。しかし、ここで油断すれば獲物はとんでもない速さで走って逃げるだろう。音を消していても、獣は俺の存在を感じ取ることがある。狩りをする時にはそういった獣の勘を侮ってはならないのだ。
ゆっくりと速く、慎重かつ大胆に。
狩りとは、矛盾するこれらの要素をいかに同時にこなせるかが鍵だ。しかし俺はもうベテラン。これぐらいは造作もない。
俺は気取られないように獲物の背後に回り、一撃で首を切り落とした。
首を落とせばもう狩りは八割ほど終わったようなものだが、実際のところ、ここからが一番大事だ。ある程度血を絞ってから雑菌が入らないように処理をし、最後に獲物を狙っていたかもしれない他の狩人や獣のために10分の1くらいの肉と毛皮をここに残していく。これが狩りをする上でのマナーだ。
さて、狩りが終わったことだし、村に戻ろう。
俺の住む村はここからあまり遠くはないが、だからと言って近くもない。重い肉を肩に担いで歩くのはかなり疲れるが、まぁ仕方がないだろう。
◇
そうしてしばらく歩いて森を抜けると、村の入り口が見えて来る。
この村は森の中に空いた穴のような場所にあり、つまりは森に囲まれているのだ。おかげで食糧はいくらでも集められるし、森の中にある鉱山で採掘も可能である。
取り敢えず、家に帰って肉を置こう。重すぎてそろそろ右肩が外れそうだ。
「お、カイじゃねぇか! そのモンスターは獣型か?」
家に帰ろうと歩いていると、雑貨屋の主人であるテイドが話しかけて来る。
「あ、テイドさん。こんちは。さっき狩って来たんですよ、こいつ。良い肉だと思いません?」
「ああ、見たところに肉も毛皮も中々の上物みてぇだな。うちの店に毛皮売ってくれよ」
「捌いて肉を加工したらあとで売りに行きますよ。高く買って欲しいなぁ」
「はっはっは! ああ、いいぜ! お前はいろいろとレアなもん持って来てくれるからな。その辺の店よか高く買ってやる」
「助かりますよテイドさん」
「おう、じゃぁまたな!」
テイドさんはその大きな手で俺の背中をバンバンと叩く。かなり力があるせいで、叩かれるたびに俺は自分の骨の心配をしている。まぁテイドさんだって加減はしているだろうし、骨が折れたことは一度もない。だが、心配なるのは仕方のないことだろう。
テイドさんの店は食料品以外の色々なアイテムを売っている雑貨屋だ。薬草や鉱物、毛皮や道具など、売り物の種類は多岐に渡る。
買い取りもしてくれるので、価値のある物を見つけ次第、テイドさんに買い取ってもらっている。大半は薬草と毛皮だが。
それにしても今日はいつもより寒いな。俺はマフラーをしているからそれなりに暖かくしているが、毛皮がない村民は寒い思いをしているかもしれない。今日は村民の全員が暖炉を使うだろう。
そうこうしている内に家に着いた。俺の家は小さな木製の小屋だが、俺と父さんの2人で住むには充分だ。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、父さんが仕事道具の手入れをしていた。
「おかえり、カイ。剣の使い心地はどうだった?」
「軽さは問題ないんだけど、片手剣としてはもう少し刀身が短い方が好みかな」
「そうか。なら少し調整しよう。剣を貸せ」
父さんは鍛冶師だ。作るのは主に剣や斧などの刃物であり、父さんの作った道具が出来上がってからそれを試すのは、昔から俺の仕事である。
俺は父さんに腰に携えた剣を渡し、台所に向かった。
「父さん、食いたい部位とかある?」
「そうだな……心臓と腹の部分が食いたい」
「了解」
俺は早速担いだ肉に包丁を入れ、毛皮を綺麗に剥がしてから肉を部位ごとにバラしていく。取り敢えず、父さん用に心臓と腹を分けて、自分の分として4本の足を残す。残りの肉は干し肉にして保存食にしよう。
俺は台所の奥にある干し部屋に行き、肉を焼き、湯がき、少し加工してから干す。
さて、雑貨屋に毛皮を持って行かなくては。
「父さん、ちょっと雑貨屋に毛皮売りに行ってくる。何か買って来て欲しい物とかある?」
「研磨剤と赤鋼を頼む。それぞれテイドの店に売っているし、俺からの頼みだと言えば適量を出してくれる」
「了解。一応言っておくけど、テイドさんの店に行った後に夕飯の食材も買いに行くから少し遅くなるかもしんない。そんじゃ行って来る」
俺は綺麗に剥がした毛皮を持って家を出た。
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