第27話 知識の偏り

 王都グランドレアの城とそこにいたユルベルグの騎士を灰すら残さずに滅ぼした俺はフレアを迎えに民家へと戻った。そこにはフレアと、フレアが連れていった2人の騎士がいる筈だ。

 民家の前に着いた俺はドアをノックする。そのすぐ後でドアの向こうから返事が聞こえ、俺が名前を言うと同時にドアが開いた。


「あんまり多くの人を連れて来ないで欲しいんだけどねぇ。ニーナは絶対安静なんだよ?」


 この家の主である医者の男が言う。


「すみません。俺とフレアはすぐにここを出ますから、安心して下さい」

「もう行くのかい?」

「はい。ここにいてもやることはないですから」


 そう、もうここにいてもやることはないのだ。早くユルベルグに行かなければ。

 俺は男に挨拶を交わしてから2階にいるだろうフレアの元へ向かう。ニーナのいる部屋では、予想通りフレアを含めた全員がニーナのベッドを囲んで談笑していた。いや、談笑にしては緊張感があるか。


「よう、楽しそうだなお前ら」


 部屋に入ってその一言を口にした俺を皆が睨む。まぁフレアだけは俺を睨まず普段通りに見ていたが。


「なんだよ怖い顔して」

「……ではまず、私から言おう」


 ニーナは大きく息を吸ってから口を開く。


「よくも我が国を侵略した敵国の隊長を2人も連れて来れたものだなぁ、カイ。これ程の嫌がらせを受けるとは思わなんだ」


 そういえばそうだった。フレアが選んだ2人はグランドレアを侵略したユルベルグの隊長だったな。恨みがあって当然か。


「悪い。忘れてた」


 俺は正直に謝った。


「……まあいい。元よりお前に人並みの親切さなど期待してはいないからな。それよりも、私が言いたいことは別にある。むしろそちらが本命だ」

「何だ?」

「お前、城を滅ぼしたな?」

「ああ」

「お前が理解しているかどうかは知らんが、あれは人が壊せるものではない。お前……一体何者だ?」


 そう俺に問うたニーナの目からは不信感や敵意、疑心が見て取れる。ふと気が付けばフレアが連れて来た2人は、測るような目で俺を見ていた。


「何度も言ってるだろ。俺は人間だよ」

「私も今言っただろう? あの城は人の身で壊せるものではないと」


 おそらくこの話題は平行線だ。答えは出ているのに片方がそれに納得しないがために終わらない問答だろう。


「……バカバカしいな。付き合ってらんねぇよ。行くぞフレア」


 ニーナたちに背を向けて部屋を出ようとした俺に向けて、フレアが連れて来た2人が共に俺へと剣を向ける。


「……何のつもりか聞こうか? 答えによっては殺すぞ」


 俺は己の剣の柄を握ったまま言った。


「これは僕たちにとって死活問題とも言える問いなんだ。ちゃんと答えてくれないか?」

「お願い。私たちには余裕がないの」


 2人が何を言っているのかは理解できなかったが、必死なのは分かった。しかし俺にはどう答えていいのかが分からないのもまた事実だ。


「俺にはお前らがどんな答えを求めてるのか分かんねぇんだよ。何者だと聞かれて俺は自分が人間だと答えた。お前らは何でそれに納得しない? 俺はモンスターですとでも言えばよかったのか?」

「ふむ、確かにそうだな。皆、カイに何を求めているのだ?」


 フレアも俺と同じで状況を良く理解していないのか、呆けた顔でそう言った。


「フレア様、先程説明したでしょう!? 我々には戦力が必要です、と! もしこの少年が強者なら、力を借りたいと!」

「ふむ、そうだったか」


 フレアはまだ何だかよく分からないとでも言いたげな様子だったが、その口を閉じた。そしてフレアに対するその言葉で、この2人が俺に何を求めているのかも理解することが出来た。


「成程な。お前らは俺の力が欲しいのか」

「……その通りだよ。だから君があの城を破壊せしめた力を教えて欲しいし、君がもしどこかの国の騎士なのだとしたら正式に協力を要請したいんだ」


 クレインは目を伏せながら言った。その言葉には稀有な思いが込められていたのを俺は理解出来た為、もったいぶらずに教えることに決めた。まぁさしたる情報でもないが。


「……順番に答えるぞ。あの城は俺の魔法で破壊した。それに俺はどこの国の人間でもない」

「魔法ですって? そんな馬鹿な!」


 メルトは俺に向けていた剣をさらに俺へと近づけた。


「たとえ魔法でもあの城を壊すのなんて不可能よ! それこそ100人の魔法使いを連れてでも来ないと!」

「……それよりお前、誰に剣を向けてるのか理解してるのか? それ以上剣を近づけたら殺すぞ。フレアの仲間らしいからフレアに免じて1度は警告してやるけど、2度目はない」

「でも、言うに事欠いて魔法だなんて……!」

「落ち着けメルト。それ以上カイに敵意を向ければ死ぬぞ。カイは容赦をしないだろう」


 半ば取り乱していたメルトはフレアの言葉で少し落ち着いたのか、剣を鞘にしまった。それに続きクレインも己の剣を下げる。


「懸命だな」

「それでカイ君。もう一度聞くが、魔法で城を壊したっていうのはどういうことなんだ?」

「そのままの意味だけど?」

「そんな筈はない。あの城を壊すには上級の魔法を100回は使わないといけないだろうと思う。君1人で出来る訳がない」


 こいつは、何を言っているのだろう。確かに神話魔法を使ったのは少々やりすぎな気がしなくもないが、たとえ神話魔法を使わなくとも上級の魔法5回くらい使えばあの程度の城を壊すのは訳ないというのに。

 だが、今日ずっと考えていた俺の仮説が正しいのなら、クレインのこの子束も納得がいくものとなるだろう。だから俺は、俺の仮説が正しいのかどうかを富ますことにした。


「……それがお前の掲げる常識なのか?」

「それは、どういう意味だい?」

「今日何度も人間と戦ったことで考えついた事があってな。それが正しいのかを知りたい。だからお前らにいくつか質問するぞ」

「あ、ああ」

「まず1つ。お前らにとって魔法とは何だ? 魔法の原理、魔法をどうやって発動させているのかを説明できるか?」


 これは最初の質問にして最大の意味を持つ質問だ。この答えで俺の知りたい事象の7割は判明する。


「魔法は……便利な力、かな? 説明って言われても、魔法の名前を言った後に発動と言えば発動するとしか……」

「そうね。あとは使う度に魔法に応じた精神力を消費するってことかしら……」


 クレインとメルトはそう答え、後の3人――フレア、ニーナ、レンフィーエンの3人は黙っていた。


「お前らの意見は?」


 俺は黙りこくった3人に問うが、3人ともそれ以上の情報を持たないと言ったのだった。つまり、クレインとメルトが言った答えが全てなのだろう。


「……じゃぁ次の質問だ。お前らは、精霊を感じているか?」


 俺の問いに対する、俺以外の皆の反応は無言だった。誰1人として何も喋らない。どういうつもりなのだろうか。


「もしかして聞こえなかったのか? ならもう1回――」

「いやいい。皆、しかとお前の質問を聞いた」


 もう1度問おうとした俺をニーナが止める。


「んなら答えてくれよ」

「それよりもまずお前に問いたい。お前は今、正気か?」

「は?」


 ニーナは唐突によく分からないことを言い出した。俺が正気かだと? 無論、正気に決まっている。


「当たり前だろ」

「ならば問おう。精霊とは何だ?」

「……そっか。お前らも同意見か?」


 見渡したところ、ニーナ以外も概ね同意見なようだ。つまりこいつらは精霊を感じていない。いや、その存在すら知らないのだろう。

 だがそれはありえないこと。魔法とは世界との契約によって発動する因果の乱れのようなものであり、それは一時的に世界が認めてくれた違法のようなもの。そして世界との契約文を届けるのが精霊だ。故に、精霊の存在なしに魔法を語ることは出来ない筈である。

 ニーナたちの答えが意味すること、それはこいつらが精霊を介さずに直接世界と契約しているということになるのだが、それはありえないこと。人間が世界と直接触れ合える訳がないのだから。

 ならば人間の使う魔法とは世界との契約ではなく、世界へと強引に法を押し付けているということなのだろうか。それならば辻褄は合う。しかしそれは、あまりに勝手ではなかろうか。

 無論、これはただの予想だし、もしかしたら俺の勘違いかもしれない。だが可能性の1つとして俺の予想が存在し得る以上は調べる必要がある。元より調べるつもりはあったが、調べなくてはならな理由が出来た。


「取り敢えず、俺の使う魔法とお前らの使う魔法が同一の物じゃないとだけ言っておく。それは既に実証済みだ」


 先程フレアの姉たちと戦った時に俺と彼女たちは同じ魔法を使ったが、結果は比べることすらしたくない程の差を見たというもの。やはり俺の使う魔法の方がより世界の協力を得られるらしい。


「だからお前らには無理なことでも俺には可能である場合が多いだろうよ。城の破壊もその1つだ」

「それはどういう――」

「精霊を知らない奴に詳しく話したところで無駄だ。そういう物なんだと思っておけ」

「……分かった」


 クレインとメルトは大人しく黙る。


「ならカイ。私からもう1つ質問だ」


 ニーナが俺に問う。


「お前、自分の体に何かしているのか?」

「おいニーナ。お前失礼って単語知ってる?」

「はぐらかすな。答えろ」

「別にはぐらかしてないかないけど……」


 俺にはニーナの心情がつかめないし、その質問の意図や意味も分からない。


「別に何もしてねぇよ。生まれ持った体だよ」

「そんな訳がない。そんな奴がフレアを相手にして生きていられるものか。フレアが手加減したならばともかく、フレアは本気だったと言うしな」

「うむ、本気だったぞ」


 ああ、そういうことか。規格外の身体能力を持つフレアに勝てたということは俺もそういった身体能力の持ち主だと思ったのだろう。一度俺と戦ったニーナならではの問いと言える。

 大方、俺の身体能力ではフレアには勝てないと踏んだのだろう。まぁ確かにそれも一因としてあるだろうが、何だか納得がいかないな。だがここは正直に答えておこう。


「それは俺が勇者だからだ。勇者になったから少し身体能力が上がったんだよ」


 そう答えた俺に対する他の皆の反応は、唖然とした顔だった。フレアは特に変わらず真顔だったが。


「そ、そんなバカな……そ、そうだ、お前が勇者だと言うのなら……紋章を見せてくれ!」

「はい」


 俺は左目の眼帯をめくって左目を見せる。俺の左目の瞳には勇者の紋章が映っていたことだろう。


「こ、これは……」

「本物、ね」

「まさか本当に勇者なのか……?」

「すごーい……」


 フレア以外の4人は興味深そうに俺の左目を見る。何だか気恥ずかしくなったので俺は左目を隠したのだった。


「もういいだろ」

「あ、ああ。だが本当に勇者だとは思わなかったぞ、カイ……」

「確かに言わなかったからな」

「フレアといいカイといい、今代の勇者はこのような者が2人もいるのか……」


 ニーナは何だか呆れていた。とても失礼な奴だと思う。


「だが、カイ君が勇者なのだとすれば尚更その力を借りたい!」

「お願い! 私たちに力を貸して!」


 クレインとメルトの2人が俺に頭を下げた。


「何の為にだ? 答えによっては力を貸してやるけど」

「ユルベルグに対する、反乱です」


 この瞬間、俺の次の行動が確定したのだった。

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