第26話 神話魔法

 俺はアンバーに乗って北にある町の入口へ向かい、そこにある門にある細工をした。

 別に必要は無いと思うのだが、保険は必要だろう。この俺に限って失敗するということはないだろうが。

 その細工は町にある4つの門全てにする必要があったので俺はアンバーに乗って東西南北、全ての門に細工を施した。

 もうかなりの時間が経ったのだと思う。北の門へ向かった時は上っていた日も、今はもう落ちているのだから。でも夕方というのは好都合かもしれない。俺のように夜目を鍛えていないだろう騎士や兵士たちを相手にする上ではいい方向に繋がるだろうからだ。


「アンバー、少し休憩しよう」

「ガルウウ」


 俺はアンバーの背から降りてその場にしゃがんで休むことにした。

 もう俺の仕事は終わったのだし、あとはフレアからの合図を待つだけだ。何時になるかは分からないので、ここで少し休憩を挟むのは良い判断だと思う。


「……アンバー、折角だから俺のことを少し説明しておくよ。お前だって約分からない奴を背に乗せるのは嫌だろ?」

「ガル」


 アンバーは俺の方を向いて首肯した。


「俺はな、魔族領で育った人間なんだ。物心ついた時から魔族領にいたから人間についてはよく知らねぇ。それでもよかったけどな」


 そうして俺はアンバーに自分のことを話した。

 魔族に生きる為の全てを教えて貰ったこと。

 魔族に魔法や戦い方を教えて貰ったこと。

 魔族にこの世界の成り立ちと概念を教えて貰ったこと。

 そして、俺が勇者に選ばれてから今日までの行動の全てを話した。


「……という訳だ」

「ガルウ」


 アンバーは俺の顔を舌で舐めた。


「何だ? 慰めてくれるのか?」

「……ガルルル」

「怒るなよ。お前の気持ちは嬉しいぜ?」

「ガル」


 そうして俺とアンバーは互いに黙ってからだと精神を休めることにした。それからしばらく、日が完全に落ちてから空で水が爆発した。おそらくあれはフレアからの合図だろう。


「アンバー! 合図が来た、行くぞ!」

「ガルウ!」

「目的地は城だ!」


 俺はアンバーの背に飛び乗って城へと向かった。

 俺とアンバーがいたのは町の南、つまり城に一番近い門だったのですぐに城に来ることが出来た。

 城の入口、庭のようになっている場所には大きな光が灯してあり、多くの人間の声が聞こえる。

 見ればユルベルグの人間が宴会のようなものを開いているらしく、大きなたき火に音楽、多くの人間の騒ぎ声で溢れていた。

 俺はそのまま城の入口に入ろうとする。


「待ちなさいキミ。ここに入っては――ってフェルグラントウルフ!?」


 城の入口にいた兵士の1人が俺に声を掛ける。なにやらアンバーに驚いているようだが、人間領では珍しいのだろうか。魔族領には結構いたように思えるが。


「俺はフレアの知り合いで、フレアに会いに来たんです。通して貰えますか?」

「あー、キミは……フレア様の言っていた少年だね。キミなら入ってもいいよ」

「クレインさん!? 何言って――」

「フレア様が言っていただろう? 銀髪に青目のマフラーと眼帯付けた少年は自分の客だって」

「……そういえばそうでしたね」


 そんなこんなで俺とアンバーは城に入った。

 やはり俺の予想通り中では宴会のような物が開かれており、数え切れない人間が飲み食いしていた。

 俺はその奥にたった1人で座っていたフレアの姿を見つける。


「ようフレア。ご苦労さん」

「おおやっと来たか。待ちわびたぞ」

「これでこの王都にいるユルベルグの人間は全員か?」

「おそらくな。一概には言えんが」

「城に残っていただろうグランドレアの兵士や騎士、その他の人間は今も中か?」

「そやつらは我々が外へ出した。今の城は無人だ」

「それはいい。好都合だ」


 俺としても城は無人でいてくれた方が色々と楽だからこれは嬉しい誤算だと言える。


「ところでさ、これからこいつ等を皆殺しにする訳だけど……この中で生かしたい奴はいるか?」

「ふむ……2人いる」

「ならそいつら2人をここに連れて来い」

「分かった」


 フレアは立ち上がって俺に問う。


「ところでカイよ。お前と共に来たそやつは誰だ?」

「ああ、こいつはアンバー。力を貸して貰ったんだ」

「おおそうか。それはよかったではないか」


 そう言ってフレアは件の2人を探しに行った。

 それにしてもフレアはアンバーの存在に驚きはしないのだな。流石のフレアでも何かしらのいつもとは違った表情が見られると思ったのだが。

 それからすぐにフレアは件の2人を連れて来た。


「待たせたな!」


 フレアが連れて来たのは男の騎士と女の騎士。2人とも青い鎧を着ているということは隊長格なのだろう。


「おや、キミは……」


 男の方は先程城の入口で会った奴だ。コイツのおかげで難無く城に入れたことは感謝しよう。


「さっきはありがとうございました」

「気にしないでくれ。フレア様に言われたことを思い出しただけだからね。っと、僕はクレイン。よろしくね」

「私はメルトよ。お見知りおきを」

「俺はカイです。よろしく」


 あいさつを交わし終わった俺にフレアが問うた。


「ふむ、自己紹介は終わったようだな。それでこれからどうするのだ?」

「お前はこの2人を連れてニーナのところに戻れ」

「ぬ? それだけか? 私は何もしないのか?」

「いらん。むしろ邪魔だ」

「うむ、そうか。ならばそうしよう」


 フレアはクレインとメルトを連れて進む」


「では2人とも、今から私の友の元へと行くぞ」

「え? ですが我々は隊長として――」

「宴会に隊長もくそもないんだし、いいんじゃない?」

「だがそれでは示しが――」

「気にするな。今夜は無礼講だと言っていたではないか?」

「あれは言葉の綾という物でして――」


 3人はそのまま城を出て行ったようだ。あの様子だと大丈夫だろう。クレインはあまり乗り気ではなかったようだが、そこはあの2人がどうにかする筈だ。気にするべくもない。

 さて、俺は俺の仕事をしよう。


「アンバー、この城から離れるぞ」

「ガルウ」


 俺とアンバーはこのまま城を出て、城の前まで来た。


「おや、もう帰るのかい?」


 城の入り口にいる数人の兵士は俺を見て問い掛ける。


「はい。皆さんも中に入られては如何ですか?」

「ははは。見張りを解く訳にはいかないよ」

「フレアは平気だって言ってましたよ?」

「だが――」

「それにこの町にはもうあなた方に敵対する者はいないし、それほど強い者もいないでしょう。大丈夫ですよ」


 この俺の言葉が効いたのか、兵士たちは心変わりをしたようだ。


「……そうだな。もう俺たちもいらないよな!」

「俺たちも入ろうぜ!」

「だよな! 俺らも宴会に参加したかったしなー!」


 全員が城に入っていくさまを見た俺は、その場で深呼吸をした。


「……準備は完了だ。アンバー、少し離れてくれ」


 アンバーは言われた通りに俺から距離を取った。

 これからするのはただの虐殺。強者による一歩的な蹂躙だ。しかしそれがどうしたという。無駄に多い人間の百や二百が死んだところで俺には得しか生まれない。

 それにフレアが気に入った人間、生かしたいと思った人間は数百いる内のたったの2人。つまりはそういうことなのだ。勇者が生かすべきと判断したのが2人だけということは、残るは生かす必要の無い存在ばかりだということ。

 なら、殺すのに躊躇いがいるだろうか? いや、必要ない。


「日は常に世界の空で光り輝く至高の閃光。

 その熱は水底に沈む刹那の屑すら燃やし尽くす。

 その光は天より貫く槍として数多を貫き幾多を矢として救い給う。

 其は誰をも知らず、其は誰もが知る永劫不変ともなる天の化身。

 天の願いこそが原初の命。

 輝く光をその手に秘める。燃ゆる炎をその身に宿す。

 《ソル・ブレイズ》」


 瞬間、空が割れた。

 そこから出のは人の理解が及ぶことのない至高の天体、太陽の光。そこから城に降り注いだ光と熱の奔流は一瞬で城の全てを灰へと変え、その灰すらも燃やし尽くした。

 それはたった一瞬の変化。それはたった数刻の出来事。


「命ってのは儚いな。人も魔族も、そこだけは平等だ」


 これが最強の証、神話魔法。俺の切り札の1つにして、魔族ですら使える者は一握りしかいない究極の力だ。


「行くぞアンバー。フレアのところに戻る」

「……ガル」

「俺が怖いか?」

「……」


 アンバーは答えない。けれどもアンバーは逃げずに俺をその背に乗せてくれる。


「……ありがとよ」

「……ガルウ」


 アンバーはフレアたちの入り民家へと走り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る