第25話 作戦開始

「……そうだ、その前に1つ聞きたい」


 俺はニーナとレンフィーエンのいる部屋で思い出したように呟いた。ある質問をし忘れていたのだ。


「何だ?」

「お前じゃねぇよニーナ。俺はレンフィーエンに聞いてるんだ」

「わ、私ですか?」

「ああ」

「ええと……何でしょう?」


 レンフィーエンは酷く怯えた目で俺を見ている。それは仕方のないことだが、これではしっかりと正直に質問の答えを貰えるかが分からない。

 だから俺は少し落ち着いて貰うことにした。


「落ち着け。ただの興味本位だから」


 今の俺にレンフィーエンを殺す気はない。その理由は単にレンフィーエンがニーナの妹だからだが、この質問の答えによっては考えが変わる可能性だってある。


「わ、分かりました」

「なら聞こう。お前は魔族をどう思っている?」

「……魔族、ですか?」

「そうだ」


 レンフィーエンがどんな人間なのかとか、どんな性格や考え方をしているのかはどうでもいい。俺の興味は魔族と、魔族を人間がどう思いどう考えるのかにある。


「ええと……教科書や歴史では一方的に悪く書かれてますけど、悪い人達ばかりではないと思ってます。こんなこと言うのは変ですかね……?」


 レンフィーエンは戸惑ったような、少し照れたような顔で言った。


「理由を聞いてもいいか?」

「勿論です。ええと、信じて貰えるかは分かりませんが、私は前に魔族の人に助けて貰ったことがあるんです」

「詳しく離してくれるか?」

「はい。あれは、もう7年くらい前のことですね――」


 レンフィーエンの経験はありえる話だった。親の都合で魔族領の近くの町に行ったレンフィーエンは迷った末に魔族領に入ってしまい、瘴気によって死にかけた。そこを助けてくれたのが偶然通りかかった魔族だったらしい。

 魔族は外傷の無いレンフィーエンが苦しんでいる理由にすぐに気づき、そのまま人間領まで運んで行ったようだ。確かに、外傷を負っていない人間が魔族領で苦しむ理由は1つだからな。賢明な判断だといえる。


「あの魔族の人は気が付いた時にはいませんでしたけど、背負われている時の暖かい背中を私はまだ覚えてます。あの人のおかげで今も私は生きられているのですから」

「……成程な。だからお前は魔族を嫌ってはいないと」

「はい。中には悪い人もいるでしょうけど、全員が悪い人だとは思いません」


 レンフィーエンの声は優しかった。それに俺はレンフィーエンの言葉にも彼女の思いを見た。

 彼女はまぞくのことを「人」と呼んだ。自分たちと同列に扱ったのだ。俺が見た中では人間の多くは魔族を匹、奴、体と呼び、人と呼ぶことはなかった。そういった数え方は癖だし、急に変えられるものでもないだろう。つまりレンフィーエンの言葉は真実で、彼女は常に魔族を人と同列に見ている。


「ありがとう。参考になったよ」

「お役に立てたならよかったです」

「カイ、今の質問は何なんだ? 私には聞かないのか?」

「だから興味本位だって言っただろ? ちなみにお前はなんて答えるよ?」


 ニーナは迷いなく自信満々に言った。


「会ったことのない奴について分かる訳がないだろう? まぁレンのこともあるから私も悪い奴ばかりではないと思うが」

「了解だ。いい答えだよ」

「カイ、私には聞かんのか? 私だけ仲間外れは嫌だぞ?」


 フレアが捨てられた子犬のような目で見て来る。


「お前にゃ聞かなくても答えが分かるんだよ」

「ほう! 言ってみるがいい!」

「『どうでもいい。強い奴がいるなら戦いたい』。概ねこんなところだろ?」

「おおー。カイは私の心が読めるのだな?」

「お前が分かりやすいだけだ。んじゃ行くぞ。作戦は歩きながら言う」

「うむ!」


 そうして俺とフレアは民家を出て大通りに出る。そこには破壊の跡や死体はないが、人間が1人もいない。おそらく全員が建物の中に籠城しているのだろう。


「さて、まずは偉い奴を見つける必要があるんだが、どれが偉い奴なのか分かるか?」

「姉上たちのような青い鎧を装備している者の位は高いぞ。だから青い鎧が隊長角の目印だな」

「ならお前にはそいつらを見つけて貰う。んでユルベルグの人間を出来るだけ城に集めるように命令しろ。勇者であるお前の頼みを断ることはしないだろうし、お前は貴族でもあるんだ。いざとなればお前の姉の命令でもあるっていえば言い」


 この王都にいるユルベルグの騎士や兵士の数は分からないが、国の中心である王都に侵略した以上は少ない訳がない。それを俺とフレアの2人でちまちまと殺していくのは非効率すぎるだろう。

 ならば使える者は何でも使うに限る。幸いフレアは勇者であり貴族でもあるんだ。その価値は高い。

 それに大所帯を率いるのならば伝令役やその類が必ずいる。そいつらと隊長たちを使えば短時間で城に騎士と兵士を集められるだろう。


「うむ、了解だ」

「終わったら水の魔法を空に撃ち出して合図をくれ。そしたら俺も城に行くから」

「私は魔法を使えないぞ?」

「なら隊長の誰かに頼め」

「うむ、分かった」

「頼んだぞ。じゃあ、またな」

「お前はどうするのだ?」

「俺は俺でやることがある」

「む、そうか。ならお前の策に従おう。ではまたな」


 フレアはそう言って駆け出した。あいつは方向音痴だが、あてもなく人を探す今ならばそれは損にも得にもならないから別にいい。

 もしあいつがただの強い女だったのならこの策は使えなかったが、あいつは勇者でもあり貴族でもある。人格がどうであれそのような立場にいる人間の願いを断ることなど出来んだろう。

 仮に従わなかったとすれば別の隊長に頼めばいい。ただそれだけのことだ。無駄に多い人間も、こういう時はその無駄な数の多さが役に立つ。

 さて、俺は町の入口に向かうとしよう。東西南北の4ヶ所を回る以上は出来るだけ急がなくては、フレアの方が先に作戦を完了させてしまうかもしれない。だから俺は乗り手のいないモンスターを探した。

 無論、時間があまりない今はあてもなく探すつもりは無い。モンスターがこの近くにいるのは匂いで分かるから俺はその方向へと進んだ。

 少し歩いた先にいたのはどこにでもいるモンスターのフェルグラントウルフ。速度も体力も申し分のない4足歩行の獣型モンスターであり、移動には適している。

 特徴はその白い体毛と青い目だろうか。色使いとしては銀髪青目の俺に似ているかもしれないな。このフェルグラントウルフの首輪には『アンバー』と書かれているが、これがこいつの名前なのだろうか。


「お前、俺を乗せてはくれないか? 時間が惜しいんだ」

「ガルルルル……」

「勿論、礼ならちゃんと――」

「ガルウウウアアアア!!」


 アンバーはいきなり吠えると、俺に自分の顔を近付けて目を合わせた。今の俺の顔とアンバーの顔の距離はほんの僅かだ。

 危険な距離だが、ここでこいつを殺す訳にはいかない。他に移動用のモンスターがいない可能性を考えると、俺にはこいつの移動能力が必要だからだ。


「……」

「ガルル……」


 俺は黙ってアンバーと目を合わせ続けた。

 奴が放つ威圧感は相当な物で、危うく気圧されそうになってしまった。しかしここで退けばアンバーは俺を乗せてくれないかもしれない。そうなったら目も当てられないので俺は逃げなかったし、殺さなかった。

 どれくらい経ったのだろうか。ついにアンバーは俺からその顔を話した。


「ふぅ……」


 俺はつい溜め息を吐いてしまった。これ程の威圧感をこの身に受けたのはいつ以来だろうか。


「ガル」


 アンバーは俺に背を向けるとその場にしゃがみ、じっと待った。


「……乗せてくれるのか?」

「ガル」

「ありがとよ!」


 俺は遠慮なくアンバーの背に乗った。立ち上がったアンバーから見る景色は少し高く、以前とは別の景色が見える。


「アンバー、お前町の入口の場所って分かるか?」

「ガルル」

「うおっ!?」


 アンバーがいきなり走り出したので俺は慌てて落ちそうになってしまった。アンバーの首輪を掴むことで事なきを得たが。

 よく見るとアンバーは北にある町の門に向かって走っていた。どうやら場所を知っていたようだ。


「助かるぜアンバー。このままよろしく頼む!」

「ガルウウウウウ!!」

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