第24話 殲滅

 ほぼ壊滅したとも言える城から出た俺とフレアはそのまま道なりに大通りを進む。目的地はニーナとレンフィーエンがいる民家だ。

 そこの医者の腕はいいらしいからニーナも生きながらえているだろう。


「ところでカイよ」


 俺の少し前を歩くフレアが後ろを向いて俺に問うた。


「何だ?」

「ニーナたちのいる家はどっちだ?」

「……」


 何となく思っていたが、こいつが方向音痴なのではないかという俺の予想は当たっていたようだ。思えばフレアは王の間の位置や城への道もうろ覚えであったからな。

 それはともかくフレアの姉たちもよく方向音痴な人間を偵察として送り出したものだ。普通なら考えられないことだと思うのだが、人間の常識には無いのだろうか。


「なら俺について来いよ道覚えてるから。つーかだったらなんで先行したんだよ?」

「覚えてると思ったのだがな」

「……そうですかい」


 まぁ方向音痴は自分がそうでないと思うのが普通だ。現に俺の友達や知り合いの方向音痴も同じような思考をしていた。


「昔はこうではなかったのだがな」

「小さい時は方向音痴じゃなかったのか?」

「ウム。道を間違えたことなどなかった」

「う~ん……」


 もしかすれば後天的な方向音痴というのもあるのかもしれない。例えば、脳に強い衝撃やダメージを負ったことで小脳や頭頂葉が異常をきたして、方向感覚や平衡感覚が狂っただとか。

 他にも色々な要因があるかもしれないし、そういうこともあるのだという風に認識しておこう。


「ま、今は俺がいるから大丈夫だ」

「では頼んだぞ」

「ああ」


 そうして俺の先導の元、俺たち2人は目的地へと向かう。

 その家までの距離はさほど遠くもないので少し歩けば着く訳だが、道を通る際にユルベルグの騎士が多々見える。

 おそらく、彼らはこの王都グランドレアを侵略しに来たフレアの姉たちが連れて来た人間だろう。その目的は達成したようで、ユルベルグの騎士とみられる人間は何人も降伏していた。具体的には鎧を脱いで頭を垂れていたのだ。

 敗者の扱いなどは人間も魔族も変わらないようで、ある種普通に生きる生物以下の扱いを受ける。それは当然のことだし、俺が何かをする必要もないだろう。

 人間同士のいざこざは人間同士が勝手にやればいい。俺は俺のやりたいようにするつもりなのだから。

 だというのに――


「貴様らはグランドレアの騎士だなー!? 覚悟おおおお!!」


 先程から何人ものユルベルグの騎士たちが俺とフレアに襲い掛かって来ていたのだ。

 その理由はおそらく本人たちのいう通り俺とフレアがグランドレアの騎士だと思ったからだろう。俺もフレアも武装しているのだからその誤解を受けるのは仕方がないのかもしれないが、フレアのことを知らないということはこいつらは低級の騎士の筈だ。一応、フレアは貴族でもあり騎士でもあるらしいからな。

 そんな奴らは俺にとってどうでもいい存在だが、襲って来るのならば殺す。それは当然のことだ。


「ぐぎゃあああ!!」


 俺の剣撃は騎士の首と胴体を切り離し、その死体は地面に崩れ落ちる。何人来ようが俺の敵にはならないが、ひたすら面倒だと感じる。

 最初の方で俺は奴らに相手を見る力があることを期待したのだが、誰一人として俺との実力差を事前に理解する者はいなかった。戦力差を見極める力は戦いにおいて重要な能力だというのに。


「……はぁ」

「溜め息か?」

「まぁな。さっきからザコが鬱陶しいからさ。つーかお前もザコ何とかするの手伝ってくれよ」

「私が何かをする前に一撃で決めてしまうではないか。あれでは私が何かを手伝うことなど出来ん」

「……そうでした」


 勿論、フレアを先頭にして歩けばいいだけなのだが、方向音痴にそれをさせる訳にもいくまい。どうやら俺がやるしかないようだ。


「無論、後ろから来るものは私が対処しよう」

「任せたよ」


 未だに後ろから襲って来た騎士はいないけどな。その理由は分からないが、騎士道精神という奴なのだろうか。

 そうして俺たちはユルベルグの騎士を適度に殺しながら民家へと辿り着くことが出来た。


「……着いた」

「おお! 確かにここだな!」

「んじゃ入ろうぜ」


 俺は正面のドアを軽くノックした。すると少し後にドアの向こうから声が聞こえた。


「どちらさまだい?」

「さっきここにニーナとレンフィーエンを連れて来た、カイという者です。ニーナとレンフィーエンに会いに来ました。フレアも一緒です」

「……ああ、君か。分かった。今開けるよ」


 ドアが開かれ、俺とフレアをこの家の主人であろう男が迎え入れてくれる。


「ニーナとレンは大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫。一命はとりとめたよ。しばらくは安静にしていて貰うことになるけどね」

「うむ。生きているのならばそれでいい。感謝する」

「2人とも2階の奥の部屋にいるよ。会って来るといい」

「うむ!」

「そうさせて貰います」


 俺とフレアは階段を上って2階へ上がる。

 2階には部屋が3つあり、俺たちは言われた通りに奥の部屋へと向かう。そこにはニーナとレンフィーエンが共に寝ていた。

 寝ていたといってもベッドに横になっていただけで目は開いていたが。


「ニーナ、レン、来たぞ!」

「ああ、フレアか。よく来てくれた。おや、カイも一緒か」

「よう。元気そうだな」

「あ、あなた! お姉ちゃんの腕を斬った人……!」


 ニーナが眠るベッドの横にある小さな椅子に座っていたレンフィーエンが勢いよく立ち上がる。


「そうだが?」

「お姉ちゃんの腕を斬ったくせに、よく来れましたね……!!」

「……ああ、そういうことか。なら殺されなかっただけマシだと思いな」

「なっ――」

「止めないかレン。カイのいう通り、私が今ここでこうやって生きていられるのは運が良かったからだ。あの時フレアが来なければ私は死んでいただろうし、そう覚悟していた」


 あの時、俺がニーナと戦った時、俺はニーナを殺す気だった。最初はその気が無かった俺だが、俺の邪魔をするニーナをそのままにする気もなかったのだ。

 故に俺はニーナを殺そうとした。ニーナにも騎士としての心構えや覚悟があったらしく、逃げずに立ち向かって来たのは称賛に値する。

 もっとも、俺とニーナの戦いはフレアの介入でうやむやになったのだし、俺としても今はニーナを殺すつもりは無い。元々、俺はニーナのような奴は嫌いではないのだ。あの時のように俺の邪魔をしないのならば好き好んで殺しはしない。


「だが、いずれこの腕の仇は取らせて貰うぞ、カイ」

「勿論だ。何時でも挑戦して来い」

「うむ。友情とはいいものだな」


 フレアは俺の横でうんうんと何度も首を上下させていた。


「や、やっぱり私にはお姉ちゃんとフレアさんがよく分からない……」

「ぬ?」

「何故だ?」

「ほら、こんなんだから……まぁいいけど」


 レンフィーエンはニーナとフレアを見て溜め息を吐いた。

 おそらくだが、このレンフィーエンという少女は捕食される側の思考をしているのだともう。つまり、出来るだけ敵を避けて生き残ることに専念する思考だ。

 その逆でニーナとフレアは捕食者の思考。自分がやりたいことは自分でやるし、敵を避けて生きるくらいならその敵を殺して生きるような思考とでも言うべきだろうか。

 異なる考え方、思考をする存在同士が互いを理解しあうのは難しいだろう。しかしそれでもニーナとレンフィーエンは上手くやっているように見える。これは人間も魔族も同じだな。


「すまないなレン。私はこういう人間なのだ」

「騎士も大変そうだな、ニーナ」

「そうでもないさ。騎士という生き方は私に合っていると思う。まぁもっとも、この国で騎士を続けることは難しそうだが……」


 ニーナは窓の外を見ながら呟く。その声は寂しそうというか、残念だと思っていることがよく分かる声だった。


「……俺は騎士についてよく知らない。その上で聞くぞ? お前は何をしたいから騎士になったんだ?」

「決まっているだろう。国を守る為だ。故に私は国の全てを守らなくてはならない。本当ならば今すぐ外に出てユルベルグの騎士を殲滅せねばならんのだが……」

「その傷と体力で行ってもすぐに死ぬぞ」

「……そういうことだ」


 確かにこのままではグランドレアが侵略されてその名前を失ってしまうのも時間の問題だろう。

 戦力差があるのは勿論、俺がグランドレアの戦力の一部を消してしまったことも要因の1つ。グランドレアは今、もっとも弱い状態なのだ。

 その原因を作った原因の1つは俺。だからという訳ではないが、この人間にはこれからも頑張って貰いたいと思ったのは事実。


「……なら、1度だけお前に協力してやる」

「カイ……?」

「グランドレアにいるユルベルグの騎士と兵士を全員俺が殺す。寝返る奴がいるのならそいつらは城に待機させるから、どうするかはお前らが決めろ」

「では、私も手伝おう! ニーナの為とあれば協力は惜しまん!」

「助かる。流石に俺1人だと無理があるからな。お前の協力が必要だったんだ」

「構わんぞ。私は何をやればいいのだ?」

「ち、ちょっと待て!!」


 俺とフレアが作戦会議を始めようとした矢先、ニーナが突然叫ぶ。


「何だよ?」

「どういうつもりだカイ! お前はこの国を滅ぼすのではなかったのか!?」

「誰もそんなこと言ってないだろ。前にも言った通り、俺はこの国の王を殺したかっただけだ。ベルクフォルムがどうなろうが知ったこっちゃないし、勿論その王都であるグランドレアもどうでもいい。いうなればこれは俺の気まぐれだ」


 そう、これはただの気まぐれ。俺に何か得がある訳でもないし、放っておいたとしても俺に被害が及ぶことはない。

 これは、気に入った人間の手助けをしてやるかというただの気まぐれ。たった数個の歯車が噛み合ったから生まれた偶然なのだ。

 故に俺のこの行動に理由などないし、理屈もない。


「まぁお前の腕の詫びだとでも思ってくれや」

「……お前は、一体……」

「人間だよ。残念ながら、な。行くぞフレア」

「うむ!」

「き、気を付けてくださいね! フレアさん! ……カイさんも!」


 俺は手を振ってレンフィーエンの言葉に応えた。さぁ、ここからは殲滅戦だ。

 覚悟はいいかユルベルグの騎士たちよ。お前たちは俺とフレアがユルベルグを崩壊させる旅路の最初の一歩となるだろう。

 この俺を敵に回した不運を恨むがいい。 

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