第23話 強者と弱者

 10人の騎士の動きを封じた俺は、フレアとフレアの2人の姉が繰り広げるだろう戦に期待していた。フレアが強いのは言うまでもないし、その姉2人も共にいた10人の騎士とは装備が違うのだから、強いのだと思う。

 その姉――コロナとプロミネンスという名前らしいフレアの姉たちが手に持っているのは槍。各々が1本ずつ持っている。

 その槍は一般的な物よりも短く、下手をすれば剣より少し長いくらいの長さに見える。あれにはどんな意味があるのだろうか。期待が高まる。

 フレアと姉2人の距離は6、7歩くらいだろうか。フレアならば数秒かからずに詰められる距離ではあるが、それは相手も同じな筈。どうやって戦うのかが本当に楽しみだ。思えば自分以外の人間同士が本気で戦うのを見るのは初めてだしな。


「さぁ姉上たちよ。覚悟は出来ているか?」


 未だ構えもしない状態でフレアが問う。それは余裕の現れなのだろうか。


「ほ、本気であたしたちと戦う気なの……? 今なら聞かなかったことにしてあげるわよ……?」

「くどい」

「……コロナお姉さま、どうやらバカフレアは本気なようです」

「そうみたいね。こうなったら……相手をしてあげるわ! 感謝しなさい!」


 2人の姉が同時に槍をフレアに向けて答えた。それを見たフレアはほんの少し口元を歪ませ、2人を見据える。


「その覚悟や良し。では行くぞ姉上たち!」

「ちょっと待ちなさい!」

「ぬ?」


 これからというところで姉の片方が横やりを入れた一体どういうつもりなのだろうか。


「わ、私たちにはハンデが必要だと思うの! だ、だってほら、フレアは勇者でしょう? 勇者はそれだけで強いってことじゃない?」

「そ、そうよ! ハンデをよこしなさい!」


 あの2人は何を言っているのだろうか。純粋な戦いにおいて差が出るのは当たり前だし、それを踏まえて戦うのが道理というもの。彼女らは戦いを汚す気つもりか?


「む。構わんが」


 フレアはさも当然の如く首を縦に振った。つまりは肯定するということだ。あいつもあいつで一体何を考えているのか。


「なら、最初にあたしたちの攻撃を受けなさい!」

「そうよ! 避けずにちゃんと受けるのよ!」


 奴らが提示したのは無茶を通り越して愚鈍な答えだった。それでは戦いではなく、一方的な嬲りになってしまう。

 こんなバカげた条件を飲むものはいないだろう。何故なら、利点がまったくと言っていいほどに無いからだ。


「構わんぞ」


 だというのにフレアは二つ返事でその提案を受け入れた。


「よく言ったわ! それじゃ、そこから動くんじゃないわよ!」

「うむ」

「さぁ、やりましょうお姉さま!」

「ええ!」


 2人は各々の右腕を前に出した。


「確認するぞ姉上たち。私は姉上たちの一撃を受ける。そしてそれを受けたその瞬間に戦いが始まる。それでよいな?」

「ええ、いいわよぉ!!」

「私たちの全力を受けられるんならねぇ!!」


 フレアは表情を変えずに問い、フレアの姉たちは嬉しそうに笑いながら答える。そして2人は同時に口を開いた。


「「《ネルフェストボルケイン》!! 発動!!」」


 フレアを中心に大きな魔法陣が展開し、そこから出は溶岩の柱。それは噴水のように下から上へと噴出し、魔法陣の上にあった全てを飲み込んだ。無論、それはフレアも例外ではなく、溶岩に飲み込まれたせいでフレアの姿が見えなくなった。

 俺が理解できないのは、フレアが己の姉たちとの意味の分からない約束事を守ったことだ。つまり、フレアが避けようともせずに《ネルフェストボルケイン》を食らった理由が分からない。

 フレアならばあの程度の《ネルフェストボルケイン》を避けることは容易な筈だ。回避方法はいくらでもあるし、単純に魔法陣から離れるだけでも避けられるのだから。


「くっふふふふ! 流石のフレアもこの魔法には勝てなかったみたいねぇ!」

「流石は私たちですね、コロナお姉さま! 勇者が強いというのもただの伝承で、事実ではないのかもしれませんねぇ!」


 2人の姉たちは笑いながらフレアがいた箇所を見ている。そこには未だ溶岩の柱が噴出していたが、遂にそれが止まる。

 俺はフレアの姿を探した。あのフレアが何の策もなしにこんな愚行をしたとは考えられないが、軽傷である可能性は低いと思う。下手をすれば体中に大火傷を負うし、死ぬ可能性だってある。並の兵士や騎士ならば《ネルフェストボルケイン》をまともに食らうだけで死ぬだろう。

 だがしかし、フレアの行動は俺の予想の中のどれでもなかった。


「……フム。所詮はこの程度か」


 フレアは、無傷で、先程と変わらぬ姿でその場に立っていたのだ。


「これでは動くまでもない。この程度が姉上たちの本気か?」

「な、なななな……!?」

「……パクパク」


 俺と同じ、いや俺よりも驚愕しているフレアの姉たちは唖然としながらフレアを見る。おそらくあの《ネルフェストボルケイン》は姉たちが使える魔法の中でもかなり強力なものだったのだろう。

 それを使っても無傷でいられたならば、ああいった表情になるのも頷ける。見事なアホ面だ。


「な、何で……? 《ネルフェストボルケイン》は最強の魔法の筈……」

「これを使いこなすまでに3年は掛かったのに……」


 どうやら俺の予想は当たっていたらしい。しかしあれが切り札ともなると、いよいよ人間の脆弱さが浮き彫りになるな。よもやあの程度で最強を名乗るとは。


「ぬるいぞ、姉上たち」


 フレアはついに構えた。


「約束通り私は姉上たちの攻撃を1度食らった。さぁ、勝負といこう」


 フレアは走らずにゆっくりと2人の姉の元へと向かう。それは余裕の現れなのか、慈悲なのか。


「ギュートテイン! 発動!」

「ウェルテュガノン! 発動!」


 2人は自分たちへと近づくフレアに魔法を使うが、それはフレアの手甲に阻まれる。フレアは避けようともしなかったのが印象的だった。

 いくつもの魔法がフレアへ放たれたが、1つとしてフレアの届いた魔法は無かった。そしてついにフレアは拳が届く2歩の距離まで辿り着いた。

 ここからは近接戦闘になるだろう。拳と槍、普通に考えれば槍が勝つが、相手がフレアとなればどうなるのかは興味がある。出来るだけ2人の姉たちには頑張って貰いたいものだ。


「は、はああああああ!!」

「やああああ!」


 2人は手に持った槍でフレアを突き、薙ぎ払う。それは多少熟練した動きではあったが、フレアにとっては児戯に等しかったようだ。フレアはいとも簡単に槍の攻撃を避け続ける。

 フレアは両手の手甲と背中の脚部装甲のせいで当たる箇所が広い。それでも攻撃がかすってすらいないということは、フレアは2人の攻撃を完全に呼んでいるということに他ならない。

 俺にはとても真似できない芸当だ。あの程度の熟練度ならば何となく予測することは出来ても完璧じゃないし、フレアと同じ装備を使ったならば俺でも完璧に避けることは出来ないだろう。

 どうやらフレアは敵の攻撃の流れを読むのが得意らしい。次に戦うことがあれば気を付けなくては。


「……ふぅ」


 フレアが動きを止めて2人の槍をそれぞれ掴む。フレアはそれを枝でも折るかのような気安さで折り、その場に破片を捨てた。


「つまらんな、姉上たちよ。これでは以前と何も変わっていない。弱い」


 槍を折られたことで武器を失くしたのか、2人はオドオドしながらフレアを睨んでいる。その瞳には恐れの色が濃く出ていたように見えた。


「あ、あんたと一緒にするんじゃないわよ! 私たちは普通の人間なの! あんたみたいなバケモンじゃないのよ!!」

「……ふむ」

「気に入らないのよ! あんたのその態度も、口調も、考え方も、行動も! 全部!! 才能がある奴はいいわね!!」

「そうか」


 2人は妬みや怒り、恐れを孕んだ声で言うが、フレアはどこか無機質な声で答えていた。まるでそんな言葉は聞き飽きたとでも言わんばかりに。そんなことは知っているとでも言わんばかりに。


「では、ここで潰れろ」


 フレアはその拳で己の姉たちの両腕と両脚を思い切り叩き潰した。床や天井を軽々と砕くその拳の前では人の骨も枝と同じ。いとも簡単に砕けたようだ。


「ぎゃああああああ!!」

「ああああ!! あああああああ!!」


 フレアはそのまま姉たちに背を向けて俺の元へと歩いて来た。もう気が済んだのだろうか。


「もういいのか?」

「ああ。私の目的はニーナとレンの敵討ちだからな。あれでいい」

「そうか」


 フレアがそれでいいというのならば俺がとやかく言うのは筋違いだ。しかし、俺の事情で言うのならば問題は無い。

 今度は、俺の番だ。

 俺はフレアの姉たちの元へと向かう。


「よう、気分はどうだ?」

「あ、あんた……! フレアに味方した奴……!!」

「ああ。ところでさ、俺もあんた達に用があるんだよ」

「何よ……!? 今のあたしたちに出来ることなんて――」

「ああ、大丈夫。苦しんでから死んでもらうだけだから」


 こいつらは魔族を何百人も殺してその死体を弄んだ。それは死で償って貰わなければならない。

 まぁ今度は直接俺の知り合いがやられた訳ではないから拷問はしないつもりだ。それなりに苦しんで死んで貰うが。


「何ですって!? なんであんたがそんなこと……!?」

「お前らは魔族を殺す命令を出した。それだけでお前は死を持って償わなければならない罪を背負ったんだ」

「あんた……何を言ってるの……?」

「理解できないならそれでもいいよ。こちとらそっちの都合なんて気にしてないから」


 魔族を大量に殺したこいつらには罰を。それが俺のやりたいことだし、やらなくちゃならないことだ。


「そういえばさ、《ネルフェストボルケイン》がお前らの最強魔法なんだったよな?」

「そ、それがどうか――」

「お前らのあれは本物とは比べ物にならねぇ紛い物だ。恥を知れ」


 《ネルフェストボルケイン》は確かに強い魔法だ。しかし、だからこそあの程度の溶岩で、火力で、威力で、《ネルフェストボルケイン》を名乗って欲しくはない。

 だからこの俺が、本物の《ネルフェストボルケイン》を見せてやろう。


「天地が燃ゆるは開闢の礎が世に憚りし時、振動にてその叫びを示す魂也。始まるは猛りし天。終わるは淀みし地。《ネルフェストボルケイン》」


 フレアの姉を中心にして、この部屋一帯に魔法陣が広がる。


「こ、これは、まさか!?」

「《ネルフェストボル――」


 瞬間、魔法陣から噴出した溶岩がフレアの姉たちを飲み込んだ。それに続くように数多の溶岩の柱がフレアの姉たちに向かって噴出し、それら全てに焼かれたフレアの姉2人は既に原形を留めていない。

 無論、俺が先程動きを止めた騎士たちも例外ではない。溶岩の柱は10人の騎士をも飲み込み、この部屋にいたユルベルグの騎士は全滅したのだった。

 俺は溶岩を操って俺とフレアだけを避け、そのまま地面、2階と1階を通り抜けて地中へと溶岩を流した。魔法で作った溶岩である為にある程度動かすことが出来るのは便利な機能だと思う。


「カイよ、それは先程姉上が使った物か?」

「そうだけど違うな。これは本来、かなり強力な魔法だ。溶岩を操ることも出来ず、溶岩の柱を1つしか出せないお前の姉たちの《ネルフェストボルケイン》は本物には遠く及ばない偽物だよ」

「ふむ、そうか」


 分からないのはあいつらの魔法を発動する方法だ。フレアも言っていたが、魔法名を言った後に「発動」と言えばいいだけなどというのは到底信じられない。

 魔法とは世界の契約。故に契約文を言う必要があるし、それを精霊に運んで貰う必要もある。しかいあいつらの周りに精霊は見えなかったし、「発動」の一言が契約文になるということか?

 分からないことだらけだ。これについても少し調べてみるかここは人間領なのだし、調べようとすれば何かしら出て来るだろう。


「さて、んじゃユルベルグに行くか」

「む? 何だ、私の故郷に来るのか?」

「いやだから、ユルベルグの王とか殺してお前を自由にするって言っただろ?」

「そういえばそうだったな。私としては、私を自由にさせてくれるだけで構わないのだが」

「そうならなかったからお前の友達はなかば人質扱いされてるんだろ? 不安要素は先に解消した方がいいぜ?」

「ふむ……それもそうだな」


 今の俺の目的は人間を知ることだ。それには多くの人間の上に立つ人物に直接会うのが適切だと思う。上に立つ者ならば多くの人間に精通しているだろうからだ。

 その途中で魔族の障害となる人間を見つけたなら殺せばいいし、滅ぼせばいい。それも俺のやるべきことだ。


「取り敢えずニーナのところに行きたいな。心配だぞ」

「ああ、勿論いいぜ。行こうか」


 そうして俺たちはニーナとレンフィーエンがいる民家へと向かった。これでこの城の7割くらい崩壊したが、まぁ構わないだろう。俺にとってはどうでもいいことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る