第22話 やっと会えたな

 フレアが彼女の姉たちを見つけたらしいが、それはこの上、つまり3階にいるという。

 だが俺もフレアも3階へと続く階段の位置は分からないし、どうしたものか。

 ……いや、考えるまでもなかったな。


「フレア、1発頼む」

「ぬ?」


 そんなフレアはすでに天井に向かって拳を構えていた。なんて話の分かる奴なのだろうか。普通の人間の行きつく考えではない気がするが。

 ともかく、フレアは軽くしゃがんで勢いを付けた後、天井に拳を撃ち込んだ。それにより天井は音を立てて崩れ、瓦礫となって降り注ぐ。

 俺とフレアは一旦その場から避難し、瓦礫が収まるまで数秒待ったのだった。


「……止んだな」

「うむ! では行こうか!」

「おう!」


 俺とフレアは跳躍してそのまま3階へと向かった。

 床から天井までの高さは人間3、4人分くらいだったので俺が行けるのか少し不安だったが、問題なく飛べた。どうやら勇者の力で身体能力が強化されているというフレアの予想は正解のようだ。

 そして上がって来た3階は先程俺が王やニーナ、フレアと戦った王の間だった。


「何だ!?」

「お、お前たちは!!」


 そこには計12人の鎧騎士がおり、俺とフレアの登場に驚いているようだ。全員が目をぱちくりさせて驚愕の表情を作っていたからな。

 それにしても何故人間は頭にも鎧を付けないのだろうか。人間も魔族も頭部が弱点の1つだというのに。


「フ、フレア!?」

「あなた、何でここにいるのよ!?」


 鎧を着た12人は全員同じ鎧を着ていた訳ではなく、2人の騎士は違う鎧を着ていた。他が銀色の鎧を着ているのに、その2人は青い鎧を着ていたのだ。

 その2人の顔は、なんだかフレアに似ている気がする。


「おお、姉上たちではないか! 探したぞ!」


 どうやらあの2人がフレアの姉らしい。成程、確かに少し顔が似ている。


「それはこっちのセリフよ! あんた今まで何してたの!?」

「ぬ? ニーナやレンと遊んでいたが」

「あなたには任務を任せてあったでしょうが! 3週間前に出てったから2週間もあれば何か掴んでくるだろうと思ったのに、何も音沙汰なかったから来ちゃったわよ!」

「そうかそうか」


 フレアはまるで他人事のように聞いているようだな。先程からまったく表情が動いていない。


「この……! バカ妹は……!」

「コロナ姉さま、やっぱりバカフレアには無理だったのでは……?」

「そうは言っても偵察任務なんて危険なものを任せられるのはフレア位だったし……。だってあの耐久力と生存力よ?」

「それもそうねぇ。私たちじゃ捕まったら死んじゃうでしょうし」


 好き勝手言っているな。あの様子だとフレアの姉たちもフレアのことをあまり快く思っていないらしい。それはフレアも自覚しているようだが。


「ところで姉上たちよ」

「何よ? こっちは忙しいのよ? あなたが任務をサボったせいで少し賭けに出る破目になったけど、この侵略作戦は概ね成功よ。まぁでも、どうやらこの国には勇者がいないみたいだし徒労だったわね」

「それに安心しなさい。作戦が成功した以上はあなたにもお咎めはなしよ。帰ったらいつも通りあの田舎娘と遊んでればいいわ」


 件の田舎娘とはフレアの友達のことだろう。それにユルベルグの王にもフレアを咎める気は無いようだ。

 考えれば当たり前のことではあるがな。この時点で大事な楔を失うような真似はしないだろう。


「でもあんたには感謝してるわよ」

「む? 何故だ?」

「だってあなたがこの城を半壊させて兵士や騎士をかなり削ってくれたんでしょ? 攻め落とすのは簡単だったわ」

「それにグランドレアの王は既に死んでるらしいけど、あんたがやったんでしょ? というかあんた以外に城を壊しつつ王を殺せる人間がいるもんですか。勇者が他にいたならともかく」

「それは私ではないぞ。確かに城をある程度壊して王にトドメを刺したのは私だが、その原因はカイにある」

「カイ? 誰よそれ?」

「こいつだ」


 フレアは横に立つ俺を指して言った。


「こいつが騎士団を壊滅させて王の近衛兵も全滅させ、王を瀕死の状態にした男だ」

「まぁな」


 てんで弱すぎて話にならなかったがな。騎士団も、王の近衛の騎士も。ニーナはかなりマシな方だったが、本気を出せば一瞬で塵だ。

 その中でやはりフレアは強かった。勇者としての力もあるだろうが、それでもかなりの物だろう。それにフレアは俺との戦いの中で魔法を使わなかったし、奴のいう脚部装甲を付けた本気状態でも無かった為に戦闘能力は俺の予想以上だと思う。

 ああ、俺の仇がこいつ位に強ければ俺の胸のモヤモヤが晴れるのだがな。

 まだ足りない。まだ、人間を殺したりない。

 俺の村に直接手を下した人間と指示した人間は残らず殺したが、これだけでは全然足りない。もっと、クズな人間を殺しておかないと気が済まないんだよ。

 無論、これは俺の我儘であり勝手な考えだ。しかしこれは魔族の皆の安全につながるし、何よりも俺の気が晴れる。最高だ。


「城を壊したのは私とカイの戦いが原因だ。私もつい楽しくて本気でやってしまったからな」

「……あ、あなたが本気で……?」

「どんなバケモンよ……」

「つってもフレアは魔法も脚部装甲も使わなかったけどな」

「……ということは、腕部装甲は使ってたの?」

「ああ」

「やっぱり、あなたバケモンじゃない……!」


 ああ、何となくだが理解できた。こいつらはこう言いたいのだろう。

 自分たちは脚部装甲や魔法の不使用どころか、腕部装甲を付けたフレアにすら遠く及ばないのだと。

 そして腕部装甲を付けたフレアと戦えた俺はバケモノなんだと。


(……情けないな)


 自分より弱い者は嬉々として殺し、強い者はバケモノとして恐怖する。ああ、なんと醜い生き物なのだろうか。

 俺が人間の血を引いているということが悔やまれてならない。どうして俺は人間として生まれてきてしまったのだろうか。


「……フレア。もう俺、我慢できそうにない」

「ぬ?」

「早く、お前の姉たちを殺させろ」

「む……。お前には悪いが、姉上たちの相手は私がする。私はニーナとレンを傷付け、拷問の命を出した姉上たちを許してはおけぬのだ」


 そうだった。フレアも俺と同じ類の人間だったのだ。

 ならばその邪魔をする訳にはいかない。俺は残る10人の相手をしよう。


「分かった。残りは俺に任せろ」

「頼もしいな。では任せたぞ」


 俺とフレアは共に歩き、12人の騎士の元へと進む。俺は剣を抜き、フレアは手甲を軋ませる。


「え? ちょ、フレア……? どうしてそんなに敵意むき出しで近付いて来るの……?」

「それいあなた、カイ……だったかしら? どうして剣を抜いてるの……?」


 俺とフレアは構わずに歩く。その手に必殺の力を持ちながら。


「コロナ様、プロミネンス様、ここは我らにお任せを!」

「貴様! この方々はユルベルグの貴族であり騎士でもある方々だぞ!!」


 ほう、フレアとその姉たちは騎士であり貴族でもあったのか。俺は貴族について詳しく知らないが、人間の中で高い地位や権力を持つ存在を貴族と呼ぶのだと聞いたな。

 あれは前に見た本だったか。本……そうだ。あれはテイドさんの店で興味本位で買った本だった。

 俺はその時のことを思い出してしまった。テイドさんとの何気ないやり取りや、その日に父さんと交わした何気ない会話。もう記憶の中でしか繰り返すことが出来ない思い出を。


「……」

「カイ、その10人は任せた」

「……ああ」


 俺は、10人の人間に思いをぶつけることにした。これは俗にいう八つ当たりだが、こいつらのような罪もない存在を苦しめる人間になら構わないだろう。

 まず手始めに、全員の行動を封じよう。


「天啓受けし閃光は、円周来たりて虚空の空に移る者となる。囲う瞬き檻と成し、纏う天敵屑と知る。《ボルトセントクラン》」


 俺が今使った魔法は雷により対象の動きを封じる魔法。空間に突如現れた小さな球体は対象の脳に侵入して脳の運動を司る部位を麻痺させる。

 しかし、こういった対象に直接影響する強力な魔法は強力な分欠点も多い。

 例えば、対象に病のウイルスを注入して末期状態にする《パラダイスディセンド》や、脳を麻痺させるこの魔法は体の内側からの魔法攻撃、光の回復魔法、熱等に弱く、使う度に対象に効きにくくなるなどの欠点がある。

 他にも弱点は色々とある為、魔法を得意とする存在には通用しないことの方が多い。だから俺は狩りでしかこれらの魔法を使ったことが無かった訳だが、人間は勉強不足や奴が多いらしい。

 その証拠に10人の騎士は全員俺の魔法をまともに食らったようだ。


「う、動けない……!?」

「これは、一体何だ……!?」


 騎士は突然体が動かなくなったことに疑問を感じているようだ。


「すごいなカイ。私には真似できん」

「そりゃどうも。ほら、行けよ」

「感謝する」


 俺はその場で立ち止まる。フレアは俺を置いてそのまま進み、フレアの姉の前に立ち塞がった騎士たちを素通りして姉たちの元へと向かった。


「ま、待て!」

「フレア様!? 一体何をする気ですか!?」

「決まっている。姉上たちを潰す」


 騎士たちの横を通り過ぎる瞬間にフレアは迷わずに言った。


「何ですって!?」

「フレア! あなた正気なの!? 私たちはあなたの姉なのよ!?」

「私は友達の為に姉上たちを潰す。それだけだ」


 フレアはついに自分の姉たちの前に出た。


「ま、待て! くっ! 動かん!」

「何故体が動かないのだ!?」

「んじゃ折角だから教えてやるよ。人間の脳と魔族の脳は少し違うだろうけど多分ほとんど同じだから説明できると思うぜ」


 俺はこいつらに抗議を始めた。時間があったし、何よりこの俺がフレアとその姉たちの戦いを見たかったのだ。

 あのフレアの肉親だ。そんなに弱いということはないだろう。


「脳は大きく4つに分かれてる。前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉ってな。その中で動きや感覚、認知情報の外部的と内部的処理をするのが頭頂葉なんだ。《ボルトセントクラン》は頭頂葉にある一次運動野の機能をマヒさせる。前運動野は正常だから行動を考え、それを何とかして実現しようとすることは出来るがな。それに後頭葉や側頭葉は正常だから、見て聞いて喋ることも出来る。分かったか?」


 俺はかなり丁寧に説明したつもりなのだが、騎士全員がポカンとした表情をしていた。どうやらよく分からなかったらしい。


「はぁ……んじゃ脳の一部分が麻痺したから動けないだけで喋れたりするよって覚えとけ」


 やっと騎士たちは納得したような顔になった。そのすぐ後に離せだの元に戻せだのといった抗議が続いたことを考えると、分かりやすくまとめなくてもよかったかもしれない。余計なことをしてしまったようだ。


「うるせぇな。今からフレアとその姉の戦いが始まろうとしてんだから黙れよ」


 そう、ついにフレアとその姉たちの戦いが始まろうとしているところなのだ。ああ、楽しみだ。

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