第21話 城内探索

 城は俺とフレアが戦った状態から変わっていなかった。つまりはボロボロであるということだ。

 1階の壁や床は壊れているし割れてもいる。場所によっては外と繋がっており、もはや壁としての役割すら果たしていなかった。


「フム、姉上たちはどこにいるのだろうな?」

「取り敢えずは上に行こうぜ」


 何となくだが、偉い奴や自分をえらいと思っている奴は高いところを好みそうな気がするのだ。王の部屋が一番上にあるのもそれが理由だと思う。

 それにしてもこの城、今は誰もいないのだろうか。

 通路を歩いていても誰1人見掛けない。兵士も、使用人も、偉い奴も、誰も。

 それにしては随分と速い気がするな。城なんていう建物がこれだけの広さを持つ以上、中には100を超える人数がいる筈だ。いや、100どころではないかもしれない。

 それなのにあまり時間が経っていない今、城に俺とフレア以外の人間を見つけないのはどういうことなのだろうか。


「う~ん……?」

「どうしたんだ、カイ?」

「いやな、城に誰もいないのが気になってさ……」

「フム、確かにそうかもな」


 どうやらフレアはあまり気になっていないらしい。返事は適当だし、どうでもいいとでも言いたげな顔をしている。

 ああ、でもその通りだな。この城の人間が減ろうが増えようが俺にとってはどうでもいいこと。

 このままフレアの姉やらを探せばいいだけか。


「悪かったな、どうでもいい質問で手間取らせちゃって」

「ム? よく分からんが……」

「んなら気にすんな。どうでもいいことだよ」

「ならいい」


 フレアはそのまま先へと進む。

 こいつは考えているのか考えていないのか読めないな。まぁ分かりやすいのがいいとも言わないが。

 しかしこういう人間の方が何かと付き合いやすいのは確かだ。細かいことは気にしないでいてくれる方が楽だからな。あまり大雑把ずぎても困るが、まぁそれは良しとしよう。


「ところでカイよ」

「ん?」


 俺の少し前を歩いていたフレアが突然立ち止まり、後ろにいる俺を見て問うた。


「どこからなら上に行けるのだ?」

「……」


 前言撤回だ。やはり少しは細かいことにも気を回してくれた方がいい。


「つーかお前この城に入るの初めてじゃないだろ? なんで分かんねぇんだよ」


 こいつの部下だか仲間だかは知らないが、フレアを知るユルベルグの騎士たちはフレアが2週間前からこの国にいると言っていた。

 ならばこの城には少なくとも数回は入っていた筈だ。それにフレアは俺とニーナが戦闘した王の部屋まで一度は来たのだし、適当に歩いた結果として王の部屋を見つけた俺と違って部屋の場所を知っている筈。


「勘だ」

「は?」

「私は常に勘で動いている。場所なぞ知らん」

「……お前、よく今まで生きて来られたな」

「おかげで家に帰ろうとしても着くのが数日後、はたまた1週間後になるというのはザラだったな」


 それは勘で動いているというよりもただの方向音痴なだけなのではないだろうか。もしくはフレアの勘は全く役に立たないかの2択だろう。

 フレアが騎士たちにあまり好まれていない理由の1つでもあるのかもしれないな。


「取り敢えず、お前に道案内を期待するのはやめるよ。まったく役に立たないから」

「失礼な。そのうち着くぞ?」

「俺たちが多少は急いでることぐらい、分かるよな? お前に任せてたらいつになるか分かったもんじゃねぇ」


 俺はフレアの前に出て歩き出した。こうなれば俺が先導した方がマシだろう。なんとなくなら道を覚えているし。

 フレアはそんな俺の後を大人しくついて来た。自分が思った方に行くよりも俺に付いて行った方がいいと判断してくれたからだろうか。

 確か先程2階に行くのに使ったのは階段だけど、何処にあるのかが分からないのが問題だ。ならば壁に手を突いて歩いてみよう。そうすればいずれはどこかに付ける筈だ。ちなみに、これは迷路などで使われる手法の1つである。

 そうやって歩いていると、階段を見つけた。


「よし! これで2階に行けるぞ!」

「おおー。カイはすごいな。私だけならばここに来るまでにもっと掛かっていただろう」


 そりゃそうだろうなと思ったが、あえて言わないことにした。


「フレア、警戒しておけよ」

「む? 何故だ?」

「上から人の気配がする」


 狩人でもある俺は多少ならば人の気配も読み取れる。まぁモンスターなどの人外の方が気配を読み慣れてはいるが。

 しかし短距離ならば間違いはないだろう。つまり、この先に人間がいる。

 問題はそれが俺たちの邪魔をする存在か否かだ。この城の人間ならばあえて俺とフレアの障害にはならないだろうが、ユルベルグの騎士ならば強いかもしれない。警戒しておいて損はないだろう。


「人間か?」

「ああ、多分な」


 それにしても人間の気配の読みにくさはどういうことなのだろうか。

 モンスターは必ず生きる活力のようなものを持っているし、それが雰囲気、オーラとして出ているのだ。たとえ小さなモンスターだとしても、例外は無かった。

 しかし人間からはそれが微量しか感じない。気配だけで判断してしまうと、生きているのか死んでいるのかすら分かりにくいのだ。

 視覚的に、この目で見れば分かるのだが、如何せん狩りの癖で気配から相手を想像してしまうと人間は俺の敵になりにくい。


「さて、この上にいる。タイミングを合わせて飛び出すぞ。タイミングは、3、2、1。1と同時に出る」

「ウム!」


 俺とフレアは階段を上り、2階に出る直線で止まって作戦会議のようなものをする。

 相手の強さが分からない以上は下手に出る訳にもいかない。だからこそ奇襲のような形をとるのが安全策だ。


「それじゃ行くぞ? 3――」

「フヌァ!!」


 こともあろうにフレアは階段を出る前に天井(2階から見れば床)を手甲による拳で破壊した。その破壊は広範囲におよび、俺たちの周りは瓦礫だらけとなってしまった。

 それにより階段も半壊してしまったので、俺は急いで2階へと上がる。


「何してんだテメエエエエ! タイミング合わせろって言っただろうが!! つーか殺す気か!!」

「むう? おお、忘れていた」


 フレアは何故ほんのわずかの間に言ったことすら忘れてしまったのだろうか。これはもはや記憶障害レベルだと思うのだが。


「なんて言ったのだ?」

「ああ、そうですか。俺の話すら聞いてなかったのな」


 どうやら俺の想像を超えていたらしい。まさか話すら聞いていなかったとは思わなんだ。

 どうやら次からはしっかりと復唱させねばならないようだな。


「だが見よ。2人倒したぞ?」

「え?」


 フレアが指差す方向を見れば、2人の騎士がフレアの吹っ飛ばした瓦礫により気絶していた。

 鎧に凹みがあり、騎士の周囲に瓦礫の破片が大量に転がっているということは、そういうことなのだろう。


「つーかお前、2階に騎士がいるって分かってたのか?」

「無論だ。そんなものは気配で分かる」


 驚くべきことに、フレアも気配を読める類の人間らしい。しかも俺には出来ない人間の気配察知が可能なようだ。


「人間以外も分かるのか?」

「無理だ。人間の者しか読めん。モンスターの気配は独特だからな」


 フレアの気配察知能力は俺の逆だということだな。

 まぁそれはそれで構わない。俺と2人でいれば人間とモンスターの気配の両方を読めるということになるからな。


「んじゃ、先に進むか」

「ウム!」


 進むと言っても当てがないために適当に歩くだけだ。2階の損傷は1階と比べればマシな方だが、とても人の住める状態に無い。

 俺とフレアの戦いは城を半壊させるほどに激しく、大きな戦だった。まぁ俺からすればよく城が壊れなかったものだと思っているし、そう考えればいs炉の耐久度が凄まじいということが分かる。

 俺はいくらか城に感謝しなければならないだろうな。ここが壊れてしまえばフレアの姉たちを見つけられなかったのかもしれないのだから。


「カイ、この先に3人だ」

「騎士なのか?」

「分からん。己の目で確認した後に判断すればよかろう」


 フレアの言う通り、分からないのならば確認してから判断すればいいのだ。どちらにせよ俺たちの仲間と言える存在などいないのだし、俺にとって出来れば殺したくない人間はニーナとレンフィーエンのみ。他の人間がいたならば殺せばいい。

 恨むなら恨め。好きにすればいい。但し恨むのならば、俺と人間に生まれた己を恨むべきであろう。

 だって俺は魔族の味方ではあるが、人間の味方ではないのだから。


「ところでお前はこの先にいる3人をどうする気なんだ?」

「ユルベルグの騎士であれば殺す。この城の人間ならば生かす。攻撃してくれば殺すがな」


 つまりはどうでもいいということだろう。フレアは自分の友達以外はどうでもいいと考える人種なのだし、それも当然か。

 というか俺はてっきりフレアのそれは方便か何かだと思っていたのだが、入口と階段のところで騎士を殺したこと、そして今の発言を考えれば偽りのない言葉であることが分かる。

 ああ、なんて話の分かる奴なのだろうか。


「ではゆくぞ」

「おう」


 俺とフレアはほぼ同時に飛び出し、ユルベルグの鎧を確認したと同時に攻撃を繰り出す。俺は剣で鎧ごと首を落とし、フレアはその拳で2人の騎士の頭を殴り飛ばした。フレアに殴られた2人の頭蓋は砕けたようで、その死体の頭部は少し平べったくなっている。

 人の頭蓋を1撃でくだくとは、なんという力なのだろうか。


「フム、やはり力が上がっているな」


 フレアは己の両拳を見つめながら呟いた。俺はそれの意味が知りたくなった為にフレアにその意味を問う。


「それどういう意味だよ?」

「フム、これはおそらく勇者の力だろう。破邪の光という奴だ」

「あれって武器と自分に光の属性が付いて、光の魔法が使えるようになるだけじゃねーの?」

「私もそう聞いたのだがどうやらそれだけではないらしい。現に私の拳の威力が跳ね上がっているのだ」


 つまり元々フレアの拳にはここまでの威力は無かったということか。

 成程、それならば納得できる。どう考えても拳の一撃で壁や床を破壊できる人間が普通な訳がないからな。


「ってことはやっぱりお前の拳の一撃は勇者の力の補正が入ってたってことだな。いやーそれなら納得できるよ。だって人間が拳だけで壁やらを破壊できる筈がないもんな」

「ぬ? そんなことなら今までも出来たぞ?」

「……は?」

「今までの私では壁を壊すのに2、3撃は必要だったのだが、今では一撃で破壊できる。つまりは威力が上がったということだろう?」


 何だろう。初対面の時も俺はフレアのことを人間よりも魔族に近い存在だと思ったのだが、今の話は俺のその考えを助長した。

 普通、人間が壁などの固い無機物を壊すには何かしらの道具が必要だろう。ハンマーだったり斧だったりが適していると思う。

 だがそれでも何回振るえば壊れるのか分からないし、最低でも10回くらいは当てないとこの城の壁は壊せない筈だ。

 しかしフレアは己が拳を一撃当てただけで破壊した。以前はどうだったかというと2、3回で壊せたという。

 なんというか、勇者の力がすごいというよりも勇者の力がフレアの凄さを後押ししている状態だな。


「む? ……おおお!!」


 俺の横で歩いていたフレアは突然奇声を発して走り出す。

 後を追うと、フレアは床にしゃがみ込んで何かを抱いていた。というよりも頬擦りしていたというべきか。

 フレアに頬擦りされているのはかつて彼女が背負っていた盾――いや、脚部装甲だったか。どう見ても盾で脚部の装甲には見えないが。


「ようやく見つけたぞ~! 元気で何よりだああ~!」


 フレアは甘い声を出して頬擦りを続ける。まるで子供をあやしているようだ。その対象が装甲なのが如何せんシュールだが。


「見つかって良かったじゃないか」

「ウム! これで心置きなく戦えるぞ!」


 探していると言っていた装甲が見つかったようで、良かったと思う。ぶっちゃけそれが無くても充分強いが、それがあれば今とは別人と呼べるくらい強くなると言っていたしな。

 その脚部装甲を装備した全力のフレアと何時か戦ってみたいものだ。


「ぬ? む~~。おお!」


 何やらフレアがいきなり顔を上げてうんうんと唸ったり何かに反応しているようだ。何かの儀式だろうか。


「姉上たちを見つけたぞ!」


 と思ったら素晴らしい情報を手に入れたようだ。


「おお! どこだ!?」

「この上だ!」


 フレアは天井を指して言った。


「……おお、そうか」

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