第19話 怒るは魔族が為に

 引き車に入った俺たちが見たのは、血だらけで拘束されているニーナとレンフィーエンだった。俺とフレアは急いで2人を拘束している鎖を壊す。


「生きてるか?」


 俺はレンフィーエンに問い掛ける。

 息も脈もあるし、心臓は弱弱しくも鼓動を刻んでいる。


「よし、生きてるな。フレア! ニーナは生きてるか!?」

「生きてるが損傷がひどい! 急いで手当てをしなくてはならん!」

「なら医者のとこに行く! 知ってるか!?」

「ああ! 付いて来てくれ!」


 フレアはニーナを抱きかかえて引き車を出る。俺もレンフィーエンを抱えてフレアの後を付いて行った。

 数分後についてのは民家の1つ。


「ここに医者がいるのか?」

「ああ、前にニーナに教えて貰ったのだ」


 フレアは民家に入り、俺も付いて行く。

 そこにいたのは老夫婦で、騎士に連れていかれたニーナとレンフィーエンを心配していたらしい。どうやらここにあの騎士たちは入ったようだ。

 老夫婦は必ず2人を治すと言った。だから俺とフレアは老夫婦に後を託して民家を出る。

 その際に俺は家を魔法で守ることを提案した。

 俺が使える魔法の中には持続時間が長い物もあり、それは所謂、防御結界として使うことが出来る。

 これを使えば内からも出られないので、老夫婦にはしばらく外出しないで貰う必要があるのだが、敵国に占拠されたのならばむしろ好都合だろう。

 だから俺は魔法の結界を使って民家を包んだのだ。


「これでよし、と」

「便利なものだな。魔法とは」

「破邪の光を使うお前に言われたくはないけどな」

「だが私はお前のような魔法は使えない。魔法を使う時に言うあの言葉は一体何なのだ?」


 フレアは言っているのは呪文の詠唱のことだろうが、俺からすれば呪文詠唱なしで魔法を使えることが驚きだ。

 さっきこれについてフレアに聞こうとしたので今聞いてみたのだが、分からないと言う。

 なんでも、人間の常識では魔法を使う方法はその名を言った後に「発動」と叫ぶことだけらしい。それだけで世界が力を貸すとも思えないがな。


「で? これからどうするんだ? まさかこの町にいる騎士を全員倒すつもりか?」

「それは後だ。まずは姉上を探して殺す」

「自分の姉なのに、か?」

「姉上たちはニーナとレンにひどいことをした。罪には罰が必要だろう。あとはニーナとレンにひどいことをした奴を順に殺していけばいい。他はどうでもいい」

「偉く端的だが、その考えは好きだぜ。ああ、確かに罪には罰が必要だ」


 俺がこの国の王を殺した理由もそれだしな。


「カイよ、お前はどうするのだ?」

「まぁ手伝ってやるよ。お前のことも何だかんだで気に入ったし、俺の気に入ってるニーナをあそこまで痛めつけられたのには俺もムカついたからな」


 ニーナの体の至る所には切り傷と打撲痕があり、骨もいくらか折れていた。レンフィーエンも同じような目にあっていたが、比較的ニーナよりはソフトだ。まぁ入院の必要があるレベルの傷だが。

 こう言っちゃなんだが、あの程度で済んで運が良かったと思う。例えば俺なら人としての形すら残さないだろうし、俺の村を滅ぼしたあの赤鎧の騎士だって人間としての尊厳や形を踏みにじり、見るも無残な状態にしたのだ。俺の村のみんなの何人かがそうだったからな。

 だから、ニーナとレンフィーエンは運がいい方だと思う。こんなことはフレアには言えないが。

 しかしフレアの姉2人がニーナに拷問したのは事実。俺が動くに足る理由だ。


「あ、フレアさま!?」

「フレアさまがいたぞー!」


 数人の騎士がフレアを見つけるとすぐに駆け寄って来た。


「お久しぶりです!」

「お元気でしたか?」

「戻って来られないので心配しましたよ!」


 先程も思ったが、どうやらフレアは自国民に人気らしいな。強いからか?


「……ああ」


 しかしそんなフレアはどこか空虚な瞳をしている。


(……ああ、そうか。そういうことか)


 フレアが全然嬉しそうにしていない理由が分かった。

 フレアを慕っているように見える騎士たちは、心の底から慕っている訳じゃないのだ。

 よく見ればその目には意志が乗っていない。嘘というより、世辞に近いな。


(そりゃそんな目で見られれば気が乗らないよな)


 そんなフレアは騎士たちに向かって問う。


「お前たち、向こうの引き車で女が2人拷問されていたのだが、実行した者、もしくはその命令を出した者を知っているか?」

「それはフレアさまの姉さま方ですね。我々はあの引き車に入ってはならないと釘を刺されましたから」

「……そうか」

「ええ。私たちは魔族の解剖で忙しいので、そちらに回っていたのです。どちらかと言えば人間の拷問は予定外のことでしたからね」


 ……ちょっと待て、今、あの騎士はなんて言った?

 魔族の、解剖と言わなかったか?


「おい、お前」


 俺はその騎士の肩を掴んで引き留める。


「何ですか? というか、あなたは誰ですか?」

「フレアの一時的な仲間だ。そんなことはどうでもいいから、答えろ。魔族の解剖とはどういう意味だ……?」

「答えてやってくれ」

「フレアさまがそう言うのでしたらお教えしましょう。我々はまず魔族領に勇者を探しに行ったのですよ。でも勇者は見つからなかったので、行動できる内に魔族を虐殺してその死体を持ち帰ったのです! これで魔族の研究も進みますし、装備品も高性能になるかもしれません!」


 そうかよ。お前らも魔族を皆殺しにしたのか。

 今度はどこの村を滅ぼしたんだ? 俺の村の隣にある村か? その隣か? もっと離れた村か?

 ああ、だから人間は嫌いなんだ。魔族を殺す人間が、気に入らないというだけで、役に立つだろうというだけで魔族を殺す人間が! 

 大方、気弱で温厚な魔族を狙ったのだろう。そうでなくてはこの程度の人間が魔族に勝てる筈がない。


「……俺をその場所に連れていけ。魔族の死体を見せろ」

「では付いて来て下さい」


 俺はその騎士に付いて行った。そして通されたのは大きな建物。民家5戸分くらいはありそうな大きな建物であり、その中に入った俺は驚きを隠せなかった。


「そんな……」


 そこにあったのは数百を優に超える魔族の死体。大人も子供も関係なく、全員がバラバラに刻まれていた。

 いや、頭や腕、脚の原型がある方がマシだったのかもしれない。


「こちらが魔族の死体を粉末状にした物です。これを被りなり触ってから魔法を使うと強くなるんですよ!」


 粉末状に潰された魔族の死体。他にも爪や触覚、眼球や耳、鼻などの肉体の外的部位は分けて置かれ、心臓や肺、腸などの内部部位も分けられていた。

 ここはおぞましく、最悪の場所だった。後ろを向けば常に笑顔だったフレアも不快感を隠せずにいる。

 そして俺を一番不快にさせる物。それは、笑顔で魔族の死体を弄る騎士たちだ。

 ああ、この人間は死体をこのように扱ってそれでも笑っていられるのか。そんなに面白いのか。そんなに嬉しいのか。


「……最後に1つ。魔族の死体を使って何かをすると決めた奴は、誰だ?」

「確かフレアさまの姉さま方と我が国の王、あとは宰相など上の立場の者によって満場一致で決められたと聞いております」


 ……決まりだ。これから俺がやらなければならないことは、決まった。


「……おいフレア」

「分かっている。私の手伝いをしてくれるのだろう?」

「ああ。全力でサポートしてやる……!」


 まずは、この建物からだ。


「俺の言いたいこと、分かるか?」

「分かるさ。なんとなくだがな」

「よし、なら……やるぞ」


 俺は剣を抜いて騎士の首を落とし、フレアは手甲を纏った拳で建物を破壊していく。


「な、何をするんだ!」

「敵襲だ! 敵襲ー!!」


 ああ、来るがいい。そしてお前らの行いを懺悔する間もなく死ね。お前らの懺悔など毛ほども役に立たない。そんなものはゴミでしかないのだ。

 俺は剣や魔法で攻撃して来る騎士たちの首を次々に落としていった。ここまで弱いと逆に滑稽だよ。どうしてここまで弱くいられるのだろうか。

 フレアは順調にこの建物を壊している。もう半分は壊れているな。

 さて、俺は残る19人を殺さなくちゃ。でも大丈夫。すぐに終わる。

 俺は次々に騎士を殺す。俺の攻撃する為に振りかぶった剣ごと斬る。俺を魔法で攻撃しようと掲げた腕ごと斬る。

 無駄だ。お前らじゃ俺に傷を与えることは出来ない。


(いや、傷は与えられてるか……)


 ここまで魔族を低俗に、下等に扱われると心が痛い。こいつ等は、俺の心に傷を与えることに成功しているのだ。

 ああ、忌々しい人間どもめ。どうして皆がニーナやフレアのようになれぬのか。

 そして俺が騎士全員を殺した後、フレアが放った一撃によって建物は崩壊する。

 そして脱出した俺とフレアは建物の前に立ち、俺は魔法を使う。


「淡き陽炎、その夜は夢のごとし花びら舞い散る月下也。燃えるは盛し炎也。消えるは諮りし幻夜也。《フェルテュールフレイム》」


 俺の魔法によりその建物の下に魔法陣が浮かび上がり、建物は勢いよく燃える。そして十つを数える前に建物は灰となる。

 盛し炎は魔族たちの無念を乗せて燃え散ったのだと信じたい。安心してくれ。お前たちの仇は必ず取る。


「ゆっくり眠れ、名も知らぬ同胞たち……」


 俺は祈らずにはいられなかった。


「お前は魔族を同胞と呼ぶのだな、カイ」

「まぁな。おかしいか?」

「いや? 人が何を友とするかは人それぞれだ。魔族を友と呼ぶ人間がいてもいいだろう」

「……ありがとよ」

「礼には及ばん」


 俺は心の中でもう一度フレアに感謝した。


「さぁ、城に行こうか。俺たちの目的の為に」

「ああ。……狙うは姉上とその他の騎士の首だ。2人で勝てると思うか?」

「お前と俺ならやれるさ。余裕でな」

「同感だ」


 そうして俺たちは城へ向かった。胸に呪いと恨みを秘めながら。

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