第18話 占領

 俺の耳がおかしくなっていないのならば、今、フレアは自分の姉が勇者の勧誘に来たのだと言ったように聞こえた。

 勇者の勧誘というのがまず意味分からないし、ただの勧誘にしては随分と兵力と装備を固めている気がする。

 まるで強力なモンスターとでも戦うような、そんな装備だ。

 鎧は防御に重点を置いた重装備に見えるし、1人1人が多種の武器を持っている。壊れてもすぐに補充できるようにする為だろう。

 騎士の数は多い。城の入口には17人、城の前に広がっている庭と前門にはおそらく……50人以上はいるな。


「ちなみに、お前の姉ってどれよ?」

「んーと……あれとあれだ!」


 フレアの指差す方向、城の入口にいたのは複数の騎士に囲まれた2人の騎士。そいつらの鎧は他の騎士が身に付けている鎧とは違っていた。その鎧の形や色が他と違うということは、おそらくは位が上なんだと思う。鎧の色は青、それも深い青――寂しい色だな。俺の目の色のように。


「それで? 勇者の勧誘ってのはどういう意味だよ? お前何か知ってるんだろ?」

「確か勇者が欲しいから勧誘しに行くのだと言っていたな」

「で?」

「で、とは?」

「いやだから、勇者を勧誘するってのがよく分かんねぇんだよ。勧誘してどうするんだ?」

「国の戦力にするのではないか? よく分からんが」


 おかしい。それはどう考えてもおかしい。

 勇者は世界の敵と戦う為の存在だと、父さんからもらった本に書いてあった。ならば勇者は特定の国に所属したとしても、一時的に第3勢力となる筈だろう。

 だって勇者は、世界の敵とやらと戦う為にいるらしいから。


(そんな使命みたいな物を持つ勇者を集めて、何をする気だ?)


 考えられる可能性としては3つか。

 1つは勇者の手柄を自分たちの物にしたいという単純な欲。5人の勇者全てが特定の国に所属していれば、勇者の手柄のほとんどはその国の物となるからな。

 2つ目は世界の敵が何なのかを知っている、もしくは勘付いているから、その敵に知られないよう極秘に勇者を1ヶ所へ集めようとしてるという可能性。敵に気付かれずに戦闘準備を完了させるのはいい手段だ。もしそうなら、中々いい判断だと言えよう。

 3つ目は、自分たちが世界の敵だから勇者が集まる前に各個撃破しようという作戦。これもいい判断だ。俺がその敵であるならばまず間違いなく準備が完了する前に潰しておくだろう。


(さて。この中のどれかか、はたまたこの3つ以外の可能性か……)


 だが、それならば何故ここにフレアがいるのだろう。こいつほどの戦力ならば手元に置いておくべきだろうに。それとも全員がフレアよりも強いのか?


「なぁフレア。お前はあいつらに合流しなくていいのか?」

「んー……」


 フレアが頭を押さえて唸り始めた瞬間、城の入口にいたフレアの姉を始めとする17人が城へ入って行った。


「おい、お前の姉たち城に入ったぞ」

「ぬ?」


 フレアは城の入口ヘと目を向ける。そこには誰もいない景色が広がっていただろうな。まだ庭と前門には50以上の兵士がいるが。それにその騎士たちは大きな小屋のようなものをモンスターに引かせている。中身は何なんだろうか。

 本来ならば城を壊した侵入者の俺は速やかに逃げるべきなんだろうが、勇者に関連する情報は俺にとって他人事じゃない。

 奴らが何かを知っているのならばそれを知るのは悪くないだろう。


「フレア、取り敢えずあいつらに事情を聞くぞ。俺たちは勇者なんだし無下に扱うことはしないだろ」

「了解だ!」


 まぁ聞いた感じだとフレアはこの騎士たちにとってそこそこ高い位に位置している筈だ。突入していった17人の内2人はフレアの姉らしいし。

 そんな訳で俺とフレアは城の前門へと向かった。


「あのー、すみま――」


 俺が挨拶しようとした瞬間、前門の騎士たちが血相を変えてフレアに詰め寄った。


「何してたんですかフレアさん!」

「我々はあなたの帰りを1週間も待っていたんですよ!?」

「待っても来なかったから来てしまいましたよ!」


 詰め寄られたフレアは――


「?」


 何癌だか分からないとでも言いたげな顔をしていた。


「あのー……」

「ん? 君はなんだい?」

「いや、俺はフレアと――」


 まだ言い終わっていない俺の発言を切って騎士の1人は俺の両肩を掴む。


「君はフレアさまの知り合いかい!?」


 そして次々と騎士たちが質問攻めをしてくる。


「フレアさまとは何処で会ったんだい!?」

「フレアさまが何をしてたか知ってるのか!?」


 騎士たちは俺のことなど気にせずに己が言いたいことを吐き散らしている。ああ、これだから人間は無礼なのだ。初対面の相手に挨拶もせずにこんな出迎えをするとはな。

 俺はいい加減ウザったくなって来たので騎士の手を俺の肩から退けた。


「離してくれよ」

「あ、ああ……すまない。我々としても気が立っていたんだ。ところで君は……この国の人間か?」

「違うけど」

「ああ、それならいいんだ」


 騎士は俺の言葉を聞いて安心したのか、溜め息を吐いた。俺がこの国の人間でないのなら何だというのだろうか。 


「その問いの意味は?」

「我々はこの王都を占拠した。残るは城だけなのだ」

「……ほう」


 王都を占拠したと来たか。なかなかに予想外の展開となっているな。

 確かに、騎士の後ろの町の様子を見れば何となくわかる。通行人はかなり減っていたし、先程までの祭りのような雰囲気も完全に消えていた。

 見れば多くの露店には店員の他にこいつらの仲間と思しき騎士が立っているし、町の至る所に騎士がいた。この様子では、この町にいる他国の騎士の数は50人どころではないだろう。下手をすれば200、300、いや、400人いるかもしれないな。

 その目的は分からないが、町に死体や戦闘の痕、血や肉が落ちていないということは、そこまで酷い占拠ではなかったのかもしれない。

 おそらく、町民からすれば不信感や疑問を抱えている者の方が多いだろう。何故こんなことになっているのか、と。

 問題は占拠の理由だが、それはなんだろうか。


「さぁ、早く逃げるんだ。ここは時期に大規模な戦闘の場となる」

「この国の騎士と戦うのか?」

「ああ。1年にも及ぶ戦争の結果として、我々はついにベルクフォルムの王都、グランドレアまで来たのだ。ベルクフォルムの騎士を撃ち滅ぼしてな」


 戦争か。人間領ではそんなことになっていたのだな。


「でもこの町の住人はさっきまでお祭り気分ではしゃいでたぞ?」

「今ではどこの国だってそうだろう? 勇者が自国に来る可能性があるのだから。勇者が1人でもいれば国は強くなる。2人いれば他国を圧倒出来るし、3人いれば大国クラス。4人いれば敵う者も少なく、5人いれば最強だ。その勇者をどこの国も望んでいるからな。まぁその期待も我々の到着で無になったようだが」


 成程な。どうやら人間領での勇者は最強クラスの戦力として期待されているらしい。

 本によれば、破邪の光を持っているだけで並の相手は触れることすら出来ないらしいし、1人で数百人を相手にすることだって可能らしい。ならば人間が勇者を求めるのは道理か。


「まぁそういうことなら俺はこの国を出るよ。じゃぁなフレア」

「む? 何だもう行くのか?」

「この国に用はないからな。目的は達した」

「フム……ならば私も一緒に――」


 フレアが言い終わる前に騎士がフレアの前に立った。俺とフレアの間に立つように。


「何を言ってるんですか! 我が王の命令に従わなかったんですし、今回こそは守ってください! 王からの命令は、我が国の騎士と共にグランドレアを落とせ、とのことです!」

「むぅ。面倒だな。それに面白くなさそうだ」


 フレアは見るからに不機嫌そうだ。


「我儘を言わないでください! 第一、あなたがこの国に2週間前からいるのは偵察と情報収集の為でしょう!? 今まで何をしていたんですか!」

「友達が出来たのだ。いい奴らだぞ」

「それで友達と遊んでいたから任務を果たさなかったとでも言うんですか!?」

「そもそも私は任務など受けた覚えはない」

「気が向いたらやると言っていたじゃないですか!」

「気が向かなかったということだ」


 フレアは問い詰める騎士たちと一歩も引かずに言葉を交わす。いや、冷静に対処している分フレアの方がマシか。どちらかといえばあれは単に面倒くさがっているだけにも見えるが。


「なら、この作戦には参加して下さい! 相手はこの国の騎士、精鋭たちです! 特に赤鎧のユーグンと大剣使いのニーナは要注意人物ですよ!」

「ほう? ニーナがなぁ……」


 それは俺も驚いたな。ニーナの実力は他国に響くほどなのか。

 つまり、人間領ではあの程度の力量で強者として扱われるということか。

 ……弱いな。魔族と比べ、弱すぎる。


「まぁでも、ニーナは捕獲した後に後ろの引き車へ放り投げましたがね」

「……今、なんと言った?」

「先程、医者の家にニーナが寝ているのを発見したのです。何故彼女のような強者が重症を負っていたのかは分かりませんが、好都合でした。彼女は拷問の後に引き車の中で拘束しております」

「……レンは、レンはどうした?」

「レン、と申されますと?」

「ニーナの妹だ。一緒にいなかったのか?」

「ああ、彼女ですか。ニーナを連行する際に抵抗したので、共に連れてきました。まぁ騎士のようでしたのでニーナ同様に拷問しましたよ」


 どうやらあの後、レンフィーエンはニーナを町の医者に見せたらしいな。あのまま城で処置するよりもいい判断だ。俺とフレアがそこで戦っていたからな。

 しかしそれが仇となったか。まさか捕まったとはな。


(ま、助けてやるか。ニーナは俺も気に入ってるし)


 と、俺が剣を抜きかけた瞬間――


「ゲフォッ!!」


 数人の騎士の悲鳴と、巨大な衝撃音が鳴り響く。

 俺はこの音を知っている。この音は……フレアの手甲によるパンチの音だ。


「貴様ら、私の友達に手を上げたな……? しかも、拷問しただと……?」


 フレアの声は怒気を孕んでいた。


「誰が、やった?」

「コ、コロナさまとプロミネンスさまです! 私たちはニーナに手を出していません!」


 フレアは足で騎士の頭を踏みつけながら問うていた。あのままじゃぁ間違いなく殺すだろうな。

 まぁ俺としてもニーナとレンフィーエンが拷問されたってのはちょっと可愛そうだと思うし、手助けしてやろう。


「フレア、そいつ嘘ついてるぜ?」

「……おい」


 フレアは足に力を籠めたようだ。騎士の頭蓋がきしむ音が聞こえる。


「ち、違います! 嘘などついていません! 同じ国に属する我らよりも、この少年を信用するというのですか!?」

「ま、俺としてはどっちでもいいぜ? ただ、俺は嘘を吐かない」


 フレアは俺の顔を見た。見られた俺は視線を外さずに真っ直ぐにフレアを見る。その目は、力を持っていた。

 そう。あれは意志の力。普通の人間には無いものだ。


「カイは、嘘を吐かない」

「な、何故ですか!? 何故そんなことを!?」

「カイは私と正面から戦った。お前たちはいつも、私と本気では戦わなかった」

「それは、実力が離れているから……」

「だが私は、いつだって本気で来いと言っていた筈だ。私の言葉に応えなかったお前たちは、信頼に値しない」


 成程、それがフレアの心情か。

 会話も戦いも対等に。それがフレアの望む関係ってことかな。


「でもお前らだって嘘ついてるんだから文句を言うのは筋違いなんじゃねーの?」

「何を言うか! 我々が嘘など――」

「バレバレなんだよ、お前ら人間は」


 脈拍、視線の動き、表所の変化、体の各部位の動き、思考の乱れ、心臓の鼓動、などなど。魔族が嘘を吐くときはそいつ自身に変化が現れる。

 魔族と似たような体の構造をしている人間にもこの法則は当て嵌まるだろう。

 先程からフレアが問う度に騎士たちの鼓動は速くなり、視線は細やかに速く動いている。脈も速いし、言動に落ち着きがない。バレバレだ。


「もう少し心を隠す努力をした方がいいな」

「さぁ答えろ。姉上たち以外の人間がニーナとレンに拷問したのか……!?」


 隣に立つフレアからはかなりの威圧感を感じる。今のフレアは俺と戦った時よりも強いだろうな。


「は、はい!! 我々もやりました!!」


 フレアは拳を振りかぶって言った。


「四肢を失い、苦しんで生きろ」


 フレアは両拳でその場にいた騎士たち全員の両腕と両脚を砕き、引き車へと向かった。

 俺が言うのも何だがエグイな。両腕と両脚の骨を粉砕してそのまま生かすとは、恐れ入ったぜ。

 フレアは引き車の扉を開き、俺も一緒にその中に入ったのだった。

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