第17話 決着

 出口を探しながら逃げる俺と、俺を捕まえる為に追ってくるフレア。

 俺たち2人はなかば命懸けの追い掛けっこを始めたのだ。


「待たんかー!」

「待つ訳ねぇだろ!」


 フレアは俺を追い、走りながら壁を破壊してその破片を投擲して来る。その狙いは正確なので、俺は後ろを見ながら走らなければならない。

 というか、フレアが壁を壊す度に城が崩壊に向かっているのだが、いいのだろうか。


(ま、この城がどうなろうが構わねぇけど)


 多分、この城は半分以上壊れていると思う。他ならぬフレアのせいで。

 俺がこの城に入って来た時は随分綺麗な建築物だと思ったが、今は済むことがやっとの屋敷のように見える。もう少し壊れれば廃墟と呼べるな。


「こう……ば、……仕方……な!」


 後ろを向くと、フレアは立ち止まって何かを呟いていた。距離があったので何を言ったのかは分からないが、ロクなことじゃないだろう。

 俺は走るペースを上げた。


(チッ! 行き止まりか……!)


 城の地図や図面を持っていない俺はアテもなく走っていたので、先程までも度々行き止まりにぶつかっていた。

 その度に引き返してきたのだが、今戻ればフレアに会ってしまう。なので俺は仕方なく2階へと上がった。

 出口から離れるのは本意ではないが、フレアから逃げ切る方が優先だろう。


「ここはどこだ……?」


 この場所も通ったことのない未知の場所。どこに行けば出口の近くに降りられるのかは分からない。

 最初に俺が使った入口を覚えていれば話は早かったのだが、あの時は復讐で頭がいっぱいだったからな。道を覚えるという当たり前の行動を疎かにしてしまった。


(俺としたことが、ミスったな……)


 しかし嘆いてしても事態は変わらない。しらみつぶしに走り回って出口を探すしかないだろう。

 俺は全ての部屋、通路を通っていく。

 すると突然、足元の床にひびが入り、それと同時に轟音が響いた。


(まさか!)


 気付いた時は既に遅かった。フレアが下から床(フレアから見たら天井だが)を突き破って2階まで来たのだ。

 これで2階の通路にまた大穴が増えた訳だが、段々城の耐久度が心配になって来たな。


「見つけたぞ!」


 フレアは俺に指差して笑いながら言う。そのフレアは俺と再会して早々、ダッシュして拳を放つ。

 俺はそれを避け、剣を抜いて反撃しようとした。しかし――


「なっ!?」


 俺が剣の柄を握った瞬間、フレアは鞘に入ったままの俺の剣の柄頭を抑え込むことで、俺が剣を抜くことを阻止した。

 そして俺はもう片方の手で放たれた拳を片手で何とか受け流し、距離を取る。


(あいつ、剣との戦いに慣れてんのか……?)


 となれば、フレアを相手に剣を使うのはまずいかもしれない。俺は素手での格闘で戦うことに決める。


「さぁ、来るがいい!」

「言われなくても!」


 俺は走り、フレアの脚を狙ったローキックを放つ。俺の目線はフレアの首に位置にある為、これは避けずらい筈だ。

 俺のローキックは見事にフレアに当たった。しかしフレアはビクともしない。


(こいつ、俺の蹴りを脚に食らったのに何でビクともしないんだ!?)


 そのフレアは軽く動揺している俺に構わずにその巨大な手甲を装備した腕で拳を放つ。それは巨大で重量のある手甲を装備しているのにも関わらず、速かった。

 ずっと魔族という驚異的な身体能力を持つ者たちと戦闘訓練して来た俺は目が慣れているからその攻撃を避けられているが、並の人間であれば始めの一撃で死んでいるだろう。

 もしかすれば、勇者になれる条件の1つは強い者であることなのかもしれないな。だって、俺も強いし。

 俺はフレアの両拳の攻撃を避けて肘による攻撃をフレアの心臓に当てる。


「ぐっ!?」


 フレアがようやく怯んだそのスキに、俺は連撃を決めた。腹に1発、心臓に1発、顔に1発と首に1発。

 普通、これ等の箇所に攻撃を食らえば1発で勝負が決まることが多い。だが――


「まだまだあああああ!!」


 フレアの表情や変色した皮膚の色を見るに俺の攻撃は効いているようだが、それでもフレアは立ち上がり、構える。

 ここまでタフな奴を相手にするのは初めてだ。村で一番タフだったハンクさんも、俺の拳や蹴りを心臓に数発くらえばダウンしたというのに。


「中々、いい攻撃だ! 私にここまでの傷を負わせた戦士は久々だぞ!」

「なんで嬉しそうなんだよ……」

「強い者との戦いは心が躍る! カイもそう思わないか!?」

「思わねぇよ」


 俺はそんなに戦いは好きじゃない。

 生きるために狩りはするし獲物を殺すこともするが、それは生きるために必要なことだ。

 けど俺は、別に殺しも戦いも好きではない。


「ムウ、そうか。だが私は楽しいぞ!」

「……そりゃ、よーござんしたね」


 俺は溜め息を吐く。

 俺としては早くこいつとの戦いを終わらせたいのに、如何せんコイツは強い。


(でも、そろそろ魔法が使えるよな)


 これまでの時間で、少しは精神力も回復した筈だ。魔法が使えればフレアは俺の敵にはなりえない。


「という訳でカイ。私はこれから本気で戦おうと思う」

「は?」


 まさか、今までのは本気ではなかったとでも言うのか?

 そんな相手に俺は苦戦していたと?

 馬鹿にするな。お前がその気ならば、俺は魔法など使わずにお前に勝ってやろうではないか。

 魔族に鍛えられた俺が、本気を出していない人間に負けることなど、俺のプライドが許さない。


「よっと」


 フレアは背負っていた大きな盾をその場に下ろす。フレアの真後ろにあったのはフレアが2階に来るときに空けた穴。つまりフレアがそのまま背中の盾を下ろすと、その盾は1回へと落ちるのだ。


「ああー!!」


 フレアは自分の盾を追って1回に降りる。そうして俺は1人、この場に残された。


「……何だったんだ?」


 まさか、自分の後ろに自身が空けた穴があることに気付いていなかったのだろうか。それとも何かの間違いか、作戦か?

 だがまぁこれで俺はフレアを撒けたことになる。出口探しを継続しよう。フレアがまた2階に上がってくる前に。

 俺は全力でその場を離れた。


(取り敢えずは1階に降りる階段を探さないとな……)


 俺はまだ行っていない場所を優先的に回り、下へ続く階段を探した。そしてついに俺は階段を見つけたので、下へと降りる。

 降りた俺は出口を探す為に走り回ったのだが、フレアを見つけてしまった。

 俺はとっさに物陰に隠れ、フレアがどこかに行くまでここに残るか、それとも急いでここを離れるべきかなどを考える。

 しかし結論の出ぬうちに、フレアは俺に向かって拳を放った。


(なんでバレた!?)


 俺は物音を立ててはいないし、息も殺していた。気配すらも消していた筈なのに、何故俺の存在に気付かれたのだろうか。


「フフン! 私の感覚は鋭敏でな、近くならば誰かがいることが分かるのだ!」


 どうやら個人の特定は出来ないようだが、誰かがいることまで分かればいいという考え方もある。

 この場合においてはまさにそうだ。今の壊れかけの城にはまだ多くの人間が残っているだろうが、フレアから身を隠すような奴はいないだろう。もしいるのならば、それは俺のように隠れる必要のある者だけだ。


「さぁ、今の私は強いぞ!」


 フレアは拳を振りかざして走る。

 その速さは先程とは見違える程であり、俺の回避行動は一瞬だけ遅れてしまった。


(しまった!)


 なんとか運よく避けられたが、まぐれは続かないだろう。

 それにしても、今の速さは何だ? あまりにも先程と違い過ぎる。今のフレアは俺と同じくらいに速い。あのバカでかい手甲を装備しているのにもかかわらず。

 これでは魔法を使う為に呪文を詠唱する時間がとれない。今のフレアならば俺が詠唱し終わる前に俺を殺せるだろう。

 ならば、どうする? 


(――感覚を研ぎ澄ませ。フレアの思考を予測しろ。奴を――俺の流れに乗せるんだ)


 今のフレアに勝つためには、奴の動きを読み、奴の行動をある程度コントロールする必要がある。

 分析して、それを元にあいつの思考パターンと行動パターン、クセなどを見抜く。そして俺の戦闘経験や狩りの経験を活かし、流れを作るんだ。


(……落ち着け。俺ならできる。他ならぬ……俺だから出来るんだ)


 俺は集中する。

 全ては勝つために。全ては奴を殺すために。


(フレアを相手にして、不殺など考えてはならない。確かに俺はどこかフレアを気に入っているが、そんな覚悟で倒せる相手じゃない。殺す気でいかないと)


 俺は五感を研ぎ澄まし、考え、予測する。

 フレアの次の動きを。


「行くぞ!」


 フレアは拳を放つ。相も変わらず真っ直ぐな拳だ。

 故にそれは……躱しやすい。


「ほう!」


 フレアは続けざまに拳を放つ。次々に放たれる拳の速度は速く、俺でさえ危ない時もあった。しかし、クセを見抜けば避けることは可能だ。


(というより、コイツの攻撃にはパターンが少ないんだ)


 おそらく、コイツの戦い方は我流で学んだもの。数多くの技や技術を持たない、言わば野生の戦い方だ。

 それでは、俺には勝てない。

 俺はフレアの放つ拳にカウンターを合わせ、俺の攻撃だけがフレアに当たる。


「くっ! やるな!」


 フレアは気付いていない。

 自分が攻撃するたびに俺の攻撃が当たって行くということを。俺の攻撃は当たっているのに、フレアの攻撃は1回も当たっていないということを。


(それじゃぁ、逆立ちしたって俺には勝てないな)


 フレアは段々とこの事実に気付いて来たのか、攻撃がさらに単調になる。避けやすく、読みやすいものへと。


「ふおおおおおお!!」


 フレアの渾身の一撃は受け切れず、カウンターを合わせればこちらがやられるほどの物だった。

 それを俺が交わした結果、城の壁が崩壊し、外へと出ることになった。丁度、ここは城の側面だろうか。

 何はともあれ、これで俺の目的は予定がいながらも達成した。後はここから出て町を去ればいい。

 次にどこに行くか、どうするかは歩きながら考えればいいのだ。


「うおおおおお!!」


 フレアの猛攻は続く。しかしもう俺にとって、その攻撃は脅威ではない。

 人間の割にはかなり強かったが、俺と比べればまだまだ足りないと言える。


(誰かが師匠にでもなれば、コイツは格段に強くなるだろうな)


 もっとも、それは本人が強くなりたいと望むことが条件だが。


「はあああああ!!」


 俺はフレアの拳を受け流し、その腕を軸に投げ技を繰り出す。それによりフレアは地面へとうつ伏せに倒れ込み、俺はフレアの両腕を抑えてその上に乗る。


「……負けたか」

「ああ。俺の勝ちだな」

「ニーナとの約束、守れなかったか。友達失格だな私は」


 フレアは今にも泣きそうな声で言う。


「相手が悪かっただけだよ。そんなに落ち込む話でもない」

「そうか。慰めてくれるのか」


 フレアは顔だけを俺に向けて嬉しそうな顔で言った。


「もう俺を追わないなら、もっと慰めてやるよ」

「もう追わないさ。私は負けたのだからな」

「そりゃよかった。んじゃ離してやるよ」


 俺はフレアを解放した。

 フレアは言ったことを曲げるような奴だとは思えないし、解放しても大丈夫だろう。


「……何か、騒がしくないか?」


 俺は違和感を覚えたので、フレアに問う。


「どういう意味だ?」

「町が随分と騒がしいような気がするんだけど」


 もともと、この町は勇者の登場により祭りのような騒ぎ方をしていたのだが、今の騒ぎ方は恐怖や疑問などの感情によるものだと思う。


「そうか? 私には分からん」

「……気のせいかな」


 俺は特に気にしないことにしたのだが、それはどうやら間違いだったようだ。

 何人もの人間の声が聞こえた為、俺は城の声のする方向である城の入口を壁に隠れながら見た。


(あれは……)


 城の入口と、敷地内である門内には多数の鎧騎士がいた。

 この城は壁に囲まれており、その壁にある表門か裏門から入れば平がっているのは広大な庭である。そしてそのまま進めば城があるのだ。

 彼らの鎧に刻んである紋章は見たことのないモノ。おそらくはこの国の騎士ではない。


「……誰だ?」

「おお! 姉上たちではないか!」


 何時の間にか後ろにいたフレアは両手を叩いて反応する。


「お前の姉なのか。なら、あいつらが何しに来たのかは知ってんのか?」

「知っているぞ。姉上たちは、勇者を勧誘しに来たのだ」

「……は?」

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