第16話 勇者vs勇者

 フレアは一歩踏み込んだ。その一歩は重く、重量感に溢れている。

 その理由はおそらく、フレアが装備している手甲と、背負っている巨大な盾にあるだろう。というより、それぐらいしか候補が無い。

 フレアの手甲は手袋に似ていた。しかしその大きさはフレアより一回り小さいくらいなので、フレアがほんの少し屈むだけで地面に付いてしまうだろう。

 加えてその手甲の表面、フレアが直立した時に外側に来る部分はフレアの首辺りまで伸びているので、細長い盾のようでもある。

 結論付けると、フレアの手甲は守りと打撃に特化した防具だということだ。


(つーかあれだと何かを掴むだとかの細かい作業は出来ないだろうな)


 しかしそれ故に重いのだろう。だからフレアの一歩は重量感を持つ。


「では行くぞ! 覚悟するのだな!」


 フレアは俺を指差して笑う。それは本当に楽しそうな笑みだった。何がフレアをそんな顔にしたのだろうか。

 フレアは、地面がひび割れるほど足に力を入れたのだと思う。だってフレアの真下の地面にひびが入ったのだから。

 そしてフレアはその場からいなくなる。まるで消えたようだ。

 俺は一瞬だがフレアの姿を見失い、フレアを探した。その彼女は唐突に俺の前に現れる。


「フンッ!!」


 フレアは俺に向かって垂直に拳を振り下ろした。大きく振りかぶった割にその攻撃は俺の予想をはるかに超える速さであり、俺は驚愕する。

 反射神経を頼りにして避けることは出来たが、危なかった。どうやら俺は油断――いや、フレアを舐めていたようだ。

 奴の速さはもしかすれば俺と同じ。

 いや、あれだけ重い装備を持ったままここまで動けるとあっては、俺より速いかもしれない。


(本気でやってたつもりなんだけどな……)


 俺に侮るつもりはなかったが、自分よりも強いとは思っていなかったのは事実。

 フレアは、俺よりも強いと思って挑んだ方がいいかもしれない。

 こうなると魔法が使えないことが痛いな。先程の王への拷問で精神力を使い切った俺はまだ魔法を使えないし、頭痛や疲労感もある。つまり俺の体調は万全ではないのだ。

 しかし、ここでフレアに負けてやるつもりなどない。俺は剣を構え、回避時に距離を取ったフレアと対峙する。


「おお、やるではないか! 最初の一撃でやられない相手に会ったのは久々だぞ!」

「……そりゃよかったな」


 こんな時でもフレアは笑顔だ。こいつは何を考えているのだろうか。

 俺は剣を構えてフレアに向かって駆ける。

 振り下ろした剣はそのままフレアの頭を狙うが、当然ながら手甲に阻まれる。しかし、俺の武器は剣だけではない。

 俺は剣を握っていない方の手で拳を作りフレアの腹を狙う。

 それはもう片方の手甲に阻まれたが、関係ない。俺の格闘技には鎧や盾を貫通して衝撃だけを与える技があるのだから。

 名を、貫剛掌。


「ヌッ!?」


 俺の与えた衝撃を食らったフレアはほんの少しのけ反った。ここでたたみかける!


「ハッ!!」


 俺は更なる追撃を試みたが、それはフレアの拳に阻まれる。そしてフレアは拳を何発も俺に撃ち込んだ。

 それは受けられるレベルの攻撃ではなかったので、俺は必死に回避行動をとり続けた。そして遂に壁際に追い込まれる。


(チッ!)


 それでも構わず攻撃して来るフレアの横を通り抜けようとタイミングを計り、スキを突いて俺はフレアを抜けて後ろを取る。

 しかしフレアはあろうことか、そのまま壁を撃ち抜いて破壊した。そのせいで俺は攻撃のタイミングを失う。


(つーかこいつ、城を壊しまくってるけどいいのか?)


 そういえば先程フレアが現れた時、ニーナは頭を抱えてうなだれていた。あれはもしや、フレアが城を壊すことになることが分かっていたからなのだろうか。


(まぁ壁を一撃で粉砕するような奴だしなぁ。それにフレアはそういうの気にしてなさそうだし)


 そんなフレアは壊れた壁の破片を手に取って次々と俺に投げる。大したことのない攻撃になると思ったが、フレアが投げた破片はまるで弓のようだ。その証拠に鋭利な破片は俺の後ろの壁に刺さっている。

 あの女、一体どういう肩をしているのだろうか。というか俺の鎧貫通の衝撃は食らえば内臓が揺さぶられるから吐かずにはいられない攻撃の筈なのだが。


(……あいつ、人間か?)


 破片をすべて投げ終えたフレアは俺に突撃して来る。しかも両手の手甲を盾のように構えている為、俺は避けるしかない。

 そして横に避けた俺を狙ってフレアは高く飛び上がり、勢いと加速、重力の合わさった拳で俺を狙う。

 そんなものを食らえば人間である俺など粉々になってしまう。だから俺は全力を以てその拳を避けた。


「おお!?」


 フレアは俺がその拳を避けたことが予想外だったのか、驚いたような声を上げた。そしてフレアはそのまま重力に従い、床にその高威力の拳をおみまいする。

 そんな攻撃を食らえば床はどうなってしまうのか。答えは簡単。


「うおおおおおお!?」


 床は盛大に壊れ、俺とフレアはその下に床と壁の破片ごと落ちる。


「おお!」


 落ちている最中もフレアは楽しそうに笑っており、俺はこいつのことを人間だと思えなくなってきたのだった。

 空中の破片や壁を上手く利用して落下の衝撃を殺した俺は、着地してすぐに身を隠した。

 フレアは落下の勢いを殺そうともせずにそのま両足で着地し、上から降って来る床や壁の破片をそのまま食らう。


(あいつ!?)


 土煙が上がって良く見えないが、俺は注意深くフレアの姿を探す。あの女がこの程度のことで死ぬとは思えなかったからだ。無論、これで骨の1本や2本でも折っていてくれれば助かるのだが。

 そんなことを考えていると、多くの破片が真上に吹っ飛んだ。


(んなっ!?)


 それはどう考えてもフレアの仕業であり、俺は奴がピンピンしてると確信した。

 それは予想通りであり、土煙の中から現れたフレアは五体満足で、ほんの少し切り傷を負っているだけだ。

 アレだけ多くの破片を食らって何故あいつは無事なのだろうか。あいつは魔族なのか? いや、魔族は勇者になれないからそうではないな。それにしたってなんて丈夫な人間なんだ。


(けど、俺のことを見失ってくれたのなら好機だ)


 聞きたいことはあったが、あんなのを相手してまで知りたい情報でもない。このまま逃げるのが吉だろう。

 俺はそのまま静かに歩き、フレアを残して部屋を離脱した。


(よし、脱出成功だな)


 部屋を離脱した俺は城を出ることを目的に走る。この城の地図を知らない以上は出口も分からないが、しらみつぶしに探すしかあるまい。

 俺は走り、片っ端から部屋のドアを開ける。しかし出口は見つからなかった。

 12番目の部屋を開けた俺は一旦、休憩の為にその場に座り込む。流石に疲れた。

 思えば城の兵士の相手をした後でニーナと戦い、王に拷問してフレアと戦ったのだ。疲れるのも仕方のないことだろう。


(フレアか……強かったな)


 正直、魔法無しの戦いでは勝率は半々だと思う。その理由はフレアの驚異的な身体能力。


(つーか3階から落下の衝撃を殺さずに落ちたのに、なんですぐに動けるんだよ。本当に人間か?)


 加えて、内臓を揺らす衝撃を受けてもビクともしないとは、どうやって倒せばいいのだ。

 巨大な手甲はそれだけで盾になるし、あいつの反射神経や読みもなかなかだった。あれはいい戦士だ。敵にすると厄介であるが。

 ……魔法が使えれば話は早いのだがな。適当に最高クラスの魔法を連発でもすれば流石に死ぬだろう。

 それに、父さんから使うのを禁止された『魔法剣術』を使えばフレアを倒すことは充分に可能だ。


(ま、使う気はないけど)


 これは失われし古の技。世に知られれば魔法剣術を巡っての争いが起こるかもしれないと、父さんは言っていた。だから魔法剣術は、命の危険があった時の為の最終手段としてのみ使うことを許す言われている。


(今はその時じゃないな)


 もうそろそろ精神力も回復してきたと思うし、ある程度魔法も使えるようになっただろうか。


「さて、探索の続きを――」


 俺が立ち上がった瞬間、天井が音を立てて割れる。そしてそこから落ちて来たのはフレアだ。


「見つけたぞ! まさか既に1階にまで来てたなんて、驚いたな。おかげで2階の部屋を全部壊してしまった」


 どうやらこいつは俺を探すために2階の部屋全てを回ってからここに来たらしい。何故部屋を壊したのかは分からないが。


「先手必勝をしようとしたのだがなぁ。まさかショートカット中に見つけてしまうとは!」


 ああ、そういうことな。

 もし俺が2階のどこかの部屋にいて、その部屋を外側から強力な攻撃で壊したら先手になるから2階の部屋が全滅したのか。


(こいつ、城を何だと思ってるんだ……?)


 ニーナがフレアに俺の捕獲を頼む時、どこか渋っていた理由が分かった。こいつに任せたら城なんてすぐに壊れてしまうからか。


(同情するぜ、ニーナ)


 まぁここでニーナの望み通りに捕まってやる気はないが。


「さぁ、勝負の続きといこうぞ!」


 拳を構えたフレアに、俺は背を向けて走り出す。


「やなこった!」


 こうなれば俺が出口を見つけるのが早いか、フレアが俺を捕まえるのが早いかの勝負だ。

 ここで時間稼ぎをすれば魔法を使えるようになる為、時間が掛かれば掛かるほど俺に有利となる。


(さぁ、勝負だ!)

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