第15話 破邪の光

 フレア・ブリンガーと名乗った女は俺を捕まえると言い、ニーナを後ろに下がらせてから俺の前に立った。

 俺が侵入者だから捕まえると言ったが、この城の騎士なのだろうか。


「俺はもうこの城に用はない。このまま帰るから邪魔をしないで欲しいんだけど」

「フム、そうなのか。ならば早く帰るといい」


 女は俺の前から退き、道を空けた。

 俺にとって好都合だから一向に構わないのだが、この女はそれでいいのだろうか。


「待てフレア! カイをそのまま行かせるんじゃない!」

「ム? 何故だ?」

「そいつは、我が王に危害を加えたからだ! このまま罰を与えずに逃がす訳にはいかない!」

「王は生きているのか?」

「生きてはいるようだが、もはやアレは生きているとは言えない! 殺してやることがせめてもの慈悲だ……!」


 ニーナの言う通り、確かにあの状態では殺してやったほうが楽にさせてやれるだろう。

 無論、殺せればの話だが。


「フム、成程。それは大変だったな」

「本来ならばカイを捕獲するのは私の仕事だが、この有様さ。私ではカイに勝てなかった……! 挙句の果てには片腕を失ってしまった……」

「フム、それはダメだな。ではニーナに代わりに、この私があの少年を捕まえようではないか!」

「スマン、助かる……」


 ニーナはそのまま音を立てて崩れ落ちた。どうやら気を失っているようだが、無理もないだろう。

 失神の原因はおそらく多量の出血だ。血を流しながらも激しく動き続けたのだから、当然の結果と言える。


「お姉ちゃん!?」

「ニーナ!?」


 レンフィーエンと女はニーナに駆け寄り、その身を抱く。


「お前ら、ニーナを死なせたくないのならまずは止血をしっかりと行え。さっきのレンフィーエンのその場しのぎの止血じゃ足りねぇ。あとは血を作る食べ物をニーナに食わせろ。そんでしばらく安静にさせるんだ」

「は、はい!」


 レンフィーエンはニーナを抱えて部屋を出た。しかし女はこの場に残っている。


「女。お前はレンフィーエンと一緒に行かないのか?」

「ああ。私はニーナと約束したからな。お前を捕まえると。そしてお前! 私はちゃんと名乗ったぞ! 女、ではなくちゃんと名前を呼べ!」


 女はプンスカと怒りながら言う。そこまで名前にこだわらなくてもいいと思うのだが。

 さて、この女の名前は確か……フレア・ブリンガー。


「……ブリンガー、だったな?」

「苗字で呼ぶなー!!」


 ブリンガーは腕を組みながら仁王立ちで言った。


「……フレア」

「ウム! それでいいぞ!」


 今度は万弁の笑みで言う。こいつの名前へのこだわりは何のだろうか。


「お前の名前はカイだったな? 苗字は何だ?」

「無い。俺はただのカイだよ」 


 基本的に、魔族に苗字はない。あるのは名前と種族のみ。

 魔族が名乗る場合は最初に名前を言い、次に種族名を言う。だから魔族の常識では、種族名が人間でいう苗字にあたる。


「さてカイよ。戦いを始める前にやっておきたいことがあるのだが、いいか?」

「俺としては戦いたくもないんだけど」

「それはダメだ。お前を捕まえるとニーナに約束したからな」


 こいつは俺が侵入者であることを忘れているのではないだろうか。フレアがここにいる理由は、侵入者を捕まえる為ではなくニーナとの約束を守る為、にすり替わっている気がする。


「……で? やりたいことってなんだよ?」

「王を殺すことだ」


 フレアはずんずんと王の元へ歩く。その度に地面が軽く揺れた。


(さっきのバカでかい音はこいつのせいか……)


 歩くだけで軽く地面が揺れるのだから、フレアが全力で走れば地面が大きく揺れるのも無理はないだろう。

 そして、先程の大きな音の正体もフレアだ。こいつが歩く度に地面が揺れているが、地面を踏む音が普通ではない。まるで大きな鉄の塊が歩いているような重量感だ。


「これが王か?」


 フレアは闇の球体の中にいる王を示した。


「ああ。そうだよ」

「フム。ならば一思いに殺してやろう」


 フレアは大きな手甲をはめている右腕を上げ、勢いを付けて王を殴った。

 その拳はそのまま王を闇ごと叩き潰し、それと同時にフレアの手甲は血に染まる。

 しかし光の魔法以外で今の王を攻撃しても、そのまま王は再生する。筈だったのに――


「なっ!?」


 王は再生せず、そのまま死んだ。


(どういうことだ……!?)


 しかし俺はここで、1つの情報を思い出す。


(……そうか。フレアは勇者。持っているんだ、破邪の光という光の力を)


 破邪の光はおそらくこの世で最も強い光の力。それは勇者の武具と魔法へと自動的に宿る光の力だ。

 何故か俺には宿っていないようだが、他の勇者は破邪の光を持っているのだろう。


「やはり生き物を殺すのは慣れんな。フム、私の手甲が血と肉で汚れてしまった」


 フレアの手甲には王の体の部位、王や臓器などの欠片が張り付いており、フレアは不快に思っているらしい。


「《アクアリゾーブ》、発動!」


 フレアは水の魔法を使い、自分の手甲を洗い流している。


(あいつ今、詠唱をしなかった……?)


 魔法とは、世界との契約文を精霊に届けて貰うことで発動する世界の理を超えた力。故に、契約する為の呪文の詠唱が必要な筈だ。

 しかしフレアは魔法の名を言うだけで魔法を使った。一体どういうことなのだろうか。


(……吐かせるか)


 気になる情報があるのならば探せばいい。その方法の1つは尋問と質問。フレアに問い質せばいい。


「さぁカイよ! これで準備は整ったな! お前を捕まえてやるぞ!」

「捕まる訳にはいかねぇから反撃するが、殺しはしないから安心しろ。お前に吐いて貰いたい情報があるんだ」

「ほう? ならば私に勝てたら知りたいことを教えてやろう!」

「今すぐ教えてはくれないんだな?」

「別に構わんが」


 構わないのか。


「何を聞きたいんだ?」

「お前が詠唱無しで魔法を発動できた理由だ」

「魔法とは名を言ってから『発動』と言えば使えるだろう?」

「……それが答えか?」

「ウム!」


 そんな訳がない。たとえ一時的だとしても、世界はそう簡単に理を変えない筈だ。

 きっとこいつは、まだ何かを隠している。


「他には?」

「それだけだが? 私は魔法については詳しくないから、あまり知らんのだ」


 どうやらこれ以上の情報は吐いて貰えないらしい。

 ならば、勝って吐かせればいいのだ。


「……分かった。さぁ、戦いを始めよう」

「おお! 中々に乗り気ではないか! お前は強そうだから、楽しみだぞ!」


 フレアは構える。

 それは格闘の構えであった。手甲という武器から見ても、フレアは近接格闘を得意とする女であることが分かる。


(本気で、いくか)


 俺とフレアの戦いが今、始まった。

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